薬物の生体内動態 ―吸収―

  • 安西尚彦 Anzai, Naohiko
    千葉大学 大学院医学研究院 薬理学教室 教授
    大内基司 Ouchi, Motoshi
    千葉大学 大学院看護学研究院 健康増進看護学講座 教授
    小林俊介 Kobayashi, Shunsuke
    日本医科大学千葉北総病院 糖尿病・内分泌代謝内科 病院講師
公開日:2025年1月24日
糖尿病・内分泌プラクティスWeb. 2025; 3(1): 0007./J Pract Diabetes Endocrinol. 2025; 3(1): 0007.
https://doi.org/10.57554/2025-0007

はじめに

 生体に投与された薬物が効果を出すためには、何らかの方法によって薬物が目的とする作用部位へと到達する必要がある。薬物の投与方法にはさまざまなものがあるが、全身に薬物を運ぶ血流に直接薬物を乗せる静脈投与や動脈投与以外の方法で薬物が投与された場合、例えば臨床で利用されている経口投与や筋肉注射、坐剤による直腸内投与などの場合には、投与された部位から血流に薬物が乗るために「吸収(absorption)」という重要なプロセスを踏む。生体に投与された薬物は、その後「分布(distribution)」、「代謝(metabolism)」、「排泄(excretion)」という働きかけを生体により受ける。生体が薬物に対して行うこれら4つの作用について、それぞれの頭文字をとってADME、あるいは薬物動態と呼ぶ。薬物が生体に投与された後、薬物動態の第一段階としてどのように吸収されるかは臨床現場で薬物治療を行う際に重要な情報である。

1.生体膜の透過性

 薬物の吸収は、その他の薬物の体内動態様式である分布・代謝・排泄と同様に、細胞膜を通して行われる。その細胞膜を薬物が通過する際に重要なのは、薬物の分子の大きさと形、溶解性、タンパク結合率、イオン化の程度、脂溶性などである。一般に細胞膜を通過できる薬物は非イオン型で、タンパクと結合していない遊離型である。また、分子量が100〜200以下の薬物はイオン型でも細胞膜の細孔を通って膜を通過できる。細胞膜は脂質の二重構造の中にタンパク質が浮かぶ形をとっている。このような構造上の特徴から、水溶性の薬物より脂溶性の薬物のほうが膜を通過しやすい。多くの薬物は膜の両側の濃度の差(電気化学ポテンシャル)に従って受動拡散(passive diffusion)するか、あるいは油・水分分配係数に比例して膜に溶解して浸透する。
 薬物動態を考えるにあたり、さらに重要な膜透過の機序は(輸送)担体(トランスポーター)の介在する膜輸送(carrier-mediated transport)である。このメカニズムには二種類があり、①エネルギーを必要とする能動輸送(active transport)と、②エネルギーを必要としない促進拡散(passive facilitated diffusion)がある。両者に共通する特徴は、薬物の選択性、類似物質による競合的阻害、輸送速度の限界(可飽和性)である。トランスポーターの介在する膜輸送は、投与された薬物の吸収のみならず、薬物の作用機序や内因性物質の膜透過に重要な役割をもっている。
 薬物はその多くが弱酸または弱塩基を示し、溶液中では非イオン型とイオン型分子が平衡状態を保って存在している。一般に薬物分子は分子量が小さいため、膜の脂質成分を介する拡散により膜を透過する。非イオン型は通常脂溶性であり細胞膜を通過できるが、イオン型は水溶性が高く容易に膜を通過できない。
 薬物には固有のpKaがあり、周囲のpHとともにその薬物の非イオン型とイオン型の割合が決定される(Henderson-Hasselbalchの式)。

 Henderson-Hasselbalchの式
  • 酸性薬物:pKa=pH+log(非イオン型モル濃度/イオン型モル濃度)
  • 塩基性薬物:pKa=pH+log(イオン型モル濃度/非イオン型モル濃度)

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