はじめに 若年発症成人型糖尿病(maturity-onset diabetes of the young:MODY)は単一遺伝子異常による糖尿病であり、糖尿病全体の0.1~0.2%程度を占めると考えられている。常染色体顕性遺伝形式をとり、若年発症、非肥満、およびインスリン分泌能低下を特徴とする 1)。MODYはそれぞれ若年発症の糖尿病という共通点をもつことに加え、独自の表現型を呈することが知られている。本稿ではわが国で遭遇する頻度が高いMODYについて、表現型および治療方針について概説する。 1.MODYの定義 従来、典型的なMODYは25歳以下で発症し、3世代以上にわたる糖尿病の家族歴を有するものと定義されてきた 2)。しかし近年では、20歳代以降に診断される例や孤発例の報告が蓄積されたことで、スクリーニング基準の検討が求められている。われわれもこれまでに新たなスクリーニング基準を提案した(表1) 3)。現在までにMODYの原因遺伝子は14種類が同定されているが、本邦で特に頻度が高いのはMODY1(HNF4A-MODY)、MODY2(GCK-MODY)、MODY3(HNF1A-MODY)、およびMODY5(HNF1B-MODY)である(表2)。またMODY関連遺伝子は相互に関連しており、表現型にも影響を及ぼすことが知られている(図1)。 表1 新たなスクリーニング基準(文献3より) *孤発例もあるため、必須の情報ではない。 表2 MODYの臨床像の特徴 図1 MODY関連遺伝子の相関図
近年のゲノム解析技術の進歩に伴って、遺伝子異常が惹起する代謝疾患、内分泌疾患への理解は飛躍的に深まってきている。これらの多くは、遺伝子変異によるホルモンの分泌異常や代謝経路の障害を伴い、その臨床像や治療戦略はそれによって大きく規定されている。 本特集では、これらの遺伝子異常に基づく代表的な内分泌代謝疾患を取り上げて、その病態生理や診断法から最新の治療アプローチに至るまでを、国内外の最新研究成果も交えつつ、斯界をリードする執筆陣によって、縦横に解説していただいた。さらに、遺伝学的検査の役割や遺伝カウンセリングの重要性についても、臨床現場における実践的な知見として提供するべく、広い視野で企画を進めた。 まずは冒頭において、髙橋佳大先生、堀川幸男先生に、MODYの定義から臨床像、診療上の留意点までを手際よくおまとめいただき、次いで、岩﨑直子先生によって、ミトコンドリア遺伝子異常による糖尿病について、ミトコンドリアの基礎医学からその疾患の臨床経過までを俯瞰していただいた。 また、主に内分泌領域に目を向ければ、石川敏夫先生にMENの病因から診断、治療の実際を、広範な視点から十二分に敷衍していただき、そして斯波真理子先生には、進捗著しい領域の一つである家族性高コレステロール血症について、その病態から今後の治療法に関してまでを、臨床の現場に即して記載していただいた。さらに入江航生先生、伊東伸朗先生には、骨代謝疾患、骨系統疾患について、多様な疾患の臨床像から診断、治療に至る道筋を余さずご解説いただき、のみならず田部勝也先生には、特徴的な疾患であるウォルフラム(Wolfram)症候群について、要点を漏らすことなく掻い摘まんでいただいている。 また、井原健二先生には、内分泌代謝疾患の領域における遺伝医療について、その倫理的側面も交えて網羅していただき、浦尾悠子先生には、遺伝学的検査におけるSDM(shared decision making)について、現状と具体例に基づいて詳述していただいた。 本特集の執筆陣は、その分野に広範な経験と知識を有する専門家の方々である。ご執筆の先生方のご尽力を多とするとともに、本特集によって、読者諸賢の理解が深まり、単一遺伝子異常による内分泌代謝疾患へのより適切な診断・治療の進歩に寄与し得る一助となれば、企画者としてこの上ない喜びである。今後も遺伝子研究の進展とともに、個別化医療の実現に向けた取り組みが一層強固となることを念頭に置きつつ、この「扉」を擱筆する。 著者のCOI (conflicts of interest)開示:本論文発表内容に関連して特に申告なし 本論文のPDFをダウンロードいただけます
はじめに 2024年の診療報酬改定では、特定疾患療養管理料および特定疾患処方管理加算の対象疾患から糖尿病、脂質異常症および高血圧症が除外され、代わりにこの3疾患を対象として、検査などを包括しない生活習慣病管理料(II)が新設された。そして、糖尿病に係る管理料は、脂質異常症や高血圧症よりも多く、主な管理料は10にも及ぶ。よって今回は、糖尿病と内分泌疾患に係る管理料について、医科点数表告示・通知、施設基準を基に概説する。 1.B000 特定疾患療養管理料について 1~4)(表1) 特定疾患療養管理料は、表1の施設基準告示別表第一に示す「甲状腺障害」および「処置後甲状腺機能低下症」を含む厚生労働大臣が定めた疾患を主病とする患者に対し、治療計画に基づき療養上必要な管理を行った場合に算定し、管理内容の要点を診療録に記載する。 「地域のかかりつけ医師」 が管理を行った場合、「1 診療所の場合」は225点、「2 許可病床数が100床未満の病院の場合」は147点、「3 許可病床数が100床以上200床未満の病院の場合」は87点を月2回に限り算定するが、200床以上の病院では算定できない。 初診日または初診日から1月以内に行った管理の費用は初診料に、退院日から1月以内に行った管理の費用は入院基本料に含まれ、算定できない。 情報通信機器が整備され届け出た保険医療機関において、医学管理をオンライン指針に沿って診療情報通信機器を用いて行った場合は、「1」、「2」、「3」の所定点数に代えて、それぞれ196点、128点、76点を算定する。 必要やむを得ない場合には、看護している家族などを通して療養上の管理を行った時も、特定疾患療養管理料を算定できる。
はじめに ―ギッテルマン症候群の頻度と認知度― ギッテルマン症候群については、多くの医療関係者でもすでに理解している方は少ないかもしれない。しかし、日本人における患者数は約500人に1人とされており、遺伝性疾患の中では最も頻度が高い病気である。この病気は必ずしも軽症とは限らず、多くの患者が慢性的な症状に苦しんでいる。ただ、医療関係者が症状を正しく理解しないために患者が適切に診断されないことや、自らの症状を「体が弱いから」と捉え、患者が病気の可能性を考えてない場合もある。偶然の血液検査で低カリウム血症が見つかる患者の多くはギッテルマン症候群の疑いがある。医療関係者は低カリウム血症を見つけても、症状がないために無視してしまうことがあるかもしれない。しかし、そうした患者の中には日常生活に支障をきたしている方も多くいる。このようなギッテルマン症候群患者は、適切な治療によって症状が改善し、日常生活を取り戻すことができる。本稿では、ギッテルマン症候群について詳しく解説する。 1.ギッテルマン症候群とは? ギッテルマン症候群は、腎臓の尿細管でナトリウムを再吸収する役割を持つナトリウムクロライド共輸送体(NCCT)をコードする遺伝子(SLC12A3)の異常により、尿中に大量のナトリウムが漏れ出し、それを補おうとする過程でカリウムも尿中に流出する。その結果、低カリウム血症が引き起こされる。
はじめに 水バランスは、口渇による水分摂取とバソプレシン(arginine vasopressin:AVP)の作用による腎臓における水の再吸収で調節されている。水バランスの破綻が、血清ナトリウム(Na)濃度の異常となって現れる。血清Na濃度135mEq/L未満の病態が低Na血症 1)と定義される。 1.水バランスの調節 血清Na濃度すなわち浸透圧が上昇すると、①下垂体後葉からAVPが分泌され、腎集合管で水の再吸収が促進される、②口渇感が生じ水分摂取が促される、という2つの調節機構により血漿浸透圧は低下するように調節される 2)。血漿浸透圧が低下した場合(血清Na濃度は低下)はその逆が生じる。これらの調節機構により、日々の塩分や水の摂取量が変化しても血漿浸透圧は1~2%の変動に抑えられる。 AVPの分泌は、非浸透圧性の刺激、すなわち循環血漿量の低下によっても促進される。この非浸透圧性の刺激は、有効循環血漿量が15%以上減少すると活性化されるが 3)、この刺激は浸透圧性の刺激より強く、浸透圧が低い状況においてもAVPの分泌は促進され得る。これは、浸透圧調節よりも有効循環血漿量を維持することのほうが重要であるためと考えられ、一部の低Na血症の病態の発症に関与している。
はじめに 2023年の「国民健康・栄養調査」(厚生労働省)によると肥満(BMI≧25kg/m2)の割合は男性31.5%、女性21.1%である。日本肥満学会は肥満の中でも糖尿病や脂質異常症、高血圧などの健康障害を合併する場合、または現在健康障害がなくても内臓脂肪型肥満と診断される場合は肥満症と診断し、医学的に減量を要する病態と定義している 1)。 肥満症の治療の基本は食事療法、運動療法を含めた生活習慣の改善であり、それでも困難な場合、薬物療法となる。しかし、肥満症治療薬として現在西洋薬で保険適用となるのはセマグルチド、チルゼパチド、マジンドールで、対象となるのがセマグルチド、チルゼパチドはBMI 27kg/m2以上、マジンドールは35kg/m2以上と高度の肥満症に限られており、早期からの介入で予後を改善し得る肥満症に対して西洋薬による対応は十分とはいえない。 一方、漢方医学には、本来肥満症や耐糖能異常、高血圧、脂質異常症といった疾患概念はないが、養生を基本とする独自の治療体系を有し、肥満症に対しても対応し得る薬剤が少なくない。つまり、陰陽、虚実、表裏、寒熱、六病位、気血水、五臓など漢方特有の概念に基づいて、漢方医学的診断である「証」を決定し、その人にあった養生を勧め、方剤を選択する。病名を診断して治療する西洋医学とは異なった、「随証治療」という独自の治療戦略をもつ。特に、「虚実」は大切な基本的概念で、病になった時に跳ね返す力、生命力の強さを表わし、「実」とは病に対する抵抗力が充実している状態、「虚」とは病に抵抗する力が衰えて虚ろな状態である。 防風通ぼうふうつう聖散しょうさんは「食毒」の薬で、実証の肥満の代表的方剤である。実証は体力があって筋肉質でがっちりし、血色や肌つやがよく、声は大きくて太い、胃腸が強くて食欲が旺盛、便秘気味、暑がり、少しぐらい無理をしても平気でつい食べ過ぎてしまう、などの特徴がある。一方、虚証は色白の水太りタイプで冷えてむくみやすく、体力がないため疲れやすい。虚証の肥満の代表的方剤は防己黄耆ぼういおうぎ湯とうである 2)。
当サイトは、糖尿病・内分泌領域において医師・医療スタッフを対象に、臨床に直結した医療情報を提供する電子ジャーナルです。
該当する職種をクリックして中へお進みください。