はじめに 希少遺伝子難病ウォルフラム症候群は、1938年に家族性の若年発症の糖尿病と視神経萎縮の合併としてWolframらによって報告された 1)。その後、尿崩症や感音性難聴および多彩な精神神経症状を呈することが報告され、主要な4徴候(diabetes insipidus:尿崩症、diabetes mellitus:糖尿病、optic atrophy:視神経萎縮、deafness:難聴)からDIDMOAD症候群とも呼ばれる。原因遺伝子WFS1が同定され 2)、遺伝子診断が可能となっている。本稿では、ウォルフラム症候群の病態、内分泌学的特徴および診断・治療ついて解説する。 1.ウォルフラム症候群の臨床像 ウォルフラム症候群では、10歳前後で発症するインスリン依存性の糖尿病が初発症状となる。やや遅れて視神経萎縮による視力障害が発症し、失明に至り得る。その後、中枢性尿崩症、聴力障害(感音性難聴)や尿路異常(水腎症、尿管の拡大)、神経症状(脳幹・小脳失調、けいれん)、精神症状(抑うつ、双極性障害など)を種々の組み合わせで進行性に合併し、尿路異常に伴う腎不全や、加えて神経症状を誘因とする種々の感染症などが生命予後を決定し得る 3)(図1)。経過は一般に進行性であるが、症例あるいは病期により、一部の症候のみを呈する場合がある。また、糖尿病発症後、視神経萎縮による症状が顕在化する前に尿崩症や難聴を診断される例や、比較的早期より精神神経症状が出現する場合や症状がなくても脳幹萎縮を呈する場合がある。このように症候が出現する順序に多様性が存在するため、尿崩症や感音性難聴、精神神経症状と糖尿病の合併をみた場合には、その後視神経萎縮が診断されることもあり、本症候群と疑い診療にあたることが重要である。一方、色覚異常と嗅覚障害が早期より出現する特異性の高い症状として、早期診断に有用である可能性が示唆されている 4)。日本での全国断面調査より、有病率は71万人に1人と推定されている 5)。 図1 ウォルフラム症候群の自然経過(文献4より改変) 治療は対症療法に限られ、平均死亡年齢は30歳(25~49歳)とされている。
はじめに 糖尿病においては、糖尿病網膜症や足病変など、また内分泌疾患においては、甲状腺や副腎疾患などで手術療法が必要になる場合がある。そして、「手術」は、「診療報酬の算定方法の一部を改正する告示」で医科点数表の算定点数が設定され、「診療報酬の算定方法の一部改正に伴う実施上の留意事項について(通知)」で、各手術の算定要件が規定される。 よって今回は、糖尿病と内分泌疾患に係る「手術」について、医科点数表告示・通知を基に、算定要件について概説する。 1.K002 デブリードマン 1,2)(表1) 「K000 創傷処理」および「K000-2 小児創傷処理」の「注3」に規定されたデブリードマン加算は、汚染された挫創に対して行われるブラッシングまたは汚染組織の切除などであり、通常麻酔下で行われる程度のものを行った場合に算定する。しかしながら、「K002 デブリードマン」は、「K013 分層植皮術」から「K019 複合組織移植術」および「K020 自家遊離複合組織移植術(顕微鏡下血管柄付きのもの)」、「K012-2 粘膜弁手術」までの手術を前提に行う場合にのみ算定する。そして、通知(6)(7)に示すように、Ⅱ度以上の熱傷、糖尿病性潰瘍または植皮を必要とする創傷に対して、水圧式デブリードマン加算は水圧式ナイフを用いて、超音波式デブリードマン加算は超音波手術器を用いて、それぞれ組織や汚染物質などの切除、除去を実施した場合に、一連の治療につき1回に限り算定する。 表1 デブリードマンの告示・通知(文献1, 2より) 画像をクリックすると拡大します 表1 デブリードマンの告示・通知(文献1, 2より) $(".n0066_h1").modaal();
はじめに 私が医学部を卒業したのは1975年。その当時の糖尿病外来診療を思い出してみる。 インスリン注射について インスリン自己注射はない 1975年当時は、インスリン自己注射は保険収載されていなかった。つまり患者さんは自己注射できなかった。その後、6年の年月とさまざまな紆余曲折を経て、1981年、インスリン自己注射はようやく正式に保険適用となった。 ヒトインスリンはない インスリンはブタの膵臓から抽出・精製された製剤であり、インスリン注射で治療している患者さんにはインスリン抗体はあるのが当たり前であった。 インスリンの種類 当時、中間型インスリンはNPHインスリンとレンテインスリンの2つがあり、レンテインスリンが主流であった。もう1種類はレギュラーインスリンがあるだけ。この2種類のインスリンの作用時間の違いにもとづいて、経口薬、食事療法、運動療法などの効果を頭の中で組み合わせて、治療方針法を組み立てるのが通例であった。 経口糖尿病薬について ビグアナイドはアメリカで行われた臨床研究の結果、乳酸アシドーシスの危険性が高いという解釈で使用が制限され、「フェンホルミンには該当するもののメトホルミンには該当しないにもかかわらず、統計の解釈に十分な区別がなされていなかった(らしい)」ため、使用禁止に近い状態。勇気のある先生はブホルミンを少数例処方されていた。スルホニル尿素(SU)薬はグリベンクラミドとトルブタミドが主流で、クロルプロパミドがまれに処方される状況であった。
はじめに 認知症患者における感情失禁(イライラ)は、患者本人の生活の質(QOL)を低下させるだけでなく、介護者の負担を著しく増大させる症状である。特に糖尿病のある人においては、服薬や食事・運動療法の実施率が低下して血糖マネジメントが困難になるため、その対応は重要である。今回は、「抑よく肝散かんさん」の認知症に伴う感情失禁に対する効果について、糖尿病治療における臨床的な立場から解説する。 1.認知症と糖尿病の関連性 糖尿病と認知症は密接な関連性を持つことが近年の研究で明らかになっている。糖尿病では糖尿病のない人と比較して、アルツハイマー型認知症の発症リスクが約1.5倍、血管性認知症のリスクが約2倍高いとされている。この背景には、脳内のインスリン抵抗性によるインスリンシグナルの障害や酸化ストレス、慢性炎症などさまざまな機序が関連している 1)。 認知症では、記憶障害や見当識障害などの中核症状だけでなく、幻覚、妄想、焦燥、徘徊、暴力、抑うつ、睡眠障害、感情失禁、易怒性、社会的逸脱行動など周辺症状といわれるBPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia:行動・心理症状)が付随してみられることが多く、患者のQOLや介護者の負担に大きく影響する。 糖尿病に伴う認知機能障害では、前頭前野の機能低下が比較的早期から生じることが知られていることから、前頭前野は感情制御や行動抑制に深く関与しており、その障害がBPSDの出現、特に易怒性や感情失禁に関連する 2, 3)。
はじめに 遺伝医学の発展に伴い、多くの診療科において、遺伝学的検査が臨床検査の一部として行われるようになっている。遺伝学的検査はその特殊性として、生涯不変の遺伝情報が扱われること、将来発症する疾患を予測し得ること、血縁者などへの影響も生じ得ることなどから、患者・家族への心理的負担が非常に大きい。このため検査の実施に際しては、患者・家族の心理面への十分な配慮が必要とされる。特に、検査の実施を検討する際に生じる「遺伝性疾患の可能性を誰にどう伝えるのか」「検査の説明や実施の適切なタイミングはいつか」「受検への意思はどう確認すべきか」「未成年者の場合はどう考えるのか」などの問いについては、ひとつの正解があるわけではない。このため、患者にとっての最善とは何かを、患者・家族との対話を通じて共に考えていくプロセスが、一般診療科においても重要となる。この、対話を通じて共に考え意思決定に至るプロセスのことをSDM(shared decision making)という。日本語では共有意思決定などと訳されることもあるが、本稿ではSDMと表記する。 1.SDMとICの異同とそれぞれの役割 米国のNICE(National Institute for Health and Clinical Excellence)のガイドライン 1)によると、SDMとは「医療者と患者が協力してケアに関する意思決定を行うプロセス」であり、「エビデンスと、個々の患者の希望・信念・価値観の両方に基づいて、検査や治療を選択する」「医療者との話し合いを通じて、さまざまな選択肢のリスクとベネフィット、そして起こり得る結果を患者が理解できるようにする」と説明されている。つまり、検査や治療の意思決定に際し、医療者はEBM(evidence-based medicine)の視点だけでなく、患者の語りに耳を傾け、患者の希望・信念・価値観を十分に理解し、それに即した医療を実現しようとするNBM(narrative-based medicine)の視点をもつことが求められている。 IC(informed consent)とSDMの異同について、京都大学の中山は以下のように説明している。 ICは医療者が専門知識と経験で、(一般論として)良いとされる「答え」を知っている場合のコミュニケーションであり、患者は「医療者が示す(ほぼ唯一の)選択肢」を受け入れることが期待される。一方、SDMは、望ましい選択肢を示す研究の成果が不十分、すなわち「エビデンスの確実性が高くない」場合に特に大切になる。そのような状況では、患者も医療者も、どこに着地するか当初はわからないが、双方向のコミュニケーションを通して、目指す目標と、そこに近づく方法が次第に共有され、意思決定と合意に至る 2)。 すなわち、ICとSDMはどちらも医療における意思決定・合意形成において重要なものであるが、ICは選択肢がひとつしかない(確実性が高い)状況に適用され、SDMは選択肢が複数ある(不確実性が高い)状況で必要ということになる。なお、ICによる面接とSDMを目指す面接の違いは、表1のように整理できる。
はじめに アンドロゲン(男性ホルモンの総称)は、性機能にとどまらず、さまざまな代謝調節機能を持ち、特に糖代謝やインスリン感受性に深く関与する。前立腺がん治療で広く用いられるアンドロゲン抑制療法は、副作用として糖代謝異常やメタボリックシンドロームの発症リスクの上昇が指摘されている。 1.アンドロゲンの糖代謝への影響 アンドロゲンが糖代謝に及ぼす影響は、男性性腺機能低下症患者を対象とした研究や、テストステロン補充療法の研究によって検討されている。アンドロゲンは、除脂肪体重を増加させ、体脂肪量を減少させ、インスリン感受性を高める作用を持つ。テストステロン補充療法は、これらの体組成の変化を通じて、インスリン抵抗性を改善し、糖代謝を改善する可能性が報告されている 1)。また、アンドロゲンには遊離脂肪酸を減少させ、炎症を抑制する作用もあり、これらもインスリン抵抗性の改善に関与すると考えられている 2)。さらに、アンドロゲンは骨格筋、肝臓、脂肪組織におけるグルコースの取り込みやインスリンシグナル伝達を直接的に調節することが明らかとなっている 2)。アンドロゲンの糖代謝への影響は、多様な要因が関与し、複数のメカニズムが関わる複雑なものである。
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