はじめに 食事を摂ると唾液分泌や胃腸運動が活発になる。急に起き上がっても血圧はすぐ調節されて正常範囲に保たれる。これらの反応は全て無意識に行われる自律神経系の働きである。そのため、自律神経系は植物神経系あるいは不随意神経系ともいわれる。一方、人前で話す前には緊張して鼓動が高まる。心を落ち着かせると高まる鼓動も抑えられる。このように自律神経系は生体の恒常性の維持に重要な役割を担うだけでなく、意識や感情の影響も受ける。本稿では、自律神経系の基礎的事項を概説し、それを対象とする薬理活性について、特に循環系と泌尿器系を取り上げて説明する。 1.自律神経系の概要 生体にとって最も基本的な機能である循環、呼吸、消化、代謝、分泌、体温維持、排泄、生殖などを自律機能という。自律神経系は平滑筋、心筋、および腺を支配し、各種の自律機能を協調的に調節することにより、生体の恒常性(ホメオスタシス)の維持に重要な役割を担う 1~4)。 自律神経系は、内臓の感覚受容器からの情報を中枢神経系に伝える求心性神経(内臓の情報を伝えるので内臓求心性線維という)と、中枢神経系の指令を内臓器官に伝える遠心性神経よりなる。遠心性神経は交感神経と副交感神経に分けられる。
今回の論文 Lean ME, Leslie WS, et al. : Primary care-led weight management for remission of type 2 diabetes (DiRECT): an open-label, cluster-randomised trial. Lancet. 2018; 391(10120): 541-551. [PubMed] はじめに GLP-1受容体作動薬が登場してから、肥満を有する2型糖尿病患者の血糖コントロールにおける体重減少の重要性が再認識されるようになりました。特にGIP/GLP-1受容体のdual agonistであるチルゼパチド投与により、著明な体重減少と同時にHbA1c 5.7%未満、つまりほとんど血糖を正常化することが実現可能であることが明らかにされました。一方で、bariatric surgery(肥満外科手術)の有効性を検討した臨床試験の結果からも、著明な体重減少により2型糖尿病患者の血糖コントロールがほとんど正常化できることが示されています。 GLP-1受容体作動薬とbariatric surgeryとは薬物療法と手術療法との違いがありますが、その血糖コントロール改善のメカニズムは摂取エネルギーの低下、つまりエネルギー制限に起因する体重減少と考えられます。GLP-1受容体作動薬が登場するまでは、外来でどうしても血糖コントロールがうまくいかなかった患者さんでも、入院して摂取エネルギーを制限すると血糖コントロールがみるみるよくなる経験をされた読者の方も多いと思います。 2型糖尿病はインスリン抵抗性とインスリン分泌不全とによるインスリン作用の低下がその病態であると考えられています。インスリン抵抗性とインスリン分泌不全のどちらが先かは、「鶏が先か卵が先か」で現在も議論が続いていますが、結論が出ていません。本試験の主任研究者の一人であるTaylorは、以前から2型糖尿病の病態は過剰なエネルギー摂取による肝内脂肪の蓄積と、その結果として生ずる膵島内中性脂肪の増加であるとする“Twin-Cycle Hypothesis”を提唱してきました 1)。これまで彼が実施したproof-of-concept試験において、発症早期の肥満を有する2型糖尿病患者に低エネルギー食(~800kcal/日)を基礎とした生活習慣介入を実施することで、著明な体重減少により2型糖尿病を“寛解(remission)”することが可能であることが示されてきました。ここで“寛解(remission)”は「血糖降下薬の投与なしでHbA1c 6.5%未満を3カ月以上維持できた状態」と定義しています。そこで、このアプローチの臨床的有用性を検討するために実施されたのが本試験です。生活習慣介入試験であり、新しい薬剤も使用されていないのであまり注目(宣伝?)されなかったようですが、肥満症治療薬としてのGLP-1受容体作動薬のプロモーションが盛んな今、古い試験ですが原点回帰する意味でも今回取り上げました。
はじめに 現在、本邦では1型糖尿病に対する再生医療として、保険適用下で膵臓移植、膵島移植が行われている。一方で、2020年代に入り各国で1型糖尿病に対する幹細胞由来細胞移植の臨床試験が開始された。長期成績についても報告が始まっており、移植新章の幕開けを予期させる結果となっている。本邦でも、京都大学とオリヅルセラピューティクス社にてiPS細胞由来膵島細胞シートの第1/1b相の医師主導治験を開始、2025年2月に第1例の移植を施行し、新たな時代を迎えた。また、遺伝子改変による免疫回避システムを利用した免疫抑制剤フリーの膵島移植も臨床応用フェーズに入っており、1型糖尿病における再生医療が目まぐるしく進歩を遂げている。膵臓移植、膵島移植の概説も併せ、糖尿病治療における再生医療の現状と今後の展望について解説を行う。 1.膵臓移植 膵臓移植は1966年の膵腎同時移植の成功を契機に発展し、免疫抑制剤や手術技術の進歩により欧米を中心に普及した。日本では1984年に筑波大学で初の脳死下膵移植が行われ、1997年の臓器移植法施行後より普及が進み、2006年には保険適用となり、現在では全国の認定施設で移植が実施されている。術式は、膵腎同時移植(simultaneous pancreas-kidney transplantation:SPK)、腎移植後膵移植(pancreas after kidney transplantation:PAK)、膵単独移植(pancreas transplantation alone:PTA)の3種類に分類される。SPK、PAKは腎不全を伴う糖尿病患者で腎臓移植の適応があり(または腎移植後)、かつ内因性インスリン分泌が著しく低下している症例、PTAは専門的な治療でも血糖安定性の乏しい1型糖尿病症例が適応となる。SPKは末期腎不全を伴う糖尿病に対し、血糖と腎機能の両面から有効であり最も多く行われる。日本ではIL-2RA(Interleukin-2 receptor antagonist)や抗胸腺グロブリン(anti-thymocyte globulin:ATG)を用いた導入療法、タクロリムス(tacrolimus:TAC)・ミコフェノール酸モフェチル(mycophenolate mofetil:MMF)・ステロイドを併用した維持療法が主流である。米国ではATG単剤導入が多く、ステロイドフリーの維持療法も進んでいる。 2000〜2023年に日本で行われた膵臓移植555例のうち、SPKが86%、PAKが11%、PTAが3%であった。患者生存率は1年で95.9%、5年で92.2%、膵グラフトの生着率は1年で86.4%、5年で76.7%であり、SPKがほかの術式に比べて良好な成績を示している。一方でPAK/PTAでは免疫調整の難しさから拒絶反応の頻度が高く(25.3%)、SPKが2.4%であるのに比べ、生着維持が困難な傾向にある。移植後の悪性腫瘍は32例で、9例(28%)がPTLD(移植後リンパ増殖性疾患)であり、注意深い長期フォローが求められる 1, 2)。米国では年間約900例が行われ、SPKが90%を占める。2022年に施行された膵移植の1年後の膵グラフト生着率はSPKで90.8%、PTAで87.5%、PAKで84.4%であった。若年レシピエントでは拒絶率が高く、またEpstein-Barrウイルス(EBV)未感染者ではPTLDリスクが高いため、感染歴も考慮した術後管理が重要とされる 3)。
はじめに 現在、わが国における1型糖尿病の診断は、糖尿病の診断基準に基づく高血糖をもって行われており、治療としては、低下した自己インスリン分泌を補うインスリン自己注射療法もしくは膵・膵島移植が選択される。一方、欧米では発症早期の1型糖尿病に対して膵β細胞機能を保持させる目的で免疫修飾療法の臨床試験が盛んに行われていることに加え、臨床的発症以前のハイリスク者に対しても発症予防を目的とした免疫学的介入が試みられている。本稿では、予防的介入を前提とした1型糖尿病のステージ分類やスクリーニングを中心に、欧米の現状とわが国で始まりつつある取り組みについて概説する。 1.欧米における発症予防を目的とした臨床試験 これまで欧米では、1型糖尿病の発症予防を目的として、牛乳やグルテン曝露の回避、ニコチンアミドの投与、経口および経鼻的なインスリン抗原の投与、GAD-alum抗原の投与といった免疫学的介入に関する臨床試験が実施されてきたが(表1) 1)、2019年までは明らかな予防効果を示す報告はなかった。その後、2019年に欧米のTrialNet Study Groupより抗CD3抗体であるteplizumabの発症予防・遅延効果を示す画期的な試験結果が報告された。この試験では、リスク因子として(1)1型糖尿病の近親者、(2)膵島関連自己抗体を2個以上保有する、(3)耐糖能異常を有する(空腹時血糖値110〜125mg/dLまたは/かつ糖負荷2時間後血糖値140〜199mg/dL)、の3つの条件を満たす被験者に対してteplizumabが投与された。5年間の観察期間において、プラセボ投与群では32例中23例で1型糖尿病を発症したのに対して、teplizumab投与群では44例中19例の発症にとどまった(図1) 2)。発症を約2年遅らせる効果が得られたとして、同剤は米国においてFDAの承認を受けるに至った。
糖尿病治療は近年飛躍的に進歩し、選択肢が大きく広がった。1型糖尿病についても、新規治療法の長期にわたる開発努力が国際的に進み、一部は実装に向かいつつある。同時に診療現場においては、実用化された技術や機器を活用するため、知識のアップデートが求められる。本特集の企画にあたっては、治療の変革がもたらす近未来像を提示することに加え、一般に経験が重視される1型糖尿病の診療において、質の向上に直接役立つ具体的な知識の共有を目的とした。 欧米では1型糖尿病の臨床的発症前の段階からステージ分類が確立され、teplizumabによる発症予防効果が立証されている。中條大輔先生には、わが国における臨床的発症前のスクリーニングやモニタリングに関する観察研究(PREP-T1D)の取り組みについて紹介していただいた。 iPS細胞由来膵島細胞シートを用いた1型糖尿病対象の医師主導治験は、大きな注目と期待を集めている。中村聡宏先生と藤倉純二先生には、従来の膵臓移植や膵島移植から、最新の幹細胞由来細胞移植や低免疫原性膵島移植に至る広範な再生医療について、現状と今後の展望を詳しく解説していただいた。 現状、先進医療機器の進歩の中核はAIDとCGMであり、これらを使いこなすことは1型糖尿病診療の質に直結する。菅井啓自先生には、インスリンポンプやCGMの運用方法について、概要の説明ならびに外来ですぐ使えるTIPSとしてレポートの使い方を教示していただいた。 1型糖尿病の治療が進歩した一方で、腎不全が進行し透析導入が必要となる人は今もなお多く、膵腎同時移植について適切な情報提供がなされる機会の確保が望まれる。加来啓三先生と中村雅史先生には、移植登録の流れを含め、制度やアクセス手段についてわかりやすく説明していただいた。 1型糖尿病の治療を実践する際に、しばしば直面する障壁の代表がカーボカウントである。茂山翔太先生と真壁昇先生には、基礎カーボカウントと応用カーボカウントについて、また調理習慣がなく外食中心の人にカーボカウントを実践してもらう「取っ掛かり」をつかむ工夫について、詳しく解説していただいた。 いずれの項目も非常に読み応えがあり、1型糖尿病の診療に関わる医療従事者としての新たな気づきが得られる内容になっている。執筆にあたられた皆様に深く感謝申し上げるとともに、本特集が読者にとって日々の診療の質向上に役立つことを心から願っている。 著者のCOI (conflicts of interest)開示:鈴木 亮;講演料(田辺三菱製薬、ノボ ノルディスク ファーマ、アステラス製薬、グラクソ・スミスクライン、日本イーライリリー、住友ファーマ、MSD、日本ベーリンガーインゲルハイム)、矢部大介;講演料(ノボ ノルディスク ファーマ、日本ベーリンガーインゲルハイム、日本イーライリリー、住友ファーマ、田辺三菱製薬)、研究費・助成金(テルモ、日本ベーリンガーインゲルハイム)、寄附講座(ノボ ノルディスク ファーマ、大正製薬、アークレイ) 本論文のPDFをダウンロードいただけます
はじめに 希少遺伝子難病ウォルフラム症候群は、1938年に家族性の若年発症の糖尿病と視神経萎縮の合併としてWolframらによって報告された 1)。その後、尿崩症や感音性難聴および多彩な精神神経症状を呈することが報告され、主要な4徴候(diabetes insipidus:尿崩症、diabetes mellitus:糖尿病、optic atrophy:視神経萎縮、deafness:難聴)からDIDMOAD症候群とも呼ばれる。原因遺伝子WFS1が同定され 2)、遺伝子診断が可能となっている。本稿では、ウォルフラム症候群の病態、内分泌学的特徴および診断・治療ついて解説する。 1.ウォルフラム症候群の臨床像 ウォルフラム症候群では、10歳前後で発症するインスリン依存性の糖尿病が初発症状となる。やや遅れて視神経萎縮による視力障害が発症し、失明に至り得る。その後、中枢性尿崩症、聴力障害(感音性難聴)や尿路異常(水腎症、尿管の拡大)、神経症状(脳幹・小脳失調、けいれん)、精神症状(抑うつ、双極性障害など)を種々の組み合わせで進行性に合併し、尿路異常に伴う腎不全や、加えて神経症状を誘因とする種々の感染症などが生命予後を決定し得る 3)(図1)。経過は一般に進行性であるが、症例あるいは病期により、一部の症候のみを呈する場合がある。また、糖尿病発症後、視神経萎縮による症状が顕在化する前に尿崩症や難聴を診断される例や、比較的早期より精神神経症状が出現する場合や症状がなくても脳幹萎縮を呈する場合がある。このように症候が出現する順序に多様性が存在するため、尿崩症や感音性難聴、精神神経症状と糖尿病の合併をみた場合には、その後視神経萎縮が診断されることもあり、本症候群と疑い診療にあたることが重要である。一方、色覚異常と嗅覚障害が早期より出現する特異性の高い症状として、早期診断に有用である可能性が示唆されている 4)。日本での全国断面調査より、有病率は71万人に1人と推定されている 5)。 図1 ウォルフラム症候群の自然経過(文献4より改変) 治療は対症療法に限られ、平均死亡年齢は30歳(25~49歳)とされている。
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