はじめに インスリン抵抗性は、インスリンの血糖降下を含む代謝作用が低下している状態を示す。本稿では肥満に伴うインスリン抵抗性の成因を中心に概説し、臨床的に使用されるインスリン抵抗性の指標、およびインスリン抵抗性を改善する薬物とその薬理作用について紹介する。 1.脂肪細胞における糖・脂質代謝 脂肪組織は単に脂肪分が体内に蓄積しているだけでなく、脂肪細胞、血管などの間質細胞、免疫細胞など多くの細胞種により構成される。脂肪細胞は周囲を毛細血管や神経線維に覆われている。インスリンが脂肪細胞表面に存在するインスリン受容体に作用すると、インスリンシグナル伝達を介して細胞質のグルコース輸送体(glucose transporter:GLUT4)が細胞膜表面へとトランスロケーションし、血液中のグルコースが脂肪細胞内へと取り込まれ、血糖が低下する。グルコースは解糖系、TCAサイクルを経てクエン酸へと代謝され、これを基質として脂肪酸が合成・伸長されるが、インスリンはこの同化作用を促進する。脂肪酸はエステル化され中性脂肪となり、脂肪滴内に貯蔵される。一方で、脂肪組織の神経末端から分泌されるカテコラミンは脂肪細胞のβ3アドレナリン受容体に作用し、プロテインキナーゼA(PKA)の活性化を介して脂肪滴の表面に存在するホルモン感受性リパーゼなどのリン酸化を引き起こす。その結果脂肪分解が促進され、脂肪酸とグリセロールを血中に遊離することで、栄養素を必要な臓器に供給する(図1) 1)。このように、インスリンは脂肪細胞の代謝制御因子として重要な機能を担っている。 図1 脂肪細胞の脂質蓄積に対するインスリンとカテコラミンの作用(文献1より改変)
はじめに ミトコンドリア糖尿病(maternally inherited diabetes and deafness:MIDD)は糖尿病全体の1~2%を占め、MIDDが疑われる症例に遭遇することはまれではない。しかし、多くの医療従事者にとってミトコンドリアは高校や大学基礎課程で学習した程度であり、2018年の「医学教育モデル・コア・カリキュラム」改訂以前は医学教育にミトコンドリア病を含む臨床遺伝学は含まれていなかった。ミトコンドリアを標的とする新規糖尿病治療薬の登場や、遺伝学的検査の広がりによってミトコンドリアやMIDDに関する関心が高まっている。本稿では、ミトコンドリア機能の低下によって発症するミトコンドリア病ならびにMIDDについて解説し、MIDDの対応に必要な知識をまとめた。ミトコンドリア病の一疾患としてのMIDDに対する理解が深まれば願ってもないことである。 1.ミトコンドリアとは何か ミトコンドリアは細胞質に存在する小器官で、その最も重要な働きがアデノシン三リン酸(adenosine triphosphate:ATP)合成である。このATPは生命活動のためのエネルギーである。ミトコンドリアの形状はコッペパンのように描かれていることが多いが、実際には互いに融合と分離を繰り返してダイナミックに動いている(図1) 1)。細胞内のミトコンドリア数には著しい差異が認められ、代謝の盛んな組織では1細胞あたり1万個以上、リンパ球では数個、また赤血球では認められない 2)。ミトコンドリア1個あたりのDNAは2~10個(コピー)とされている。 ミトコンドリアが独自のDNAを持つことから示唆されるように、元々は別の生物であったとされる。今から16~20億年ほど前、われわれの遠い祖先にあたる真核細胞の前身で酸素を利用できなかった単細胞生物(古細菌、アーキア)に、ミトコンドリアの先祖にあたるプロテオバクテリア(酸素を使う好気性細菌の一種)が寄生し、共生と進化を経て現在のような「絶対共生」に到達したと考えられている。 ATPは、解糖系の最終代謝産物であるピルビン酸がミトコンドリア内膜の内側のマトリックスに入り、トリカルボン酸回路(tricarboxylic acid cycle:TCA回路)と呼吸鎖複合体を経て合成される。酸素を利用するTCA回路では、1分子のグルコースから最大で32分子のATPを合成することができるが、解糖系のみではたった2分子しか合成できない(図2) 3)。ミトコンドリアのTCA回路を得たわれわれの遠い祖先は、極めて効率よくエネルギーを産生する能力を獲得した。ATP1分子が加水分解(主にATP→ADP+Pi)の際に放出するエネルギーは約1.2×10−20calとされている。また、1日に合成されるATPの総量は体重に相当するともいわれている。 ミトコンドリアは血中に溶け込んだ酸素を用いて、摂取した栄養素を化学エネルギーに変換している。つまり、われわれが、日々食事を摂って呼吸することは究極的に生命維持に必須のATP合成に帰着している。この辺りのことをさらに知りたい方には、『忙しい人のための代謝学 ミトコンドリアがわかれば代謝がわかる』田中文彦著(羊土社)をお勧めする。
はじめに 若年発症成人型糖尿病(maturity-onset diabetes of the young:MODY)は単一遺伝子異常による糖尿病であり、糖尿病全体の0.1~0.2%程度を占めると考えられている。常染色体顕性遺伝形式をとり、若年発症、非肥満、およびインスリン分泌能低下を特徴とする 1)。MODYはそれぞれ若年発症の糖尿病という共通点をもつことに加え、独自の表現型を呈することが知られている。本稿ではわが国で遭遇する頻度が高いMODYについて、表現型および治療方針について概説する。 1.MODYの定義 従来、典型的なMODYは25歳以下で発症し、3世代以上にわたる糖尿病の家族歴を有するものと定義されてきた 2)。しかし近年では、20歳代以降に診断される例や孤発例の報告が蓄積されたことで、スクリーニング基準の検討が求められている。われわれもこれまでに新たなスクリーニング基準を提案した(表1) 3)。現在までにMODYの原因遺伝子は14種類が同定されているが、本邦で特に頻度が高いのはMODY1(HNF4A-MODY)、MODY2(GCK-MODY)、MODY3(HNF1A-MODY)、およびMODY5(HNF1B-MODY)である(表2)。またMODY関連遺伝子は相互に関連しており、表現型にも影響を及ぼすことが知られている(図1)。 表1 新たなスクリーニング基準(文献3より) *孤発例もあるため、必須の情報ではない。 表2 MODYの臨床像の特徴 図1 MODY関連遺伝子の相関図
近年のゲノム解析技術の進歩に伴って、遺伝子異常が惹起する代謝疾患、内分泌疾患への理解は飛躍的に深まってきている。これらの多くは、遺伝子変異によるホルモンの分泌異常や代謝経路の障害を伴い、その臨床像や治療戦略はそれによって大きく規定されている。 本特集では、これらの遺伝子異常に基づく代表的な内分泌代謝疾患を取り上げて、その病態生理や診断法から最新の治療アプローチに至るまでを、国内外の最新研究成果も交えつつ、斯界をリードする執筆陣によって、縦横に解説していただいた。さらに、遺伝学的検査の役割や遺伝カウンセリングの重要性についても、臨床現場における実践的な知見として提供するべく、広い視野で企画を進めた。 まずは冒頭において、髙橋佳大先生、堀川幸男先生に、MODYの定義から臨床像、診療上の留意点までを手際よくおまとめいただき、次いで、岩﨑直子先生によって、ミトコンドリア遺伝子異常による糖尿病について、ミトコンドリアの基礎医学からその疾患の臨床経過までを俯瞰していただいた。 また、主に内分泌領域に目を向ければ、石川敏夫先生にMENの病因から診断、治療の実際を、広範な視点から十二分に敷衍していただき、そして斯波真理子先生には、進捗著しい領域の一つである家族性高コレステロール血症について、その病態から今後の治療法に関してまでを、臨床の現場に即して記載していただいた。さらに入江航生先生、伊東伸朗先生には、骨代謝疾患、骨系統疾患について、多様な疾患の臨床像から診断、治療に至る道筋を余さずご解説いただき、のみならず田部勝也先生には、特徴的な疾患であるウォルフラム(Wolfram)症候群について、要点を漏らすことなく掻い摘まんでいただいている。 また、井原健二先生には、内分泌代謝疾患の領域における遺伝医療について、その倫理的側面も交えて網羅していただき、浦尾悠子先生には、遺伝学的検査におけるSDM(shared decision making)について、現状と具体例に基づいて詳述していただいた。 本特集の執筆陣は、その分野に広範な経験と知識を有する専門家の方々である。ご執筆の先生方のご尽力を多とするとともに、本特集によって、読者諸賢の理解が深まり、単一遺伝子異常による内分泌代謝疾患へのより適切な診断・治療の進歩に寄与し得る一助となれば、企画者としてこの上ない喜びである。今後も遺伝子研究の進展とともに、個別化医療の実現に向けた取り組みが一層強固となることを念頭に置きつつ、この「扉」を擱筆する。 著者のCOI (conflicts of interest)開示:本論文発表内容に関連して特に申告なし 本論文のPDFをダウンロードいただけます
はじめに 2024年の診療報酬改定では、特定疾患療養管理料および特定疾患処方管理加算の対象疾患から糖尿病、脂質異常症および高血圧症が除外され、代わりにこの3疾患を対象として、検査などを包括しない生活習慣病管理料(II)が新設された。そして、糖尿病に係る管理料は、脂質異常症や高血圧症よりも多く、主な管理料は10にも及ぶ。よって今回は、糖尿病と内分泌疾患に係る管理料について、医科点数表告示・通知、施設基準を基に概説する。 1.B000 特定疾患療養管理料について 1~4)(表1) 特定疾患療養管理料は、表1の施設基準告示別表第一に示す「甲状腺障害」および「処置後甲状腺機能低下症」を含む厚生労働大臣が定めた疾患を主病とする患者に対し、治療計画に基づき療養上必要な管理を行った場合に算定し、管理内容の要点を診療録に記載する。 「地域のかかりつけ医師」 が管理を行った場合、「1 診療所の場合」は225点、「2 許可病床数が100床未満の病院の場合」は147点、「3 許可病床数が100床以上200床未満の病院の場合」は87点を月2回に限り算定するが、200床以上の病院では算定できない。 初診日または初診日から1月以内に行った管理の費用は初診料に、退院日から1月以内に行った管理の費用は入院基本料に含まれ、算定できない。 情報通信機器が整備され届け出た保険医療機関において、医学管理をオンライン指針に沿って診療情報通信機器を用いて行った場合は、「1」、「2」、「3」の所定点数に代えて、それぞれ196点、128点、76点を算定する。 必要やむを得ない場合には、看護している家族などを通して療養上の管理を行った時も、特定疾患療養管理料を算定できる。
はじめに ―ギッテルマン症候群の頻度と認知度― ギッテルマン症候群については、多くの医療関係者でもすでに理解している方は少ないかもしれない。しかし、日本人における患者数は約500人に1人とされており、遺伝性疾患の中では最も頻度が高い病気である。この病気は必ずしも軽症とは限らず、多くの患者が慢性的な症状に苦しんでいる。ただ、医療関係者が症状を正しく理解しないために患者が適切に診断されないことや、自らの症状を「体が弱いから」と捉え、患者が病気の可能性を考えてない場合もある。偶然の血液検査で低カリウム血症が見つかる患者の多くはギッテルマン症候群の疑いがある。医療関係者は低カリウム血症を見つけても、症状がないために無視してしまうことがあるかもしれない。しかし、そうした患者の中には日常生活に支障をきたしている方も多くいる。このようなギッテルマン症候群患者は、適切な治療によって症状が改善し、日常生活を取り戻すことができる。本稿では、ギッテルマン症候群について詳しく解説する。 1.ギッテルマン症候群とは? ギッテルマン症候群は、腎臓の尿細管でナトリウムを再吸収する役割を持つナトリウムクロライド共輸送体(NCCT)をコードする遺伝子(SLC12A3)の異常により、尿中に大量のナトリウムが漏れ出し、それを補おうとする過程でカリウムも尿中に流出する。その結果、低カリウム血症が引き起こされる。
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