膵性糖尿病
https://doi.org/10.57554/2025-0078
はじめに
膵臓は、血糖降下作用を有するインスリンと血糖上昇作用を有するグルカゴンを分泌する内分泌機能を持つとともに、消化酵素を含む膵液を分泌する外分泌機能を持つため、血糖値の維持に重要な役割を果たす臓器である。膵切除後、慢性膵炎、膵癌などの疾患が原因で主にインスリン分泌の低下により二次性糖尿病を発症することがあり、これらは「膵性糖尿病」とも呼ばれる 1)。本稿では、特に膵切除後の膵性糖尿病の診断、治療について述べる。
1.症例
70代女性。健診の腹部エコーで偶発的に膵嚢胞性病変を指摘され、精査の結果膵体部の膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)と診断された。主膵管拡張を伴う主膵管型IPMNであったため、膵体尾部切除術を行う方針となった。術前検査ではHbA1c 5.5%、空腹時血糖値103mg/dLであった。
1)膵切除と糖尿病の発症
膵切除には膵部分切除と膵全摘があり、さらに膵部分切除の術式として膵頭部を切除する膵頭十二指腸切除術と、膵体尾部を切除する膵体尾部切除術がある。膵体尾部切除術を施行された患者のほうが、膵頭十二指腸切除術を施行された患者よりも術後の糖尿病を発症する割合が高かったという報告があり 2)、日本膵臓学会の『膵癌登録報告2007』によると膵体尾部癌切除術後の12.1%、膵頭部癌切除術後の8.5%に糖尿病の発症を認めたとの報告もある 3)。これは膵島が膵尾部に多く存在することも要因のひとつと考えられる。元々耐糖能正常であった症例が、膵部分切除後に耐糖能異常を発症するかどうかは術前の膵線維化の程度によるとされるが、術後にどの程度の血糖上昇をきたすのかを事前に予測することは難しい。症例によって大きく異なり、術後も耐糖能正常のままで推移する症例も少なくない。また、膵全摘を行った場合は内因性インスリン分泌が消失するため、インスリン依存型の糖尿病が必発である。内因性インスリン分泌の著明な低下もしくは消失という点では1型糖尿病に類似するが、膵全摘後は膵α細胞からのグルカゴン分泌も消失する。また、膵外分泌機能低下による消化吸収障害も加わることで血糖値の変動が大きくなり、血糖管理が困難となることが多い 4)。