ミトコンドリアの機能とそれへの薬理
https://doi.org/10.57554/2025-0090
はじめに
ミトコンドリアは赤血球を除く全ての真核細胞に存在し、好気的呼吸により効率よくアデノシン三リン酸(ATP)を産生し、全身の代謝を制御する。インスリンを産生し分泌する膵β細胞においては、ミトコンドリアで産生されたATPはKATPチャネルを閉鎖し、細胞の脱分極を誘導することによりグルコース応答性インスリン分泌を惹起する。また、小胞体などの細胞内小器官との相互作用や、ミトコンドリアオートファジー(マイトファジー)の異常が、膵β細胞の機能障害に関わることがわかっている。本稿では、糖代謝に関与する骨格筋、脂肪組織、肝臓、および膵β細胞におけるミトコンドリアの役割や糖尿病病態への関与、さらに既存の糖尿病治療薬がミトコンドリアに与える影響などに関して概説する。
1.骨格筋におけるミトコンドリアの役割
加齢による筋力低下(サルコペニア)は日常生活動作(ADL)や生活の質(QOL)の低下を招き、特に糖尿病患者においてはサルコペニアが進行しやすいため、骨格筋を標的とした治療戦略が求められている。骨格筋は全身の熱消費量の約30%を占め、生体内の組織の中で最もエネルギーを消費する。遅筋と速筋に大別され、遅筋においてはミトコンドリアが多く含まれ、主に好気的代謝を行い持久力運動などに関わる。速筋においては解糖系酵素の活性が高く、主に嫌気的代謝が行われ瞬発的な筋肉収縮に関わり、ミトコンドリア含量が少ない。高齢者や糖尿病患者の骨格筋では、ミトコンドリアの量や機能が低下していることがわかっている。骨格筋において、ミトコンドリアの機能低下はジアシルグリセロール(DAG)などの脂質の蓄積を誘導し、IRS-1(インスリン受容体基質-1)のセリンのリン酸化促進とチロシンのリン酸化阻害によりインスリン抵抗性を惹起する。また、DAGはトリアシルグリセロールとして骨格筋に蓄積し、サルコペニアの形成に関わる。ミトコンドリアの生合成や脂肪酸酸化に関与するPGC-1α(peroxisome proliferator-activated receptor gamma coactivator 1-alpha)は骨格筋、褐色脂肪細胞、肝臓などに発現し、2型糖尿病患者の骨格筋ではPGC-1αのプロモーター領域のメチル化の増加やmRNAの低下により、ミトコンドリアの機能や量の低下に関わる可能性が示されている 1)。PGC-1αは持続的な運動によって増加し、骨格筋特異的にPGC-1αを過剰発現したマウスでは、骨格筋のミトコンドリア量が増加し持久的運動能が上昇する。骨格筋においてPGC-1αにより増加し、血中に分泌されるマイオカインのIrisin(イリシン)は白色脂肪細胞のベージュ化を促進する 2)。また、ミトコンドリアの分裂に関わるDrp1(Dynamin-related protein 1)を骨格筋で欠損したマウスでは、ミトコンドリア病のバイオマーカーであるGDF15(Growth Differentiation Factor 15)が増加し、速筋の成長が阻害されることが示されている 3)。糖尿病治療薬のメトホルミンはミトコンドリアのComplex Ⅰを阻害し、アデノシン一リン酸(AMP)の増加およびAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)の活性化を誘導するが、AMPKα2は骨格筋においてミトコンドリアの生合成やPGC-1αの発現増加に寄与することが明らかとなっている 4)。