薬物の生体内動態 ―代謝と排泄―
https://doi.org/10.57554/2025-0023
はじめに
薬物が生体に投与されると、その多くは小腸から吸収され、門脈を経て、肝臓を通過する。この過程で、薬物の一部は代謝される。その後、薬物は血流によって体内の各組織に分布し、標的分子に作用する。そして、尿中や胆汁中に排泄される。効果を発揮するために必要な作用部位における薬物濃度は、こうした薬物の体内動態により決定される。すなわち、副作用を抑え、十分な薬効を得るためには、薬物の体内動態を把握することが必要不可欠である。この過程は、吸収(absorption)、分布(distribution)、代謝(metabolism)、排泄(excretion)の頭文字をとってADMEと呼ばれる。本稿では、薬物の消失に関わる代謝および排泄について概説し、薬物の効果や薬物相互作用との関係について述べる。
1.薬物の代謝
生体にとって異物である薬物は、体内で排泄されやすい形に変えられる。その過程が代謝であり、主に肝臓に存在する薬物代謝酵素により触媒される。通常、薬物は親水性が増加するように代謝を受ける。親水性の増加により膜透過性が低下し、腎尿細管での再吸収の減少、排泄の増加につながる。薬物の中には、代謝を受けることで活性を示すようになるものもあり、こうした薬物はプロドラッグと呼ばれる。薬物代謝酵素は基質特異性が低いという特徴があり、ひとつの酵素が多くの薬物を代謝する。薬物の薬物代謝酵素に対する親和性や発現量、同じ薬物代謝酵素の基質となる薬物の共存などにより、薬物の代謝は大きく変化する。
肝臓では、血漿タンパク非結合型の脂溶性薬物が肝細胞に取り込まれ、そのうち薬物代謝酵素の基質となる薬物が代謝を受ける。すなわち、肝臓で代謝されるのは門脈血中の薬物の一部であり、肝臓を通過した血液中では、代謝され変化した代謝産物と代謝されなかった未変化体が共存する。活性を持つ薬物が代謝後どの程度残っているか、排泄されやすい親水性に変化した薬物がどの程度存在するかが、薬理効果の発現にとって重要である。薬物代謝は、第Ⅰ相反応である酸化、還元、加水分解と第Ⅱ相反応である抱合とに大別される。
第Ⅰ相反応では、薬物のヒドロキシ化、エポキシ化、脱アルキル、脱アミノなどの酸化や、ニトロ基、アゾ基、オキシドなどの還元、エステル、アミド、ヒドラジドなどの加水分解が起こり、ヒドロキシ基やアミノ基、カルボキシ基などの極性基が生成あるいは導入される。酸化反応の多くは、活性中心にヘム鉄を有するヘムタンパク質シトクロムP450(CYP)により行われる。CYPには多くの分子種が存在し、分子種ごとに代謝する薬物は異なるが、基質特異性は低い。CYPはアミノ酸の相同性に基づいて命名されており、接頭語のCYPに続いて、ファミリーを示すアラビア数字、サブファミリーを示すアルファベット、分子種を示すアラビア数字の組合せで表される。ヒトでの薬物代謝に主に関与しているCYPは、CYP3A4、CYP2D6、CYP2C9、CYP2C19、CYP2E1、CYP1A2の6つである。
第Ⅱ相反応である抱合では、極性基に生体内極性成分が結合して、さらに極性が増す。抱合には、①UDP-グルクロン酸(UDPGA)を補酵素としてUDP-グルクロン酸転移酵素(UGT)により触媒されるグルクロン酸抱合、②活性硫酸(PAPS)を補酵素として硫酸基転移酵素(ST)により触媒される硫酸抱合、③グルタチオンS-転移酵素(GST)によりグルタチオンと結合するグルタチオン抱合などがある。抱合により、極性が増すだけでなく負の電荷を帯びるため、腎近位尿細管において有機アニオントランスポーターにより分泌されて排泄が増加する。