はじめに 認知症患者における感情失禁(イライラ)は、患者本人の生活の質(QOL)を低下させるだけでなく、介護者の負担を著しく増大させる症状である。特に糖尿病のある人においては、服薬や食事・運動療法の実施率が低下して血糖マネジメントが困難になるため、その対応は重要である。今回は、「抑よく肝散かんさん」の認知症に伴う感情失禁に対する効果について、糖尿病治療における臨床的な立場から解説する。 1.認知症と糖尿病の関連性 糖尿病と認知症は密接な関連性を持つことが近年の研究で明らかになっている。糖尿病では糖尿病のない人と比較して、アルツハイマー型認知症の発症リスクが約1.5倍、血管性認知症のリスクが約2倍高いとされている。この背景には、脳内のインスリン抵抗性によるインスリンシグナルの障害や酸化ストレス、慢性炎症などさまざまな機序が関連している 1)。 認知症では、記憶障害や見当識障害などの中核症状だけでなく、幻覚、妄想、焦燥、徘徊、暴力、抑うつ、睡眠障害、感情失禁、易怒性、社会的逸脱行動など周辺症状といわれるBPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia:行動・心理症状)が付随してみられることが多く、患者のQOLや介護者の負担に大きく影響する。 糖尿病に伴う認知機能障害では、前頭前野の機能低下が比較的早期から生じることが知られていることから、前頭前野は感情制御や行動抑制に深く関与しており、その障害がBPSDの出現、特に易怒性や感情失禁に関連する 2, 3)。
はじめに 遺伝医学の発展に伴い、多くの診療科において、遺伝学的検査が臨床検査の一部として行われるようになっている。遺伝学的検査はその特殊性として、生涯不変の遺伝情報が扱われること、将来発症する疾患を予測し得ること、血縁者などへの影響も生じ得ることなどから、患者・家族への心理的負担が非常に大きい。このため検査の実施に際しては、患者・家族の心理面への十分な配慮が必要とされる。特に、検査の実施を検討する際に生じる「遺伝性疾患の可能性を誰にどう伝えるのか」「検査の説明や実施の適切なタイミングはいつか」「受検への意思はどう確認すべきか」「未成年者の場合はどう考えるのか」などの問いについては、ひとつの正解があるわけではない。このため、患者にとっての最善とは何かを、患者・家族との対話を通じて共に考えていくプロセスが、一般診療科においても重要となる。この、対話を通じて共に考え意思決定に至るプロセスのことをSDM(shared decision making)という。日本語では共有意思決定などと訳されることもあるが、本稿ではSDMと表記する。 1.SDMとICの異同とそれぞれの役割 米国のNICE(National Institute for Health and Clinical Excellence)のガイドライン 1)によると、SDMとは「医療者と患者が協力してケアに関する意思決定を行うプロセス」であり、「エビデンスと、個々の患者の希望・信念・価値観の両方に基づいて、検査や治療を選択する」「医療者との話し合いを通じて、さまざまな選択肢のリスクとベネフィット、そして起こり得る結果を患者が理解できるようにする」と説明されている。つまり、検査や治療の意思決定に際し、医療者はEBM(evidence-based medicine)の視点だけでなく、患者の語りに耳を傾け、患者の希望・信念・価値観を十分に理解し、それに即した医療を実現しようとするNBM(narrative-based medicine)の視点をもつことが求められている。 IC(informed consent)とSDMの異同について、京都大学の中山は以下のように説明している。 ICは医療者が専門知識と経験で、(一般論として)良いとされる「答え」を知っている場合のコミュニケーションであり、患者は「医療者が示す(ほぼ唯一の)選択肢」を受け入れることが期待される。一方、SDMは、望ましい選択肢を示す研究の成果が不十分、すなわち「エビデンスの確実性が高くない」場合に特に大切になる。そのような状況では、患者も医療者も、どこに着地するか当初はわからないが、双方向のコミュニケーションを通して、目指す目標と、そこに近づく方法が次第に共有され、意思決定と合意に至る 2)。 すなわち、ICとSDMはどちらも医療における意思決定・合意形成において重要なものであるが、ICは選択肢がひとつしかない(確実性が高い)状況に適用され、SDMは選択肢が複数ある(不確実性が高い)状況で必要ということになる。なお、ICによる面接とSDMを目指す面接の違いは、表1のように整理できる。
はじめに アンドロゲン(男性ホルモンの総称)は、性機能にとどまらず、さまざまな代謝調節機能を持ち、特に糖代謝やインスリン感受性に深く関与する。前立腺がん治療で広く用いられるアンドロゲン抑制療法は、副作用として糖代謝異常やメタボリックシンドロームの発症リスクの上昇が指摘されている。 1.アンドロゲンの糖代謝への影響 アンドロゲンが糖代謝に及ぼす影響は、男性性腺機能低下症患者を対象とした研究や、テストステロン補充療法の研究によって検討されている。アンドロゲンは、除脂肪体重を増加させ、体脂肪量を減少させ、インスリン感受性を高める作用を持つ。テストステロン補充療法は、これらの体組成の変化を通じて、インスリン抵抗性を改善し、糖代謝を改善する可能性が報告されている 1)。また、アンドロゲンには遊離脂肪酸を減少させ、炎症を抑制する作用もあり、これらもインスリン抵抗性の改善に関与すると考えられている 2)。さらに、アンドロゲンは骨格筋、肝臓、脂肪組織におけるグルコースの取り込みやインスリンシグナル伝達を直接的に調節することが明らかとなっている 2)。アンドロゲンの糖代謝への影響は、多様な要因が関与し、複数のメカニズムが関わる複雑なものである。
はじめに 近年、わが国における遺伝学的検査の体制は急速に整備されており、先天性・遺伝性疾患の診断を目的とした検査は、医療機関のみならず、多様な提供形態を通じて実施されるようになっている。内分泌代謝疾患を専門とする医師を含む医療従事者が日常診療において遺伝性疾患に直面する機会は年々増加しており、診療現場では、遺伝学的検査や遺伝カウンセリングに関する基礎的かつ実践的な知識が求められる場面が増加している 1)。さらに、疾患の遺伝形式に関する説明や遺伝学的診断にとどまらず、保因者診断、出生前診断、発症前診断などの多様な対応が求められることがある。検査結果を説明した患者およびその家族に対しては、社会的・心理社会的背景を踏まえ、将来的な生活設計(ライフプラン)について共に検討していくことも、医療者の重要な役割のひとつである。本稿では、内分泌代謝専門医が日常診療で遭遇することの多い遺伝性疾患に対する遺伝学的検査の現状と、その適切な取り扱いに関する基本的な考え方について概説する。 1.内分泌代謝疾患における遺伝性疾患 2, 3) 1)概要 環境要因によって生じる外傷後の合併症や手術後の内分泌異常、ビタミン欠乏症などを除くと、多くの内分泌代謝疾患は多因子遺伝病として位置づけられる。一方で、単一遺伝子の病的バリアントによって発症する大多数の内分泌代謝疾患はそれぞれの疾患の有病率は低く、希少疾患に分類されるものの、その原因遺伝子の数は非常に多い。また、染色体異常に起因する症候群の一部では、内分泌疾患を合併することが知られている。これらの疾患の中には、遺伝学的診断が治療方針の決定や介入に直結するものも少なくない。 疾患の診断には、診察による理学所見に加えて、内分泌学的検査を含む体系的な臨床検査の実施が基本となる。加えて、発症年齢の特徴を理解し、遺伝学的検査を実施する時期(生後日齢や月齢など)について留意することも重要である。 遺伝子検査が臨床症状の出現よりも先行して行われる場合(例:発症前診断や胎内診断)には、一般的な診療の枠組みを超える対応が求められ、臨床遺伝専門医による適切な遺伝カウンセリングの提供が不可欠である。
Q&A編はこちら はじめに 低血糖は糖尿病患者の血糖管理において大きな障壁であり、できる限り避けたい副作用である。以前より低血糖はけいれん、意識障害につながるだけでなく、放置すれば死につながる危険な状態であることが認識されている 1)。さらに、最近では低血糖の中でもより重篤な重症低血糖が心血管イベントと死亡と関連することが報告され、その予防や対応がより一層重要になってきている。本稿では低血糖の危険性や原因、低血糖時の対処法、低血糖を予防するためのポイントを中心に解説する。 1.厳格な血糖コントロールのリスク 低血糖を考える上で、まずは今までの血糖コントロールに関する臨床試験を振り返りたい。1型糖尿病を対象にしたDCCT(Diabetes Control and Complications Trial)において、厳格に血糖管理を行うことで糖尿病網膜症や糖尿病腎症の進展を有意に抑制することが示された 2)。さらに、2型糖尿病を対象にしたUKPDS33においても、厳格な血糖管理により糖尿病網膜症や腎症といった細小血管症を有意に抑制することが報告された 3)。そこで、さらに厳格に血糖を管理することで心筋梗塞や脳卒中といった糖尿病患者の生命予後に大きな影響を与える大血管症も抑制することができるのではないかと考えられ、大規模なランダム化比較試験が施行された。しかし、その一つである心血管リスクの高い2型糖尿病患者を対象にしたACCORD試験において、予想とは逆に、より厳格に血糖を管理された強化治療群のほうが通常の標準治療群に比べて経過途中で死亡リスクが有意に高くなり、試験自体が中止されるという結果になった(図1) 4)。さらに死亡に関しても強化治療群において全死亡が有意に増加していただけでなく、心血管死も有意に増加していた。ACCORD試験の結果は、糖尿病診療に関わる多くの医療者にとって衝撃的なものであった。 図1 厳格な血糖管理と標準的な血糖管理に対する死亡率(文献4より)
はじめに 骨代謝疾患はカルシウムやリン、ビタミンDなどの代謝障害により、また骨系統疾患は骨や軟骨の発生、成長、分化の障害により骨格の形態や構造に異常をきたす疾患の総称である。骨系統疾患の多くが単一遺伝子疾患であり、個々の疾患単位としてはまれだが、最新版である2023年の国際分類においては41グループに分けられ、771疾患もの分類が記載されている 1)。疾患により骨形態の異常や低身長、関節の機能不全、易骨折性、骨変形などさまざまな症状・合併症を呈し、患者の日常生活にも支障をきたす。従来は対症療法が主であったが、近年では病態の解明に伴い治療薬の開発が進む疾患もいくつか存在する。本稿では、比較的疾患頻度の高い骨代謝疾患である低リン血症性くる病と、代表的骨系統疾患として低ホスファターゼ症、骨形成不全症、大理石骨病やその類縁疾患について概説する。 1.低リン血症性くる病と高リン血症性腫瘍状石灰沈着症 くる病・骨軟化症はいずれも骨石灰化障害により類骨が増加した病態であり、骨端線の閉鎖前・後でそれぞれくる病・骨軟化症と分類される。骨量全体が減少する骨粗鬆症とは異なる病態であり、くる病・骨軟化症では骨密度が低下しない症例も多いことに注意したい。くる病では、成長障害やO脚・X脚などの骨変形が特徴的であり、X線検査で骨端線の拡大や毛羽立ち、骨幹端における杯状陥凹(cupping)などが確認される。骨軟化症では、骨形成の低下によるマイクロクラックの蓄積に起因する偽骨折が多発し、全身の骨痛および歯髄炎や歯肉膿瘍を呈する。肋骨、大腿骨頭、長管骨の骨幹部、踵骨、中足骨などに偽骨折に伴う疼痛が多発し、骨シンチグラフィーで上記の特異的な箇所の骨折や偽骨折部位への集積を確認することが、骨粗鬆症やほかの全身性に疼痛を生じ得る疾患との鑑別に有用である。 先天性低リン血症性くる病の原因として、線維芽細胞増殖因子(fibroblast growth factor:FGF)23関連疾患、腎尿細管障害、ビタミンD代謝異常が挙げられ、それぞれに複数の原因遺伝子が知られている(表1) 2)。PHEX遺伝子が原因でFGF23関連低リン血症を惹起するX染色体連鎖性低リン血症性くる病(X-linked hypophosphatemic rickets:XLH)は国内外でおよそ2万人に1人の有病率と推定され、先天性低リン血症性くる病の中で最多である 3)。 くる病・骨軟化症が上述の症状および画像検査から診断された場合、原因の精査として図1のように血清P(およびアルブミン補正Ca)、アルカリフォスファターゼ(ALP)や骨型ALP(BAP)、副甲状腺ホルモン(PTH)、25(OH)ビタミンD、1,25(OH)2ビタミンD、intact FGF23を適宜測定し、蓄尿または尿中クレアチニンなどで補正した尿中P排泄を評価して診断を進める 4)。XLHなどのFGF23関連低リン血症の遺伝子検査はかずさDNA研究所で実施可能だが、保険適用にはなっていない。またlarge deletionなどによる病態も多く、エキソーム解析のみでは診断感度に限界があることに注意したい。 FGF23関連疾患に対する治療として、完全ヒト型抗FGF23モノクローナル抗体(ブロスマブ)が病態に即しており、標準治療として確立されつつある。ビタミンD依存症に対しては、天然型および活性型ビタミンD製剤を適宜選択し治療を行う。その他の尿細管障害による慢性低リン血症などの治療では、経口リン製剤と活性型ビタミンD製剤が使用される。ただし経口リン製剤の過剰投与は長期的に二次性・三次性副甲状腺機能亢進症、および高Ca尿症に伴う尿路結石症と尿濃縮力障害による腎前性腎不全を繰り返すことで慢性腎臓病の進展リスクが高まるため注意が必要である。経口リン製剤による血清リン濃度の上昇は1~2時間程度しか認められないため、1日4〜6回に分けて投与する必要がある。また上記合併症の発症リスクを低減させるため、投与後約1時間で血清リン濃度が基準範囲下限前後となる程度に1回あたりの投与量を調整することが望ましい。経口リン製剤や活性型ビタミンD製剤の長期服用中は血液検査で二次性、三次性副甲状腺機能亢進症をモニターし、三次性副甲状腺機能亢進症発症時には即座に副甲状腺摘出術やカルシウム感知受容体作動薬の開始を検討することが推奨される。 高リン血症性家族性腫瘍状石灰沈着症(hyperphosphatemic familial tumoral calcinosis:HFTC)はGALNT3、FGF23、KLOTHO遺伝子の両アレルにおける機能喪失型バリアントが原因の遺伝性疾患である。本疾患では、FGF23作用障害による慢性高リン血症が大関節周囲に粗大な皮下石灰沈着を惹起し、低リン血症性くる病・骨軟化症とは対極をなす病態といえる 5)。
Q&A編はこちら はじめに 糖尿病患者を介した眼科医と内科医などで連携する手帳が、2種存在する。1つ目は日本糖尿病協会による「糖尿病連携手帳」である。ホームページによると、年間発行部数は約200万部、累計約2,000万部の発行実績である 1)。一方は、日本糖尿病眼学会による「糖尿病眼手帳」である。2020年3月末時点で280万部以上が発行 2)とのことで、眼科医の筆者としても、臨床上の実感に合致する。今回、2種の手帳の記載項目を比較し、視力障害の療養支援、特に歩行、生活訓練の観点から検討してみる。 1.糖尿病連携手帳 糖尿病連携手帳(図1)にしかない項目が「光凝固:未・済」である。実はこれが、注目すべき項目で求心性視野障害が想起される。増殖網膜症患者で汎網膜光凝固術が施行された場合に、中心10度程度の求心性視野障害を合併することがある。ただし、増殖網膜症でない(単純、増殖前網膜症)の場合には、汎網膜でなく、局所網膜での光凝固術であることが多く、視野障害は生じにくい。増殖網膜症で光凝固済のケースでは、求心性視野狭窄による歩行障害を確認する必要がある。
はじめに 家族性高コレステロール血症(FH)は、①高LDLコレステロール(LDL-C)血症、②早発性冠動脈疾患、③腱・皮膚黄色腫を3主徴とする常染色体遺伝性疾患である。FH患者では生下時から高LDL-C血症が持続し、若年時から冠動脈硬化症の進展を認めるため、FHは単独できわめて冠動脈疾患のリスクが高い疾患である。未治療のFHヘテロ接合体(HeFH)では、冠動脈疾患発症リスクが約13倍高いことが報告されている。 日本人においても他国と同様300人に1人という高頻度でHeFHが存在し、30万人以上の患者がいると考えられる。早期診断により適切な治療につなげることで、FHは確実に予後を改善できる病気であることを念頭に診療にあたり、本人、さらには家族スクリーニング(カスケードスクリーニング)を実施することにより、若年死の予防が可能になる。 1.FHの病態 1)高LDL-C血症 日本人HeFHの未治療時の平均LDL-Cは248mg/dLで、男女差は認めなかった 1)。HeFHの血清総コレステロール値は正常者の約2倍、FHホモ接合体(HoFH)は約4倍の値を示す。LDL-C値が高い場合、特に薬物治療への反応が悪い場合にはFHを疑うべきである。 2)早発性冠動脈疾患 早発性冠動脈疾患患者は全てFHの可能性がある。高LDL-C血症があれば、FHの可能性が高い。急性冠症候群(ACS)の急性期にはLDL-C値が低下することが知られており、注意が必要である。 3)腱・皮膚黄色腫 FHの診断において、腱黄色腫や皮膚黄色腫の存在が重要である。特にHoFHでは若年から黄色腫が顕著になるが、黄色腫がない場合でもFHを否定するべきではなく、遺伝学的検査が診断上重要な位置を占める。 4)角膜輪 50歳未満のFH患者に見られる角膜輪は診断的価値が高いが、高齢者にも類似の症状が見られ、鑑別が必要である。 5)FHにおけるその他のリスク因子 HeFHにおける冠動脈疾患のリスク因子として、糖尿病、低HDL-C血症、喫煙、高LDL-C、アキレス腱肥厚、高トリグリセライド(TG)血症などが挙げられる。また、高Lp(a)血症がリスク因子であることも報告されている。これらにより、動脈硬化のリスクを評価して、制御できるリスクをできる限り低下させることが重要である。
要約 当院のインスリン注射患者数は172名(2022年10月時点)である。使用デバイスはプレフィルド製剤(使い捨て)141名(82.0%)に対して、カートリッジ製剤(詰め替え)31名(18.0%)と少ない現状がある。カートリッジ製剤には詰め替えの手間があるが、低価格、廃棄物削減が考えられる。インスリン注射中の患者を抽出し対象者に情報提供し、その後、カートリッジ製剤の変更者にアンケート(横断調査)を実施した。結果は情報提供56名、変更者45名(80.4%)、アンケート回収43名、変更してよかった38名(88.4%)であった。メリットは経済性、ゴミの減量などだけでなく、冷蔵庫を占拠していた保管スペースが減り、家族のストレスがなくなったとの回答もあった。デメリットは詰め替えが面倒、デバイスが重たいなどの回答があった。なお、窓口負担の減額により、CGMの提案やスポーツジムの提案ができた。今後はチーム医療で患者に十分なデバイスの説明を行い、患者の意向を尊重したインスリン導入、継続支援ができるよう努める必要があると考える。
ポイント リアルタイムCGMを併用したインスリンポンプ療法のことを、Sensor Augmented Pump(SAP)と呼び、さらにCGMと連動し自動で基礎インスリンを増減する注入方法を、Automated Insulin Delivery(AID)と呼ぶ。 AIDの中で、手動によりボーラスインスリンを投与可能なものがHybrid Closed Loop(HCL)療法とされる。 HCLに、追加インスリンによる自動補正を加えたものをAdvanced Hybrid Closed Loop(AHCL)と呼び、メドトロニック社のMiniMedTM780G Systemと、Tandem社のt:slim X2TM insulin pump with Control-IQ+ technologyが該当する。 1.総論 持続皮下インスリン注入療法(continuous subcutaneous insulin infusion:CSII、通称:インスリンポンプ療法)はデバイスやシステムの進化が血糖コントロールの改善に直結するといっても過言ではなく、現代の治療法の理解のために、まず現在までの開発の歴史を示す(図1) 1)。1976年に遡るが、インスリンポンプとして市販された最初のデバイスは、ベッドサイド据置型の大型のものであった 2)。そして持続血糖モニター(continuous glucose monitoring:CGM)が米国食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA)に初めて承認されたのは1999年で、2015年にメドトロニック社のMiniMedTM640G SystemがCGMによる低血糖発生時の自動注入停止(predictive low glucose suspend:PLGS)を備えた初めてのモデルで発売となり、ランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)でも低血糖の発生を抑制している 3)。 HCLのAIDとして初めて市販されたのは2016年で、メドトロニック社のMiniMedTM670G Systemであるが、日本では発売されていなかったが、その後Bluetooth機能を追加で有したMiniMedTM770G Systemが世界に遅れること2022年に導入となった。 そしてさらにMiniMedTM780G Systemのモデルから追加インスリンによる自動補正も加わったAHCLとして呼称されるAIDとなり、2023年に世界で使用できるようになっている。また、MiniMedTM770G SystemからMiniMedTM780G Systemへのアップデートは追加インスリンによる自動補正だけでなく、オートモードの目標血糖値が120mg/dLに加えて、110mg/dLや100mg/dLとより低い値が選択できるようにもなっている。その他、ガーディアンTM4センサーのキャリブレーションも必要としなくなったことで、実際に使用する患者側の負担も大きく軽減された。MiniMedTMでのHCLとAHCLによる12週間の治療期間のRCTでは、AHCL群で低血糖を増やさず高血糖を抑制している 4)。 本稿ではAHCLのAIDに関する有効性のエビデンスを解説し、MiniMedTM780G System使用の実例や今後期待されるインスリンポンプの未来を紹介する。
はじめに 多発性内分泌腫瘍症(multiple endocrine neoplasia:MEN)は複数の内分泌臓器に腫瘍を生じる疾患で1型(MEN1)と2型(MEN2)に大別される。両者とも有病率は3~4万人に1人程度と推定され 1)、常染色体顕性遺伝を示すが家族歴のないde novo変異による発症例も存在する。本稿ではこれらについて概説する。 1.MEN1 2) 1)病因 11番染色体長腕(11q13.1)にあるMEN1遺伝子の機能喪失型変異による。MEN1遺伝子がコードするmeninが腫瘍形成促進因子JunDの働きを抑制することなどから、MEN1遺伝子はがん抑制遺伝子と考えられている。すなわち、片親から異常MEN1遺伝子を受け継ぎ、もう片親由来の正常MEN1遺伝子の機能が欠失などで失われると細胞が腫瘍化すると考えられる。 2)臨床像 原発性副甲状腺機能亢進症・膵消化管神経内分泌腫瘍・下垂体前葉神経内分泌腫瘍を3主徴とする(表1) 1, 3)。ほぼ全例で40~50歳までにまず原発性副甲状腺機能亢進症を発症するが、他主徴の先行例もあること、3主徴以外にも多くの内分泌組織に腫瘍を生じ得ること、膵消化管神経内分泌腫瘍の一部と胸腺神経内分泌腫瘍は悪性度が高いことなどに注意を要する。ホルモン非産生腫瘍としては、中枢神経系の髄膜種(MEN1の約8%にみられる)・上衣種(同約1%)、皮膚の顔面血管線維腫(同約85%)・コラゲノーマ(同約70%)・脂肪腫(同約30%)、さらに甲状腺腫瘍、乳癌、子宮筋腫などを合併する。なお、MEN1変異のタイプと臨床像や予後の関連を示す研究も存在するが、実臨床で役立つほどのものではない。
はじめに インスリン抵抗性は、インスリンの血糖降下を含む代謝作用が低下している状態を示す。本稿では肥満に伴うインスリン抵抗性の成因を中心に概説し、臨床的に使用されるインスリン抵抗性の指標、およびインスリン抵抗性を改善する薬物とその薬理作用について紹介する。 1.脂肪細胞における糖・脂質代謝 脂肪組織は単に脂肪分が体内に蓄積しているだけでなく、脂肪細胞、血管などの間質細胞、免疫細胞など多くの細胞種により構成される。脂肪細胞は周囲を毛細血管や神経線維に覆われている。インスリンが脂肪細胞表面に存在するインスリン受容体に作用すると、インスリンシグナル伝達を介して細胞質のグルコース輸送体(glucose transporter:GLUT4)が細胞膜表面へとトランスロケーションし、血液中のグルコースが脂肪細胞内へと取り込まれ、血糖が低下する。グルコースは解糖系、TCAサイクルを経てクエン酸へと代謝され、これを基質として脂肪酸が合成・伸長されるが、インスリンはこの同化作用を促進する。脂肪酸はエステル化され中性脂肪となり、脂肪滴内に貯蔵される。一方で、脂肪組織の神経末端から分泌されるカテコラミンは脂肪細胞のβ3アドレナリン受容体に作用し、プロテインキナーゼA(PKA)の活性化を介して脂肪滴の表面に存在するホルモン感受性リパーゼなどのリン酸化を引き起こす。その結果脂肪分解が促進され、脂肪酸とグリセロールを血中に遊離することで、栄養素を必要な臓器に供給する(図1) 1)。このように、インスリンは脂肪細胞の代謝制御因子として重要な機能を担っている。 図1 脂肪細胞の脂質蓄積に対するインスリンとカテコラミンの作用(文献1より改変)
はじめに ミトコンドリア糖尿病(maternally inherited diabetes and deafness:MIDD)は糖尿病全体の1~2%を占め、MIDDが疑われる症例に遭遇することはまれではない。しかし、多くの医療従事者にとってミトコンドリアは高校や大学基礎課程で学習した程度であり、2018年の「医学教育モデル・コア・カリキュラム」改訂以前は医学教育にミトコンドリア病を含む臨床遺伝学は含まれていなかった。ミトコンドリアを標的とする新規糖尿病治療薬の登場や、遺伝学的検査の広がりによってミトコンドリアやMIDDに関する関心が高まっている。本稿では、ミトコンドリア機能の低下によって発症するミトコンドリア病ならびにMIDDについて解説し、MIDDの対応に必要な知識をまとめた。ミトコンドリア病の一疾患としてのMIDDに対する理解が深まれば願ってもないことである。 1.ミトコンドリアとは何か ミトコンドリアは細胞質に存在する小器官で、その最も重要な働きがアデノシン三リン酸(adenosine triphosphate:ATP)合成である。このATPは生命活動のためのエネルギーである。ミトコンドリアの形状はコッペパンのように描かれていることが多いが、実際には互いに融合と分離を繰り返してダイナミックに動いている(図1) 1)。細胞内のミトコンドリア数には著しい差異が認められ、代謝の盛んな組織では1細胞あたり1万個以上、リンパ球では数個、また赤血球では認められない 2)。ミトコンドリア1個あたりのDNAは2~10個(コピー)とされている。 ミトコンドリアが独自のDNAを持つことから示唆されるように、元々は別の生物であったとされる。今から16~20億年ほど前、われわれの遠い祖先にあたる真核細胞の前身で酸素を利用できなかった単細胞生物(古細菌、アーキア)に、ミトコンドリアの先祖にあたるプロテオバクテリア(酸素を使う好気性細菌の一種)が寄生し、共生と進化を経て現在のような「絶対共生」に到達したと考えられている。 ATPは、解糖系の最終代謝産物であるピルビン酸がミトコンドリア内膜の内側のマトリックスに入り、トリカルボン酸回路(tricarboxylic acid cycle:TCA回路)と呼吸鎖複合体を経て合成される。酸素を利用するTCA回路では、1分子のグルコースから最大で32分子のATPを合成することができるが、解糖系のみではたった2分子しか合成できない(図2) 3)。ミトコンドリアのTCA回路を得たわれわれの遠い祖先は、極めて効率よくエネルギーを産生する能力を獲得した。ATP1分子が加水分解(主にATP→ADP+Pi)の際に放出するエネルギーは約1.2×10−20calとされている。また、1日に合成されるATPの総量は体重に相当するともいわれている。 ミトコンドリアは血中に溶け込んだ酸素を用いて、摂取した栄養素を化学エネルギーに変換している。つまり、われわれが、日々食事を摂って呼吸することは究極的に生命維持に必須のATP合成に帰着している。この辺りのことをさらに知りたい方には、『忙しい人のための代謝学 ミトコンドリアがわかれば代謝がわかる』田中文彦著(羊土社)をお勧めする。
はじめに 若年発症成人型糖尿病(maturity-onset diabetes of the young:MODY)は単一遺伝子異常による糖尿病であり、糖尿病全体の0.1~0.2%程度を占めると考えられている。常染色体顕性遺伝形式をとり、若年発症、非肥満、およびインスリン分泌能低下を特徴とする 1)。MODYはそれぞれ若年発症の糖尿病という共通点をもつことに加え、独自の表現型を呈することが知られている。本稿ではわが国で遭遇する頻度が高いMODYについて、表現型および治療方針について概説する。 1.MODYの定義 従来、典型的なMODYは25歳以下で発症し、3世代以上にわたる糖尿病の家族歴を有するものと定義されてきた 2)。しかし近年では、20歳代以降に診断される例や孤発例の報告が蓄積されたことで、スクリーニング基準の検討が求められている。われわれもこれまでに新たなスクリーニング基準を提案した(表1) 3)。現在までにMODYの原因遺伝子は14種類が同定されているが、本邦で特に頻度が高いのはMODY1(HNF4A-MODY)、MODY2(GCK-MODY)、MODY3(HNF1A-MODY)、およびMODY5(HNF1B-MODY)である(表2)。またMODY関連遺伝子は相互に関連しており、表現型にも影響を及ぼすことが知られている(図1)。 表1 新たなスクリーニング基準(文献3より) *孤発例もあるため、必須の情報ではない。 表2 MODYの臨床像の特徴 図1 MODY関連遺伝子の相関図
近年のゲノム解析技術の進歩に伴って、遺伝子異常が惹起する代謝疾患、内分泌疾患への理解は飛躍的に深まってきている。これらの多くは、遺伝子変異によるホルモンの分泌異常や代謝経路の障害を伴い、その臨床像や治療戦略はそれによって大きく規定されている。 本特集では、これらの遺伝子異常に基づく代表的な内分泌代謝疾患を取り上げて、その病態生理や診断法から最新の治療アプローチに至るまでを、国内外の最新研究成果も交えつつ、斯界をリードする執筆陣によって、縦横に解説していただいた。さらに、遺伝学的検査の役割や遺伝カウンセリングの重要性についても、臨床現場における実践的な知見として提供するべく、広い視野で企画を進めた。 まずは冒頭において、髙橋佳大先生、堀川幸男先生に、MODYの定義から臨床像、診療上の留意点までを手際よくおまとめいただき、次いで、岩﨑直子先生によって、ミトコンドリア遺伝子異常による糖尿病について、ミトコンドリアの基礎医学からその疾患の臨床経過までを俯瞰していただいた。 また、主に内分泌領域に目を向ければ、石川敏夫先生にMENの病因から診断、治療の実際を、広範な視点から十二分に敷衍していただき、そして斯波真理子先生には、進捗著しい領域の一つである家族性高コレステロール血症について、その病態から今後の治療法に関してまでを、臨床の現場に即して記載していただいた。さらに入江航生先生、伊東伸朗先生には、骨代謝疾患、骨系統疾患について、多様な疾患の臨床像から診断、治療に至る道筋を余さずご解説いただき、のみならず田部勝也先生には、特徴的な疾患であるウォルフラム(Wolfram)症候群について、要点を漏らすことなく掻い摘まんでいただいている。 また、井原健二先生には、内分泌代謝疾患の領域における遺伝医療について、その倫理的側面も交えて網羅していただき、浦尾悠子先生には、遺伝学的検査におけるSDM(shared decision making)について、現状と具体例に基づいて詳述していただいた。 本特集の執筆陣は、その分野に広範な経験と知識を有する専門家の方々である。ご執筆の先生方のご尽力を多とするとともに、本特集によって、読者諸賢の理解が深まり、単一遺伝子異常による内分泌代謝疾患へのより適切な診断・治療の進歩に寄与し得る一助となれば、企画者としてこの上ない喜びである。今後も遺伝子研究の進展とともに、個別化医療の実現に向けた取り組みが一層強固となることを念頭に置きつつ、この「扉」を擱筆する。 著者のCOI (conflicts of interest)開示:本論文発表内容に関連して特に申告なし 本論文のPDFをダウンロードいただけます
はじめに 2024年の診療報酬改定では、特定疾患療養管理料および特定疾患処方管理加算の対象疾患から糖尿病、脂質異常症および高血圧症が除外され、代わりにこの3疾患を対象として、検査などを包括しない生活習慣病管理料(II)が新設された。そして、糖尿病に係る管理料は、脂質異常症や高血圧症よりも多く、主な管理料は10にも及ぶ。よって今回は、糖尿病と内分泌疾患に係る管理料について、医科点数表告示・通知、施設基準を基に概説する。 1.B000 特定疾患療養管理料について 1~4)(表1) 特定疾患療養管理料は、表1の施設基準告示別表第一に示す「甲状腺障害」および「処置後甲状腺機能低下症」を含む厚生労働大臣が定めた疾患を主病とする患者に対し、治療計画に基づき療養上必要な管理を行った場合に算定し、管理内容の要点を診療録に記載する。 「地域のかかりつけ医師」 が管理を行った場合、「1 診療所の場合」は225点、「2 許可病床数が100床未満の病院の場合」は147点、「3 許可病床数が100床以上200床未満の病院の場合」は87点を月2回に限り算定するが、200床以上の病院では算定できない。 初診日または初診日から1月以内に行った管理の費用は初診料に、退院日から1月以内に行った管理の費用は入院基本料に含まれ、算定できない。 情報通信機器が整備され届け出た保険医療機関において、医学管理をオンライン指針に沿って診療情報通信機器を用いて行った場合は、「1」、「2」、「3」の所定点数に代えて、それぞれ196点、128点、76点を算定する。 必要やむを得ない場合には、看護している家族などを通して療養上の管理を行った時も、特定疾患療養管理料を算定できる。
はじめに ―ギッテルマン症候群の頻度と認知度― ギッテルマン症候群については、多くの医療関係者でもすでに理解している方は少ないかもしれない。しかし、日本人における患者数は約500人に1人とされており、遺伝性疾患の中では最も頻度が高い病気である。この病気は必ずしも軽症とは限らず、多くの患者が慢性的な症状に苦しんでいる。ただ、医療関係者が症状を正しく理解しないために患者が適切に診断されないことや、自らの症状を「体が弱いから」と捉え、患者が病気の可能性を考えてない場合もある。偶然の血液検査で低カリウム血症が見つかる患者の多くはギッテルマン症候群の疑いがある。医療関係者は低カリウム血症を見つけても、症状がないために無視してしまうことがあるかもしれない。しかし、そうした患者の中には日常生活に支障をきたしている方も多くいる。このようなギッテルマン症候群患者は、適切な治療によって症状が改善し、日常生活を取り戻すことができる。本稿では、ギッテルマン症候群について詳しく解説する。 1.ギッテルマン症候群とは? ギッテルマン症候群は、腎臓の尿細管でナトリウムを再吸収する役割を持つナトリウムクロライド共輸送体(NCCT)をコードする遺伝子(SLC12A3)の異常により、尿中に大量のナトリウムが漏れ出し、それを補おうとする過程でカリウムも尿中に流出する。その結果、低カリウム血症が引き起こされる。
はじめに 水バランスは、口渇による水分摂取とバソプレシン(arginine vasopressin:AVP)の作用による腎臓における水の再吸収で調節されている。水バランスの破綻が、血清ナトリウム(Na)濃度の異常となって現れる。血清Na濃度135mEq/L未満の病態が低Na血症 1)と定義される。 1.水バランスの調節 血清Na濃度すなわち浸透圧が上昇すると、①下垂体後葉からAVPが分泌され、腎集合管で水の再吸収が促進される、②口渇感が生じ水分摂取が促される、という2つの調節機構により血漿浸透圧は低下するように調節される 2)。血漿浸透圧が低下した場合(血清Na濃度は低下)はその逆が生じる。これらの調節機構により、日々の塩分や水の摂取量が変化しても血漿浸透圧は1~2%の変動に抑えられる。 AVPの分泌は、非浸透圧性の刺激、すなわち循環血漿量の低下によっても促進される。この非浸透圧性の刺激は、有効循環血漿量が15%以上減少すると活性化されるが 3)、この刺激は浸透圧性の刺激より強く、浸透圧が低い状況においてもAVPの分泌は促進され得る。これは、浸透圧調節よりも有効循環血漿量を維持することのほうが重要であるためと考えられ、一部の低Na血症の病態の発症に関与している。
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