はじめに 現代社会では、科学技術の発達と生活の利便性向上により身体を動かす機会が減少し、種々の生活習慣病を発症させる要因となっている。また、information technology(IT)の普及に伴い、巷に溢れた情報が精神的な負担となり、うつやストレスの原因となっている。こういった健康を蝕むさまざまな脅威に直面する現代人にとって、主体的に運動・スポーツに親しむことは、体力の維持・増進、疾病やうつの予防、ストレスの軽減など、心身の健康に大きな効果をもたらすことが期待されている 1)。 心身での健康は脳と身体が互いにうまく調節し合って達成できるが、これらを仲介するルートの一つが血流であり、ホルモンをはじめとする種々の化学物質を運んでいる。古典的には、脳の視床下部と下垂体からは、ストレス応答に関わる副腎皮質をはじめ、甲状腺、生殖器などの内分泌器官にホルモンを分泌させるための指令(分泌刺激ホルモン)を血中に放出することが知られてきた。しかし、近年、視床下部をはじめ脳中枢は、消化管から血中に分泌されるグレリンやpeptide YY(PYY)、glucagon-like peptide-1(GLP-1)といったホルモン、脂肪組織から分泌されるレプチンなどの情報を身体から受け取り、空腹・満腹感といった食欲や身体のエネルギー状態を調節する働きを有するなど 2)、脳と身体の連関に関わる多くのホルモン群が注目されてきた。さらに、こうした脳と身体の関わりは、視床下部など限られた脳領域でなく、海馬もさまざまなホルモンや液性因子による身体からの刺激を敏感に受けて、また海馬自らもこれらを産生し、構造的・機能的に変化して(萎縮や神経可塑性)、認知機能に正負の影響を与えることも明らかになってきている 3)。 以上に挙げたように、ストレス応答、食欲、認知機能に影響を与えるホルモンは、いずれもヒトのメンタルヘルスに関わると考えられるが、興味深いことに、これらの作用は身体を動かすことにより修飾されることが分かってきている。そこで、本稿では種々の運動・スポーツが脳と身体をつなぐ、これらのメンタルヘルス関連ホルモンに対して与える影響について紹介する。 1. ストレスホルモンとスポーツの関係 ストレスとは、外部からのさまざまな圧力(ストレッサー)によって、生体の恒常性(ホメオスタシス)が崩れた状態とそれに伴う動的適応反応(アロスタシス)を指す 4)。ストレッサーには、物理化学的なストレッサー(暑さ、騒音、薬物など)のほか、心理・社会的ストレッサー(仕事・家庭での問題、人間関係など)がある。運動も人体のほとんどのシステム(循環器、呼吸器、筋骨格など)に負荷をかけるストレス状況を生む。どのような原因のストレスであっても、中枢から末梢にまで存在する共通の神経内分泌系により処理されている。このストレス反応を担う系には、主に、視床下部から下垂体-副腎皮質へとつながるhypothalamus pituitary adrenal axis (HPA系)と、脳幹部の青斑核/ノルアドレナリン細胞から遠心性交感神経-副腎髄質へとつながる系が知られている。特に前者に関しては、下垂体前葉から副腎皮質刺激ホルモン(adrenocorticotropic hormone:ACTH)やβ-エンドルフィンが、さらにACTHの刺激により副腎皮質から糖質コルチコイドの一種であるコルチゾールがそれぞれ血中に分泌される。コルチゾールは、脂肪細胞の中性脂肪を遊離脂肪酸とグリセロールに加水分解させるほか、肝臓での糖新生を促し、エネルギー源としてさらなる糖質を供給する。そのほか、運動中では血管機能を調節し、免疫/炎症反応を制御することにより、運動誘発性の筋肉損傷の重症度を軽減する。β-エンドルフィンは神経伝達物質であり、一部は末梢血中に放出されるが、その作用は基本的に脳中枢で発揮される。HPA系や脳脊髄への上行性伝導を阻害することで、ストレスや疼痛を緩和させ、快楽を感じさせる方向に働く。また、長距離走などで苦しい状態が続くと、β-エンドルフィンが脳内で産生されて、それにより快感を覚えるようになるという「ランナーズ・ハイ」と呼ばれる現象が有名である。
「スポーツ」と聞いて何を思い浮かべるだろうか…? 春であれば新たなシーズンが始まる野球、サッカー、冬であればラグビー、スキーなどさまざまな競技スポーツを思い起こす方が多いのではないかと思う。柔道、剣道、相撲、レスリングなどの格闘技や、バレーボール、バスケットボールなどの球技を想起される方もいらっしゃると思う。しかし、中世の英国では狩猟、乗馬、釣りがスポーツであった。スポーツ(sport)の語源はラテン語の“deportare(運び去る、運搬する)”という言葉である。つまり、気分の転換、仕事や家事などの日常生活からの解放こそがスポーツ、スポーツは遊ぶことであり、楽しむことなのである。 しかし日本では運動嫌いの人たちが少なくない。その理由の一つとして、体育の授業が挙げられる。私自身も鉄棒では前方支持回転ができずに劣等感に打ちひしがれたし、授業中に「達成感」を実感したこともない。一部の教師は何をするにも命令口調で、辟易とした覚えがある。大学ではサッカー部に所属し、有能な先輩たちの活躍で東日本医科学生総合体育大会での優勝も経験したが、私がスポーツとして心から楽しむことができたのは、40歳の中盤から始めたフルマラソンだった。 ゴルフの際になかなか人数が集まらなかったので、一人でできるジョギングを始めた。手始めに10kmのロードレースを走り、3カ月後には、ハーフマラソンを経験した。そして、半年後に無謀にもホノルルマラソンに挑戦したのである。フルマラソンはハーフマラソンの「2倍」の距離を走るレースだが、苦しさと辛さは、5倍にも10倍にも思えた。レースの後半には、もう2度とマラソンなんか走らない…と繰り返し呟いていた。しかし、レースが終わって数時間経つと、何とも言えぬ達成感と充実感を覚えたのである。そして、その後もマウイマラソン、シドニーマラソン、NAHAマラソン、北海道マラソンなど30を超える大会に参加した。走るということが、何も考えずに自由になれる、楽しいものだと実感したのである。スポーツはまさに遊ぶことであり、楽しむことなのである。 ひとが遊び、楽しむことのサイエンスをまとめてみたいと思い「スポーツと内分泌疾患」というタイトルの特集を組んでみた次第である。遊び好きの私が原案を作り、まじめで勉強家の細井雅之先生が多くのエキスパートの先生たちに声をかけてくださり、今回の特集が出来上がった。 メンタルヘルス、骨格筋・骨関連ホルモン、ジェンダー、水電解質、糖代謝異常など多くの側面からのスポートロジーをお楽しみいただきたい。 著者のCOI (conflicts of interest)開示:細井雅之;講演料(サノフィ、住友ファーマ、日本イーライリリー) 本論文のPDFをダウンロードいただけます
はじめに 慢性腎臓病(chronic kidney disease : CKD)は、日本の成人の12.9%、約1,330万人以上が罹患していると報告されており、一般診療で遭遇することの多い疾患である。CKD患者の多くは高血圧を合併しており、高血圧の合併はさらなる腎機能低下へつながるため、CKD合併高血圧患者では適切な血圧管理が求められる。本稿では、CKD合併高血圧の薬剤治療について解説する。 1.高血圧とCKDの関連 高血圧とCKDは密接に関連している。高血圧はCKDの原因となり既存のCKDを悪化させる一方で、CKDは高血圧の原因となり既存の高血圧を悪化させる。高血圧が持続すると腎血管が動脈硬化を起こし、腎実質への血流が低下する。そのため腎組織線維化や糸球体硬化を介して腎機能障害へと進展する。腎機能障害が進行すると、腎臓からのNa排泄障害による体液量の増加、レニン・アンジオテンシン(renin-angiotensin : RA)系の活性化、交感神経系の活性化が生じることで、高血圧が増悪する。CKDの進展や高血圧の管理不良は、心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患(cardiovascular disease : CVD)発症のリスク因子である。この悪循環を未然に防ぎ、CVD発症リスクを低下させるために、血圧の管理は大変重要である。高血圧への対策としては、食事療法、運動療法、薬剤治療があり個々の状態に応じて必要な治療を選択する必要がある。 2.糖尿病とCKDの関連 糖尿病も高血圧と同様にCKDに合併しやすい生活習慣病であり、糖尿病性腎症は本邦における末期腎不全の原疾患の第一位である。また高血圧と糖尿病は高率に合併する。糖尿病性腎症は微量アルブミン尿で発症し、持続性蛋白尿、腎臓機能低下へと進行する疾患である。糖尿病性腎症の治療は厳格な血糖調整に加え、アルブミン尿・蛋白尿を軽減させるため、糸球体への負担(糸球体高血圧)への対応が必要である。その治療としてRA系阻害薬が有効であることがさまざまな臨床試験で示されている。
『人間喜劇』で知られるフランスの小説家、オノレ・ド・バルザック(図)は1799年5月20日、フランス中央に位置するトゥールに生まれた。出生証明書はトゥールの市役所に現在も保管されているが、貴族の称号である「ド」は見当たらず自称である。父のベルナール・フランソワは農民の出身であったが、故郷を出て成り上がり、第22師団の兵站(補給部隊)部長であった。母は父よりも30歳以上年下であった。 バルザックは生まれてすぐ乳母のところに4年間預けられ、8歳からは修道会の寄宿舎に入った。病気のため15歳で退学、その後パリの学校の寄宿制となった後、法学部に進学した。代訴人の事務所に入ったバルザックであったが、20歳のときに文筆で身をたてると宣言し、交渉の末、父親から2年の猶予と仕送りをもらうこととなった。しかし2年で著名な作家となることは叶わず、ペンネームを用いて大衆小説を量産し、生活費を得ることとなった。1829年3月に本人名義で「最後のふくろう党員」を出版、翌1830年に発表した「あら皮」で文壇での地位を確立した 1, 2)。 図 オノレ・ド・バルザック(Paul Nadar, Public domain, ウィキメディア・コモンズより)
はじめに 食塩制限は栄養指導の中でも最も基本となるところであり、多くの慢性腎臓病(CKD)患者は食塩制限を指導されている。CKD患者にとって食塩制限は非常に理にかなっていそうだが、臨床研究に裏打ちされたエビデンスはどの程度あるのだろうか。2023年に日本腎臓学会による「エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2023」が発行されたが 1)、筆者は「CKD患者への食塩制限は推奨されるか?」に対するステートメントに対してシステマティックレビューの取りまとめを担当させていただいた。本稿ではCKD患者の高血圧管理に関して、食塩制限を中心に概説したい。 1.食塩制限 ―Salt(食塩)と Sodium(ナトリウム) まず基本的なことではあるが、用語の確認である。「Salt(食塩)」 と「Sodium(ナトリウム)」は異なる。日本では通常「Salt(食塩)」と表記されるが、英語では「Sodium(ナトリウム)」と表記されることが多い。例えば英語表記で「Dietary sodium should be restricted to no more than 3g per day.」とあった場合に「食塩摂取は3g/日未満」と誤解する医師は少なくない。「Salt(食塩)」 と「Sodium(ナトリウム)」は表1のように換算されるわけで、この英語表記は「食塩摂取は7.5g/日未満」ということになる。 この誤解を避けるため、ガイドライン中では「塩分」や「減塩」という用語は使用せずに、「食塩」(すなわちNaCl)や「食塩制限」で統一することにした。 表1 Salt(食塩)とSodium(ナトリウム)は違う
ポイント 甲状腺のしこりを「甲状腺結節」、結節により甲状腺が腫れている状態を「結節性甲状腺腫」という。 経過観察期間についてのエビデンスは乏しいが、ACR-TIRADSでは5年としている。 欧米では細胞診検体による遺伝子パネル検査が実用化され、診断的治療を目的とした甲状腺手術は抑制される方向になりつつある。 多結節性甲状腺腫は遺伝性疾患に関連していることがあり、該当する疾患を知っておくことが必要である。 1.用語について 甲状腺内のしこり(腫瘤性病変)は慣習的に「結節」が使用され、臓器名と合わせて「甲状腺結節」と呼称される。結節により甲状腺が腫脹している状態を「結節性甲状腺腫」といい、バセドウ病や橋本病など結節を伴わずに甲状腺全体が腫脹する「びまん性甲状腺腫」と対比して使用される。同様の成り立ちの用語は他領域ではまれで、混乱を招きやすいが、しこりがあることの臨床的・暫定的診断名であると考えれば理解しやすい。多発している場合に「多結節性甲状腺腫」、甲状腺機能亢進症を伴う場合には「中毒性結節性甲状腺腫」や「機能性甲状腺結節」、超音波・細胞診検査などを経て良性の可能性が極めて高い場合には「甲状腺良性結節」などの派生した用語がある。 また類似した用語に「濾胞性腫瘍」があるが、超音波検査や細胞診の結果により、濾胞癌との鑑別が困難な病変であることを強調した用語である。濾胞癌は定義上、手術により病変全体を切除し、組織検査を行わなければ診断の確定は不可能であるため、こちらも術前の暫定診断として使用される。 甲状腺結節の多くは腺腫様甲状腺腫をはじめとする良性疾患であり、また仮に悪性腫瘍が合併していても乳頭癌をはじめとして、悪性度が低く、予後も良好なものが多い。このため、近年は超音波検査をはじめとする画像診断機器の高精度化に伴う過剰診断・過剰治療がむしろ問題となっている。また有病率は高いが、予後良好であるがゆえに、RCTなど質の高いエビデンスはほとんどない。こうした点が理解を妨げ、専門家以外には扱いづらい疾患になっていると思われる。本稿では日常臨床で最もよく遭遇する甲状腺中毒症を伴わない、嚢胞以外の甲状腺結節、特に細胞診で悪性の疑いに至らない結節の扱いについての現状を、限られたエビデンスとともに述べる。
新型コロナウイルスの脅威がすっかり過ぎ去ったかのような社会全体のムードに伴って人々が行き交うようになり、学会や講演会も現地で開催されることが増えてきた。昨年12月には2週連続で週末開催の学会に参加し、リアルタイム(rt)CGMに関するランチョンセミナーでの講演を行ってきた。 1週目は、熊本で開催された第61回日本糖尿病学会九州地方会である。飛行機で当日向かうか前泊するかの選択を迫られたのだが、そこは鉄人の意地として、鉄路での移動以外に選択の余地はない。特に岡山より西へ行くときには、必ず寝台特急「サンライズ瀬戸・出雲」に乗ると決めている(写真1, 2)。今回は久しぶりにシングルデラックスという比較的広い個室を予約することができた(写真3)。岡山からの新幹線では、下調べをしていたわけではないのだが、幸運にも500系に乗車することができた(写真4)。熊本は2013年の日本糖尿病学会年次学術集会以来の10年振りであったが、贔屓にしている「黒亭」で熊本ラーメンをいただいた(写真5)。 写真1 サンライズ@東京駅写真2 乗車前
はじめに 糖尿病治療の目的は、「糖尿病のない人と変わらない寿命とQOLの実現を目指すこと」とされており、糖尿病に関連する合併症を防ぐことである。英国で行われたUKPDS(United Kingdom Prospective Diabetes Study)において血糖以上に血圧コントロールがより有効に、効率的に合併症を防げることが明らかとなり、糖尿病合併高血圧患者の降圧治療は必須である。 糖尿病合併高血圧患者は脳血管障害・冠動脈疾患のハイリスク集団であり、厳格な血圧管理が求められている。高血圧の治療目標が、脳心血管病の抑制であることを考えれば脳心血管イベントの予防を目指した厳格な降圧療法は極めて重要である。これまで高血圧症への治療介入については、従来から豊富なエビデンスの蓄積があるレニン・アンジオテンシン(RA)系阻害薬が中心的な役割を担ってきたが、近年開発された新規ミネラルコルチコイド受容体(MR)拮抗薬や経口血糖降下薬であるSGLT2(sodium glucose co-transporter 2)阻害薬が糖尿病関連腎臓病(DKD)進行抑制効果や降圧作用も併せ持つことが報告されている。 本稿では、DKDの進展抑制において極めて重要な要素である糖尿病合併高血圧症の疫学、病態、治療について、「高血圧治療ガイドライン(JSH)2019」および「糖尿病診療ガイドライン2019」を踏まえながら概説する。さらに、前述したMR拮抗薬やSGLT2阻害薬に加えて、高血圧治療薬として承認されているアンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)についても最新の知見を述べる。 1.糖尿病合併高血圧症の疫学 国内外の疫学研究によると糖尿病患者では、非糖尿病患者に比べて高血圧の頻度が高く、高血圧患者においても糖尿病の頻度は非高血圧に比べて高いことが報告されている 1)。また、1型糖尿病および2型糖尿病で高血圧を合併すると、大血管疾患発症および死亡のリスクが上昇する。アジア・太平洋地域の前向きコホート研究の個人データに基づくメタ解析(APCSC)によると、糖尿病患者では、収縮期血圧が10mmHg上昇するに従い大血管疾患死亡は18%増加することが示されている 2)。また、2型糖尿病における高血圧症例を非厳格降圧療法群と厳格降圧療法群に割り付け、平均10.5年間追跡した介入研究(UKPDS36)によると、大血管疾患の発生率は、追跡完了までの平均収縮期血圧の上昇とともに増加することが示されている 3)。そのため、糖尿病診療ガイドライン2019のステートメントとして、糖尿病と高血圧はいずれも動脈硬化による大血管疾患の確立したリスク因子であり、糖尿病に高血圧が合併すると大血管疾患の発症頻度が増加し、予後が悪化すると明記されている 4)。 さらに、高血圧症が糖尿病性腎症、糖尿病網膜症、糖尿病性神経障害などの細小血管症のリスク因子となることが1型糖尿病、2型糖尿病ともに報告されている。一般的に、1型糖尿病患者における高血圧症は、微量アルブミン尿または明白な腎症を有する患者に認められる。デンマークの横断研究によると、蛋白尿陰性の1型糖尿病患者で、高血圧症の頻度は一般人口4.4%に対して3.9%であったと報告されている 5)。一方で、2型糖尿病患者における高血圧症は、一般的に腎臓病に先がけて存在する。新規に診断された蛋白尿陰性の2型糖尿病の58% 6)もしくは70%以上 7)に高血圧症の合併が認められると報告されている。すなわち、高血圧発症は腎機能低下には関連するが、糖尿病罹病期間には関連しないことが示唆されている。 このように、アルブミン尿は2型糖尿病よりも1型糖尿病で高血圧に先行するが、両病型とも腎機能の増悪はさらなる血圧上昇に関連する。糖尿病性腎症における高血圧の罹患率は、慢性腎臓病(CKD)の各stageで増加し、末期腎不全患者では90%に近い 8)。腎疾患や高血圧症に対する個々の感受性は、多くの糖尿病患者に共通する代謝性障害と血行動態変化の組み合わせ、さらには各患者の脆弱性をさらに左右する遺伝的決定要因を含む可能性がある。
Q&A編はこちら はじめに ―運動療法に行動経済学を取り入れる 皆さんは、目の前の患者に対して、「なぜ、この方は運動しようとしないのか?」「なぜ、この方も運動療法が続かないのだろう?」と感じたことはないだろうか? そう、「ヒトは不合理な行動をとる生き物」 1)である。運動が体にいいことは100人中100人は分かっている。行動経済学とは、人間が必ずしも合理的な行動をとらないことに注目し、人間の心理的、感情的側面の現実に即した分析を行う学問である。「ヒトは不合理な行動をとる生き物」と考えるのである。 1.ヒトは現在バイアスの中で生きている ―「先延ばし」の心理 2) 例えば、ダイエットをしようとしても今日は食欲を優先し、来週からダイエットをしようと思いがちである。糖尿病の重症化リスクが将来生じるものであるため、その影響を大きく割り引いて考えてしまう。現在症状がないことは過大評価されており、治療開始が先延ばしになる。このように、後々苦労をすると分かっていても目の前のことを先延ばしにしてしまう行動は「現在バイアス」によるといわれている 2)。 バイアスとは、合理的なものから系統的にずれるヒトの意思決定をいう 3)。系統的に逸脱する傾向、先入観ともいえる。糖尿病治療の現場においても、このバイアスを前提に患者への説明が必要になる。その中で、現在バイアス 3)とは、人間が効用の大きさを感じる時、現在に近いほど大きく感じ、先のことになればなるほど小さく感じることを指す。例えば、「今すぐもらえる1万円と1年後にもらえる2万円のどちらを選ぶか?」を考えた場合、後者を選ぶのが合理的だが、実際に多くの人は前者を選ぶ。現在バイアスが働き、ヒトはいますぐ手に入る効用に大きな価値を見出してしまう。あるいは、現状維持バイアス 3)「まだ大丈夫」というバイアスが働く。これは現状を変更するほうがより望ましい場合でも、今までの生活や習慣を失うことを損失と考えてしまって、現状維持を好む傾向を指す。計画はできても、それを実行する時になると現在の楽しみを優先し、計画を先延ばしにしてしまう特性である。このように、重大な意思決定を先延ばしにしてしまう。将来の健康的な状態の価値を大きく割り引いて評価するため、現在時点で発生する費用の方を大きく感じてしまい、積極的な医療健康行動を取らない傾向にある。 患者は糖尿病の重症化リスクについて理解していないわけではなく、それが将来生じるものであるため、その影響を大きく割り引いて考えてしまう。現在症状がないことは過大評価されており、その結果、治療開始が先延ばしになる。 手前にある小さな木と奥にある大きな木を見るとき、遠くから見ると奥の木のほうが大きく見えるが、近くから見ると小さな木のほうが大きく見える(図1)。運動もこれと同じで、今すぐという状態では、将来的な健康が小さく見え、現在の休憩が重要なものに見えてしまうのである 3)。 遠くにあるものの価値が割り引かれるという特性である「時間割引」 3)があり、その結果現在バイアスが生じる。この時間割引が高いものほど、喫煙、肥満が多く、予防接種に参加しない、食事制限、運動療法をしないともいわれているようである。
はじめに 医療計画 1)は、都道府県が国の定める基本方針に即し、地域の実情に応じて都道府県における医療提供体制の確保を図るために策定するものである。1985年に医療計画制度が導入され、2006年の第五次医療法改正においては、糖尿病を含む4疾病と5事業の具体的な医療連携体制が位置付けされた。そして2024年度からの第8次医療計画では、対象が「5疾病・6事業および在宅医療」となり、都道府県別に6年間の医療計画が策定されて推進される。5疾病は、「がん」、「脳卒中」、「心筋梗塞などの心血管疾患」、「糖尿病」、「精神疾患」、6事業は、「救急医療」、「災害時における医療」、「新興感染症発生・まん延時における医療」、「へき地の医療」、「周産期医療」、「小児医療(小児救急を含む)」であり、これらに「在宅医療」が加わる。今回は、この医療計画と、その中核に含まれる糖尿病について概説する。 1.医療計画の歴史 2)(表1) わが国の衛生法規の根幹をなす医療法は1948年に制定され、第一条に掲げる「医療を受ける者の利益の保護及び良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を図り、もって国民の健康の保持に寄与すること」を目的とする。そして1985年に、医療施設の量的整備が全国的にほぼ達成されたことに伴い、医療資源の地域偏在の是正と医療施設の連携の推進を目指して医療計画制度が導入された。そして都道府県の二次医療圏ごとの病床数の設定、病院の整備目標、医療従事者の確保などを記載し、2006年の第五次医療法改正により、4疾病・5事業の具体的な「医療連携体制」について記載されることとなり、2014年には「地域医療構想」が追加された。そして2017年には5疾病・5事業および在宅医療に係る指標の見直しにより「政策循環の仕組み」が強化され、2019年の通知では「外来医療計画」および「医師確保計画」が位置付けられることとなった。 表1 医療計画の歴史(文献2より) 画像をクリックすると拡大します 表1 医療計画の歴史(文献2より) $(".vol2_r14_h1").modaal();
はじめに 二次性高血圧は、ある特定の原因による高血圧であり、一般に難治性である。しかし原因を正しく診断し治療が行われれば、その後血圧の改善の見込みもある疾患であり、適切な診断、治療が求められる。今回、二次性高血圧の中でも内分泌異常が原因となる原発性アルドステロン症、クッシング症候群、褐色細胞腫・パラガングリオーマについて述べる。 1.原発性アルドステロン症(primary aldosteronism:PA) 1)疾患の概要 PAは高血圧全体の3~12%程度 1)を占める非常に多い疾患である。PAは副腎からのアルドステロン過剰産生により、腎尿細管でナトリウムの再吸収が促進され高血圧をきたし、同時にカリウム排泄を促進させ低カリウム血症をきたす。PAによる高血圧は難治性であり、脳血管疾患、虚血性心疾患、心房細動などの合併症が本態性高血圧の3~5倍多いとされている。近年本邦で行われたPA患者に対する他施設共同の後ろ向き研究(JPAS)において、PAは心血管疾患9.4%、脳卒中7.4%、不整脈4.0%と高率に合併症を発症していることが確認された 2)。PAは、一側性の腺腫によるアルドステロン産生腺腫(aldosterone-producing adenoma:APA)と両側性の過形成を呈する特発性アルドステロン症(idiopathic hyperaldosteronism:IHA)の2つのサブタイプに分類される。 2)診断方法 PAの診断は、①スクリーニング、②機能確認検査、③局在診断(サブタイプ診断)の順番で行われる。診断アルゴリズムを図1に示す。
はじめに 本態性高血圧の成因については複数の因子が互いに関連しながら関与しているという、いわゆるモザイク説が約80年前にPageにより提唱された 1, 2)。その中でも食塩、本稿で述べるところのナトリウム(Na)調節異常は中心的因子といえる。Guytonらは血圧上昇とともに尿中食塩排泄が増えることを発見し、血圧と腎におけるNaと水排泄との関係、すなわち圧利尿(Na利尿)曲線を明らかにし、この曲線が右側にリセットされることにより高血圧が持続するとした。これは高食塩下において腎でのNa排泄が不十分であることが細胞外液増加につながり、心拍出量の増加と末梢血管抵抗が上昇することで血圧が上がるとする理論である 3)。本稿では、高食塩下でのNa(ここでは食塩と同義)調節異常と本態性高血圧について述べる。 1.Na調節異常の成り立ち、どこで起きているのか? 本態性高血圧の原因としてのNa調節異常を説明する上で欠かせない圧利尿(Na利尿)とそのリセットには、腎臓内間質圧の上昇や近位尿細管のsodium hydrogen exchanger 3(NHE3)やsodium-phosphate cotransporter isoform 2といったNaトランスポーターの変化など複数の因子が関与している 4)。このことから、Na調節異常は腎臓で起こっているといえる。実際に本態性高血圧患者が正常血圧のドナーの腎臓を移植すると高血圧が改善したとの報告がある。この報告では、さらに平均4.5年のフォロー中、降圧薬投与なしで正常血圧を維持できたとされる 5)。この結果から、本態性高血圧には腎臓でのNa調整異常が主に関与していることがうかがえる。また、Na調節異常と関連がある食塩感受性についても腎臓なしには語れない。epithelial sodium channel(ENaC)は遠位ネフロンにおいてNaの再吸収に関わっているトランスポーターの一つであり、食塩感受性の始まりや維持に関与している 6)。これらはいわゆる腎障害説と呼ばれるものである。一方で、食塩感受性高血圧患者と食塩非感受性正常血圧患者とで食塩負荷後のNaバランスに差がみられなかったとする報告もあり 7)、Schmidlinらは食塩感受性のある患者と非感受性の対照群とで食塩負荷によるNaバランスや血行動態の変化を比較した結果、食塩負荷による心拍出量増加は両者で同等に起こるも、対照群では全身の血管抵抗の低下が起こるが食塩感受性あり群では血管抵抗低下が弱く血圧が上昇する経過を示した 8)。これらの結果より、食塩感受性が腎臓でのNa排泄異常だけで説明がつく現象ではないこともうかがえる。これらは血管機能障害説と呼ばれ、血管内皮細胞での一酸化酸素(NO)産生障害 9)や血管平滑筋細胞でのsoluble guanylate cyclase signalingの異常 10)などによる高食塩下の腎内や末梢血管の拡張障害が原因とするものである。 さらに、最近の報告では高食塩摂取期間にNaが皮膚やその他の組織の間質に蓄積し、プロテオグリカンと複合体を形成し高い浸透圧性をもって貯留することで、血管内容量ひいては血圧を干渉する役割を担うとされている 11)。組織でのNa蓄積は高食塩摂取や加齢により増加し、高血圧や心血管病リスクと関連するとの報告もある 12)。組織におけるNaの上昇はT細胞を刺激しサイトカインである IL-17Aが産生され 13)、これが血管のリモデリング、内皮機能障害や腎でのNa排泄障害を促進する。また、組織のNaはアミロライド感受性Naチャネルを介し樹状細胞活性化を促進し 14)、単球をIL-6、TNFαやIL-1βを産生する樹状細胞様フェノタイプへと変化させる 15)。その上、Naは骨髄細胞内に入るとCaによるNADPHオキシダーゼの活性化が起こり、活性酸素種(ROS)産生へとつながる。このように、組織に貯留したNaにより免疫細胞が活性化され、高血圧発症や維持につながる。 加えて、高血圧患者やマウスにおいて腸内細菌叢の多様性が減っている状態、すなわちdysbiosisが指摘されている 16)。また、マウスやヒトへの高食塩摂取によりLactobacillus murinusが減り、これによりインドール産生が低下する。このインドールはCD4+細胞からTH17細胞への分化に影響を与えることが示されており、逆にLactobacillus murinusを高食塩摂取下のマウスに投与すると食塩感受性高血圧や自己免疫性脳脊髄炎が改善したとの報告もある 17)。このように腸内においてもNa調節や高血圧との関連が示唆される知見もある。 以上のまとめとして、図1に高Na(食塩)摂取時の血圧上昇のメカニズムを示す。
Q&A編はこちら はじめに 糖質コルチコイド(以下ステロイド)はどの分野においても診療の中で使用することの多い薬剤である。しかし、ステロイドには血中半減期・生物活性半減期・力価の異なるさまざまな製剤が存在することや、各疾患によって投与量や投与方法、減量速度などが異なること、副作用に注意しなければならないことなどから、煩雑だと感じる医師も少なくない。本稿では各種ステロイドの特徴とその使い分けについての基本事項と、内分泌領域での使用例、ステロイドカバーについて述べ、実際の症例を紹介する。 1.各種ステロイドの特徴 ステロイドには力価の異なる多くの製剤が存在する。以下の換算表(表1)を参考に投与量を考える。各ステロイド製剤1錠が大体ヒドロコルチゾン(コートリル®20mg)に相当し、健康成人の1日のコルチゾール分泌量とほぼ同等であると考えると覚えやすい 1)。コートリル®は半減期が短いため視床下部-下垂体-副腎皮質系(HPA axis)への機能抑制が起こりにくく、即効性があるため主に副腎皮質機能低下症のホルモン補充療法に使用される。プレドニゾロン(プレドニン®)は作用時間が比較的短く、電解質代謝への影響が弱いため、薬理作用を狙った各疾患のステロイド治療において第一選択薬としてよく用いられる。デキサメタゾン(デカドロン®)は鉱質コルチコイド作用がなく電解質代謝への影響は少ないが、半減期が長いためHPA axisへの機能抑制が強く、短期的に使用される場面が多い。 ステロイドには経口だけでなく、経静脈投与や、外用(塗布、点眼、点鼻など)、吸入、関節内投与など局所的にも使用される。経口ステロイドは吸収率が非常に高いが、注射製剤は水に難溶性でありリン酸やコハク酸でエステル化した製剤となっており、生体内で活性型となり効力を発揮するため、経口投与よりも生体内利用率が劣る可能性がある。そのため、経口投与から経静脈投与への切り替えの際は、最初は同量で開始し、その後反応性をみて増減する。また、連日投与する際も生体内利用率の低下を考慮し、臨床経過をみて投与量を調整する。 表1 ステロイド換算表(筆者作成) 画像をクリックすると拡大します 表1 ステロイド換算表(筆者作成) $(".vol2_k12_h1").modaal();
はじめに 血管調節は血管平滑筋と血管内皮による収縮と弛緩の均衡維持により担われている。本態性高血圧の病態では交感神経系やレニン・アンジオテンシン(RA)系の活性化、酸化ストレス、血行動態の変化、機械的伸展力や物理的刺激の増大によりこの均衡が崩れ、血管収縮の亢進、動脈リモデリング、血管内皮機能障害が生じて、血管緊張(トーヌス)異常をきたし、動脈壁が硬くなり伸展性を失った動脈スティフネスの進行とともに慢性的な高血圧が形成されていく 1, 2)(図1)。本稿では高血圧における血管調節異常の機序を解説し、診断や治療について触れていく。 図1 高血圧における血管調節異常(筆者作成) RA系:レニン・アンジオテンシン系 1.血圧形成における血管の役割 動脈系は大血管、中~小動脈、細動脈、毛細血管からなる。動脈壁は解剖学的に3つの層、単層の「内皮細胞」、弾性繊維と血管平滑筋細胞の多層からなる「血管中膜」、線維芽細胞や結合組織、細胞外マトリックスを含む「外膜」から構成される。血管の中膜は自律神経系に支配されており、その収縮はホルモンや血管作動性ペプチド、活性酸素種によって調節されている。動脈は、中膜の弾性繊維の含有量や機能の違いから、大動脈や心臓に近く太い弾性動脈、末梢にある中型の筋性動脈、その先の細動脈(抵抗血管)、毛細血管に分類される。弾性動脈は平滑筋より弾性線維を豊富に含有するため、血管の伸展や収縮を介して血圧調節に寄与している。一方、筋性動脈は平滑筋を多く含有し、平滑筋の収縮と弛緩により血流分布を調節する。細動脈は抵抗血管と呼ばれ、平滑筋が豊富で、神経性あるいはホルモンなどの液性因子により血管平滑筋の収縮が調節される。例えば、交感神経興奮時はノルアドレナリンが平滑筋に作用して血管を収縮させ、血管抵抗が増大し、血圧が上昇する。大動脈から次第に中小の動脈に枝分かれしていく課程で、血管の総断面積、流速、血圧はそれほど大きく変動しないが、細動脈レベルで血管抵抗が急に増大する。 心臓からの血液拍出は断続的であるが、動脈の血流が連続的で末梢組織まで血液を送ることができるのは、心収縮力以外に、弾性血管と抵抗血管が心収縮期に拡張し、心拡張期には元に戻ろうとする駆動圧を生じて血圧を維持しているからである(Windkessel効果)。また、こうした血管の作用は心駆出エネルギーが直接動脈壁に及ぼす壁応力を減弱させて血管保護的に働き、末梢へのエネルギー伝搬を減衰させて末梢臓器の微小血管保護に働く(クッション効果)。こうした機能を担う中膜の血管平滑筋は一過的な収縮に関わるだけでなく、普段より持続的な筋トーヌスを維持しており、これが血流抵抗を形成する本体となっている。血管抵抗は血管半径(内腔径r)の4乗(r4)に反比例するため、血管径が4分の1になると、血管抵抗は256倍増大し、内腔径のわずかな変化が血管抵抗に大きな影響を与える 3)。高血圧形成においては血管抵抗の増大が中心的な役割を果たしている。
はじめに 高血圧の発症や進展、高血圧性臓器障害において、交感神経活性化を主体とした神経調節異常が重要な役割を果たしている。交感神経系は、血圧調節に関与する心臓、腎臓、血管などの末梢臓器に強力に作用し、血圧上昇の方向に働く。また、脳は末梢からさまざまな入力を受け、それらを統合・調節し交感神経出力を制御している。本稿では、心・腎・血管の各臓器に対する交感神経系の働きについて概説し、さらに、高血圧における中枢性循環調節機構と、交感神経系亢進の診断と関連する治療について、最新の知見も含めて述べる。 1.心・腎・血管に対する交感神経系の働きと高血圧の発症・進展 交感神経系は心臓、腎臓、血管に対して、以下のような生理的作用を持つ。交感神経系の亢進により、心臓に対しては心収縮力・心拍数の増加、それに伴う心拍出量の増加をもたらす。腎臓に対しては、レニン分泌の増加(レニン・アンジオテンシン〔RA〕系の亢進)、Na再吸収の増加を起こし、血管に対しては血管収縮を引き起こす。交感神経系の持続的な亢進により、これらの慢性的な作用が生じ高血圧を発症し進展する。さらに、各臓器は高血圧性臓器障害を起こすが、持続する高血圧による二次性変化だけでなく、交感神経活性化により血圧非依存的にも臓器障害が進展することが知られている。 脳すなわち中枢神経系は末梢からのさまざまな入力を受け、それらを統合・調節して最終的に全身への交感神経出力を規定している(図1)。交感神経出力の中枢性調節機構はオーバーラップする部分もあるが、末梢からの入力により異なる中枢性機構が存在する。主な中枢性交感神経調節機構を、末梢からの入力により分類して次項より解説する。 図1 脳を介した交感神経系調節・臓器連関
2022年の国民生活基礎調査によると、男女とも「高血圧症」での傷病別通院者率(男性146.7人/人口1,000人、女性135.7人/人口1,000人)が最も高く、その数は年々増加している。高血圧の大半は本態性であるが、近年では検査・治療の進展に伴い二次性高血圧の診断が増えてきている。そこで、この「国民病」に対する造詣をあらためて深め、診療の質の向上を図る企画として本特集を組んだ。 高血圧の最適な診療には、成因・診断・治療エビデンスを適確に理解することが不可欠である。また、高血圧に合併する頻度が高い糖尿病やCKDの病態も同時に把握することが適確な治療薬選択につながる。同時に、近年続々と登場している高血圧およびその関連疾患についての診療ガイドラインの活用も有用である。 本特集では、病因・病態の解説から始まり治療と予後の説明へとシステマティックに展開する読みやすい形式で、この分野のエキスパートドクターにそれぞれ詳説を執筆していただいた。本態性高血圧の成因・診断・治療法に関して、篠原啓介先生には神経調節異常、河原崎和歌子先生には血管調節異常、荒川仁香先生にはナトリウム調節異常の解説をしていただいた。吉田雄一先生・柴田洋孝先生には、主な内分泌性二次性高血圧疾患である原発性アルドステロン症、クッシング症候群、褐色細胞腫・パラガングリオーマを中心とした最新情報を解説していただいた。さらに、角谷裕之先生・杉本 研先生には、本誌の読者にとって非常に関心があるポイントだと思われる糖尿病と高血圧を合併したケースでのマネージメントをご執筆いただいた。また、昨年上梓された「エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2023」を踏まえ、長浜正彦先生には生活習慣修正、亀井啓太先生・今田恒夫先生には降圧薬治療を中心に、 CKD合併高血圧のマネージメントを詳細していただいた。 本特集は、基礎医学的側面と実臨床的側面の両方向からのアプローチによる充実したものとなっていると自負している。読者の方々に、本特集を明日からの日常診療や研究に積極的に活かしていただければ、特集の企画者として至上の喜びである。 著者のCOI (conflicts of interest)開示:下澤達雄;報酬(積水メディカル、EPメディエイト)、講演料(ノバルティス ファーマ、第一三共、サノフィ、大塚製薬)、研究費・助成金(日本ベーリンガーインゲルハイム)、能登 洋;講演料(住友ファーマ、日本イーライリリー、ノボ ノルディスク ファーマ)、研究費・助成金(マルホ) 本論文のPDFをダウンロードいただけます
はじめに 生体膜の主要な構成成分やエネルギー貯蔵体として重要な役割をもつ脂質の代謝異常はさまざまな疾患の原因となる。肝臓や脂肪細胞での異常は脂肪肝、肥満などのcommonな疾患やまれな脂質蓄積病を引き起こす。また、血中の脂質の大部分を占めるリポタンパクの代謝異常は脂質異常症と動脈硬化症の原因となる。本稿では、これらの臨床的に重要な病態と関連する脂質の代謝異常に関して生化学的観点から概説する。 1.脂質とは 脂質の主な特徴と機能、およびその分類を表1に示す。脂肪酸に代表される炭化水素鎖に富む脂質は高度なエネルギー貯蔵体(トリグリセリド)となり、また、極めて疎水性が高い一方で、一部にリン酸基や水酸基による極性(親水性)を合わせもつ両親媒性のため脂質二重膜を形成し、生体膜の基本成分となる(リン脂質、コレステロール)。また、炭素数20(C=20)のアラキドン酸から派生するエイコサノイド(プロスタグランジン、ロイコトリエン、トロンボキサン)は多様な生理活性を発揮し、アスピリンなどの非ステロイド抗炎症剤(NSAID)の作用はプロスタグランジンH2合成酵素阻害によるエイコサノイドの産生抑制による 1)。その他、コレステロールに由来するステロイドや胆汁酸、ビタミンD、およびその他の脂溶性ビタミン(ビタミンA、E、K)も重要な脂質である(表1)。 表1 脂質の機能と分類
Q&A編はこちら はじめに 特定薬剤管理指導加算は、適正使用ができていないことで患者に大きな健康被害を及ぼす可能性のあるハイリスク薬に関する服薬指導について、薬剤師の専門的能力を活かし、適正かつ安全な使用ができるよう2010年度調剤報酬改定で新設された。 薬学的知見を最大限活かすことが求められる点数であり、薬剤師の対人業務の中核の一つと言える。 日本薬剤師会が「薬局におけるハイリスク薬の薬学的管理指導に関する業務ガイドライン」 1)を策定したことなどを背景とし、ハイリスク薬に関する服薬指導について診療報酬だけでなく、調剤報酬においても処方箋受付1回につき特定薬剤管理指導加算として10点を算定できるようになった。糖尿病薬関連では、「糖尿病用剤」および「膵臓ホルモン剤」が該当する。 つまり、医師のみならず、薬剤師が患者または患者家族に対して、正確に必要な薬剤の情報を伝えることが法的に認められたことを意味し、多くの保険薬局で糖尿病薬を交付する際に責任をもって対応している。しかし、一方で保険薬局での服薬指導にかかる平均時間は3~4分であり 2)、法的に求められる情報提供量を短時間に正確に伝えることは大変難しい。 今回は、糖尿病治療薬の特定薬剤管理指導加算および関連加算の算定条件と、これまでに筆者らがさまざまな背景の患者に対して行ってきた服薬指導について紹介する。 1.薬剤師による服薬指導 薬剤師が医薬品を処方箋により調剤し、薬剤師が患者または患者家族に対して行う服薬指導の項目は多岐に及ぶ。薬学部における実務実習では、ハイリスク薬に指定されていない医薬品においても服薬指導時に確認・説明する主な項目として下記が挙げられている。 薬の説明(効果・効能、用法・用量、併用薬、剤型、臭い・味) ジェネリック医薬品についての説明(薬効、薬価、選び方、先発医薬品との相違点など) 費用に関する説明(調剤報酬、保険など) 副作用の説明 生活上の注意点(飲食、睡眠、入浴など) 使用上の注意点(服用間隔、保管方法など) 乳幼児、小児、高齢者、妊婦に対する使用上の注意点 検査値の確認 お薬手帳についての説明 患者教育、患者情報の確認 疾患の予防などについての説明(QOL向上、予防接種推奨など) 患者が罹患している疾患についての説明 患者との処方確認(処方薬と疾患の関連性の確認) 薬剤師業務の必要性の説明(処方監査、服薬指導など) 保険薬局への問い合わせ方法(夜間の電話対応など) かかりつけ薬局、かかりつけ薬剤師の必要性 保険薬局におけるハイリスク薬(特定薬剤)には下記内容の調剤報酬の算定が可能である。
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