高齢者の慢性疾患の長期にわたる診療をどのように実践していくかという課題は、世界共通の重要な社会的テーマである。その水準は、経済状況や利用可能な医療資源によって自ずと異なる。わが国は、国民皆保険制度や医療への良好なアクセスが達成された結果、国際的にも一二を争う長寿社会を実現してきたが、一方で超高齢社会において増大する医療コストへの対処を余儀なくされる課題先進国でもある。私たち医療従事者は、わが国固有の状況に適合した医療の在り方を新たに探っていく必要がある。 糖尿病は加齢関連疾患であり、わが国では糖尿病を有する人の約7割が高齢者である。高齢者は複数の合併症や併存疾患を持っていることが多く、治療に付随する低血糖に対して脆弱なため、高齢者糖尿病の診療はさまざまな配慮を必要とする。一方で、近年の治療薬やデバイスの進歩は目覚ましく、従来エビデンスが乏しいといわれてきた高齢者糖尿病についても、今後の診療に大きく影響を与えそうな結果が次々と報告されている。 本特集では、高齢者糖尿病に関するトピックスおよび課題として、6つの項目を取り上げた。まず、SGLT2阻害薬を高齢者でどう使うかについて、滋賀医科大学の久米真司先生に解説していただいた。心不全やCKDの併発例は珍しくなく、日々診療で直面する重要テーマの筆頭である。次に、製造販売承認を取得し巷間でも大きな話題となっている週1回インスリン製剤について、東邦大学の吉川芙久美先生と弘世貴久先生に執筆をお願いした。インスリンイコデクだけでなく開発中の製剤についても触れてくださっている。高齢1型糖尿病の問題については、岡山済生会総合病院の利根淳仁先生が、CGMやインスリンポンプなど先進機器の活用という観点も含めて、その現状と今後の展開について詳述してくださった。糖尿病専門医もしばしば悩むところだが、リテラシーに配慮しながら効率的に導入する体制構築のヒントが多く示唆されている。受診者や家族から多く質問される認知症の予防については、国立長寿医療研究センターの杉本大貴先生と櫻井孝先生に解説をお願いした。糖尿病治療と密接に関わる生活習慣介入のエビデンスについて、日本で実施された多因子介入研究 J-MIND-Diabetesを含めて、現在の知見が詳しく説明されている。高齢者のオンライン診療については、野村医院の野村和至先生に執筆をお願いした。「高齢者のオンライン診療に関する提言」が発表され、社会実装が進みつつある現在、第一線で実践する声は貴重である。最後に、医療スタッフが知っておくべき高齢者糖尿病の支援サービスについて、東京都健康長寿医療センターの豊島堅志先生に解説していただいた。介護や支援について、地域包括支援センターの重要性を含め、具体的なポイントがわかりやすく記載されている。 詳細かつコンパクトで読み応えのある記事をご執筆いただき、筆者の皆様に心より感謝申し上げるとともに、本特集が幅広い読者にとって診療の質の向上に役立つことを確信している。 著者のCOI (conflicts of interest)開示:鈴木 亮;講演料(日本イーライリリー、ノボ ノルディスク ファーマ、住友ファーマ、MSD、日本ベーリンガーインゲルハイム、アステラス製薬、サノフィ、帝人ヘルスケア、興和、第一三共)、研究費・助成金(住友ファーマ)、奨学(奨励)寄附(日本ベーリンガーインゲルハイム、田辺三菱製薬) 本記事のPDFをダウンロードいただけます
Q&A編はこちら はじめに 糖尿病の薬物療法においては近年新しいタイプの経口薬が次々と登場し、以前に比べるとインスリンの使用頻度は減少している。しかしながら、1型糖尿病患者はもちろんのこと、2型糖尿病においてもインスリン分泌低下を主たる病態とする患者に対しインスリンによる治療が必要となるケースは依然多い。 また、糖尿病発症時や高血糖持続時などの糖毒性*解除が必要な場合、感染症や手術などで厳格な血糖値管理が必要な場合、妊娠糖尿病・糖尿病合併妊娠で経口薬が使用できない場合などにもインスリンによる治療が求められる。 本稿では、現在本邦で使用できるインスリンの種類や、2型糖尿病診療におけるインスリン治療の考え方、使い方を模擬症例に沿って解説する。 *糖毒性:高血糖状態が続くことで膵β細胞からのインスリン分泌能が低下し、またインスリン抵抗性が高まることによりさらなる高血糖を招く悪循環の状態
はじめに 糖尿病患者、とりわけ1型糖尿病を持つ者が直面する課題として、スポーツと低血糖との関係は重要である。1型糖尿病を持つ者は日々、インスリンの自己管理を行いながら生活しており、適度な運動は健康維持に不可欠であると同時に、低血糖のリスクを高める要因でもある。このような背景から、インスリン治療を受けている患者がスポーツを安全に楽しむための方法を個別に設定することが、臨床医や医療スタッフにとっての大きな目標となっている。本稿では、特に持続血糖モニター(CGM)を用いた低血糖予防策に焦点を当て、1型糖尿病患者がスポーツを安全に楽しむための具体的な方法を探求する。
2024年5月15日、第67回日本糖尿病学会年次学術集会の開催直前に、Dexcom G7 CGMシステムのセンサーが発売となった。同日さっそく処方してもらい使用を開始したので、まずはこのG7の使用感についてレポートしようと思う。
はじめに スポーツ飲料の宣伝を目にすることが多くなった。猛暑が続いており、2022年のスポーツドリンク販売金額は3,367億円、前年比113.7%で前年を上回っている(全国清涼飲料連合)。多くの方が、スポーツというと、脱水予防、と思いつかれるかもしれないが、注意点もある。以下にスポーツにおける、水電解質の変化を述べてみたい。
はじめに 過度で持続的な運動は視床下部~下垂体~性腺系を抑制し性腺機能低下症を引き起こす可能性があり、女性アスリートにおいては無月経の原因となる。無月経に加えて、骨密度の低下、摂食障害を合わせて女性アスリートの三主徴(Female Athlete Triad:Triad)として報告されている 1)。しかし、男性アスリートにおける精巣機能の変化については十分明らかにされてはいない。一方、市民レベルでジョギングなどの有酸素運動や筋肉トレーニングは血中テストステロン上昇につながることも報告されている 2)。 本稿では男性ホルモンとその作用、男性ホルモン低下により出現する症状、運動による男性ホルモン低下、男性ホルモン補充療法のエビデンスなどについて概説する。
ポイント クッシング症候群は症状が非特異的と考えられており、診断が遅れがちな疾患である。しかしながら、診断に役立ついくつかの典型的な身体所見、症状を知っていると診断を早めることができる。クッシング症候群を疑った際の確定診断は、①病的な高コルチゾール血症があることの診断、②血中ACTH値測定によるACTH依存性の有無の確認、③ACTH依存性の場合はクッシング病と異所性ACTH産生腫瘍との鑑別、というように、順を追って行う。 診断確定に時間をかけて、その間に日和見感染症を発症させないことが大事である。著しい高コルチゾール血症(例えば40μg/dL以上など)が見出された場合は、ただちに治療を始めることによりカリニ肺炎や日和見感染症などの重症感染症の発症を予防する必要がある。診断は高コルチゾール血症をコントロールしたのちに行ってもまったく支障はない。この際の治療は、副腎酵素合成阻害薬による自発性コルチゾール分泌を強力に抑制するとともに、コルチゾールが低下してきたらコルチゾールの補充を加える「block and replace療法」で行うことが事故を少なくする秘訣である。
Q&A編はこちら はじめに 糖尿病性腎症は透析導入原因疾患の38.7%を占め、最多である 1)。また、糖尿病は透析患者の死因の26.4% 1)を占める心血管死の原因とも深く関わり、腎予後・生命予後の観点からも糖尿病治療は重要である。治療経過は長く、薬物療法以外に食事療法、運動療法、生活習慣管理などさまざまな介入を長期間に渡り継続することが必要となる。 本稿では医師、看護師、栄養士、薬剤師などから構成されるチームの糖尿病性腎症患者への療養支援について記載する。
はじめに 女性アスリートは無月経や月経随伴症状など、女性特有の健康問題を抱えながら競技生活を送っていることが少なくない。これらは競技パフォーマンスだけでなく生涯の健康に関わる可能性もあるため、アスリート自身はもちろんのこと、指導者や医療従事者を含む支援者が早期に問題に気付き、対応することが重要となる。本稿では、女性ホルモンと関わりの深い女性アスリートにおける医学的問題について、無月経と月経随伴症状を中心に概説する。
はじめに 最近の一連の研究では、骨が自身からのホルモン分泌を介して全身の対処に影響を及ぼす内分泌臓器としての位置が確立してきている。骨由来の4種のホルモン、オステオカルシン(osteocalcin:OC)、リポカリン2(lipocalin 2:LCN2)、スクレロスチン(sclerostin:Scl)、fibroblast growth factor 23(FGF23)が心血管機能に影響を及ぼし、2型糖尿病(type 2 diabetes:T2DM)や心血管疾患(cardiovascular disease:CVD)など種々の代謝性疾患の発症に関与するとの報告がみられる。
はじめに 超高齢社会に直面したわが国では、社会保障制度を持続可能なものとすることが不可欠である。また、自然災害の発生や新型コロナウイルス感染症の流行により安全保障や危機管理の観点からも、これらの情報の利活用推進、および医療分野のセキュリティ対策の強化が必須である。2022年6月7日閣議決定の「経済財政運営と改革の基本方針 2022」において、「全国医療情報プラットフォームの創設」、「電子カルテ情報の標準化等」および「診療報酬改定DX(Digital Transformation)」の取組を行政と関係業界が進めることとし、内閣総理大臣が本部長になり関係閣僚により構成される「医療DX推進本部」が設置され、政府を挙げて施策を推進していく旨が打ち出された 1)。そして、進化するデジタル技術を最大限に活用し、医療機関などにおける負担の極小化を目指すことを最終ゴールとした「診療報酬改定DX対応方針」が示された 2)。 今回は、このような「医療DX」の推進、および「診療報酬改定DX」について、2024年度診療報酬改定の答申を踏まえ、診療報酬改定DXおよび糖尿病とのかかわりについて概説する。
はじめに タンパク質は三大栄養素の一つで、グラム当たりのカロリーは炭水化物と同じく4kcal程度である。脂質は中性脂肪として脂肪組織に、炭水化物はグリコーゲンとして肝臓および筋肉に貯蔵されるのに対して、タンパク質のエネルギー源としての貯蔵を目的とした特定の分子は知られていない。
はじめに 運動は糖尿病や肥満症、高血圧症、脂質異常症などの心血管リスクファクターの改善、QOLやうつ状態、認知機能障害の改善、がんの予防効果など、さまざまな作用が知られている(図1)。運動が健康につながるメカニズムは未解明な部分が多いが、筋肉量と寿命とに有意な相関があることが数多くの疫学的研究で報告されるなど 1)、運動の中心的役割を担う器官である骨格筋がその鍵となる可能性が示唆されている。骨格筋は体重の約40%を占め、運動器としての役割以外にも、多臓器と連関し、全身に影響を与えていると考えられており、特にマイオカインが運動と健康のメカニズムを解明する上で注目されている。マイオカインは、ギリシャ語のmyo-(筋)とkine-(作動物質)から作られた造語であり、骨格筋から分泌され、オートクライン、パラクライン、エンドクライン作用により骨格筋自身や遠隔の臓器、組織に作用する生理活性物質の総称である 2)。現在までに数多くのマイオカインが発見され、これらが骨格筋を中心とした多臓器連関として、健康維持や疾患改善に役立っていることが明らかになっている(図2)。本稿では運動によって分泌が変化するマイオカインに着目し、骨格筋や代謝への影響と今後の展望を中心に概説する。
はじめに 現代社会では、科学技術の発達と生活の利便性向上により身体を動かす機会が減少し、種々の生活習慣病を発症させる要因となっている。また、information technology(IT)の普及に伴い、巷に溢れた情報が精神的な負担となり、うつやストレスの原因となっている。こういった健康を蝕むさまざまな脅威に直面する現代人にとって、主体的に運動・スポーツに親しむことは、体力の維持・増進、疾病やうつの予防、ストレスの軽減など、心身の健康に大きな効果をもたらすことが期待されている 1)。
「スポーツ」と聞いて何を思い浮かべるだろうか…? 春であれば新たなシーズンが始まる野球、サッカー、冬であればラグビー、スキーなどさまざまな競技スポーツを思い起こす方が多いのではないかと思う。柔道、剣道、相撲、レスリングなどの格闘技や、バレーボール、バスケットボールなどの球技を想起される方もいらっしゃると思う。しかし、中世の英国では狩猟、乗馬、釣りがスポーツであった。スポーツ(sport)の語源はラテン語の“deportare(運び去る、運搬する)”という言葉である。つまり、気分の転換、仕事や家事などの日常生活からの解放こそがスポーツ、スポーツは遊ぶことであり、楽しむことなのである。 しかし日本では運動嫌いの人たちが少なくない。その理由の一つとして、体育の授業が挙げられる。私自身も鉄棒では前方支持回転ができずに劣等感に打ちひしがれたし、授業中に「達成感」を実感したこともない。一部の教師は何をするにも命令口調で、辟易とした覚えがある。大学ではサッカー部に所属し、有能な先輩たちの活躍で東日本医科学生総合体育大会での優勝も経験したが、私がスポーツとして心から楽しむことができたのは、40歳の中盤から始めたフルマラソンだった。 ゴルフの際になかなか人数が集まらなかったので、一人でできるジョギングを始めた。手始めに10kmのロードレースを走り、3カ月後には、ハーフマラソンを経験した。そして、半年後に無謀にもホノルルマラソンに挑戦したのである。フルマラソンはハーフマラソンの「2倍」の距離を走るレースだが、苦しさと辛さは、5倍にも10倍にも思えた。レースの後半には、もう2度とマラソンなんか走らない…と繰り返し呟いていた。しかし、レースが終わって数時間経つと、何とも言えぬ達成感と充実感を覚えたのである。そして、その後もマウイマラソン、シドニーマラソン、NAHAマラソン、北海道マラソンなど30を超える大会に参加した。走るということが、何も考えずに自由になれる、楽しいものだと実感したのである。スポーツはまさに遊ぶことであり、楽しむことなのである。 ひとが遊び、楽しむことのサイエンスをまとめてみたいと思い「スポーツと内分泌疾患」というタイトルの特集を組んでみた次第である。遊び好きの私が原案を作り、まじめで勉強家の細井雅之先生が多くのエキスパートの先生たちに声をかけてくださり、今回の特集が出来上がった。 メンタルヘルス、骨格筋・骨関連ホルモン、ジェンダー、水電解質、糖代謝異常など多くの側面からのスポートロジーをお楽しみいただきたい。 著者のCOI (conflicts of interest)開示:細井雅之;講演料(サノフィ、住友ファーマ、日本イーライリリー) 本記事のPDFをダウンロードいただけます
はじめに 慢性腎臓病(chronic kidney disease : CKD)は、日本の成人の12.9%、約1,330万人以上が罹患していると報告されており、一般診療で遭遇することの多い疾患である。CKD患者の多くは高血圧を合併しており、高血圧の合併はさらなる腎機能低下へつながるため、CKD合併高血圧患者では適切な血圧管理が求められる。本稿では、CKD合併高血圧の薬剤治療について解説する。
『人間喜劇』で知られるフランスの小説家、オノレ・ド・バルザック(図)は1799年5月20日、フランス中央に位置するトゥールに生まれた。出生証明書はトゥールの市役所に現在も保管されているが、貴族の称号である「ド」は見当たらず自称である。父のベルナール・フランソワは農民の出身であったが、故郷を出て成り上がり、第22師団の兵站(補給部隊)部長であった。母は父よりも30歳以上年下であった。
はじめに 食塩制限は栄養指導の中でも最も基本となるところであり、多くの慢性腎臓病(CKD)患者は食塩制限を指導されている。CKD患者にとって食塩制限は非常に理にかなっていそうだが、臨床研究に裏打ちされたエビデンスはどの程度あるのだろうか。2023年に日本腎臓学会による「エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2023」が発行されたが 1)、筆者は「CKD患者への食塩制限は推奨されるか?」に対するステートメントに対してシステマティックレビューの取りまとめを担当させていただいた。本稿ではCKD患者の高血圧管理に関して、食塩制限を中心に概説したい。
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