7.遺伝学的検査におけるSDM(shared decision making)
https://doi.org/10.57554/2025-0056
はじめに
遺伝医学の発展に伴い、多くの診療科において、遺伝学的検査が臨床検査の一部として行われるようになっている。遺伝学的検査はその特殊性として、生涯不変の遺伝情報が扱われること、将来発症する疾患を予測し得ること、血縁者などへの影響も生じ得ることなどから、患者・家族への心理的負担が非常に大きい。このため検査の実施に際しては、患者・家族の心理面への十分な配慮が必要とされる。特に、検査の実施を検討する際に生じる「遺伝性疾患の可能性を誰にどう伝えるのか」「検査の説明や実施の適切なタイミングはいつか」「受検への意思はどう確認すべきか」「未成年者の場合はどう考えるのか」などの問いについては、ひとつの正解があるわけではない。このため、患者にとっての最善とは何かを、患者・家族との対話を通じて共に考えていくプロセスが、一般診療科においても重要となる。この、対話を通じて共に考え意思決定に至るプロセスのことをSDM(shared decision making)という。日本語では共有意思決定などと訳されることもあるが、本稿ではSDMと表記する。
1.SDMとICの異同とそれぞれの役割
米国のNICE(National Institute for Health and Clinical Excellence)のガイドライン 1)によると、SDMとは「医療者と患者が協力してケアに関する意思決定を行うプロセス」であり、「エビデンスと、個々の患者の希望・信念・価値観の両方に基づいて、検査や治療を選択する」「医療者との話し合いを通じて、さまざまな選択肢のリスクとベネフィット、そして起こり得る結果を患者が理解できるようにする」と説明されている。つまり、検査や治療の意思決定に際し、医療者はEBM(evidence-based medicine)の視点だけでなく、患者の語りに耳を傾け、患者の希望・信念・価値観を十分に理解し、それに即した医療を実現しようとするNBM(narrative-based medicine)の視点をもつことが求められている。
IC(informed consent)とSDMの異同について、京都大学の中山は以下のように説明している。
ICは医療者が専門知識と経験で、(一般論として)良いとされる「答え」を知っている場合のコミュニケーションであり、患者は「医療者が示す(ほぼ唯一の)選択肢」を受け入れることが期待される。一方、SDMは、望ましい選択肢を示す研究の成果が不十分、すなわち「エビデンスの確実性が高くない」場合に特に大切になる。そのような状況では、患者も医療者も、どこに着地するか当初はわからないが、双方向のコミュニケーションを通して、目指す目標と、そこに近づく方法が次第に共有され、意思決定と合意に至る 2)。
すなわち、ICとSDMはどちらも医療における意思決定・合意形成において重要なものであるが、ICは選択肢がひとつしかない(確実性が高い)状況に適用され、SDMは選択肢が複数ある(不確実性が高い)状況で必要ということになる。なお、ICによる面接とSDMを目指す面接の違いは、表1のように整理できる。