はじめに インスリンは生体の糖代謝において、血糖降下作用や同化作用を持つ。膵ランゲルハンス島(膵島)の膵β細胞で合成され、分泌小胞に蓄えられたのちに血中へ分泌される。インスリンの分泌量は、短期的には日々の摂食に応じて変動し、血糖値(血漿グルコース濃度)の恒常性を保っている。より長期的には、肥満や妊娠をはじめとするインスリンが効きにくくなる状態で、分泌が慢性的に増強し、インスリン抵抗性を代償する。 1.インスリンの血中濃度変動 正常耐糖能者で血糖値の日内変動を調べると、摂食の都度上昇が確認され、食後2~3時間でおおよそ元のレベルに戻る 1)(図1)。一般に、血糖値のような制御対象を一定の範囲内に収め、生体の恒常性を保つシステムを「ホメオスタシス」と呼ぶ。制御対象が変化したことを感知する器官と、その変化を抑制する器官(効果器)が連携することで恒常性が保たれる。血糖値の変動は、膵島細胞や視床下部などで感知されている。 図1 血糖値の日内変動(文献1より) グルコース負荷試験で正常耐糖能を示した434人を対象に連続血糖測定を実施。各時刻における上位5%、平均値、下位5%の血糖値を示す。 摂食後に血糖値が上昇すると、膵β細胞からインスリンが分泌され、まずは門脈を通って肝臓に運ばれる。肝臓では糖新生を抑え、血中から取り込んだグルコースを材料に、高分子グリコーゲンを合成することで血糖値を下げる。インスリンは肝臓をいったん通過する間に約半分が分解されるので、肝臓に達するインスリン濃度は他の臓器に比べて高く、重要な標的器官といえる。肝臓で分解を免れたインスリンは全身に運ばれ、骨格筋や脂肪細胞などのインスリン受容体に結合し、グルコース輸送体を細胞表面に多く発現させ、血液中のグルコースを細胞内に取り込ませて血糖値を下げる。 一方、絶食時や睡眠時にも血糖値は下がり続けることなく、おおむね70mg/dL以上に保たれる(図1)。この期間にもインスリンは少量ながら分泌され、血糖上昇作用を持つ他のホルモン、例えばグルカゴン、コルチゾール、成長ホルモンなどと協調して血糖値を調節する。このような睡眠時や絶食時におけるインスリン分泌は「基礎分泌」、食後に速やかに起こる分泌は「追加分泌」と呼ばれる 2)(図2)。インスリン補充療法においても活用されている概念である。 図2 インスリン血中濃度の日内変動(文献2より一部改変) インスリンの分泌は基礎分泌と追加分泌に分けられ、後者は主に摂食で誘発される。肥満者においては基礎分泌と追加分泌の双方が増強する。
1.ポイント ・糖尿病とがんには直接の相互関連性がある。・糖尿病では発がん・がん死のリスクが高まる。・一方、がん(特に膵臓がん)罹患に伴い糖尿病発症リスクも高まる。・がん患者が糖尿病を合併すると死亡リスクが高まる。・糖尿病を合併したがん患者の至適な血糖管理目標・治療法の確立が今後の課題である。 2.総論 2型糖尿病は発がん・がん死リスクの上昇と関連している 1)。また、糖尿病患者は糖尿病を有していないがん患者よりもがんの予後が悪いことも報告されている。糖尿病患者ではがん全般のリスクが約10~20%高まる 1~3)が、日本人糖尿病患者では肝臓がん・膵臓がん・大腸がんのリスクが有意に増加することが判明している 4)(表1)。なお、1型糖尿病とがんリスクの関連性についてはまだ結論に至っていない。 表1 糖尿病と臓器別がんリスクの国内データ(文献4より) 糖尿病とがんには生活習慣的側面が大きい共通のファクターが多数あるが、これらの影響とは無関係に直接の相互関連性があることが究明されてきている 5)(図1)。 図1 糖尿病とがんのリスクファクター(文献5 より作成) 糖尿病でがんのリスクが増加する機序として、高インスリン血症・高血糖の関与が提唱されている 5)。HbA1cや血糖値の変動幅との関連も示唆されている 6~8)。 がんで高血糖・糖尿病発症リスクが高まる機序は、病態生理学的ファクターだけでなく精神的ファクターや薬剤の影響など多岐にわたる(表2)。同時に、がん細胞からのIGF-II(insulin-like growth factor II)(血糖降下作用がある)や、肝腎機能低下による糖新生減少や、摂食量低下のために低血糖になることもあり、がん患者の血糖値は乱高下しやすい。 表2 がんに伴う高血糖・糖尿病の機序
Q&A編はこちら はじめに 近年、訪日外国人総数は年々増加し、2019年には約3,188万人と過去最高を記録した 1)。しかしながら、2020年1月下旬以降は、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)のパンデミックに伴い、訪日外国人数は激減。入国制限の緩和された2022年11月現在も2019年同月比61.7%減となっているが 1)、今後は入国制限のさらなる緩和、インバウンドの本格的な再開に伴い、その数は次第に増加してくるものと思われる。 また全世界の糖尿病患者数は現在5億3,700万人を超え、今後も増加の一途をたどり、2045年には7億8,300万人に達すると予想されている 2)。このような世界的な糖尿病事情を鑑みると、本邦において外国人糖尿病患者に対応する機会は今後も増え続けると思われる。 本稿では外国人糖尿病患者の診療上の留意点について、特に食事栄養療法のポイントについて概説する。 1.言語のハードル 糖尿病診療においては検査結果とともに、食生活、運動習慣等の生活習慣の聞き取りが重要である。そのためには良好なコミュニケーションが必要であるが、言語が異なれば、そのコミュニケーション自体が困難となる。 近年、自動翻訳機等のツールも増えているが、その精度と翻訳スピードには依然改善の余地がある。また英語であれば通訳可能なスタッフが対応している病院が増えているが、その他の言語の場合は多くの病院で同伴者の通訳に頼らざる得ない状況にある。同伴者は家族や友人の場合が多いが、メディカルツーリズムの一環としての受診であると、関係業者が立ち会って通訳する場合もある。いずれの場合もプロフェッショナルではない通訳による誤訳の可能性や患者のプライバシー保護が問題となる。電話医療通訳サービスの利用や、医療通訳派遣の依頼という方法もあるが、その場合の料金支払いルールや、急な受診や夜間休日など医療通訳対応が難しい場合の対応は、あらかじめ各施設で検討しておく必要がある。 実地診療に際し慌てないためにも、普段から関連サイトを検索し、糖尿病診療に関する多言語資料を用意しておくことが望ましい。例えば、国立国際医療研究センター糖尿病情報センターでは、英語版の各種療養指導ツールを作成・掲載している 3)。また「糖尿病リソースガイド」というサイトには「母国語で学ぶ糖尿病」というコーナーがあり、ポルトガル語、スペイン語、フランス語、ヒンディー語、インドネシア語、中国語、韓国語、英語による糖尿病関連のサイトやツールが紹介されている 4)。
Q&A編はこちら はじめに 経口糖尿病薬はこの10年余りで種類が大幅に増え、個々の患者の病態に適した薬剤選択が可能となった。一方、その選択に必要な知識や情報が同様に増え、専門性が高まったこともまた事実である。 本稿では、病棟で2型糖尿病患者の担当になった場合、その患者の血糖値推移やその他の情報からどのように薬剤選択をするか、いくつかのポイントを立てて解説する。薬剤選択に決まった正解はないが、やみくもに組み合わせるのではなく、個々の患者により適した(利益が大きくリスクの少ない)選択ができるよう役立てていただければ幸いである。 1.症例(図1) 図1 症例 ポイント⓪ 経口糖尿病薬の大まかな機序、効果の把握 薬剤選択に入る前に、まず最低限の知識として経口糖尿病薬の種類とそれぞれの作用機序、効果を簡単に把握しておく(すべての把握が困難であればいつでも参照できるようメモとして持っておくとよい)。 特に、各薬剤が「食後」をターゲットとしているのか、「24時間(食後だけでなく早朝空腹時から夜間まで全体の血糖値)」をターゲットにしているのかを分けて考えるとわかりやすい(図2)。 図2 経口糖尿病薬の種類と特徴
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