はじめに 甲状腺クリーゼと粘液水腫性昏睡は、甲状腺疾患(主にバセドウ病や橋本病)を基盤に発症する致死的な内分泌緊急症(死亡率は前者が約10%、後者が約30%)であり、的確な早期診断と迅速な集学的治療の開始が患者の生死を左右する。しかしながら、両緊急症の疫学的データの不足により、2005年ごろに診断基準や治療指針が国際的にも未確立であった経緯があり、日本甲状腺学会は両緊急症の診断基準と治療指針の作成を臨床重要課題に指定した(甲状腺クリーゼは日本内分泌学会でも指定)。甲状腺クリーゼは、全国疫学調査で収集した臨床データをもとに診断基準と治療指針が作成され、「甲状腺クリーゼ診療ガイドライン2017」として刊行されている 1)。粘液水腫性昏睡は、日本甲状腺学会員を対象とした2008年の実態調査により収集した臨床データをもとに診断基準第3次案と治療指針案が作成・公表されている。両緊急症ともに死亡率が高く、緊急治療が必要な病態であるため、救急医・一般内科医・循環器内科医などの非甲状腺専門医が初期診療にあたるケースが多い。そのため、救急診療に携わる医療従事者は本症の診断や治療法についてよく理解しておくことが重要である。本稿では両緊急症の診断基準と治療指針を中心に概説する。 1.甲状腺クリーゼ 1)病態 甲状腺ホルモン過剰症(甲状腺中毒症)の原因となる未治療もしくは管理不良な甲状腺基礎疾患(主にバセドウ病)のある患者に、感染症や手術などの種々のストレスが加わり、甲状腺ホルモン作用の過剰に対する生体の代償機構が破綻して多臓器不全に陥った緊急病態である。 2)疫学と発症の誘因 本邦における全国疫学調査の結果、本症の発症率は年間入院患者10万人あたり0.2人であった 2)。発症の誘因としては、バセドウ病患者における服薬コンプライアンスの不良や治療の自己中断が最も多い。これらの原因の根底には病識の欠如があるため、「治療をおろそかにするとクリーゼに陥る危険性がある」ことを、バセドウ病患者へ指導するべきである。他に感染症(特に上気道炎、肺炎)、外傷、手術、妊娠・分娩、種々の急性疾患(糖尿病ケトアシドーシス、副腎不全、虚血性心疾患、脳血管障害、肺血栓塞栓症など)も誘因として知られている。 3)症状 多臓器不全による全身性症候、臓器症候に加え、甲状腺関連の局所症候を認める。全身性症候として、発熱・頻脈・不整脈(特に心房細動)・多汗・ショック・体重減少などが、臓器症候として、不穏・せん妄・傾眠などの中枢神経症状、肺水腫や心原性ショックなどの心不全を中心とした循環器症状、下痢・嘔吐などの消化器症状がある。局所症候としては、甲状腺腫大や甲状腺眼症などが特徴的である。
Q&A編はこちら 2023年7月31日に訂正した。訂正内容については、下記を参照されたい。https://practice.dm-rg.net/correction/0103_a0044 はじめに インスリン発見から100年の時を経て、近年のインスリン製剤やデバイスは著しい進化を遂げている。インスリン製剤やデバイスの組み合わせによって治療法にも選択肢が増え、1型糖尿病においてもオーダーメイド医療が意識されるようになってきた。血糖コントロールは、食事、運動量、ストレスなど、生活のすべてが影響する。患者のライフスタイルに合わせた治療法を提案するためには、インスリン製剤やデバイス類に精通し、それぞれのメリット・デメリットを把握しておく必要がある。本稿では、現在本邦で行うことのできる1型糖尿病の治療法についてデバイスを中心に述べる。 1.インスリン療法 1)強化インスリン療法 1990年代に1型糖尿病患者を対象として、強化インスリン療法による厳格な血糖コントロールが細小血管障害の発症および進展予防になるか検討したDCCT/EDIC(The Diabetes Control and Complications Trial)の結果が公表された。これによると、強化インスリン療法(ペン型注入器を用いた1日3回以上のインスリン頻回注射療法[Multiple Daily Injection:MDI]またはインスリンポンプを用いた持続皮下インスリン注入[Continuous Subcutaneous Insulin Infusion:CSII]療法)による厳格な血糖管理が従来の1日1~2回のインスリン療法と比較してHbA1cの改善や細小血管障害の発症・進行抑制に有効であることが示された 1)。以降、1型糖尿病の治療の主流は強化インスリン療法である。 2)MDI療法 vs. インスリンポンプ療法 MDI療法とCSII療法を比較した試験結果はいくつも発表されているが、いずれもDCCT/EDICほど厳密ではなく、小規模で短期間のものが多い。しかしながら、これらの研究結果のメタ解析やシステマティックレビューによると、CSII療法はMDI療法よりもHbA1cを-0.3%(95%信頼区間-0.58~-0.02%)改善させ、重症低血糖を減らしたと報告されている 2)。ただし、CSII療法の優位性はわずかなものであり、米国糖尿病学会(ADA)のガイドラインでもどちらを選択するべきかは各個人の状況に応じて決定するべきと結論付けている 3)。 しかしながら、MDI療法、CSII療法のいずれにおいても、持続血糖測定器(Continuous Glucose Monitoring:CGM)と併用することで、低血糖が減り、なおかつHbA1cが改善することが報告されている 4)。 今後インスリンポンプ療法の中でもCSII療法ではなく、後述するリアルタイムCGM(real-time CGM:rtCGM)と連動するインスリンポンプ療法が主流となった場合、インスリンポンプ療法の有意性が高まる可能性がある。 3)インスリンポンプの適応 厳格な血糖コントロールが求められる人や日によって活動量や生活スタイルに変化が大きい人、血糖コントロールが不安定な人に特によい適応である。 具体的には、妊活中・妊娠中妊娠希望の女性、食べムラが大きく必要なインスリン量が少ない小児、部活動・試験期間などで日々の活動量が大きく変わる学生、シフトワークや出張の多いビジネスマン、暁現象が顕著な人、無自覚低血糖が多い人などが挙げられる。
はじめに 副腎クリーゼ(急性副腎不全症)や褐色細胞腫クリーゼは、放置すれば致死的病態に至る内分泌性緊急症の代表的疾患である。副腎クリーゼではステロイドが急激に絶対的または相対的に欠乏することで循環障害やショックに至る。慢性副腎不全症患者に種々のストレス(感染、外傷など)が加わり、ステロイド需要量が増加した場合や膠原病、自己免疫疾患などで長期服用中のステロイド薬が不適切に減量・中止された場合の発症が多い 1)。ステロイド補充や投与の病歴聴取が診断の鍵となるが、症状が非特異的であるため、救急対応において診断に難渋する場合も少なくない。下垂体卒中は副腎クリーゼの成因の一つであり、下垂体腺腫の突然の出血や梗塞によってACTH、コルチゾールの急激な分泌低下をきたす 2)。一方、褐色細胞腫・パラガングリオーマは副腎髄質または副腎外傍神経節に存在するクロム親和性細胞から発生するカテコールアミン産生性の神経内分泌腫瘍で、潜在的に転移性であることから、悪性腫瘍の取り扱いとなっている。薬剤、造影剤、食事、排尿など種々の要因によりカテコールアミンの急激な過剰分泌をきたし、顕著な高血圧(高血圧クリーゼ)や標的臓器障害が誘発される 3)。本稿ではこれらの病態と加療について概説する。 1.急性副腎不全症(副腎クリーゼ)の病態、原因、診断、加療 1)病態 副腎皮質ステロイドとしては、球状層からアルドステロン、束状層からのコルチゾール、網状層から副腎アンドロゲン(DHEA、DHEA-S)の3つの主要なホルモンが合成分泌され、特に前2者はそれぞれ糖質代謝、電解質バランスの調節に関与し、われわれの生命維持に不可欠の役割を果たしている。急性副腎不全症(副腎クリーゼ)は、グルココルチコイド(glucocorticoid:GC)を中心とするステロイドの生体内での必要量に比べて供給量が絶対的または相対的に欠乏するために起こる循環不全を中心とする内分泌緊急症である。GC欠乏だけでなくアルドステロンなどのミネラルコルチコイド欠乏によるナトリウムの喪失と体液量の減少、GCの影響下にあるカテコールアミンの合成と作用の低下、クリーゼ発症誘発の契機となった疾患の循環動態障害などがそれぞれ病態に関与する 1)。 423例の慢性副腎不全症(原発性221例、続発性202例)を後方視的に解析した報告では100人当たり8.3件の副腎クリーゼが観察されている 4)。458例の副腎不全を解析した別報告では、副腎クリーゼの誘因としては胃腸炎が最も多かったと報告されている 5) 。わが国のアジソン病の疫学調査では副腎クリーゼの誘発要因は感染症が半数以上を占め、次いでステロイド薬の中断が多かった 6)。
日曜日の昼下がり、突然、温泉に行きたくなる。福井に住んでいた三十数年前なら、夕陽が沈む時間を見計らって車を飛ばし、越前海岸の日帰り温泉「漁火(いさりび)」に向かっていたところだ。露天風呂にゆったりと浸かり、潮騒に耳を澄ませながら、夕陽が水平線に完全に沈むまで日本海の景色を堪能する。丸い太陽が水平線に隠れるほんの少し前には、オレンジ色の光が一瞬真横に広がって、今日一日への別れの挨拶のように見える。日が完全に沈んだ後の、海の碧と空の青との間に横たわる茜色のグラデーションも、太陽が退場した後の余韻として誠に相応しい幕引きだ。 しかし、ときは令和、ここは東京。妄想に耽っているうちに、漆黒の闇の時間となってしまう。さっさと湯に浸かりに出かけなければならぬ。とはいえ、どこへ参ろうか。現在の住まいに引っ越してきた二十数年前は、まだ下町の商店街のような風情を残していた麻布十番によく出かけた。温泉で温まった後で、並びの「永坂更科」で蕎麦をたぐったりもしたが、その麻布十番温泉は2008(平成20)年に閉店し、ビルも残っていない。それならば、子供らを連れて行ったこともある「東京お台場 大江戸温泉物語」はというと、2021(令和3)年に閉館となってしまっている。子供たちが通っていた小学校近くの銭湯が閉じてしまったのも、もう何年も前だ。東京では、挨拶も交わさぬうちに、数多くの別れが、日々ただ通り過ぎているのである。 そこで浮上してきたのが、戸越銀座である。我が家からは地下鉄で3駅先だ。子供たちが小学生だった頃、1人でぶらついてみたら楽しかったので、家族を連れて行ったがそれきりになっている。筆者は幼稚園児の頃、東武東上線沿線の大山銀座商店街に親しんでいたので、北品川や阿佐ヶ谷など、庶民的な町並みを散策するのが好きなのだが、妻は銀座や青山が似合う人なので、あまり興味がわかなかったのかもしれない。そもそも「○○銀座」と名の付く商店街は、中央区の銀座とは似ても似つかぬことが必定である。「○○銀座」の商店街に行き、「なんだ、全然銀座じゃないじゃないか」などと怒る人はいないのである。 戸越銀座へは、五反田までの坂を一気に下り、そこから丘を登って行けばよい。とはいえ自転車に乗ること自体が久しぶりなので、ブロンプトンで裏通りをのんびり行くとしよう。片道4kmちょっとなので、歩いても行けないことはないくらいの距離である。15分くらいで着いてしまった。サイクリングと言うのも恥ずかしい。日曜午後の商店街は活気にあふれており、賑やかだ。かといって自転車を押して歩かねばならぬほど混んでもいない。ちょうどよい(写真1)。気を良くした私は、温泉に直行する。その名も「戸越銀座温泉」だ(写真2)。自転車置き場も用意されている(写真3)。 写真1 戸越銀座商店街写真2 戸越銀座温泉入り口写真3 戸越銀座温泉駐輪場
はじめに 生理的条件下でヒトの血糖値(グルコース濃度)はおおむね70~130mg/dL程度の範囲に維持されている。中枢神経はグルコースをエネルギー源として利用し、肝臓や腎臓は糖新生を行い、神経系やホルモンを介して糖代謝恒常性が維持されている。低血糖はこの糖代謝恒常性維持機構に何らかの異常をきたすことで発生する。すなわち低血糖症を見つけ、原因を追究することはその背景にあるさまざまな疾患を診断・治療する契機にもなり得る。本稿では低血糖症を病因別にまとめ、外来や病棟での鑑別、緊急時の対応方法を概説する。 1.低血糖症の病態と症状 低血糖は一般に(血漿)グルコース濃度が70mg/dL未満になった場合を指し、低血糖による諸症状があれば低血糖症と判断する。低血糖症状は血糖値がどの程度かで発現する症状に特徴がある。生理的条件で血糖値が約50~55mg/dL(3mmol/L)以下になることはなく、典型的Whippleの3徴(低血糖症状がある、症状出現時の血糖値が50mg/dL以下、グルコース投与で症状が改善)の存在が確認できれば病的低血糖症と判断できる。血糖値が約80mg/dL(4.5mmol/L)程度になるとインスリン分泌が抑制され、約70mg/dL(3.9mmol/L)以下になるとインスリン拮抗ホルモンの分泌が亢進(グルカゴン、アドレナリン、ノルアドレナリン、成長ホルモン、ACTH-コルチゾール系の順に分泌亢進)する 1)。グルカゴンおよびアドレナリンなどのカテコールアミンは肝臓でのグリコーゲン分解および肝臓、腎臓で糖新生によりグルコースを生成し、中枢神経へのグルコース供給を維持する。より長時間の絶食では糖新生による血糖値維持機構の寄与が大きい。カテコールアミンの分泌亢進は交感神経症状(動悸、発汗、振戦、顔面蒼白、空腹感)を引き起こし、中枢神経症状に先んじて出現するため警告症状とも言われる。 さらに血糖値が低下すると、倦怠感、眠気、集中力の低下、頭痛、霞目などの中枢神経症状が出現し、血糖値が30mg/dL前後で痙攣、昏睡に至る 2)(重症中枢神経症状;図1)。無自覚性低血糖は文字通り自覚症状(交感神経症状)を欠き(hypoglycemia-associated autonomic failure:HAAF)、中枢神経症状を呈することを指す。糖尿病状態でのHAAFの要因は反復する低血糖による交感神経―副腎系反応(sympathoadrenal responses)の低下、膵β細胞機能障害に起因するインスリンの減少やグルカゴンの増加が欠如することが考えられる 3)。 図1 低血糖の症状(文献2より)
はじめに 糖尿病性ケトアシドーシス(diabetic ketoacidosis:DKA)と高浸透圧高血糖状態(hyperosmolar hyperglycemic state:HHS)は高度のインスリン作用不足と脱水を背景によって生じる糖尿病の急性合併症で、救急外来でしばしば遭遇する。また、乳酸アシドーシスはビグアナイド薬の副作用として知られており、まれではあるが致死率の高い疾患である。本稿ではこれらの病態と、診断・治療について解説する。 1.DKAの病態 DKAは高度のインスリン欠乏による急性代謝失調である。インスリン作用の不足に加えて、インスリン拮抗ホルモンであるグルカゴン・カテコラミン・成長ホルモンが上昇し、脂肪組織での脂肪分解が増加し、肝臓でのケトン体合成が亢進することで代謝性アシドーシスをきたす。さらに肝臓でのインスリンによる糖放出抑制が障害され、末梢組織での糖利用が低下するため著明な高血糖が生じ、浸透圧利尿により脱水も伴う 1)。 DKAは1型糖尿病の発症時、またはインスリン注射の中断で生じることが多いが、2型糖尿病でも起こり得る。誘因となるのは、感染症・膵炎・虚血性心疾患・脳血管障害などの重度の全身性疾患・手術・外傷・薬剤(ステロイド・抗精神病薬など)などである 2)。 なお、血糖値が200mg/dL未満と著明な高血糖がないにもかかわらず、ケトアシドーシスを生じる正常血糖ケトアシドーシス(euglycemic diabetic ketoacidosis:EDKA)も存在する。EDKAは妊娠・過度な糖質やエネルギー制限・肝疾患・膵炎・大量飲酒などが関連すると考えられているが、近年SGLT2阻害薬使用例での発生が相次いでいる 3)。SGLT2阻害薬は尿糖排泄を増加させるため、生体内のエネルギー利用が脂質代謝に傾き、肝臓でのケトン体産生が増加する。ここに極端な糖質制限や脱水などが生じるとケトアシドーシスが生じるが、尿糖排泄のため血糖値の上昇は軽度にとどまることが機序と考えられている。
内科診療において最も現場感覚を要するものが緊急時の対応であろう。糖尿病・内分泌疾患の臨床もその例に漏れないことは言を俟たない。したがって、そのような状況では、十分な経験を有することがまさしく円滑な治療に繋がるが、『糖尿病・内分泌プラクティスWeb』の今号の特集では、若手医師にとっては実体験を補完するものとして、そしてベテランの医師にとってはご自身の臨床を振り返りつつ新たな視点を加えるものとして、身近にご活用いただける企画になっているものと確信している。 本特集では、冒頭、勝山修行先生に、糖尿病性ケトアシドーシスと高浸透圧高血糖状態、さらには乳酸アシドーシスについて、手際よく具体的におまとめいただき、次いで、山田穂高先生には、低血糖症の病態と具体的な対応策について、広い視野に基づいて詳述していただいている。 さらに、内分泌領域では、柳瀬敏彦先生に、放置すれば死に至る、内分泌性緊急症の代表的な疾患である副腎クリーゼと褐色細胞腫クリーゼについて、深いご経験から敷衍していただき、就中、急性副腎クリーゼの原因疾患の一つである下垂体卒中についても別項立てで取り上げていただいた。また、田中祐司先生ほかの先生方には、同じく致命率の高い甲状腺クリーゼと粘液水腫性昏睡について、最近のガイドラインや診断基準を踏まえてシステマティックに論考していただいている。 後半では、電解質異常について、まずは宮田 崇先生と有馬 寛先生に、臨床上高頻度に緊急症を来しうる血清ナトリウム異常について、その病態、症状、鑑別診断、治療について代表的な原因疾患とともにご解説いただき、次いで、菱田吉明先生と曽根正勝先生には、ともに麻痺、痙攣、致命的な不整脈などを引き起こしうる高、低カリウム血症について、体内のカリウム調節機構から緊急時の対応まで、実際に即して展開していただいた。そして最後に、山本昌弘先生には、高、低カルシウム血症について、その症候と病態生理、鑑別診断から、さらには具体的な治療に至るまで、具体的に描出していただいた。 本特集の執筆陣は、その分野に広範な経験と知識を有する専門家の方々である。ご執筆の先生方のご尽力を多とするとともに、今回の特集によって読者諸賢の理解が深まり、それによって得られたものを臨床の現場にフィードバックしていただければ、企画者としてこのうえない喜びである。 著者のCOI (conflicts of interest)開示:本論文発表内容に関連して特に申告なし 本論文のPDFをダウンロードいただけます
はじめに 酸塩基平衡は必須の知識でありながら、かなり難しく考えられているように思われる。若い医師たちを見ていると、血液ガス解釈のテクニックを習得することだけに満足してしまっていたり、診断や治療のアルゴリズムに盲目的に従うだけで、患者を背景とした病態に思いが至っていない状況も多く経験する。 例えば、糖尿病におけるケトン体の理解についても同様である。ケトン体はどのような時には善人で、どうしたら悪人になるのか?そのような医学部でしっかり学び、臨床経験を積んだ医師ならば当然分かるべきことが分かっていないのが実情のようである。 この原因に思いを至らせるに、「木を見て森を見ない」現在の医学教育に問題があるように思われる。血液ガスの解析はできても、それが今そこにいる患者の病態に、どのような影響を与えているかを理解できていないのである。 本稿では酸塩基平衡の基本・基礎医学(生化学・生理学)的考察に立ち返り、なるべく臨床に直結するように解説していきたい。 1.酸とは何か?アニオン・ギャップとは何か? 高校の化学基礎で習うブレンステッド・ローリーの定義によれば、酸とはH+(プロトン)を供与するもの、塩基(アルカリ)とはそれを受け取るものと定義される。実際、塩酸や酢酸などの酸は電離すると以下のようにH+を分離することから、H+を与えるもの、つまり、酸と定義できる。 このように、一般に酸を陽イオンであるプロトンと陰イオンA‐の化合物として表現すると以下の①のようになる。 この式から分かるように、酸が発生するとプロトンのパートナーとなる陰イオン(A‐)が同時に生まれることを意味する。ここで重要なことは、ブレンステッド・ローリーの定義によればA‐は、H+を受容するという点で塩基(アルカリ)であるということである。実際、A‐の多くが代謝を受けると重炭酸イオンなどアルカリを産生する。 一方、プロトンはpH=7.4、つまり、[H+]=10‐7.4=10‐7×0.4=40×10‐9=40nmol/Lという濃度に厳密に管理され、酸発生によりH+が増加すると、すぐに細胞外液に豊富に存在する重炭酸イオン(HCO3‐)により緩衝され、その増加はわずかに留まる(②)。 ここでもし、A‐がすぐに代謝や排泄を受けずに細胞外液(血液)中にしばらく留まれば、この陰イオンの存在を証明することで、新たな酸が生じたこと(体液を酸性に傾ける状況=代謝性アシドーシスの存在)を見出すことができる。このA‐の存在がアニオンギャップ(Anion Gap:AG)として表現される。AGは通常測定する代表的陽イオン(Na+)濃度と通常測定する代表的陰イオン(Cl‐やHCO3‐)濃度の差で表される。 よって、酸の発生により生じた新たなA‐の存在は、A‐が代表的陰イオン(Cl‐やHCO3‐)でない限り、AGの上昇という形で表現される。例えば、高度腎不全などでは硫酸イオンやリン酸イオンがA‐となるし、乳酸アシドーシスでは乳酸イオンが、ケトアシドーシスではアセト酢酸イオンやβヒドロキシ酪酸イオンがA‐となり、血中に代謝・排泄されずに存在すれば、AGの上昇を来すことになる。
はじめに 糖尿病治療に用いられる注射薬は、インスリン製剤、Glucagon-like peptide-1(GLP-1)受容体作動薬および配合注射薬に分けられる。自己注射に対する指導管理は「C101在宅自己注射指導管理料」で算定し、注射薬は「薬価基準」、注入器は「C151注入器加算」、注射針は「C153注入器用注射針加算」、血糖測定やインスリン注入に関しては「C150血糖自己測定器加算」、「C152間歇注入シリンジポンプ加算」および「C152-2持続血糖測定器加算」で算定する。そして注射薬の投与に用いられる特定医療保険材料は所定点数に含まれ、医療機器は医療機関などからの給付・貸与となり、注射薬に係る算定については複雑である。 よって今回は、2022年4月の診療報酬改定および12月適用の薬価基準 1)を中心に、自己注射に係る注射薬と特定医療保険材料について概説する。なお、2022年12月21日の中央社会保険医療協議会によると、2023年度薬価改定では、国⺠負担軽減の観点から、平均乖離率♯7.0%の0.625倍(乖離率4.375%)を超える品目が改定の対象となる 2)。 ♯平均乖離率とは、{(現行薬価×販売数量)の総和-(実販売単価×販売数量)の総和}/(現行薬価×販売数量)の総和で計算される数値をいう。 1.薬価基準に収載されている注射薬 1, 3, 4) 糖尿病治療に用いられる注射薬の一覧を、表1、表2、表3に示す。インスリン製剤は超速効型、速効型、持効型溶解、中間型、混合型、配合溶解、GLP-1受容体作動薬配合製剤に分類され、インスリン専用シリンジで吸引して使用する「バイアル製剤」、専用のペン型注入器とA型専用注射針を組み合わせて使用する「カートリッジ製剤」およびインスリン製剤と注入器が一体となった「プレフィルド/キット製剤」がある。そしてインスリン製剤の効能・効果は、全ての製剤で「インスリン療法が適応となる糖尿病」である。 表1 インスリンの効果発現別および注入器の種類別一覧(文献1、3、4より) 画像をクリックすると拡大します 表1 インスリンの効果発現別および注入器の種類別一覧(文献1、3、4より) $(".vol2_r13_01").modaal();
はじめに 超高齢社会の進行とともに原発性骨粗鬆症による脆弱性骨折の発生が、健康寿命の延伸にとり大きな足かせとなっている。特に一度臨床的骨折を発症した患者は、再骨折の発生率が高く、骨折直後からの治療介入が極めて重要である。しかしながら、骨折後の治療率が低いことが世界的な問題となっており、新しい診療支援の取り組みが必要となってきた。海外で始まった骨折リエゾンサービス(Fracture Liaison Service:FLS)は、まさに骨折直後の診療支援を推進するものであるが、わが国ではさらに一次予防や社会啓発も含めた骨粗鬆症リエゾンサービス(Osteoporosis Liaison Service:OLS)が日本骨粗鬆症学会により策定された 1)。令和4年4月の診療報酬改定では、手術を行った大腿骨近位部骨折患者に対するFLSに対して、新しく二次性骨折予防継続管理料が設けられ、OLS活動の一部が経済的な担保を得られるようになった 2)。 1.二次性骨折予防継続管理料について 令和4年4月の診療報酬改定で、大腿骨近位部骨折の手術患者に対して、二次性骨折予防継続管理料の算定が認められた 2)(表1)。最も注意すべきポイントは、あくまで「骨折予防」を「継続管理」するための診療報酬であり、ガイドラインとクリニカルスタンダードに則った、計画的かつ経時的な管理を行い、骨折予防をすることが求められていることである。そもそも、初期計画が作られていなければ、継続管理を行うことは不可能なため、手術を行った急性期病院で、二次性骨折予防継続管理料1を算定することが、その後継続管理をする施設で管理料を算定するための必須要件となる。「大腿骨近位部骨折を発症し、手術治療を担う保険医療機関の一般病棟に入院している患者であって、骨粗鬆症の有無に関する評価および必要な治療などを実施した者」が対象患者であるが、この管理料1を算定するためにはいくつかの必要要件がある。基本となる治療開始を行う急性期病院における算定要件の骨子は、 医療機関ならびに入院病棟が施設基準に適合し届け出されていること 二次性骨折予防を目的として骨粗鬆症の計画的な評価・治療がされていること 骨粗鬆症の予防と治療ガイドラインならびに骨折リエゾンサービス(FLS)クリニカルスタンダードに沿った適切な評価および治療がされていること であり、その施設基準としては、 骨粗鬆症の診療を行うにつき十分な体制が整備されていること 骨粗鬆症診療を担当する医師、看護師および薬剤師が適切に配置されていること 急性期一般入院基本料、地域一般入院基本料または7対1入院基本料もしくは10対1入院基本料に関わる届け出がされていること である。 この初期計画と診療開始がされた患者に対して、施設基準を満たした回復期病院などへの転院後、リハビリテーションなどを担う地域包括ケア病棟または回復期リハビリテーション病棟へ入院し、急性期病院で開始された治療を継続管理した場合に、入院中一回に限り二次性骨折予防継続管理料2が算定可能である。さらに、外来診療に移行した後は、継続して骨粗鬆症の計画的な評価および治療が行われた場合、二次性骨折予防継続管理料3の算定開始月から12カ月間月一回管理料3が算定可能である。外来診療で管理料3を算定する医療機関もあらかじめ届け出を行う必要があるが、これは管理料1もしくは管理料2を算定した医療機関と同一であっても別の医療機関であってもよい。なお薬剤師に関しては、常勤薬剤師が配置されていない場合、連携する医療機関などと連携して医療体制を整えてもよい、とされている。 この二次性骨折予防継続管理料が新設されたことで、これまで医療現場で自主的に行われてきた骨折予防の取り組みの一部に経済的な支援が可能となったことは画期的である。外来診療で継続管理料3の算定する医療機関は、整形外科には限定されず、他の慢性疾患管理を同時に行う内科などにその役割が求められることも多い。リエゾンサービスによる二次性骨折予防継続に対する正しい理解と連携体制のさらなる構築が求められている。
1.ポイント ・高LDL-C血症は動脈硬化リスクとなる。特に遺伝的な高LDL-C血症(家族性高コレステロール血症:FH)はリスクが高く見逃さないように気をつける。・LDL-C低下薬は動脈硬化リスクを軽減する。動脈硬化リスクが高いほど、LDL-Cの管理目標値を低く設定して治療する(the lower, the better)。・まず内服薬をエビデンスの順に(スタチン>小腸コレステロールトランスポーター阻害薬[エゼチミブ]>陰イオン交換樹脂[レジン])適宜組み合わせて使用し、内服でも管理目標値に達しなければPCSK9阻害薬を用いる。・二次予防の場合など、速やかなLDL-C低下が望ましい場合は、スタチンに加えて早期のPCSK9阻害薬の導入を検討する。・高LDL-C血症の動脈硬化リスクは、LDL-C値が高いほど、またその期間が長いほど高くなる(cholesterol x years risk:生涯コレステロールリスク)。どのくらい下げるか、とともに、いつから下げるか、いかに早期に診断し治療を進めるか、が大切である(the lower, the earlier, the better)。 2.総論 高LDL-C血症は動脈硬化の最大のリスクの一つである。そのリスクは、動脈硬化の危険因子(加齢、男性、脂質異常症[LDL-C、HDL-C]、高血圧、耐糖能異常、喫煙など)を多く有するほど高い。糖尿病、慢性腎臓病(CKD)、末梢動脈疾患(PAD)を有する場合はリスクが高く、遺伝的な高LDL-C血症(家族性高コレステロール血症:FH)がある場合にはさらにリスクが高い。また、一次予防よりも二次予防(冠動脈疾患またはアテローム血栓性脳梗塞)ではリスクが高くなる 1)。 多くの臨床研究から、LDL-C低下薬を用いると、LDL-C低下とともに動脈硬化リスクが減少すること(the lower, the better)が確立されてきた。LDL-Cは治療可能かつ治療効果の高い動脈硬化リスクである。動脈硬化リスクの高い人ほどLDL-Cをしっかりと下げることが大切である。 日本動脈硬化学会によるガイドライン(動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版)はこの基本に基づいて作られている。2022年版では、従来版よりもLDL-Cの管理目標値がより詳しく、個々のリスクに対応できるように設定されている。一次予防では、リスクに応じて低リスクは160mg/dL未満、中リスクは140mg/dL未満、高リスクは120mg/dL未満だが、さらにハイリスクな高リスク(糖尿病かつ「PAD、細小血管症(網膜症、腎症、神経障害)合併時、または喫煙あり」の場合)では<100mg/dLを考慮する。二次予防(冠動脈疾患またはアテローム血栓性脳梗塞)では基本的に100mg/dL未満だが、さらにハイリスクな二次予防(「急性冠症候群」、「家族性高コレステロール血症」、「糖尿病」、「冠動脈疾患とアテローム血栓性脳梗塞[明らかなアテロームを伴うその他の脳梗塞も含む]」のいずれかを合併する場合)では70mg/dL未満を考慮する 1)。 管理目標の達成のため、内服薬をエビデンスと薬価を考慮して用いる(スタチン>エゼチミブ>レジン)ことが基本となるが、それでも下がらない場合は、PCSK9(プロ蛋白転換酵素サブチリシン/ケキシン9型)阻害薬が適応となる。 PCSK9阻害薬は、LDL受容体の分解を促進する蛋白PCSK9(図1)に対する抗体医薬(皮下注)である。LDL受容体の発現増強を介して、強力なLDL低下作用(約60%減)を有し、心血管イベント抑制のエビデンスが示されている。PCSK9阻害薬処方にあたっては、薬価が高いこと、長期的な安全性は今後の課題でもあることに留意し、適応は慎重に判断する 2〜4)。適正使用の観点からは、①FH、②心血管イベントのハイリスク病態(主に冠動脈疾患二次予防)、③スタチン不耐、がPCSK9阻害薬の良い適応となる。
Q&A編はこちら はじめに 低Na血症は、日常臨床において最も遭遇する頻度の高い電解質異常である。高度な急性低Na血症は種々の神経学的症状をきたし、致死的なこともある。一方、慢性的な低Na血症は転倒や骨折、骨粗鬆症、認知機能低下などさまざまな病的状態に関連する。低Na血症の症状は基本的に低浸透圧血症による。実臨床においては、診断がつかないままに放置されている低Na血症や鑑別に難渋する例が少なくない。本稿では基本事項として血漿浸透圧についての再確認と、低Na血症の診断・治療について実際の症例を提示しながら考えていきたい。 1.低ナトリウム血症の定義 血清Na濃度135mEq/L未満 2.血漿浸透圧の考え方 ・浸透圧とは・・・溶質中の粒子の数(モル数)に比例する。・循環血漿(細胞外液)中には、NaやK、Clなどの陽イオンや陰イオンと、ブドウ糖などの非電解質が存在し、浸透圧を形成する。血漿中に最も多く存在するイオンがNa+であり、血漿浸透圧に最も影響を与える。 図1に示すように、間質液と血漿の間をNaは自由に行き来するので、細胞に接する間質のNa濃度は血漿と同じと考えて良い。細胞外液のNa濃度が低下(=低浸透圧血症)すると細胞内へ水が流入し、細胞容積が増大する。一方、細胞外液のNa濃度が上昇(=高浸透圧血症)すると細胞内の水が細胞外へ流出し、細胞容積が縮小する。このように、血清Na濃度の変化が問題になるのは血漿浸透圧の変化により、主に脳細胞が影響を受けるからである。 図1 血漿浸透圧の基本
1.薬物療法の開始基準 骨粗鬆症の治療の目標は、合併症としての脆弱性骨折を防ぐことである。では、骨粗鬆症の薬物療法はいつから開始すべきなのだろうか。「骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2015年版」には、原発性骨粗鬆症の薬物治療開始基準が定められている 1)。まず、大腿骨近位部骨折または椎体骨折の脆弱性骨折がある場合には、骨密度に関係なく骨粗鬆症として薬物療法の開始が推奨されている。肋骨や骨盤(恥骨、坐骨、仙骨を含む)、上腕骨近位部、橈骨遠位端、下腿骨に脆弱性骨折がある場合には、骨密度が若年成人平均値(young adult mean:YAM)の80%未満で薬物療法を開始する。脆弱性骨折がない場合は、骨密度がYAMの70%以下あるいはTスコアー2.5以下で薬物療法を開始する。骨密度がYAMの70%より大きく80%未満の場合についても、大腿骨近位部骨折の家族歴がある場合、あるいはFRAX®の10年間の骨折確率(主要骨折)15%以上の場合には、薬物療法の開始が推奨される。これらに加えて、「生活習慣病骨折リスクに関する診療ガイド2019年版」においては、試案ではあるものの、2型糖尿病、慢性腎臓病(chronic kidney disease:CKD)、慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease:COPD)で骨折リスクが高いと判断される場合には、薬物療法の開始が推奨されている 2)。ちなみに、2型糖尿病では、罹病歴10年以上、HbA1c 7.5%以上、インスリン使用、閉経後女性チアゾリジン使用、喫煙、重症低血糖が危惧される薬剤の使用、転倒リスクが高い場合を骨折リスクが高い状態と考える。 2.薬物療法の選択の根拠 現在、多彩な骨粗鬆症治療薬が使用可能な状況となっており、症例ごとに薬剤選択の根拠は何かを考える必要がある。これにはいくつかのポイントがある。まず、骨粗鬆症の薬物療法の目的は、前述のように合併症としての脆弱性骨折を予防することにあるので、実際に骨折抑制効果のエビデンスのある薬剤を選択するということである。次に、骨粗鬆症治療薬は骨吸収抑制薬と骨形成促進薬に大別されるが、その作用機序から症例ごとの病態に合わせて薬物療法を選択するという考え方もある。また、骨形成促進薬は重症骨粗鬆症が適応となっていること、薬剤によっては留意すべき有害事象や使用期間の制限があり、これらの点に配慮することも求められる。場合によっては、薬剤の切り替えを検討する必要がある。最後に、骨粗鬆症治療薬の剤形や投与方法、投与間隔から、骨粗鬆症患者がアドヒアランスを確保しやすいように工夫することも、日常臨床において重要なポイントである。
はじめに 多くの高齢者は何らかの疾患を持っていて、内科医を受診することが多い。骨粗鬆症は高齢者に頻度が高く、それに起因する骨折はADL、QOLを損ない、要支援・要介護の主要な原因の一つになっている。しかし骨粗鬆症は、症状がなく日常的に受診していても見逃されやすく、薬物治療率は骨粗鬆症女性患者の約30%程度と低率である。 65歳以上の人口割合が29%に達した超高齢社会において、潜在的な骨粗鬆症・骨折の危険性が高い患者を判別して、骨粗鬆症の診断・骨折リスクの評価から、薬物治療介入へつなげることは大切である。 1. 骨粗鬆症の診断 原発性骨粗鬆症は、骨折既往の有無と骨密度の組み合わせで診断される(図1左) 1)。 骨折既往がある場合、軽微な外力(立った姿勢からの転倒か、それ以下の外力)による椎体骨折、大腿骨近位部骨折の既往があれば骨粗鬆症と診断される。その他の脆弱性骨折(肋骨、骨盤、上腕骨近位部、橈骨遠位部、下腿骨)既往がある場合は、骨密度YAM(Young Adult Mean)80%未満で骨粗鬆症と診断される。 骨折がない場合には、骨密度がYAM 70%以下または-2.5SD以下で骨粗鬆症と診断される。骨密度は原則、DXA法(二重X線エネルギー吸収法)による椎体(L1~L4またはL2~L4)または大腿骨近位部骨密度とし、複数部位で測定した場合には、より低い値を採用する。これらの部位の測定ができない場合は、橈骨、第二中手骨の骨密度とするが、この場合は%値を使用する。なお、超音波法(QUS)による骨量判定は、診断には使われない。 以上のように、骨粗鬆症の診断は、まず「骨折既往歴」を尋ねることである。骨折がない場合には、診断には骨密度測定が必要であるが、DXAがある施設は限られているため、骨密度測定が必要な人をスクリーニングするツールとして次項のOSTAが活用される。 図1 原発性骨粗鬆症の診断基準と薬物治療開始基準(2015年版)(文献1より作図)
はじめに 脳や末梢臓器では、食欲亢進または食欲抑制作用を持つ多数の物質が産生され、神経回路網や血流を介してその情報が伝達される。減量を成功させるためには、適正な摂食行動ならびに食事の量や質が、必要となる。摂食調節機構の解明や、その知見を応用した治療法の開発が重要である。摂食調節と内分泌疾患との関連を学び直すために、視床下部を取り上げる。この分野の基礎研究は大きく進歩しており、顕著な減量効果を示す薬剤も開発されている 1)。摂食調節研究に関する近年の知見も紹介し、またわが国でも処方が期待される食欲制御薬の機序について言及する。 1.視床下部による摂食調節 視床下部は自律神経の最吻側に発生し、自律神経中枢としての機能を持つ。視床下部は他に摂食、体液量、内分泌機能、性行動、情動行動、体温、体内リズム、成長に関する情報も出力している。図1に示す4つの部位が主な摂食調節中枢である。かつてFröhlich症候群と呼ばれた肥満と低ゴナドトロピン性性腺機能低下症を合併した症例は、視床下部に病変がある視床下部性肥満である。Kallmann症候群、Prader-Willi症候群、Bardet-Biedl症候群などに加え、肥満をもたらす脳内の遺伝子異常が同定されている(表1)。 図1 視床下部の摂食調節中枢 視床下部の4つの部位で産生される摂食調節物質を示す。赤は摂食亢進物質、青は摂食抑制物質である。AgRP:agouti-related peptideCART:cocaine and amphetamine-regulated transcriptCRH:corticotropin-releasing hormoneMCH:melanin-concentrating hormoneNPY:neuropeptide YPOMC:proopiomelanocortinTRH:thyrotropin-releasing hormone 表1 肥満をもたらす脳内遺伝子 PVH:視床下部室傍核BDNF:brain-derived neurotrophic factor
後に第35代アメリカ合衆国大統領となるジョン・フィッツジェラルド・ケネディ(図)は、1917年5月29日ブルックリンに生まれた。曽祖父がアイルランドからアメリカに移民し、祖父のパトリック・ジョセフ・ケネディが実業家、政治家として成功したため裕福な家庭であった。ジョンは次男であっため長男ほどの大騒ぎはされなかったが、誕生がボストンの新聞にお披露目された 1, 2)。ケネディは幼少期に気管支炎、水疱瘡、風疹、麻疹、おたふく風邪、猩紅熱、百日咳にかかり、ベッドでの生活が長かった。3歳前にかかった猩紅熱は重篤で2カ月の入院と2週間の療養を要した 2)。10代になっても病気がちで、チョート校に入学後も風邪などで入退院を繰り返している 1)。 図 ジョン・F・ケネディ(WikiImagesによるPixabayからの画像)
はじめに 糖尿病治療の目標は、糖尿病のない人と変わらない寿命と日常生活の質(quality of life:QOL)を保つことである。そのためにはさまざまな合併症の予防が重要であり、これを実現するためには、血糖のみならず、血圧や脂質なども含めた統合的な治療が求められる。近年では加えて、糖尿病で認めることの多い併存症にも配慮する必要性が指摘されており 1)、骨粗鬆症や骨折もその中に含めて捉えるべきと考えられる。 本稿では糖尿病と骨粗鬆症・骨折の関連について概説するとともに、われわれが進めてきた臨床試験のサブ解析の結果を紹介しながら、日常臨床においてどのようにアプローチをすべきか考えていきたい。 1.糖尿病と骨粗鬆症・骨折 糖尿病と骨粗鬆症、ならびに骨折の関連について注目されるようになってきたのは、比較的最近のことである。1990年代に発表されたRotterdam studyなどがその嚆矢となり、その後多くの研究によって、糖尿病症例においては1型・2型を問わず、骨折のリスクが上昇することが示されてきた。骨粗鬆症の診断におけるゴールドスタンダードは骨密度であるが、特に2型糖尿病においては骨密度がむしろ上昇することが知られ、骨密度の低下ではなく骨質の低下が、糖尿病症例における骨折リスクの上昇に寄与するとの考え方が受け入れられている 2~6)。 骨折の高リスク者の同定は重要な課題であり、さまざまな方法が提唱されているが、中でも汎用されているのがFracture Risk Assessment Tool(FRAX)スコアである。これは向こう10年間の主な骨粗鬆性骨折(上腕骨折、前腕骨折、脊椎圧迫骨折、大腿骨近位部骨折)などの発症率を予測するリスクエンジンであり、ウェブ上で公開されている 7)。必要な項目としては、年齢、性別、体重、身長、骨折歴、両親の大腿骨近位部骨折歴、現在の喫煙、ステロイドの投与、関節リウマチの既往、続発性骨粗鬆症の既往、飲酒、骨密度の12個が挙げられるが、骨密度のデータは省略することもできる。本邦のガイドラインにおいては、これまでの疫学的検討から、主な骨粗鬆性骨折15%/10年以上を一般に高リスクとして扱い、治療開始を検討すべきとされている 8)。 FRAXスコアの項目のうち、1型糖尿病は続発性骨粗鬆症に含まれるものの、2型糖尿病に関する項目は含まれていない。実際、FRAXスコアが2型糖尿病に合併した骨折のリスクを過小評価しているとの課題が指摘されており 9)、また同スコアの日本人の糖尿病症例における有用性も必ずしも確立していなかった。なお国際骨粗鬆症財団が最近発表したガイドラインでは、2型糖尿病では関節リウマチの既往ありとしてFRAXスコアを算出し、それによって骨粗鬆症治療の開始を検討することを提唱している 4)。 糖尿病と骨折の関連がさらに複雑なのは、糖尿病に対する治療も骨折リスクに影響を与えるからであり、血糖コントロール不良や低血糖がそのリスクを高めることが以前から知られている。インスリン治療を受けている症例では骨折リスクが上昇するが、それが罹病期間や神経障害などの細小血管症の影響によるものか否かは明らかでない。加えて経口血糖降下薬の中でチアゾリジン誘導体が、骨折リスクを上昇させることが報告されている 4, 5)。チアゾリジン誘導体は、核内受容体であるペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(peroxisome proliferator-activated receptor:PPAR)γの作動薬であり、これによって間質前駆細胞から脂肪細胞への分化が促進される一方、同前駆細胞から骨芽細胞への分化が鏡面的に抑制されることが、機序の一つとして考えられている 10)。
前編 医師の立場から Q&A編はこちら はじめに 糖尿病の合併症が進行した患者の足病変は、チーム医療なくしては下肢切断を回避できない。順天堂医院「足の疾患センター」のような多職種が参加したチーム医療で関わることが望ましいが、多職種でのチーム医療を単一の医療機関で実施できない施設もあると思われる。特に足病変発生リスクが高い透析病院においては、他の医療機関と連携することが必須だと思われる。これは筆者の所属する大学病院においても例外ではなく、足病変予防期間、治療後の再発予防期間の管理をする医療機関なくしては足病医療の実施は不可能であり、医療機関を超えたチーム医療が必要となる。日本の医療制度は病院の機能分化を推進しており、地域全体でチーム医療を行っていくという考え方が必要だと思われる 1)。 1.順天堂医院のチーム医療の歩み われわれは、順天堂医院「足の疾患センター」設立前、下肢救済チームとして自主的に活動していた期間が6年間程あった。その当時のチームメンバーは形成外科、循環器内科、皮膚科、糖尿病内科、腎臓内科、看護師だけであった。整形外科や血管外科の仲間がいない状況の中、自分たちにできる医療を尽くして下肢救済に取り組んでいた。院内でのチーム医療に尽力することはもちろんのこと、われわれは年に1~2回は院外講演会を開催し下肢救済チームの広報活動を行っていた。在院日数の短縮化や医療機関の機能分化の流れに則したチーム医療のために、院外の医療機関と連携関係を構築することも重要であると考えての活動であった。そのような活動をコツコツと積み上げていくことによって、下肢救済チームの活動が院内外に少しずつ認知され、紹介患者の増加につながった。講演会を通じて、透析クリニック、訪問看護ステーション、在宅医療機関などと連携をつなげることができ下肢切断が回避できた症例も少なくない。そうした歩みを経て2019年に「足の疾患センター」を設立するに至った。
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