はじめに プロラクチン産生PitNET(プロラクチノーマ)は下垂体前葉から発生するプロラクチン(PRL)を自律分泌する腫瘍である。治療の第一選択はドパミンアゴニスト(DA)、特にカベルゴリンによる薬物療法であり、血清PRLの低下と腫瘍縮小が得られる。プロラクチノーマの多くは女性に発生し、ほとんどはミクロプロラクチノーマ(<10mm)であり、マクロプロラクチノーマ(>10mm)、特に鞍上部進展を伴うものは少ない。高プロラクチン血症は中枢性に性腺機能を抑制し、女性では月経不順や無月経で診断されることが多く、不妊の原因となる 1)。 1.プロラクチノーマと妊娠 プロラクチノーマでは、一般にカベルゴリンが奏効すると半年以内にPRLが正常化することが多い 1)。PRLが低下することで抑制されていた性腺機能は回復し、妊娠が可能となる。腫瘍はPRLの正常化に遅れて緩徐に縮小するが、その場合もPRLが正常化していれば妊娠は可能となる。また、なかには血清PRLが正常化しても腫瘍縮小が得られない症例も存在する。 妊娠した場合にはDAは胎盤を通過するため、中止することが推奨されている 1, 2)。ただし、妊娠6週までのDA曝露は母体および胎児のリスクを増加しないことが分かっている 2, 3)。 2.妊娠中の腫瘍増大 妊娠中は胎盤からエストロゲンが大量に分泌され、その刺激により正常下垂体においてもPRL分泌が亢進する。妊娠後期~出産直後までに下垂体高位は最大12mmまで増加し、出産後6カ月以内には通常の大きさまで戻る 3)。プロラクチノーマもエストロゲン刺激により増大するリスクがあり、PitNETの中で妊娠中の増大はプロラクチノーマが最も頻度が高い 4)。妊娠中のプロラクチノーマが大幅に増大するリスクは、ミクロプロラクチノーマでは3%と低いが、マクロプロラクチノーマでは20~30%と高くなる。マクロプロラクチノーマでも妊娠前に十分に腫瘍が縮小した場合や、手術または放射線療法を受けた場合は5%以下に腫瘍増大リスクが下がる 2, 3)。そのため、鞍上部進展を伴うようなマクロプロラクチノーマでは妊娠中の増大により視機能障害を呈するリスクがあることから、十分に腫瘍の縮小が確認できるまで適切な避妊を指導することが望ましい 5)。DAが有効な腫瘍では経口避妊薬の併用は安全である 5)。また、DAによる腫瘍縮小効果がない場合や妊娠を急ぐ状況では妊娠前の手術も選択肢となる 1, 3)。
はじめに 原発性副甲状腺機能亢進症(primary hyperparathyroidism:PHPT)は比較的頻度の高い内分泌疾患であり、40歳以上での発症が多く、男女比は約1:3と女性に多い 1)。そのため、妊娠可能年齢の女性や妊娠中に診断されるケースもある。高カルシウム(Ca)血症をきたしたPHPT合併妊娠では、母体および児にさまざまな合併症をきたし得る。本稿では、妊娠合併PHPTの診断・治療や母体・児への影響について解説する。 1.原発性副甲状腺機能亢進症の診断 高Ca血症があり、副甲状腺ホルモン(PTH)上昇を認めれば比較的容易にPHPTと診断できる。ただし、PTH、Caの一方が、もしくは両者が基準範囲内高値にとどまることもある。一般的な合併症として尿路結石症や骨粗鬆症などがみられるが、高Ca血症のみから診断に至る無症候性PHPTが多い。産婦人科診療ガイドラインの妊娠初期のスクリーニング検査には、血清Caは含まれていない 2)。そのため、妊娠中の軽症PHPTは見過ごされている可能性もある。 1)妊娠中のCa代謝 妊娠中のCa代謝の評価にあたっては母体特有の変化を理解しておくことも重要である。妊娠中は循環血漿量の増加による体液希釈や糸球体濾過率の増加に伴い、高Ca尿症、低Alb血症を呈する。通常、細胞外Caの約半分はAlbと結合して存在し、その他はイオン化Caとして存在する。したがって、低Alb血症がある場合には以下の補正式を用いてCa濃度を評価する。 補正Ca濃度(mg/dL)=血清Ca濃度(mg/dL)+(4−血清Alb濃度〔g/dL〕) 妊娠中は生理的な低Alb血症により見かけ上の総Ca値は低下する。軽度の高Ca血症は、Alb補正を行わないと見逃してしまう可能性がある。 また、妊婦の血清1,25(OH)2D値は胎盤での1,25(OH)2D産生により非妊娠時の2~3倍に増加している。母体の腸管Ca吸収の一部はビタミンD非依存性に増加する。その結果、母体のPTH濃度は基準値内下限~基準値未満に抑制される。また、胎盤や乳腺由来のPTHrP(PTH-related protein)は母体骨からのCa動員および胎盤を介したCa輸送を促し、胎児へのCa供給に貢献している(図1) 3)。
ポイント 肥満症患者に外科治療(肥満手術)は有用であり、主に3つの術式が行われているが、本邦で保険適用となっているのは、腹腔鏡下スリーブ状胃切除術(LSG)のみである。 2型糖尿病などの肥満関連合併症の改善を目的としたメタボリックサージェリー(代謝改善手術)も近年注目され、先進医療として、腹腔鏡下スリーブバイパス術(LSG-DJB)も行われている。 本邦における手術適応年齢は、現在は18~65歳であるが、世界の動向を鑑みると66歳以上の高齢者や18歳未満の小児・思春期への減量・代謝改善手術も今後行われるようになる可能性が高い。 1.総論 1)肥満症に対する外科治療・内視鏡治療の歴史 肥満症に対する外科治療は、1950年代に米国ミネソタ大学で空腸・結腸バイパス手術が行われ、1960年代に米国アイオワ大学で胃バイパス術が行われた。後者はその後改良が加えられ、Roux-en-Y胃バイパス術(Roux-en-Y gastric bypass:RYGB)として現在でも広く普及される術式となった。1986年には、調節性胃バンディング術(adjustable gastric banding:AGB)が報告された。その後、これらの手術は腹腔鏡下に行われるようになり、腹腔鏡下RYGB(LRYGB)、腹腔鏡下AGB(LAGB)として普及した。近年増加している腹腔鏡下スリーブ状胃切除術(laparoscopic sleeve gastrectomy:LSG)は、元々、二期的手術(十二指腸変換を伴う胆膵路バイパス)の初回手術として開発されたが、単独でも一定の治療効果が得られることから、その後広く普及した。近年では、LSGに空腸バイパスを付加した腹腔鏡下スリーブバイパス術(laparoscopic sleeve gastrectomy with duodenojejunal bypass:LSG-DJB)も行われている 1)。 これに対して、肥満に対する内視鏡的治療は1980年代に開発された胃内バルーン留置術である。米国ガイドラインでは、最も歴史のあるOrbera Systemを含む5種類のバルーンが記載されている(Orbera、Obalon、Spatz、Ellipse、ReShape) 2)。また、Apollo Endosurgery社の OverStitch というデバイスを用いた内視鏡的スリーブ状胃形成が報告されており、手術と比較すると体重減少率は劣るものの、入院期間は短く、合併症は少ないとされている 3)。
はじめに 高血圧を合併する妊婦は6~8%であるが、その大部分(88%)は本態性高血圧症で、内分泌性高血圧症は1%未満と非常にまれである 1)。本稿では、妊娠中の内分泌高血圧症として原発性アルドステロン症(primary aldosteronism:PA)、褐色細胞腫・パラガングリオーマ(pheochromocytoma/paraganglioma:PPGL)の診断・治療について述べる。 1.原発性アルドステロン症(PA) 1)疫学 一般の高血圧患者におけるPAの有病率を約10%とすると、全妊婦の0.6~0.8%でPAと診断されると推定される 2)。しかし実際は、英国のコホート研究では約300万件の妊娠でPAと診断された症例は3例のみであること 3)、また妊婦のPA症例の報告は数十例と少ないことから、診断されていない症例が極めて多いと考えられる。 2)病態 正常妊婦において、レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系は亢進している。胎盤より産生されるエストロゲンによりアンジオテンシノーゲン産生が増加し、血中レニン活性が上昇する。レニン活性の上昇はアンジオテンシンⅡを上昇させ、糸球体でのアルドステロン産生を促進する。しかしプロゲステロンが遠位尿細管でのアルドステロン作用を減弱させるため、正常妊婦において通常は血圧上昇をきたさない。 PA合併により高血圧の増悪が予想されるが、妊婦における経過は多様で、血圧コントロール不良により胎児や母体の重篤の合併症を引き起こす例から、妊娠中に血圧が改善する例などさまざまである。PA合併妊婦において正常妊婦と比較して、妊娠関連合併症の発症率が高いとされる。特に妊娠高血圧腎症はPAを有する妊婦の3分の1に見られると報告されている 4)。
はじめに 糖尿病とその合併症に関連した障害に対し、一定の条件を満たす場合には社会保障を受けることが可能であり、その主な社会保障には表1に示すような制度がある。また高額療養費制度、難病医療費助成制度、小児慢性特定疾病医療費助成制度は、費やされた医療費を助成し、障害年金、身体障害者手帳、特別児童扶養手当、心身障害者(等)福祉手当は、生活面を支援する制度である。そして今回は、これらの公的支援制度について、糖尿病に係る内容を概説する。 表1 糖尿病と社会保障(糖尿病の方が受けられる公的支援) 1.介護保険制度(表2) 介護保険制度導入の背景としては、高齢化の進展に伴い、要介護高齢者の増加、介護期間の長期化などにより、介護ニーズはますます増大したが、核家族化の進行、介護する家族の高齢化など、要介護高齢者を支えてきた家族をめぐる状況も変化し、従来の老人福祉・老人医療制度による対応では限界となった。そして、高齢者の介護を社会全体で支え合う仕組みとして介護保険が創設された。 介護保険制度 1)の被保険者(加入者)は、表2に示すように二つに分けられ、以下のようになっている。 ① 第1号被保険者は65歳以上の者 ② 第2号被保険者は40~64歳の医療保険加入者 また介護保険サービスの受給要件は、以下の二つの場合に受けることができる。 65歳以上の者は原因を問わず要支援・要介護状態 40~64歳の者は「1.がん」や「2.関節リウマチ」、「12.糖尿病性神経障害、糖尿病性腎症および糖尿病性網膜症」など、表2に示す16の特定疾病 2)が原因で要支援・要介護状態 要介護状態区分は要支援1、2と要介護1~5までの7段階であり、区分に応じて1カ月あたりの保険給付の支給限度額が定められている。一般に介護サービスの費用のうち介護費用の1割、一定以上の所得がある場合は介護費用の2割が自己負担となる。 実際にサービスを受ける手順は、はじめに居住地の市区町村の窓口で要介護・要支援認定を申請する。申請後は市区町村担当者の訪問を受け、認定調査が行われる。また、市区町村からの依頼により、かかりつけの医師が主治医意見書を作成する。その後、認定調査結果や主治医意見書に基づくコンピュータによる一次判定、および一次判定結果や主治医意見書に基づく介護認定審査会による二次判定を経て、市区町村が要介護度を決定する。
はじめに 下垂体機能低下症患者では障害されたホルモンに応じて継続的な補充が必要である(表1)。一方で、ホルモンの需要はライフステージやライフイベントにより大きく異なるため、都度調整の必要がある。本稿では妊娠中・出産時・授乳期の女性における課題とホルモン補充について概説する。 表1 下垂体機能低下症女性に対する補充療法の例 ACTH:adrenocorticotropic hormone、TSH:thyroid stimulating hormone、LH:luteinizing hormone、FSH:follicle stimulating hormone、GH:growth hormone、PRL:prolactin、AVP:arginine vasopressin 1.妊娠に関連した課題と管理 ゴナドトロピン分泌低下症の女性が妊娠するためには、子宮などが萎縮しないよう婦人科でエストロゲン・プロゲスチンの周期的投与などのホルモン補充を行った上で、排卵誘発などの生殖医療を受けることが必要である。下垂体機能低下症の女性であっても、ゴナドトロピン分泌が正常であれば妊娠は通常と同様に成立するが、下垂体機能が正常である女性に比べ妊娠率は低く流産率が高い 1)。近年では、産婦人科・内分泌代謝科・小児科が協同してサポートすることで出産に至る汎下垂体機能低下症の患者が増加している 2)が、本稿で述べるような内科的管理の観点から計画的な妊娠が望ましい。
Q&A編はこちら はじめに 慢性疾患を有する外来患者へのパーソナルヘルスレコード(personal health record: PHR)をはじめとしたデジタル技術の応用が、治療アドヒアランス、自己管理または自己効力感改善に有効であることが報告されてきている 1)。糖尿病治療においてもデジタル化の波が進んできており、間歇スキャン式持続グルコースモニタリング(intermittently scanned continuous glucose monitoring:isCGM)、コネクテッドインスリンデバイス、PHRを中心とした臨床応用が広がっている。 これら糖尿病関連デジタルデバイスを有効に用いることで、糖尿病治療に関連するさまざまな情報を統合し、治療にフィードバックすることが可能となる。本稿では糖尿病関連デジタルデバイスに関するキーデバイスとその実臨床での応用法、および現在までに得られているエビデンスを含め概説する。 1.間歇スキャン式持続グルコースモニタリング(isCGM) isCGMであるFreeStyleリブレは、従来の持続グルコースモニタリングと異なり、指先採血による自己血糖測定(self-monitoring of blood glucose:SMBG)でのキャリブレーション作業が不要となっている。使用法が簡便なこと、令和4年度診療報酬改定に伴い、インスリン療法を行っているすべての糖尿病患者に適用となったことにより、その使用が広く拡大している。 FreeStyleリブレは上腕背側に500円玉大のセンサーを装着することにより、14日間、連続的に間質液中のグルコース値を毎分測定し、15分ごとに保存することで連続的に血糖をモニタリングすることを可能としている。FreeStyleリブレは間質液中のグルコース濃度を測定しているため、急速な血糖変動時には血糖値と5~10分程度のタイムラグが発生する可能性に注意を要する。グルコース値の確認はFreeStyleリブレReader、もしくはスマートフォンアプリのFreeStyleリブレLinkからでき、FreeStyleリブレLinkでは自動で測定結果がクラウド上にアップロードされ、医療機関とのデータ共有も可能となる(図1)。また、記録されたグルコース値を集約し、その傾向を視覚的に把握しやすくしてくれる解析方法である ambulatory glucose profile(AGP;図2)により、低血糖や高血糖となる可能性の高い時間帯や、血糖変動が大きい時間帯を容易に把握することを可能としている。近年、HbA1cとともに臨床で用いられる血糖コントロール指標としてtime in range(TIR)が用いられてきている 2)。治療域血糖値を70~180mg/dLとし、この血糖範囲を維持できた時間割合をTIR(%)と定義し、このTIR が70%以上の場合、HbA1c 7.0%未満を達成できる可能性が高いとされている。良好なTIRを維持することは糖尿病網膜症や糖尿病性腎症の進行抑制につながり 3)、逆にTIRの低下は、総死亡、心血管死リスクの増加につながることが報告されている 4)。isCGMの導入は従来のSMBGと比べ、1、2型糖尿病を問わず、インスリン加療中患者の低血糖発現時間を抑制し 5, 6)、非インスリン加療中の2型糖尿病患者においても、良好な血糖域維持時間(TIR)を増加させHbA1cも改善することが報告されている 7)。
はじめに 妊娠、分娩は女性のライフステージにおいて大きなイベントである。甲状腺疾患は妊娠可能年齢の女性に多く、妊娠前、妊娠中、産褥期のケアについてあらかじめ知識を得ておくことで甲状腺機能異常への対応が臨機応変に可能となり、専門医への紹介のタイミングや産科や新生児科との連携、治療の見通しが立てやすくなる。 1.甲状腺機能低下症、橋本病 甲状腺機能低下症では、むくみ、徐脈、便秘、寒がり、筋痛などの臨床症状をきたす。原発性甲状腺機能低下症では橋本病が原因の大部分を占める。橋本病は自己免疫による慢性甲状腺炎であり、びまん性甲状腺腫と甲状腺自己抗体(サイログロブリン抗体〔TgAb〕、甲状腺ペルオキシダーゼ抗体〔TPOAb〕)陽性、細胞診で甲状腺にリンパ球浸潤を認めることが診断の要件となる。甲状腺機能は正常が8割程度、潜在性を含め甲状腺機能低下症を示すのは1~2割である。橋本病は女性の10~20人に1人の頻度で認められるといわれているが、橋本病の患者の多くが甲状腺機能正常であるため病院受診をするきっかけは少ない。近年、不妊治療のスクリーニング検査として甲状腺機能や自己抗体が測定されることが多くなった。 甲状腺機能低下症の治療はT4製剤での補充療法である。頻度は低いが副腎機能低下症を合併する場合には、副腎皮質ステロイドの補充が優先される。T3製剤は非妊娠時には特殊な場合に使用することがあるが、妊娠においては胎盤をT3が通過しないため、補充はT4製剤のみで行う。T4製剤は起床時での内服、もしくは就寝時が推奨されている。鉄剤や鉄のサプリメントは妊娠希望女性で頻繁に使用される傾向にあるが、T4製剤とは4時間以上間隔を空けて内服する。 1)妊娠前 妊娠前に甲状腺機能低下症が判明した場合にはT4製剤で補充を行い、開始量は心血管疾患を有さない若年者では少量から漸増せずに治療目標量(50~100μg/日)で開始可能である。甲状腺ホルモン、甲状腺刺激ホルモン(TSH)とも基準範囲内を目標に補充量を調整する。
はじめに 糖尿病を有する女性は周産期合併症予防のため、妊娠前から妊娠中、分娩後にわたり、厳格な血糖・血圧・体重管理が必要である。妊娠可能年齢の女性には計画妊娠の方法・内容について事前に十分説明しておく必要がある。本稿では、糖尿病を有する女性の妊娠前管理(計画妊娠)と妊娠中、分娩時、授乳期における治療とケアについて解説する。 1.妊娠前管理 妊娠初期の母体高血糖により、先天異常児の発生頻度が高くなることはよく知られている。器官形成期、特に妊娠7週までに胎児が高血糖にさらされると、先天異常率が上昇するといわれているので、妊娠判明後から血糖管理を始めても遅い。妊娠前からHbA1c<6.5%を目標にして管理しておくことが推奨されている 1~4)。ただし、重症低血糖を回避しつつ可能な限り正常に近づけることにも留意する。 食事療法で血糖コントロールが不十分な場合はインスリン療法を導入する。また、インスリン以外の糖尿病治療薬を使用している場合は、インスリンに変更しておく。メトホルミンは胎盤を通過し、薬剤添付文書上には、採卵までに内服を中止と記載されているが、多嚢胞性卵巣症候群(polycystic ovarian syndrome:PCOS)による排卵障害に対してメトホルミンを用いることで、流産率や早産率が低下し、妊娠初期の内服による催奇形性への関与は否定されている 5)。また、GLP-1受容体作動薬は体重を減らす効果が高く、メトホルミンと比較して妊孕性の改善効果も高い 6)が、妊娠中使用の安全性は確認されていない。妊娠可能年齢の女性に使用する場合は避妊を厳命し、薬剤が十分に体内からwashoutされた時期を待ち妊娠許可することが望ましい。妊娠前の中止時期については明確な推奨はほとんどないが、半減期が最も長いセマグルチドについては、妊娠2カ月以上前からの中止を推奨されている。 糖尿病網膜症(DR)に関しては、糖尿病罹病期間、血糖管理状況、急激な血糖コントロール、高血圧の合併、糖尿病腎症の合併があると、妊娠中にDRの発症・増悪しやすいといわれている。1型糖尿病女性において、妊娠前からDRがあり、糖尿病罹病期間が長く、妊娠前のHbA1c高値でDRが進行・増悪し、持続皮下インスリン療法(continuous subcutaneous insulin infusion:CSII)のほうがDR進行のリスクが低かった 7)。急激な血糖変動を起こさないよう妊娠前から徐々に改善して、HbA1c<7.0%目標に血糖管理し、単純網膜症までに保っておく、増殖網膜症であれば治療しておく、インスリンポンプ、特にリアルタイムでグルコース変動を確認し低血糖時(前)停止機能のあるsensor augmented pump(SAP)で管理しておく、などが推奨される。 糖尿病腎症に関しては、システマティックレビュー、メタアナリシスで、アルブミン尿・腎機能障害を認める症例では妊娠高血圧症候群、早産、妊娠中の腎機能悪化、胎児発育不全などのリスクが高かった 8)。さらに、妊娠中に厳格な管理をしても妊娠初期の血清Crレベルが高い(血清Cr≧1.5mg/dL)と、32週以前の分娩、1,500g以下の低出生体重児など悪い周産期結果と関係していたことなどより、腎症3期以降は妊娠・出産は勧められず、腎症2期までにしておくことが推奨されている。 降圧薬に関しては、妊娠前から腎臓の保護や高血圧のためアンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE-I)、アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)が使用されている場合もある。ACE-I/ARB使用で胎児の低血圧、腎血流の低下を引き起こし、無尿・乏尿、羊水過少、頭蓋冠低形成などの頭蓋・顔面の異常、肺低形成、胎児発育不全・子宮内胎児死亡・新生児死亡に至ることが報告されている。ACE-Iの使用で心血管系・中枢神経系先天異常発症リスクが増加した報告もあるが、その後の報告では妊娠初期のACE-Iの使用で形態異常の発症リスクは高くなく、催奇形性は否定的であった 9)。妊娠希望時点でACE-I/ARBを中止し、妊娠中使用可能な降圧薬(メチルドパ、ラベタロール、ヒドララジン、ニフェジピン)に変更すべきだが、中止すると腎機能が増悪する可能性が高い場合、十分な説明と同意の上、妊娠成立まで継続し、妊娠成立後、可及的速やかに中止・変更することが提案される。 脂質異常症治療薬に関しては、スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)系薬剤、特に脂溶性のスタチンと催奇形性との関連性が報告されたが、その後の報告では、催奇形性は否定的であった 10)。フィブラート系薬剤の妊娠中使用例での有害事象の報告はないが、 妊娠中に脂質異常症治療薬を中止しても長期的な影響はないと考えられ、妊娠中の使用は推奨されない。各国のガイドラインでも、スタチン系・フィブラート系薬剤の妊娠前からの中止を推奨している。ただし、家族性脂質異常症があり、これらの薬剤が必要であるが、いつ妊娠するかわからないような場合は、全か無の時期を活用し、妊娠判明まで使用、妊娠成立後、妊娠中使用可能な薬剤(レジン、エゼチミブなど)に変更することも提案される。 以上、表1に示す計画妊娠(妊娠前管理)の重要性について十分に説明し、妊娠前から管理しておく。管理不十分な間は避妊する必要があることも説明しておく。
はじめに 血糖値の恒常性は、インスリンとグルカゴンに代表されるホルモンによって、肝臓の糖産生と末梢組織におけるグルコース利用が調節されることで維持されている。本稿では、これらのホルモンによる肝臓と骨格筋・脂肪組織における糖代謝調節機構について概説する。また後半では、その他の臓器を標的とする糖尿病治療薬としてメトホルミンとSGLT2阻害薬を取り上げ、消化管および腎臓を介した血糖降下作用の機序を紹介する。 1.肝臓における糖代謝調節 摂食時には、経口摂取した炭水化物由来のグルコースが主にATP(アデノシン三リン酸)の供給源となる。また余剰なグルコースや遊離脂肪酸は、グリコーゲンや中性脂肪に変換されエネルギー源として、前者は骨格筋や肝臓に、後者は主に脂肪組織に貯蔵される 1)。 肝細胞では、グルコースはGLUT2(glucose transporter type 2)を介して細胞内へ取り込まれる。摂食時には、グルコースはグルコキナーゼによりグルコース-6-リン酸へとリン酸化され、グリコーゲン合成と解糖系で利用される。グルコース-6-リン酸は解糖系によりピルビン酸へと変換され、ミトコンドリア内に輸送されてアセチルCoAとなり、クエン酸回路に入っていく。また、アセチルCoAは、脂肪酸や中性脂肪の合成にも用いられる。解糖系とクエン酸回路で作られたNADHとFADH2は、電子伝達系への電子供与体となり、これらが酸化される過程で形成されるプロトン(水素イオン)の濃度勾配を駆動力とするATP合成酵素によってATPが生じる。呼吸商(respiratory quotient:RQ)は酸素消費量に対する二酸化炭素排出量の体積比であり、グルコース(C6H12O6)が酸化される際は、RQ = 6CO2/6O2 = 1となる。脂質のRQは平均すると約0.7、タンパク質のRQは約0.8であるため、生体のRQは通常0.7~1の間で推移する。 肝細胞における摂食時の糖・脂質代謝はインスリンによって制御されている。インスリン受容体は、α-サブユニットとβ-サブユニットからなり、インスリンが結合するとβ-サブユニットのチロシンキナーゼ活性が増加する。インスリン受容体の自己リン酸化が起こると、インスリン受容体基質(insulin receptor substrate:IRS)がリクルートされてリン酸化される。IRSタンパク質は、次にPI3キナーゼ(phosphoinositide 3-kinase:PI3K)をリクルートして活性化し、PI3Kはホスファチジルイノシトール二リン酸(PIP2)をリン酸化してホスファチジルイノシトール三リン酸(PIP3)を生成する。PIP3によって活性化された3-ホスホイノシチド依存性プロテインキナーゼ(PDK1)は、次にセリンスレオニンキナーゼであるAKTをリン酸化することで活性化する。活性化したAKTはグリコーゲン合成酵素キナーゼ-3(GSK3)依存性の経路を含む複数のメカニズムでグリコーゲン合成を誘導する。また、糖新生系酵素遺伝子の発現を誘導する転写因子であるFoxO1をリン酸化して阻害することにより、糖新生系酵素の発現を抑制するとともに、グルコキナーゼの発現を誘導して解糖を促進する。さらに、AKTはTSCタンパク質をリン酸化し阻害することにより、mTORC1(mTOR複合体1)を活性化して、タンパク質合成、脂質合成を促進する(図1)2)。
Abstract Objective Diabetes mellitus is reportedly associated with mortality, intensive care unit (ICU) admission, and other poor outcomes in COVID-19 patients. Although there have been studies examining the relationship between glycemic control and COVID-19 outcome in other countries, there have been few reports from Japan. This study aims to clarify the relationship between outcome and glycemic control in COVID-19 patients with diabetes. Methods A single-center retrospective cohort study was conducted for COVID-19 patients with diabetes who were admitted to St. Luke's International Hospital. We analyzed the association between inpatient glycemic control status and death and intensive care unit (ICU) admission as primary endpoints, and the periods of hospitalization as a secondary endpoint. Results Of the 275 patients, 37 were in the poor outcome group who died or were admitted to the ICU; these patients had a significantly higher mean blood glucose level during hospitalization (164.3 [100-343] mg/dL) than the 238 patients in the good outcome group (123.4 [69-401] mg/dL, p<0.001). The mean blood glucose cutoff for the two groups was 122.2 mg/dL. A multivariate logistic regression analysis showed a significant association between a higher mean blood glucose level and a poor outcome (odds ratio [OR]: 14.0, 95% confidence interval [CI]: 1.73-114, p<0.05). Furthermore, patients with a lower mean blood glucose level of <122.2 mg/dL had a significantly shorter periods of hospitalization (7.5 [7-8] days) than those with a higher level of ≥122.2 mg/dL (11.0 [9-13] days, p<0.001). Conclusion A lower mean blood glucose level during hospitalization was associated with significantly lower mortality and ICU admission rates and shorter periods of hospitalization.
はじめに 妊娠中に血糖の異常をきたす「妊婦の糖代謝異常」は、母児の健康問題を引き起こすことが知られている(表1)。母体に惹起される問題は流産および早産、羊水過多、帝王切開となる率の増加、妊娠高血圧症候群の合併などがある。児については、妊娠初期から高血糖状態にある場合には胎児死亡(母体の流産につながる)や先天異常、妊娠経過中の母体の高血糖状態の児への影響としては巨大児・large for gestational age(LGA)児(過体重児)、新生児低血糖症、高ビリルビン血症、低カルシウム血症、呼吸窮迫症候群などが挙げられる 1)。妊婦の糖代謝異常は全妊婦のうちのおよそ10%にみられると考えられており、妊娠中に血糖測定などの検査を行い、見逃すことなく発見し母児の健康問題のリスクを回避しなければならない。本稿では、妊婦の糖代謝異常について、診断を中心に述べる。 表1 糖代謝異常妊婦による母児合併症(日本糖尿病学会編・著: 糖尿病診療ガイドライン2019. 南江堂, 東京, 2019, p.283.より) 1.妊婦の糖代謝異常の分類 妊婦の糖代謝異常は、①妊娠糖尿病、②妊娠中の明らかな糖尿病、③糖尿病合併妊娠の3つに分けられる 2)。 ①妊娠糖尿病:妊娠中に初めて発見または発症した糖代謝異常で、糖尿病に至っていない耐糖能異常は妊娠糖尿病に分類される。妊娠糖尿病は、糖尿病合併妊娠や妊娠中の明らかな糖尿病に比べ軽度な糖代謝異常である。 ②妊娠中の明らかな糖尿病:妊娠前から糖尿病があった可能性が高いが、妊娠中に糖代謝異常が初めて発見された場合で、糖尿病網膜症を認めないときには、妊娠中の明らかな糖尿病に分類される。妊娠中における糖代謝の変化の影響から糖代謝異常が惹起され、妊娠中の明らかな糖尿病となるほか、妊娠前に見逃されていた糖尿病、妊娠中に発症した劇症1型糖尿病および急性発症1型糖尿病も妊娠中の明らかな糖尿病に含まれる。 ③糖尿病合併妊娠:妊娠前からすでに糖尿病に罹患している場合、糖尿病合併妊娠に分類される。妊娠中に初めて糖尿病と診断された者であっても、眼底検査で確実な糖尿病網膜症がある場合には、妊娠前からすでに糖尿病に罹患していたはずなので、糖尿病合併妊娠に分類される。 妊婦の糖代謝異常は、妊娠自体がインスリン抵抗性増大をもたらすことに起因する。妊娠中(特に妊娠後期)は胎盤からのインスリン拮抗ホルモン(胎盤由来のエストロゲン、プロゲステロン、胎盤ラクトゲン)の分泌が増加する。また、妊娠によってグルカゴン分泌抑制、サイトカインの分泌が促される 3)。これらを受けて、妊婦はインスリン抵抗性の増大をきたす。インスリン抵抗性の増大によって血糖値が上昇しやすくなり、母体の膵β細胞からのインスリン分泌も増加する。しかし、その代償性のインスリン分泌増加が不十分であると、正常レベルまで血糖値を下げることができず、糖代謝異常が惹起される。この妊娠中の糖代謝の変化の影響から、妊娠中の明らかな糖尿病や妊娠糖尿病を発症する。妊娠糖尿病では、妊娠中の明らかな糖尿病のように、本来の糖尿病の病態ほどの耐糖能異常には至っておらず、比較的軽度な糖代謝異常である。また、糖尿病合併妊娠では、妊娠前に比べ、妊娠するとより高血糖になりやすくなり、治療として用いるインスリンの必要量が妊娠週数が進むにつれてより多くなっていく。
医学と医療の進歩とともに、妊娠中の女性の健康を守るための知識と技術が高度化してきた。その中でも糖尿病・内分泌代謝領域においては、高血糖と高血圧の管理が、母体と児の健康を守る上で重要な課題となっている。また、生殖年齢の女性に好発するバセドウ病をはじめとする甲状腺機能異常症への対応についても多くの経験が蓄積されてきた。さらに、妊娠希望者の高齢化や生殖補助技術の進歩により、さまざまな疾患や病態を抱えて妊娠・出産を希望する女性が増えており、これらの女性への対応も重要な課題となっている。このような背景から、プレコンセプションケアという考え方が注目されるようになり、多くの医療機関で実践されるようになっている。 本特集では、糖尿病・内分泌代謝領域に焦点を絞って、妊娠・出産もしくはそこに至る過程において生じるさまざまな問題について実践的な知識と情報を提供することを目指した。糖尿病もしくは糖代謝異常を有する患者においては、妊娠前から出産後の授乳に至るまで、さらには糖代謝異常に関するその後のフォローアップまで、きめ細やかな対応が必要であり、そのための解説を提供できるよう配慮した。 また、妊娠中の高血圧症は、とりわけ妊娠後期の母児の健康に重大な影響を及ぼす。かつては妊娠中毒症と称されていた病態は、現在では妊娠高血圧症候群と称される。とりわけ妊娠高血圧腎症は、妊娠20週以降に初めて高血圧を発症し、かつ蛋白尿を伴うもので、分娩12週までに正常に復する場合である。ただし、蛋白尿を認めなくても肝機能障害や腎障害、母体脳卒中や神経障害、血液凝固障害、子宮胎盤機能不全などを認める場合も妊娠高血圧腎症と診断し、適切な治療が必要とされる。内分泌代謝領域では、とりわけ原発性アルドステロン症と褐色細胞腫が重要である。妊娠中は薬物療法に制限のある中で、手術を含めてどのように考え、対処するべきかを知ることが大切である。 バセドウ病は生殖年齢の女性に好発するため、その治療中に妊娠・出産を検討する場合が多い。また、時には、妊娠中にバセドウ病罹患に気付かれることもあり、対応に苦慮する。いずれの場合も、無事に出産、そして授乳に漕ぎつけることができるようさまざまな対応が必要となるため、そのための知識を学び、実践することが望まれる。 原発性副甲状腺機能亢進症は女性に好発し、多くは自他覚症状に乏しい。そのため、健診や医療機関受診の機会の少ない若年女性では、罹患に気付かないままに妊娠し、妊娠中に本症と診断されることがある。著しい高カルシウム血症のまま分娩に臨むことは避けるべきであり、妊娠の安定期に副甲状腺手術を実施することが教科書的であるが、現実的な対処法についての記述は乏しい。本特集ではより具体的な解説を提供することを心がけている。 現在は、生殖補助技術により、中枢性卵巣機能不全であっても挙児が可能となっており、間脳下垂体疾患の女性の妊娠・出産はまれではない。このような患者に対応することも内分泌代謝科医師の責務であり、そのための研鑽にも、本特集の論文を積極的に活用していただければ幸いである。 著者のCOI (conflicts of interest)開示:本論文発表内容に関連して特に申告なし 本論文のPDFをダウンロードいただけます
はじめに 医科診療報酬点数表に掲載されている「基本診療料」は、初診、再診および入院時に行われる基本的な診療行為の費用を一括して評価するものである。一方、医科診療報酬点数表の「特掲診療料」は、基本診療料として一括して支払うことが妥当でない、特別の診療行為に対して個々に点数を設定し評価を行うものであり、評価項目は、「医学管理等」、「在宅医療」、「検査」、「画像診断」および「投薬」に分けられる。「医学管理等」は、特殊な疾患に対する診療で、医療機関が連携して行う治療管理および特定の医学管理などが行われた場合に算定する点数である 1)。よって今回は、糖尿病に係る「医学管理等」の算定項目について、2022年度の診療報酬改定に従い、「診療報酬の算定方法の一部を改正する件(告示)」 2)、「診療報酬の算定方法の一部改正に伴う実施上の留意事項について(通知)」 3)、「特掲診察料の施設基準等の一部を改正する件(告示)」 4)および「特掲診療料の施設基準等およびその届出に関する手続きの取扱いについて(通知)」 5)、これらをもとに概説する。 1.医学管理等の通則について(表1) 医学管理等の費用は、第1節 医学管理料等、第2節 プログラム医療機器等医学管理加算(※プログラム医療機器等医学管理加算では、「B100 禁煙治療補助システム指導管理加算」のみが設定されている)および第3節 特定保険医療材料料(※使用した特定保険医療材料の材料価格は、別に厚生労働大臣が定めている)に掲げる所定点数を合算した点数により算定する。 通則に示す外来感染対策向上加算は、診療所における感染防止対策に係る体制を評価するものであり、専任の院内感染管理者が配置され感染防止対策部門が設置されている場合に加算される。そして感染対策向上加算1を算定する保険医療機関に対し感染症の発生状況、抗菌薬の使用状況などの報告を行っている場合には連携強化加算を算定し、地域において感染防止対策情報の提供体制が整備されている場合にはサーベイランス(※監視することで感染症の動向を把握したり対策の効果を判定すること)強化加算を算定する 6)。 表1 第2章 特掲診療料 第1部 医学管理等 通則の告示、通知および施設基準告示の要点(文献2, 6より) 画像をクリックすると拡大します 表1 第2章 特掲診療料 第1部 医学管理等 通則の告示、通知および施設基準告示の要点(文献2, 6より) $(".vol6_r13_h1").modaal();
はじめに 糖尿病治療の目標は糖尿病のない人と変わらない寿命とQOLの確保であり、そのためには、血糖値を目標レベルにすることに加えて、脂質、血圧、肥満、喫煙などの多くのリスクを総合的にコントロールし血管障害などの種々合併症を予防することが必要といわれている。このフレーズは、血糖値を目標レベルに維持することのみに集中することへの注意喚起で、血糖値を目標レベルに維持することは糖尿病治療の基礎と思われる。血糖値をできる限り厳格に調整するのがよいには違いないが、平均的な血糖値レベルの指標であるHbA1cを基準とした場合は、低血糖のリスクが増え死亡のみならず血管障害も悪化させることが知られており、血糖値の上下変動が小さい、低血糖のリスクを減らした形での血糖値目標レベルの設定が必要と思われている 1)。このような目標の達成は、血糖値を血糖値非依存性に下げるSU薬やインスリンを中心とした従来の治療法では難しかったが、ここ10年、インクレチン関連薬やSGLT2阻害薬などの単独では低血糖のリスクを高めない種々の薬剤が使えるようになり、可能になりつつある。 本稿では、インスリンにインクレチン関連のGLP-1受容体作動薬を併用することが、いかに良質な血糖治療目標達成に有用であるかを概説する。 1.インクレチンとは 血糖値を一定に保つためにインスリンは不可欠なホルモンである。空腹時でも糖は利用されるのでインスリンの分泌は一定量必要だが(基礎分泌)、食後には食事性に急激に体内に流入してきた栄養素を処理するために多量のインスリンが必要となる(追加分泌)。ここで大事なのは、血糖値に応じてのインスリン分泌量の調整だが、血糖の上がりを予想して上がる前に多量のインスリンが分泌され上昇を抑えるという、インスリン分泌の補助、増幅機構である。この機構がうまく働けば血糖値はあまり変動しないことになるが、この機構の主たる担い手がインクレチンである。 生理的なインスリン分泌パターンをインスリン注射のみで再現するのは、日々一定の生活をしているわけではない実生活を考えると難しいことが多い。そこで、インスリン注射中の患者さんでも、良好な血糖コントロールを目指す場合は、種々の薬剤の助けを借りる必要がある。インクレチン関連薬には、日々の違いによる変動を和らげる効果があり、しばしば併用されてきた。
はじめに 2型糖尿病の注射療法において、GLP-1受容体作動薬はすでに定着したが、2023年4月から新たな作用機序であるGIP/GLP-1受容体作動薬チルゼパチドが発売された。 1.チルゼパチドの作用機序 チルゼパチドはGIPのアミノ酸配列から設計されており、C20脂肪酸側鎖を付加することで内因性アルブミンへの結合性を高めて半減期を長くした週1回の注射投与製剤である 1, 2)。GIP/GLP-1受容体作動薬であるにもかかわらず、週一回のインクレチン関連薬の注射療法で臨床的効果がGLP-1受容体作動薬と似ているためにGLP-1受容体作動薬として誤解されることがある。しかし、この薬剤はGLP-1受容体よりもGIP受容体への結合が強い性質を持つため、新たな作用機序の薬剤と理解すべきである。 GIPは小腸から分泌されるインクレチンホルモンの一つであり、生理的濃度では、膵臓からのインスリン分泌を促進し、また脂肪細胞への脂肪の貯蔵を促すことなどが知られている。しかし、薬理的血中濃度になると食欲抑制の作用があると考えられている。このような性質を持つGIPのアナログ製剤であるチルゼパチドは、2型糖尿病の治療においては、血糖値依存的なインスリン分泌促進効果と食欲抑制の結果、体重減少によるインスリン感受性が是正されることも相まって血糖値を改善させる。 2.チルゼパチドの適応 チルゼパチドは2型糖尿病治療薬で、現時点で肥満症治療の適応はない。つまり2型糖尿病ではない人におけるその有効性と安全性の検証は十分にされているとはいえない。
前編 医師の立場から はじめに バセドウ病には治癒がなく、寛解を目指して治療を行う病気である。バセドウ病の療養は長期にわたるため、患者が継続的に病気と向き合い付き合っていくことが必要となる。そのためには、まず患者自身が病気の正しい知識を持つこと、自らが病気を理解して、治療に参加できるように支援すること、患者本来の社会生活が大きく中断されることがないよう多職種が連携して患者支援をおこなっていくことがポイントとなる。特に、これまで行ってきた治療方法からの変更にあたっては、患者への十分な情報提供を行った上で、患者自身が納得してより適切な治療選択ができるように、職種を超えて患者をサポートすることが必要である。 1.伊藤病院の医療相談室について 当院の医療相談室は、患者支援センター内に位置している。看護師5名で構成され、当院の病棟や外来、手術室の勤務経験がある者が配置されている。医療相談室では、患者や家族が安心して治療が受けられるように、病気に対する悩みだけでなく、これらによって生じる社会的、経済的、心理的問題などのさまざまな不安や悩みに対し、診療の補助業務の一環として看護師が相談対応を行っている。患者は「診察室では聞けなかった」「説明されたが頭が真っ白になってしまった」ということがある。相談にあたっては、患者一人一人に耳を傾け、わかりやすい言葉を用いて説明するよう心がけている。 伊藤病院の医療相談室での相談対応件数は、2022年は合計5,072件であった(表1)。主な相談内容は、病気や治療選択のイメージングのほか、甲状腺アイソトープ検査や放射性ヨウ素内用治療の際のヨウ素制限の説明指導、日常生活や心理面の相談である。医療相談室を利用するきっかけは医師からの依頼が最も多く(表2)、診療の補助業務の位置づけとして活用されているといえる。 表1 伊藤病院の医療相談室での相談件数(2022年)
後編 医療スタッフの立場から Q&A編はこちら はじめに バセドウ病では甲状腺の自己免疫異常により甲状腺刺激ホルモンの受容体(TSH受容体)に対する抗体(TRAb)が出現している。このTRAbが甲状腺を刺激し、甲状腺が腫れ、甲状腺でのホルモンの分泌が盛んになりさまざまな症状を示す。バセドウ病は20~40歳台に好発し、男女比は1:4と女性に多い。バセドウ病は妊娠や出産などのライフステージにあわせて治療を選択したり、喫煙やストレスなど日常生活が増悪因子になり得ることから、禁煙したりストレスとうまく付き合いながら治療を継続したりする必要がある。また、薬物療法の中心である抗甲状腺薬治療では、副作用の頻度が高いこと、病気の勢いが安定せず薬の中止に至らない寛解導入困難や薬を中止することができた後にも再発が起こり得ることから、より確実にバセドウ病をコントロールするため放射性ヨウ素内用療法や手術への変更が好ましい場面がある 1)。適切な治療選択へ向けては、患者へ十分情報を提供しよく相談した上で意思決定がなされることが必要である。 このため当院では診察時の医師からの説明に加え、リーフレット、ホームページでの情報提供と、医療相談室における面談を行い、バセドウ病の治療選択を中心にさまざまな場面で患者支援を行っているので紹介する。 1.症例1~診断から初期治療~ 48歳女性 喫煙歴あり X年職場の異動後、仕事が多忙でストレスが多くイライラしていた。暑がり、動悸も出現したが、更年期だと思い放置していた。 6カ月後職場健診で、体重減少とコレステロール低値を認めた。検査を行ったところ甲状腺ホルモン高値が判明した。専門病院へ受診したところ甲状腺ホルモン高値に加えTRAb陽性でありバセドウ病と診断された。 今後の挙児希望はなくチアマゾール(メルカゾール®)で治療を開始した。 1)診断 動悸や汗、手のふるえなどの甲状腺中毒症の症状や甲状腺の腫れ(甲状腺腫)を認めた場合、血液検査で甲状腺の機能を確認する。甲状腺中毒症では、血液中の甲状腺ホルモン(FT4、FT3)が高値で、TSHが低値となっており、バセドウ病では、ほとんどの場合、血液検査でTRAbや甲状腺刺激抗体(TSAb)が陽性となるので診断が可能である。TRAbやTSAbの測定で判断が難しい場合、アイソトープの検査を行う。 提示症例では暑がり・動悸など甲状腺中毒症の症状があったが更年期障害と思い放置していた。その後健診の一般検査の異常値を契機に、甲状腺ホルモン高値とTRAb陽性が明らかとなりバセドウ病と診断された。更年期症状は発汗過多、動悸、疲労感など更年期症状に共通した症状が多く注意が必要である 2)。バセドウ病の症状は、小児では落ち着きのなさや夜尿が認められること、高齢者では症状を呈しにくいことなど、年代や性別によって症状が異なる点に注意が必要となる。また、症例のように他の疾患と思い込んで診断が遅れる場合もある。
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