はじめに 糖尿病診療において感染症、特に足病変は、重症化や予後悪化に直結する重要な合併症であるが、日常診療では十分に注目されにくい部位のひとつである。神経障害や血流障害を背景に、小さな傷や皮膚トラブルが感染の入口となり、自覚されないまま進行することも少なくない。一方で、フットケアという言葉から、爪切りや胼胝処置といった専門的なケア技術を想起し、「忙しい内科外来では難しい」と感じている医療者も多い。しかし、足の感染症を防ぐために求められるのは、必ずしも特別な処置や高度な技術ではない。 本稿では、糖尿病と感染症の関係を「足」という視点から整理し、内科外来において実践できるフットケアの考え方と、足病変を見逃さないための視点について解説する。 1.なぜ今、糖尿病患者へのフットケアの「実践」が求められるのか 糖尿病診療において、血糖管理や合併症管理は年々進歩している。一方で、糖尿病足病変は今なお患者のQOLを著しく損ない、下肢切断や生命予後にも直結する重要な合併症である。しかも足病変の多くは、急激に発症するのではなく、気づかれないまま静かに進行し、発見された時にはすでに重症化していることが少なくない。 日常診療の現場では、「足は専門外」「時間がない」「どこまで診ればよいかわからない」といった理由から、足の評価が後回しにされがちである。しかし実際には、糖尿病足病変の多くは、内科外来でのちょっとした気づきや、早期の対応によって重症化を防ぐことが可能である。特殊な機器や高度な技術がなくても、「足を見る習慣」を持つだけで、患者の将来を大きく変えられる場面は少なくない。 フットケアというと、爪切りや胼胝処置などの“ケア技術”を思い浮かべる医療者も多い。しかし内科医に求められるフットケアの本質は、処置そのものではなく、リスクを見極め、異常に気づき、適切につなぐことにある。全てを内科医が完結させる必要はないが、多職種と連携しながら、チーム医療の起点として足を診る視点を持つことこそが重要である。
Q&A編はこちら はじめに この50年間、世界中の全ての国・地域でBMI 25kg/m2以上の人口比率が増加している。肥満は健康に悪影響をもたらす“疫病”として世界中に蔓延している。日本でもライフスタイルの変化などに伴い諸外国と同様に肥満者が増加しており、その対策が求められている。日本肥満学会は肥満に関連して健康障害を合併し、医学的に減量が必要な状態を「肥満症」と定義している 1)。中でもBMIが35kg/m2を超える高度肥満症は、従来の内科的治療だけでは長期的な減量の維持が難しく、十分な効果が得られないことが多い。1991年に「内科的治療を十分に試みても改善しないBMI 40kg/m2以上または35kg/m2以上かつ肥満合併症を有する症例には肥満手術(bariatric surgery)の適応を考慮する」と米国国立衛生研究所(National Institutes of Health)によって提言された。2000年代になると、腹腔鏡を用いた術式により手術の安全性が飛躍的に向上した。当初は「肥満手術」と位置づけられていたが、2007年頃には手術による代謝改善効果が注目されるようになり、減量・代謝改善手術(metabolic and bariatric surgery:MBS)と呼ばれるようになった。現在では、欧米にとどまらずアジアを含む世界中に急速に普及しており、MBS実施数はデータベースなどに登録されているだけでも年間50万件を超えている。 1.減量・代謝改善手術(MBS)の術式と適応 MBSが効果を発揮する原理は、古典的には①胃容積縮小による摂食量の抑制、②摂取した食事の吸収低下、の二つに分類される。これまで開発されたMBSは、①もしくは①+②のいずれかの作用に基づいている。現在、日本において保険診療として実施可能な術式とその適応について解説する。 1)腹腔鏡下スリーブ状胃切除術(laparoscopic sleeve gastrectomy:LSG) 胃を縦方向に切離し、大弯側を衣服の袖のたるみを取り除くようにして管状にする術式である(図1)。比較的シンプルな方法でありながら治療効果が高く、現在、世界で最も数多く行われている。日本では2014年より保険収載されており、MBSの85%を占めている。 ①の摂食量の抑制を主目的としているが、そのほかにも胃底部の切除による食欲ホルモンであるグレリンの分泌低下、食物の急速な小腸への移動や胆汁酸の遠位空腸/回腸への流入増加によるGLP-1の早期上昇などの機序 2)を介して耐糖能改善効果も期待される。同術式の総体重減少率は25~30%、2型糖尿病の寛解率は70~80%と報告されている 3)。日本における保険適応と施設基準を表1左に示す。高度肥満に加え、特に重要な肥満関連健康障害である表中に示した5つの疾患を有する場合に適応となる。 図1 腹腔鏡下スリーブ状胃切除術(LSG)のシェーマ
はじめに 糖尿病と歯周病は、ともに慢性炎症を基盤とする疾患であり、相互に影響を及ぼすことが明らかとなっている。糖尿病は歯周病の発症および進行を促進する重要な危険因子である。歯周病は全身性炎症を介して血糖管理やインスリン抵抗性に影響を及ぼし得る。近年、疫学研究、介入研究、ならびにメタ解析により、両疾患の関連性は臨床的に確立された関係として、医療従事者はもちろん、患者、一般の人々にも認知されつつある。本稿では、日本糖尿病学会編『糖尿病診療ガイドライン2024』 1)を反映しつつ、最新のエビデンスを紹介・解説する。あわせて、糖尿病と歯周病の相互関連性について整理し、両疾患を管理する意義について解説する。 1.歯周病とは 歯周病は、歯の周囲に堆積したプラーク中の歯周病原細菌を主とした感染による炎症性疾患である。歯周病は日本人の中高年者において50%以上で罹患が認められ、抜歯の主要な原因となる口腔内疾患である。歯周治療では、患者自身のプラークコントロール(セルフケア)の確立に加え、歯周ポケット内のプラークや歯石を取り除く原因除去療法によって歯周組織の炎症の改善を図り、その後も再発防止のために定期的なメインテナンス(プロフェッショナルケア)が必要とされる。 歯周病に罹患すると、細菌性プラークに対する生体の反応としてインターロイキン(IL)-1やIL-6、腫瘍壊死因子(TNF)-αなどの炎症性サイトカインが産生され、歯槽骨吸収が生じるとともに、血行性に全身へと炎症が波及する。また、全ての歯が歯周ポケット7mm程度の重度歯周炎に罹患していると仮定すると、歯周ポケット内面に存在する微小潰瘍の面積の総和は55~72cm2となる。これは人間の手のひらほどの大きさであり、重度の歯周病患者はその範囲が持続的に炎症を起こしている状態と同じである。さらに、この微小潰瘍から口腔内細菌やリポ多糖(LPS)などの病原因子が体内に侵入し、菌血症を引き起こす。また、最近では口腔内細菌叢の変化が腸内細菌叢にも影響し、腸内細菌叢の変化を介した影響も考えられている(図1)。
ポイント 糖尿病が病態に関与する慢性腎臓病(chronic kidney disease:CKD)を糖尿病関連腎臓病(diabetic kidney disease:DKD)と呼び、DKDの診断と早期介入は心腎アウトカム改善の観点から重要である。 DKDの薬物療法について近年エビデンスが蓄積されてきた。 各種エビデンスを踏まえ、患者背景に応じて最適に使い分けることが今後の課題である。 1.総論 DKDは、わが国の末期腎不全の主たる原因疾患である。従来、糖尿病性腎症はアルブミン尿・蛋白尿の出現が先行し、約10年程度の経過を経て推算糸球体濾過量(eGFR)が低下することが典型的経過とされてきた。しかし近年、アルブミン尿・蛋白尿を伴わずにGFRが低下する非古典的な糖尿病性腎症が増加している。こうした多様な臨床経過をたどる症例を包括して、糖尿病が病態に関与しているCKDをDKDと呼ぶようになり、「糖尿病関連腎臓病」という訳語が当てられた。 DKDの病態としては、レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系の活性化、慢性炎症、線維化、異所性脂肪蓄積・脂肪毒性、動脈硬化、虚血・低酸素などが関与し、GFR低下および蛋白尿をきたすと考えられている 1)。 疫学的には、DKDは1998年以降、日本における新規透析導入患者の原疾患の第一位であり、2019年には新規透析導入患者の41.6%がDKDを原疾患としていた。日本におけるDKD合併率については、2型糖尿病受診者を対象としたJDDM研究の経年的調査で報告されている。2007年の8,897例の報告では、微量アルブミン尿を31.6%に認め、全体の43.8%がDKDに相当すると考えられた 2)。 DKDの診断意義として、尿アルブミン・クレアチニン比(UACR)とeGFRは腎予後のみならず、心血管イベントや死亡のリスク層別化にも有用である。ADVANCE studyの参加者データを用いた解析では、ベースラインのUACRとeGFRが互いに独立して、心血管イベント、心血管死、腎イベントを予測することが示されている 3)。UACRについては、10倍高いごとにこれら三者のリスクが段階的に上昇することが提示されている。さらに、Toyamaらは、糖尿病患者のコホート研究31本を統合し、微量・顕性アルブミン尿が心血管死、全死亡、腎イベントのリスク上昇と関連することを示している 4)。また、eGFR低下もリスク上昇に寄与し、アルブミン尿とeGFRは互いに独立したリスク因子であると結論づけている。 以上より、DKDは腎機能低下の進展を予測するだけでなく、心血管疾患や死亡リスクのマーカーとしても重要であり、DKDの診断と早期介入は心腎アウトカム改善の観点から重要であると考えられる。
はじめに 感染症と糖代謝の間には、互いの病態を増悪させ合う密接な「双方向性(bidirectional)」の関係が知られている 1)。古くから、糖尿病患者において感染症は死亡や病状悪化の主要な原因であることが知られてきたが、近年の研究、特に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックを通じて、この相互関係の複雑さがより詳細に浮き彫りとなった 1, 2)。感染症による血糖変動の要因は、①感染症や微生物による直接的な影響と、②感染症治療に使用される薬剤による影響の2つに大別される 1~4)。これらが複合的に影響し合い、血糖変動をもたらす。本稿では、感染症が血糖を変動させる内分泌・代謝的機序に加え、抗菌薬やステロイドといった治療薬が及ぼす副次的な影響についても、多角的な視点から解説する。 1.感染症や微生物による直接的な影響 1)感染症に対する神経内分泌・代謝ストレス応答 (1)中枢を介したストレス認知と交感神経・HPA軸の活性化 感染症は生体に大きなストレスを与える(図1)。ストレス応答は、主として交感神経系および視床下部-下垂体-副腎系(hypothalamic-pituitary-adrenal axis:HPA軸)によって制御されている 5)。低酸素血症、低血圧、炎症性サイトカインなどのストレスシグナルは、迷走神経求心路や脳幹、視床下部を介して中枢に伝達され、視床下部・辺縁系で統合される 5)。その結果、視床下部が活性化され、自律神経系を介して交感神経系が賦活される 5)。
はじめに 先端巨大症は、下垂体前葉に発生した腫瘍から成長ホルモン(GH)が過剰に分泌され、インスリン様成長因子-1(IGF-1)の増加をきたし、全身にさまざまな症状を呈し、代謝異常も引き起こす疾患である。先端巨大症では男女を問わず性腺機能低下症を併発しやすいため、患者の生活の質(QOL)や骨への潜在的な影響が懸念されている。本稿では、性腺機能低下症の視点から、先端巨大症におけるトータルケアについて解説したい。 1.性腺機能低下症について 男性では、テストステロン分泌低下により、性欲低下、勃起障害、不妊、筋力低下、抑うつなどの症状を呈し、性機能障害に加え、代謝障害などを引き起こす。 女性では、エストロゲン分泌低下により、無月経・稀発月経などの月経異常、不妊、エストロゲン欠乏症状を呈し、性機能障害、骨・代謝障害などを引き起こす。 病態では、性腺そのものの障害による原発性性腺機能低下症と、視床下部・下垂体の障害による中枢性性腺機能低下症に分類される。性ホルモン低値は両者で共通であるが、前者では下垂体黄体形成ホルモン(LH)および卵胞刺激ホルモン(FSH)分泌の亢進が、後者ではLH, FSH分泌の低下・正常がみられる。 診断には、臨床症状に加えてLH, FSHおよび男性では総(遊離)テストステロン、女性ではエストラジオールを測定する。先端巨大症では性ホルモン結合グロブリン(SHBG)が低下するため、総テストステロン値より遊離テストステロン値が有用とされている 1)。
はじめに 糖尿病は、発症様式や病態、合併症の進展速度、治療反応性が個々に異なる極めて多様な疾患である。この異質性を考慮し、個々の患者に最適な医療を提供する「個別化医療」の実現が望まれている 1)。しかし、日常診療で多岐にわたる臨床指標を統合し、将来の合併症リスクを正確に予測することは容易ではない。近年、この課題を解決する手法として、人工知能(AI)の機械学習を用いた「クラスター分類」が注目されている。本稿では、機械学習に基づく糖尿病サブタイプ予測の現状と、日本国内の大規模データベースを用いた研究成果について概説する。 1.臨床的クラスター分類の提唱 2018年に北欧のグループ 2)は、GAD抗体、発症年齢、BMI、HbA1c(NGSP値)、インスリン分泌能(HOMA2-β)、インスリン抵抗性(HOMA2-IR)の6つの指標を用いた機械学習(k-means法)により、糖尿病を5つのクラスターに分類できることを報告した。図1に示すように、これらのサブタイプはそれぞれ異なる臨床的特徴と合併症リスクを有している 3)。 クラスター1(SAID:重症自己免疫性):若年発症、GAD抗体陽性、インスリン枯渇が特徴。 クラスター2(SIDD:重症インスリン欠乏性):GAD抗体陰性だが高度のインスリン欠乏を認め、網膜症のリスクが高い。 クラスター3(SIRD:重症インスリン抵抗性):高度肥満と重度のインスリン抵抗性を伴い、糖尿病腎症の最大のリスク群である。 クラスター4(MOD:軽症肥満関連):軽度の肥満を伴うが、合併症リスクは比較的低い。 クラスター5(MARD:軽症加齢関連):高齢発症で、病態は比較的良性に経過する。
はじめに 副腎は、後腹膜腔の深部に位置する親指大の小さな臓器であるが、その内部には生体維持に不可欠な多種多様なホルモンを分泌する精緻な機構が凝縮されている。近年、マイクロカテーテル技術の進歩と相まって、原発性アルドステロン症(primary aldosteronism)診療における側方性診断目的の副腎静脈サンプリングが広く行われるようになり、さらに超選択的副腎静脈サンプリング(super-selective adrenal venous sampling:SS-AVS)によって、副腎内のホルモン産生の領域的多寡(過剰産生領域と抑制領域)をマッピングすることも可能となっている 1)。すなわち、われわれ放射線科医が副腎の微細な組織学的血管構築を直接観察し、その血流動態、機能的診断(内分泌的理解)に触れる機会が飛躍的に増加しているのである。本稿では、日常臨床で遭遇する放射線解剖学的知見や、副腎の機能的診断の解釈に直結すると思われる動的な組織学的知見、内分泌学的知見について解説する。 1.マクロ解剖と画像診断のランドマーク 副腎は左右でその外観的形態がやや異なる。古典的な解剖学的論文では右副腎は錐体形(ピラミッド型)、左副腎は半月形を呈することが多いと記載されている 2)。右副腎は下大静脈(IVC)の直背側に位置し、肝右葉の内側面と密接する。一方、左副腎は膵体部の背側、脾動脈の近傍に位置し、左腎上極の前腹側に位置している。左右副腎とも他臓器に囲まれ、窮屈なスペースに挟み込まれているようなイメージである 3)(図1)。 図1 Mikaelssonの論文の図(文献3より改変) a:左右副腎と下大静脈や腎臓、椎体との関係を示すシェーマ①副腎、②右副腎中心静脈、③左副腎中心静脈、④左下横隔静脈、⑤下大静脈、⑥第12胸椎、⑦横隔膜b, c:遺体の副腎の静脈へのバリウム注入像矢印(b):左副腎腹側の溝(ventral sulcus)に沿って走り、左副腎の上方の領域を還流する静脈枝(上側支脈) 画像をクリックすると拡大します 図1 Mikaelssonの論文の図(文献3より改変) a:左右副腎と下大静脈や腎臓、椎体との関係を示すシェーマ①副腎、②右副腎中心静脈、③左副腎中心静脈、④左下横隔静脈、⑤下大静脈、⑥第12胸椎、⑦横隔膜b, c:遺体の副腎の静脈へのバリウム注入像矢印(b):左副腎腹側の溝(ventral sulcus)に沿って走り、左副腎の上方の領域を還流する静脈枝(上側支脈)(b) $(".r08_0025_z1").modaal(); 1)画像診断上のピットフォール CT横断像においては、正常副腎形態は、観察する断面によって連続的に変化し、スリムな「ノの字型」~「人の字型」~「Y字型/三ツ矢型」あるいは「三角形」を呈する。ボリューム・レンダリング(volume rendering)像では稜線状隆起を有する立体的形態を示す。10mm以下の微小の皮質腺腫は、副腎の実質内に埋没して認識しにくいことも多く、副腎のCT診断ではthin sliceや任意多断面再構成像(multi planar reconstruction:MPR)での観察、同定が必須となる。
今回の論文 Nicholls SJ, Pavo I, et al. : Cardiovascular Outcomes with Tirzepatide versus Dulaglutide in Type 2 Diabetes. N Engl J Med. 2025; 393(24): 2409-2420. [PubMed] はじめに GLP-1受容体作動薬が登場してから、2型糖尿病治療が激変した印象をお持ちの読者も多いと思います。最初に登場したエクセナチド(商品名:バイエッタ®)はものものしいデバイスで、針が太くて注射時の痛みがかなりあったように記憶しています。その後にリラグルチド(ビクトーザ®)、リキシセナチド(リキスミア®)と続きました。これらは全て毎日投与が必要でしたが、その後週1回投与のGLP-1受容体作動薬である持続性エキセナチド(ビデュリオン®)、デュラグルチド(トルリシティ®)、セマグルチド(オゼンピック®)が登場してからは、筆者の外来ではほとんどの患者が週1回投与製剤に移行しました。 GLP-1の主要な作用は膵β細胞に作用して血糖依存的にインスリンを分泌する点にあるので、当初は低血糖を起こしにくいインスリン分泌促進薬としての位置づけでした。しかし食欲抑制作用、消化管運動抑制作用を併せ持つことから、肥満を合併した2型糖尿病患者の血糖管理に非常に有用であることが明らかになってきました。冒頭に述べた2型糖尿病治療が激変した理由は、GLP-1受容体作動薬の登場によって初めて食欲をコントロールすることで体重を減らす薬剤が登場したことにあります。さらに、多くの心血管アウトカム試験(CVOT)の結果から、GLP-1受容体作動薬には2型糖尿病患者の心血管イベント抑制作用があることが確立され、ガイドラインにも記載されるようになっています。 チルゼパチドはほかのGLP-1受容体作動薬とは異なり、GIP受容体にも結合するdual agonist作用を有する薬剤であり、これまでの研究から既存のGLP-1受容体作動薬と比較して、血糖降下作用、体重減少作用においては最強であることが示されています。本試験は、チルゼパチドの安全性および心血管イベント抑制作用を検討したCVOTになります。
はじめに 糖尿病と感染症の間には「健康リスク」が存在することが古くから知られている。慢性的な高血糖状態は、感染症リスクや重症化リスクを高める 1)。その結果、糖尿病患者は各種感染症に罹患しやすくなるだけでなく、発症時に急速に重症化し、難治化する傾向にある。さらに、感染症罹患時には炎症反応とストレス反応によりインスリン抵抗性が増大し、血糖管理の悪化やケトアシドーシスをきたし得る。この点は、シックデイ対応としての頻回な血糖モニタリングと治療調整の重要性が指摘されている。 このような「健康リスクの連鎖」を断ち切る上で、ワクチン接種による発症および重症化予防は極めて重要な戦略である。米国糖尿病学会(American Diabetes Association:ADA)のガイドラインをはじめ、国内外の多くの指針で糖尿病患者への積極的な成人予防接種が推奨されている 1)。本稿では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックから得られた教訓を振り返りつつ、日常診療において糖尿病患者に推奨されるワクチンの種類、その予防効果、具体的な投与法、そして公費助成制度の現状について概説する。 1.COVID-19から得られた糖尿病における感染の特徴と教訓 COVID-19パンデミックを通じ、糖尿病患者の感染症に対する脆弱性が改めて浮き彫りとなった。ここで得られた知見は、ほかの呼吸器感染症対策を考える上での重要性を示唆するものである。 1)発症率と重症化リスク 大規模疫学調査の多くは、糖尿病自体がCOVID-19への感染感受性(罹患率)を一般集団より著しく高めるわけではないと報告している。しかし、一度感染した場合の予後は大きく異なる。英国における全人口ベースのコホート研究では、COVID-19院内死亡のオッズ比が1型糖尿病では2.86、2型糖尿病では1.80と有意に上昇し、糖尿病が独立した重症化および死亡リスク因子であることが示された 2)。 2)血糖管理と予後の関係 感染前の血糖管理状態は、感染後の予後因子となる。前述の英国の解析では、HbA1c(NGSP)が10.0%以上の群は、6.5〜7.0%の良好群と比較してCOVID-19による死亡リスクが有意に高まることが確認された 3)。また、入院時の高血糖や血糖変動の増大自体が予後不良因子となるため、感染時のシックデイルールに基づく適切なインスリン調整と頻回なモニタリングが、診療において非常に重要となる。 3)ワクチンの有効性と免疫応答への影響 メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンは、一般集団と同様に糖尿病患者でも高い発症予防および重症化予防効果を示す。一方で、ワクチンに対する免疫応答もまた血糖管理状態に依存することが知られている。イタリアの研究では、HbA1cが7.0%未満の患者群では接種後の中和抗体価やT細胞応答が十分に得られた一方、接種後1年間の平均HbA1cが7.0%以上の患者群では、ブレイクスルー感染のリスクが有意に高く、免疫応答が減弱していることが報告された 4)。すなわち、ワクチンの有効性を最大化するためにも、平時からの厳格な血糖管理が重要であることが示唆される。
はじめに 糖尿病は感染症の罹患および重症化の重要なリスク因子である。 腎臓感染症、骨髄炎、足の感染症などでリスク上昇が顕著であり、感染種別によって増加の程度が異なる。その背景には、高血糖に伴う免疫応答の変調に加え、皮膚・尿路を中心とした局所環境の変化、血管・神経合併症による防御低下、さらには併存疾患や治療要因が重なることが挙げられる。 本章ではこれらの疫学と機序を概説した上で、糖尿病で特に見逃しが予後に影響し得る気腫性感染症、糖尿病足感染症・壊死性筋膜炎、ムーコル症を中心に整理し、さらにSGLT2阻害薬使用時に注意すべき感染症についても述べる。 1.糖尿病が感染症リスクを上げる 一般集団と比較して、糖尿病患者は感染症関連の入院リスクが2~4倍、外来診療における感染症リスクが1.5倍高いとされる 1)。英国の大規模マッチドコホート研究では、糖尿病患者は全ての感染症の発生率が高く、特に骨・関節感染症、敗血症、蜂窩織炎で増加が大きかった。同研究では感染症関連入院の発生率比(incidence rate ratio:IRR)が1型糖尿病で3.71、2型糖尿病で1.88と推定され、1型糖尿病で相対リスクがより高かった。また、感染症関連入院の約6%、感染症関連死亡の約12%が糖尿病に起因し得ると推定されている 2)。1型糖尿病に限定したマッチドコホート研究でも、外来で診断される感染症がIRR 1.81、感染症入院がIRR 3.37と推定される。さらに同研究では、平均HbA1cが低い群(≦約7.0%)と比較して、高い群(≧約11.0%)では感染症入院がIRR 4.09と推定され、血糖管理不良が重症感染リスクを増幅し得ることが示唆される 3)。 肺炎による入院は糖尿病で増加し、デンマークの症例対照研究では糖尿病全体で調整相対リスク(relative risk:RR)1.26、1型糖尿病でRR 4.43、2型糖尿病でRR 1.23が報告されている 4)。また感染種別にみると、感染症関連入院のリスクは腎臓感染症(3.0~4.9倍)、骨髄炎(4.4~15.7倍)、足の感染症(6.0~14.7倍)が顕著だが、肺炎、インフルエンザ、結核、皮膚感染症、手術部位感染症、全身性敗血症のリスクも高くなる 1)。
糖尿病では感染症の罹患や重症化のリスクが高まることが従来より知られている。近年の日本において感染症は、糖尿病患者の死因としてがんに次ぐ第2位を占める。過日の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックが、糖尿病における感染症リスク増加の機序やワクチンによる予防の意義について見直す機会となったのは記憶に新しい。糖尿病やその治療薬により感染症リスクが増大する機序はどこまで解明しているのか、血糖マネジメント状態と感染症重症化の関連性はあるのかなど、臨床上の論点は多い。また、糖尿病患者に推奨されるワクチン接種やフットケアの実践法についても糖尿病診療に携わる医師は要点を整理しておく必要がある。 一方、感染症およびその治療が糖代謝に寄与し得ることも判明してきている。そして感染症の治療により血糖マネジメントが改善する報告もある。では、そのインパクトはどの程度なのか、感染部位や感染症の種類による違いを踏まえて、適切な感染症診療と糖尿病管理を連携させることが重要である。 このように糖尿病と感染症は密接に関連しており、その負のスパイラルを断ち切ることが両者の経過改善につながると強く考えられる。本特集では、糖尿病における感染症リスクとその特徴、予防対策について、エキスパートの先生方にわかりやすく解説していただいた。病態生理学的な解説だけでなく、プラクティスのコツまで幅広くカバーしていることが特筆に値する。同時に、感染症が糖代謝へ及ぼす影響についても取り上げ、相互作用を俯瞰できる構成とした。 読者の方々に、本特集を明日からの日常診療や研究に積極的に活かしていただければ、特集の企画者として無上の喜びである。 著者のCOI(conflicts of interest)開示:本論文発表内容に関連して特に申告なし 本論文のPDFをダウンロードいただけます
はじめに 糖尿病は、食事療法、運動療法、薬物療法、生活習慣の改善、ならびに合併症の予防・管理を、長期的かつ総合的に行う必要がある慢性疾患である。そのため、医師のみで十分な管理を行うことは困難であり、看護師、管理栄養士、薬剤師、理学療法士などによる多職種連携、いわゆるチーム医療の重要性が高い。診療報酬の医科点数表における糖尿病のチーム医療の評価は、単に診療行為を評価することにとどまらず、質の高い慢性疾患管理を制度として後押しする点にその意義がある。そこで本稿では、糖尿病におけるチーム医療の重要性を踏まえ、医科点数表および調剤点数表における関連算定項目について概説する。 1.医科点数表・調剤点数表の主な算定項目と、多職種(チーム医療)の関与形態(表1)1~3) 医科点数表においては、糖尿病診療を医師単独で完結させるのではなく、看護師、管理栄養士、薬剤師、理学療法士などの多職種が連携して関与する体制が、各算定項目を通じて評価されている。 外来・入院・集団栄養食事指導料では、医師の指示の下で管理栄養士が専門的に介入することが明確に位置づけられている。また、糖尿病合併症管理料や糖尿病透析予防指導管理料では、専任医師を中心に、看護師(または保健師)や管理栄養士、薬剤師がそれぞれの専門性を生かして関与することが算定要件として示されており、合併症予防を目的としたチーム医療の重要性が強調されている。 さらに、生活習慣病管理料(Ⅰ)(Ⅱ)では、多職種が「連携して実施」することが明記されており、継続的な生活指導・自己管理支援を評価する枠組みとなっている。加えて、薬剤管理指導料や持続血糖測定器加算、運動器リハビリテーション料、調剤後薬剤管理指導料などにおいても、それぞれ専門職の研修要件や同意・指示といった条件が設定され、質の担保されたチーム医療が求められている。 表1 医科点数表・調剤点数表の主な算定項目と、多職種(チーム医療)の関与形態(文献1~3より) 画像をクリックすると拡大します 表1 医科点数表・調剤点数表の主な算定項目と、多職種(チーム医療)の関与形態(文献1~3より) $(".r08_0032_h1").modaal();
はじめに 前回、1970年代から1980年代は今につながる糖尿病学の基礎や臨床の実践の流れが形作られた時期であることをお話ししました。私は、その時期に虎の門病院で糖尿病の専門研修を始めたことが、私の現在の1型糖尿病の臨床や研究につながりました。その後の10年間の研究生活は、私にとって新たな転機のきっかけとなりました。 第18研究室 私は虎の門病院での研修の後、春日雅人先生(朝日生命成人病研究所所長)のグループに入れていただき、大学卒業後4年目の1988年6月から大学の病棟で研修医の面倒を見ながら、研究室で基礎研究のイロハから習うことになりました。春日先生は、1983年にインスリン受容体のチロシンキナーゼ活性を発見されましたが、インスリン作用の機序はもとより、糖尿病の病態を分子的なレベルから解明しようという研究が世界中で行われていました。当時は、医学分野は遺伝子研究の黎明期で、私は大学に戻って、インスリン分泌を研究されている柴崎芳一先生(前 東京大学先端科学技術研究センター特任教授)のもとで、遺伝子研究の手ほどきを受けることになりました。柴崎先生は本庶佑先生(後にノーベル賞受賞)のもとで医学研究を学ばれ、東京大学医学部第三内科の中に新たに作られた、第18研究室(18研)の一員として研究を始めていました。18研は当時教授であった髙久文麿先生が1987年に2つ目の細胞工学研究室として、旧レントゲン室を改築して作られたものです。各分野から気鋭の先生方が集まり、切磋琢磨していました。 糖尿病の研究室からは柴崎先生のほかに、小田原雅人先生(国際医療福祉大学臨床医学研究センター教授)、浅野知一郎先生(広島大学医系科学研究科名誉教授)、さらに後には片桐秀樹先生(東北大学大学院医学系研究科教授)、寺内康夫先生(横浜市立大学教授)、窪田直人先生(熊本大学大学院生命科学研究部教授)、山田哲也先生(東京科学大学教授)が加わりました。循環器の研究室からは倉林正彦先生(群馬大学名誉教授)、小室一成先生(国際医療福祉大学副学長・教授)、方山栄哲先生(かたやま医院院長)、後に塩島一朗先生(国立循環器病研究センター研究所長)が加わりました。消化器の研究室からは油谷浩幸先生(東京大学先端科学技術研究センターシニアリサーチフェロー)、金森博先生(東京クリニック院長)、後に和田洋一郎先生(東京大学アイソトープ総合センター教授)、児玉龍彦先生(東京大学名誉教授)が来られました。18研は梁山泊のようなところで、個性的でハードワーカーな先生たちが常に自由闊達な議論を交わし、大変刺激を受けました。18研では古い建物の奥まったところにある薄暗い内科講堂で定期的に合同のリサーチカンファレンスを行っていましたが、熱い議論の中で片桐先生はいつも鋭い質問をぶつけていました。寺内先生はコツコツと確実に自分の研究を進めていました。油谷先生は毎日椅子2つを並べてベッドにして夜な夜な研究され、朝行くとまだ実験を続けているのが当たり前の生活になっていました。児玉先生は動脈硬化の鍵になるスカベンジャー受容体の精製とクローニング 1)で世界をリードされましたが、18研に戻ってからも精力的に研究を進められました。一方で、児玉先生が帰国して研究室のメンバーに声をかけ、月の砂漠で有名な千葉の御宿まで家族連れの小旅行に出かけたことを昨日のことのように覚えています。 余談になりますが、現在、国際医療福祉大学教授をされている小室先生は私が研修医の時の指導医で、研修医時代夕方になると病棟に来られいつも患者さんの病態について深掘りする本質的で鋭い質問をされていました。そのような経験はとても貴重だったと思っています。
Q&A編はこちら はじめに 血清カルシウム(Ca)濃度は、副甲状腺ホルモン(parathyroid hormone:PTH)と活性型ビタミンD(1α, 25-dihydroxyvitamin D:1,25〔OH〕2D)の2つのホルモンによって調節されている。血清Ca濃度が低下すると副甲状腺からPTHが分泌され、骨吸収の促進、腎遠位尿細管での1,25(OH)2Dとの協調作用によるCa再吸収の亢進、腎近位尿細管での1,25(OH)2D産生促進を介した腸管Ca吸収の亢進により血清Ca濃度を上昇させる。1,25(OH)2D産生の最も強力な因子はPTHであるが、低Ca血症などでも促進され、1,25(OH)2Dによるフィードバックも受ける。これらのホルモン作用が過剰になると高Ca血症を、不足すると低Ca血症をきたす。血清Ca値が急激に変動した場合は臨床症状を伴いやすいが、慢性的な変化では症状に乏しいことが多い。本稿では、症候性の高Ca血症と低Ca血症の症例に基づいて、初期対応と診断アプローチについて概説する。 1.症例:70歳女性 数日前から全身倦怠感と食思不振を訴えていた。意識混濁がみられたため救急搬送となった。頭部CTでは、意識障害の原因となり得る明らかな所見を認めなかった。身体所見では皮膚ツルゴールの低下を認めた。来院時の血液検査では、血清Ca 14.2mg/dL、血清アルブミン(Alb)3.6g/dL、尿素窒素(BUN)25.7mg/dL、クレアチニン(Cr)1.30mg/dL、推算糸球体濾過量(eGFR)29.9mL/min/1.73m2、尿酸(UA)9.0mg/dL、血清リン(P)4.3mg/dLであった。 1)高Ca血症に対する初期対応 1) 低アルブミン血症が存在する場合、血清Ca値は下記のように補正Ca値を算出して評価する。 補正Ca濃度(mg/dL)=血清Ca濃度(mg/dL)+(4-血清アルブミン濃度〔g/dL〕) 補正Ca 10.5mg/dL以上で高Ca血症と診断する。本例の補正Ca値は14.6mg/dLである。高Ca血症の判明時点では、すでに初期対応として細胞外液による点滴が開始されている状況と思われる。高Ca血症では、ほぼ例外なく著明な脱水を認めるため、速やかに輸液速度を速める。循環血漿量の回復と尿中Ca排泄の促進を図るため、細胞外液を少なくとも2~3L/日補液する。また、尿量が確保されていることを確認するため尿道カテーテル留置などを行い、尿量測定を速やかに開始する。大量補液への忍容性については、心臓超音波検査による心機能評価も併せて実施したい。 2)高Ca血症の臨床症状(図1) 高Ca血症の症状としては、全身倦怠感や食思不振・便秘、悪心・嘔吐、脱水、易疲労感などの非特異的なものが多い。しかし、本例のような高度の高Ca血症や血清Ca値が急速に上昇した場合は、傾眠や昏睡などの意識障害を呈することがある。また、脱水による腎前性腎機能障害はさらなる高Ca血症を助長することになる。尿路結石などの合併は慢性的な高Ca血症を示唆する。
はじめに SGLT2(sodium-glucose co-transporter 2;ナトリウム・グルコース共輸送体2)阻害薬は、新しい機序を持つ経口血糖降下薬として本邦では2014年に発売された。2014年4月に発売されたイプラグリフロジンを筆頭に、その後ダパグリフロジン、ルセオグリフロジン、トホグリフロジンなどが相次いで発売され、2025年11月時点では6成分が使用されている。当初は糖尿病治療薬として使用されていたが、一部の薬剤で慢性腎臓病(chronic kidney disease:CKD)や慢性心不全に対する適応が追加された。今日では糖尿病内科のみならず、循環器内科、腎臓内科、一般内科など幅広い診療科から多くの患者に処方される薬剤となっている。 一方で、本剤は有害事象としてケトーシス、ケトアシドーシスが知られており、使用には注意を要する。古典的なケトアシドーシスとは異なり、血糖値が正常範囲、もしくは軽度高値にとどまる正常血糖糖尿病ケトアシドーシス(euglycemic diabetic ketoacidosis:euDKA)となることが多い。著しい高血糖を伴わないために発見しづらく、治療介入が遅れることが危惧される。本稿では、euDKA、ケトーシスの概要、早期発見、治療などについて概説する。 1.SGLT2阻害薬の作用の概要 本剤の血糖降下作用における主な機序は、腎臓のSGLT2を選択的に阻害することに加え、尿糖排泄を増加させることである。 近位尿細管には曲部にSGLT2が、直部にSGLT1が存在し、糸球体で濾過されたグルコースやナトリウムの再吸収に関与しており、そのうち90%程度をSGLT2が担っている 1)。SGLT2の阻害によりグルコースの再吸収が抑制され、尿中グルコース排泄量の増加、浸透圧利尿が起きる 2)。また、Na+/H+交換輸送体3(NHE3)の阻害によるNa+利尿作用や、遠位尿細管へのNa+到達量が増加して糸球体輸入細動脈の収縮による糸球体過剰濾過の是正といった作用もある 1)。さらにインスリン抵抗性改善など、多面的な作用が指摘されている 1)。 グルコース排泄量については、各薬剤のインタビューフォームによるとおおむね60~100g/日前後とされている。
はじめに 近年多くの糖尿病治療薬が登場し、血糖マネジメントの改善のみならず、心血管イベントや腎症といった合併症の発症や進展の抑制が期待されるようになった。しかし、糖尿病は生涯にわたり治療を続けなければならない。血糖値が改善しても、「疲れやすい」「やる気が出ない」といった自覚症状のために、生活習慣改善を基本とする糖尿病治療の継続が困難となる場合は少なくない。自覚症状への対応として漢方医学、中でも疲労感に対して補ほ中ちゅう益えっ気き湯とうの役割が期待される。 1.なぜいま漢方なのか 糖尿病治療の目標は、血糖、血圧、脂質代謝の良好なコントロール状態と適正体重の維持、および禁煙の遵守を行うことにより、糖尿病の合併症の発症、進展を阻止し、糖尿病のない人と変わらない寿命と日常生活の質(QOL)の実現を目指すことである。近年の薬物治療の進歩により、血糖マネジメントの改善や、合併症の発症抑制など、到達度は改善しているが、治療の基本が食事・運動といった生活習慣の改善であり、自己管理行動の継続は容易ではない。治療の複雑化や「頑張らなければならない」という心理的負担が、患者の生活を圧迫している場面も散見される。医療者は患者に寄り添って歩み、自己管理行動の継続のために援助していくことが必要である 1)。そのためには常に患者の訴え、日常生活における疲労感、意欲低下、体力低下といった自覚症状に対して真摯に対応することが肝要である。 漢方医学では、西洋医学のように「病名」を診断するのではなく、患者が訴える症状に対して、陰陽・虚実・表裏・寒熱・気血水・六病位・五臓などの独自のものさしで治療の目標となる病的状態のパターン、つまり「証」として捉える点に特徴がある。従って西洋医学的には問題がない病状における、疲れやすい、冷えやすい、食後に眠くなる、風邪をひきやすいといった症状に対しても、対応可能となるのである。こうして漢方医学を、標準的な西洋医学的治療に取り入れることで、患者の治療意欲を高めることを少ながらず経験する。中でも補中益気湯は、糖尿病のある人にしばしば併存する「気虚」による疲れやすい、消化吸収機能の低下などの症状に、また高齢者糖尿病のサルコペニアや便通異常、易感染性や回復力低下に対しても臨床現場で使いやすい補剤である。
はじめに 1973年、遠藤章博士が青カビ(Penicillium citrinum)の培養液からスタチンの原型となるML-236B(コンパクチン)を発見した。そしてこの発見が、1989年、平成元年世界的に画期的な高コレステロール血症治療薬のプラバスタチン(メバロチン®)につながった。これ以来、LDLコレステロール(LDL-C)値を安全に容易に約20%低下させることが可能になった。その後、strong statin(強力なスタチン)が、2016年には抗体薬のエボロクマブ(レパーサ®)が登場し、さらに2020年に欧州で、2023年にはわが国で、画期的な(innovativeな)siRNAである核酸医薬品のインクリシラン(レクビオ®)が登場し、LDL-C値をベースラインから約50%以上の低下維持が容易になった 1)。しかしながら、虚血性心疾患の発症は明らかに低下したが、わが国において、LDL・酸化LDL仮説(図1)に基づき上記の薬剤の発展がなされたにもかかわらず、平成から令和と約35年経過し、「心疾患(高血圧性を除く)」による死亡数の低下が認められないとの結果である。それどころか、コロナ感染後急増している(図2)。致死的不整脈や心不全にも目を向ける必要もあるが、本稿では「心疾患」による死亡率の低下が認められない理由として、スタチン不耐に注目し、わが国で策定された『スタチン不耐に関する診療指針2018』 2)を中心に解説して述べる。 図1 LDL・酸化LDL仮説 LDL・酸化LDL仮説に基づく動脈硬化と内臓脂肪型肥満(メタボリックシンドローム)型動脈硬化とでは関与するリポ蛋白が異なる。 図2 わが国の死因別死亡数(厚生労働省: 人口動態調査、人口動態統計の概況より) 1.LDL-C管理達成率の低さの理由 「心疾患」による死亡率の低下が認められない理由として、LDL-C管理達成率の低さにあることも考えられる。達成率を上げ死亡率を低下させるため、わが国では過去ガイドラインが何度か2002年以来5年ごとに改訂が繰り返されてきた。しかしながら、改訂がなされるたびに、LDL-C管理達成率の低さがいつも大きな課題となっている。その背後にある理由として、スタチン不耐 3)、スタチン感受性(薬剤トランスポータなど)、他薬剤併用スタチン薬物動態、LDL-C測定分析、医師の動脈硬化への認識(捉え方)の違いなどを問題とする必要がある 4)。その中でも、スタチン不耐問題は深刻である。スタチン不耐患者の冠動脈CT所見は著しく重症である。速やかに対処しないと突然死する場合が多く、海外ではスタチン不耐患者の頻度は10~30%と高い。わが国では『スタチン不耐に関する診療指針2018』 2)による診断に当てはまらないスタチン服用困難者が多く、スタチン以外の代替薬の開発が急務とされてきた。ようやく、2025年11月にベンペド酸 5, 6)(ATPクエン酸リアーゼ阻害薬、ネクセトール®)が薬価収載された。この薬剤は低分子医薬品で比較的安価であるため、PCSK9抗体薬の次の一手として注目されている 7)。
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