今回の論文 Bohula EA, Marston NA, et al. : Evolocumab in Patients without a Previous Myocardial Infarction or Stroke. N Engl J Med. 2026; 394(2): 117-127. [PubMed] はじめに 本試験の正式な名称は「Effect of Evolocumab in Patients at High Cardiovascular Risk without Prior Myocardial Infarction or Stroke」ですが、略して「VESALIUS-CV」となっています。大規模臨床試験にはしゃれた名前をつけるのが恒例ですので、本試験も著者らが頭をひねってつけたと思われます。試験名にあるアンドレアス ヴェサリウス(Andreas Vesalius)は16世紀のブリュッセルの医師で、『人体の構造について(De humani corporis fabrica)』を著して近代解剖学の祖とされる人物です。その書の中で彼が詳細に血管系の解剖を記載したことが、その後のウィリアム ハーベイ(William Harvey)の血液循環説につながり、近代生理学が誕生しました。後述するように本試験の患者選択に際しては血管系の解剖(vascular anatomy)がかなり重視されているので、それでVesaliusが選ばれたのではと推測します。 エボロクマブは、わが国では商品名レパーサ®として販売されているPCSK9(proprotein convertase subtilisin-kexin type 9)阻害薬です。強力なLDL-C低下作用を持ち、家族性高コレステロール血症やスタチンで十分な効果が得られない患者に対して投与されています。これまで心血管イベントの既往を有する2次予防患者を対象に実施されたFOURIER試験において、エボロクマブの投与により心血管イベントの再発を有意に抑制することが示されています 1)。しかし、心血管イベントの既往を有さない一次予防患者に対する有効性は明らかではありませんでした。この点を解明するために行われたのが本試験です。
はじめに わが国の診断基準では、原発性骨粗鬆症は脆弱性骨折の有無と骨密度により診断することが示されている(表1)1)。従って、続発性骨粗鬆症などの骨密度低下を生ずる疾患や腰背痛を生ずる脊椎変性疾患との鑑別が重要となり(表2)、頻度と疾患の重篤性から考えると、好発年齢を原発性骨粗鬆症と共有する転移性脊椎腫瘍や多発性骨髄腫などとの鑑別が特に重要である。 これらは骨密度値のみでの鑑別は難しく、医療面接や臨床症状の聴取、種々の血液検査、画像検査所見など手順を踏んだ診断が必要となる。その結果、鑑別すべき疾患が除外できれば原発性骨粗鬆症の診断基準を適用して診断が確定する。 表1 原発性骨粗鬆症の診断基準(日本骨代謝学会, 日本骨粗鬆症学会合同原発性骨粗鬆症診断基準改訂検討委員会: 原発性骨粗鬆症の診断基準(2012年度改訂版). Osteoporosis Japan(日本骨粗鬆症学会雑誌). 2013; 21(1): 9-21, Soen S, Fukunaga M, et al. : Diagnostic criteria for primary osteoporosis: year 2012 revision. J Bone Miner Metab. 2013; 31(3): 247-257より) 表2 骨粗鬆症と鑑別が必要な疾患(骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン作成委員会(日本骨粗鬆症学会, 日本骨代謝学会, 骨粗鬆症財団)編: 骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2025年版.ライフサイエンス出版, 東京, p.33より) 1.骨粗鬆症診断の手順 骨粗鬆症の診療は、骨粗鬆症の臨床症状をもつ有症者、骨粗鬆症検診で要精密検査が必要と評価された被検者、続発性骨粗鬆症をはじめとする種々の疾患が疑われる患者などが対象となる。骨粗鬆症診断の手順をガイドラインに従うと、まず医療面接を行い、次いで身体診療、画像診断、骨代謝マーカーを含む血液・尿検査、骨評価の順に進める 1)。
はじめに 2007年に超高齢社会を迎えた日本では、2023年には高齢化率が29%を超え、今後も増加が見込まれている 1)。そのため、健康寿命の延伸と介護予防は、社会的急務であると言える。厚生労働省「国民生活基礎調査」(2022年)によると、要支援・要介護認定の原因として転倒・骨折が13.9%、関節疾患が10.2%、脊髄損傷が2.2%を占め、運動器障害全体では26.3%に達し、認知症や脳血管疾患を上回っている 2)。このため運動器の健康は、介護予防、自立高齢者の増加、すなわち健康寿命の延伸に極めて重要な課題と言える。 こうした状況を踏まえて、日本整形外科学会は2007年に加齢に伴う運動器の脆弱化を包括的にあらわす概念である「ロコモティブシンドローム」(以下ロコモ)を提唱した。ロコモは「運動器の障害のために移動機能の低下をきたした状態」と定義され 3)、転倒・骨折と同様に要支援・要介護の重大な危険因子であり、進行すると要介護状態への移行リスクが著しく増加する。 一方、骨粗鬆症による脆弱性骨折、中でも椎体骨折や大腿骨近位部骨折は、患者の運動機能を低下させ、死亡率も高めることが知られている。このため、骨粗鬆症は高齢期の健康や高齢者の自立の大きな阻害要因となっている。そして、骨粗鬆症とロコモは相互に悪化させ合う関係にある。骨粗鬆症は骨折リスクを高め、骨折は運動機能の低下や姿勢の変化をもたらすことで移動機能を低下させ、ロコモの発症や進行に直結する。逆に、ロコモの進行は筋力低下や易転倒性を招き、骨折リスクを高める。両者が単独で、あるいは相互作用的進行によって脆弱化が進み、フレイルに陥ることになる。 ロコモと骨粗鬆症は病態においても、予防・治療対策においても深く関連し合っており、内科医を含む幅広い診療科でその関係を理解し、日常臨床に生かすことが求められる。本稿では、ロコモおよびフレイルと骨粗鬆症の関連を整理し、骨折予防に向けた実践的視点を述べる。 1.ロコモティブシンドローム対策の重要性 ロコモは、進行すると要介護状態になるリスクが高くなる。Yoshimuraらは、地域在住高齢者を対象とした前向き研究(ROAD study)の6年間の追跡調査で、ロコモ度3該当者はロコモ非該当者に比べて、死亡リスクが3.78倍、要介護移行リスクが3.63倍と有意に高いことを報告している 4)。ロコモ度1、2では、こうした有意なリスク上昇はなかった。ロコモを早期に発見して、進行を予防することがいかに重要かを示す知見である。 同じYoshimuraらの横断研究では、ロコモとフレイルおよびサルコペニアとの関係も示されている。地域在住高齢者におけるロコモ、フレイル、サルコペニアの該当の有無を調べたところ、フレイル、サルコペニアの該当者は全てロコモ度1以上に該当していた 5)。ロコモ度2とフレイル、サルコペニアとの包含関係も同様であった。すなわち、ロコモの発症・進行を予防することは、フレイルやサルコペニアの予防にも直結する。ロコモ対策は、単に移動機能の低下を防ぐだけでなく、フレイルの予防戦略としても位置づけられる。 社会的な対策としても、厚生労働省の「健康日本21(第三次)」では「ロコモの高齢者の減少」が2035年度までに達成すべき目標のひとつに掲げられており、国を挙げての取り組みが進んでいる。
骨粗鬆症は、高齢化が進むわが国において、健康寿命の延伸や要介護予防を考える上で極めて重要な疾患である。骨折は、とりわけ高齢者のADLやQOLを著しく低下させるだけでなく、フレイルやロコモティブシンドロームの進行、さらには生命予後にも影響を及ぼすことが明らかとなってきている。そのため、骨折を未然に防ぐための適切な診断、治療、そして継続的な管理の重要性はますます高まっている。 この度、わが国の骨粗鬆症に関する指針が、『骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2025年版』として約10年ぶりに改訂された。この間、骨質評価技術や薬物療法は大きく進歩し、生活習慣病関連骨粗鬆症への理解も深まってきた。また、骨粗鬆症リエゾンサービス(OLS)や骨折リエゾンサービス(FLS)をはじめとする多職種連携の重要性が広く認識され、骨粗鬆症診療は「治療」のみならず、「予防」「継続的管理」「地域連携」を含めた包括的な医療へと発展してきている。 本特集では、「骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2025」―10年ぶりに改訂のポイントは―と題して、2025年版ガイドラインの改訂ポイントを中心に、最新の知見を第一線で活躍されているエキスパートの先生方にわかりやすく解説いただいた。その中では、ロコモティブシンドローム・フレイルと骨粗鬆症の関連性、骨粗鬆症の診断や骨評価法、骨粗鬆症の治療目標や治療戦略について新たな考え方を紹介いただいた。さらに、2型糖尿病や慢性腎臓病(CKD)、慢性閉塞性肺疾患(COPD)など生活習慣病関連骨粗鬆症への対応、最新の薬物療法とその適正な継続・変更・休薬の考え方についても詳述いただいた。加えて、医療スタッフに向けて、OLSや骨粗鬆症マネージャーの役割、そして今後の骨粗鬆症検診の方向性についても取り上げていただいた。 本特集が、医師のみならず、多職種で骨粗鬆症診療に携わる医療従事者の皆様にとって、ガイドライン改訂の意義を理解し、日常診療や地域医療の実践に役立つ一助となれば幸いである。ひいては、骨折予防を通じて健康寿命の延伸と高齢者のQOLの向上につながることを願っている。 著者のCOI(conflicts of interest)開示:⽵内靖博;講演料(協和キリン、アムジェン、帝⼈ファーマ)、小川純人;講演料(第一三共、ツムラ、エーザイ)、研究費・助成金(ツムラ) 本論文のPDFをダウンロードいただけます
はじめに 令和8年度診療報酬改定では、生活習慣病管理料(Ⅰ)・(Ⅱ)を中心に、療養計画書、検査確認、眼科・歯科連携、診療内容データ提出に基づく加算など、生活習慣病診療の質を評価する仕組みが整理された。 本稿では、生活習慣病管理料および糖尿病関連管理料について、対象患者、算定要件、包括範囲、別算定可能項目、施設基準、疑義解釈を整理し概説する。 1.B001-3 生活習慣病管理料(Ⅰ)について 1, 2)(表1) 生活習慣病管理料(Ⅰ)は、脂質異常症・高血圧症・糖尿病を主病とする患者を療養計画書に基づき総合管理する包括点数である。検査・注射も包括されること、在宅自己注射指導管理料算定中の糖尿病患者では算定不可であること、療養計画書交付、定期検査、眼科・歯科連携が重要なポイントとなる。 対象は、脂質異常症・高血圧症・糖尿病であり、病床数200床未満の病院または診療所で入院外の患者に算定する。同意を得て治療計画を作成し生活習慣に関する総合的な治療管理を行った場合に、月1回に限り算定する。 糖尿病を主病とする患者で、インスリン製剤など施設基準に示す注射薬を投与しており、かつ在宅自己注射指導管理料を算定している場合は、生活習慣病管理料(Ⅰ)は算定できない。また、初診料の算定月も算定できない。 生活習慣病管理料(Ⅰ)には以下が包括される。 外来管理加算 医学管理など 検査 注射 病理診断 ただし、以下の管理料は別算定である。 糖尿病合併症管理料 がん性疼痛緩和指導管理料 外来緩和ケア管理料 糖尿病透析予防指導管理料 慢性腎臓病透析予防指導管理料 初回算定時は、療養計画書を用いて、栄養・運動・休養・喫煙・飲酒・服薬などの総合的管理について説明し同意を得る。交付した療養計画書の写しは、診療録に添付する。継続算定時は、内容に変更がなければ毎回交付は不要であるが、概ね4月に1回以上は交付する。血液検査結果を別紙で交付している場合や、電子カルテ情報共有サービスで共有している場合は、療養計画書内の血液検査項目は省略可能である。 必要な血液検査は6月に1回以上行う。他院で実施した検査結果を参照できる場合は、自院での検査に限らず、参照した検査結果を診療録に記録する。 各加算の要件は以下のとおりである。 血糖自己測定指導加算:2型糖尿病・インスリン未使用・年1回 充実管理加算1:データ提出・実績要件あり 充実管理加算2:データ提出・実績要件あり 充実管理加算3:データ提出要件あり 眼科医療機関連携強化加算:糖尿病患者で眼科連携・年1回 歯科医療機関連携強化加算:糖尿病患者で歯科連携・年1回 血糖自己測定指導加算の対象は、2型糖尿病でインスリン製剤を使用していない中等度以上の糖尿病患者である。中等度以上とは、算定月または前月のHbA1cが、JDS値 8.0%(NGSP値 8.4%)以上の場合である。血糖自己測定器を用いて月20回以上自己測定させ、その検査値や生活状況を報告させ、指導内容を療養計画に反映する。血糖試験紙、穿刺器、穿刺針、測定機器など、血糖自己測定に係る費用は加算点数に含まれ、別算定できない。
Q&A編はこちら はじめに ビタミンD自体は栄養素である。皮膚で生合成、ないし食事中から摂取されたビタミンDは、体内で2段階の水酸化の過程を経て、活性型ビタミンDとなる。ビタミンDを理解する上で重要なのは、この活性型ビタミンDが体内において、ホルモンとして作用するという点である。活性型ビタミンDは、ビタミンD受容体(vitamin D receptor:VDR)に結合することでその作用を発揮する。主たる作用は、腸管からのカルシウム吸収を促進することであり、これにより骨の成長・石灰化を促す。活性型ビタミンDには、細胞の分化誘導作用もあり、破骨細胞を増加させて骨吸収を促進する作用もある。ホルモンとしての活性型ビタミンDは、副甲状腺ホルモン(parathyroid hormone:PTH)や線維芽細胞増殖因子23(fibroblast growth factor 23:FGF23)とも相互作用する。 実臨床においては、ビタミンD欠乏がさまざまな病態と関連することが明らかとなっている。ビタミンD欠乏の病態でよく知られているのは、くる病・骨軟化症である。そもそもビタミンD欠乏性くる病という病態に対して、日光照射と肝油が有効であることが明らかとなり、肝油の中からくる病を治癒できる成分としてビタミンDが同定されたという歴史的背景がある。本邦では、長らくビタミンDの充足状態を評価できる血清25-水酸化ビタミンD[25(OH)D]濃度測定が保険未収載であったが、2016年より保険適用となった。本稿では、まずビタミンDの代謝の話題から入り、次いでビタミンD欠乏の病態から血中濃度測定の意義について解説した後、ビタミンD補充療法の実際について述べる。最後に、ビタミンD欠乏が関係する病態として、骨粗鬆症と原発性副甲状腺機能亢進症を取り上げる。 1.ビタミンDの代謝 栄養素としてのビタミンDが、体内でどのように代謝され、活性型ビタミンDとしてホルモン作用を発揮するようになるのかについて概説する。まず、ビタミンDには、側鎖の違いで植物由来のビタミンD2と動物由来のビタミンD3がある(図1)。ちなみに、ビタミンD2はきのこ類に多く存在するが、きのこは生物学的には菌類に分類されるため、植物由来というのは正確ではないかもしれない。一方、ビタミンD3は魚類に多く含まれる。ヒトにおいては、ビタミンD2もD3もほぼ同等の効果を示す。ビタミンD3については、食事中から摂取されるのみならず、ヒトでは皮膚で生合成される点も重要である。皮膚にはコレステロール生合成の最終中間体としてプロビタミンD3が存在し、紫外線(UV-B)の照射により、プレビタミンD3から最終的にビタミンD3が生合成される。 皮膚で生合成されたビタミンD3、および食事中から摂取したビタミンD(ここではD2、D3とも)は、肝臓においてCYP2R1あるいはCYP27A1によって25位が水酸化され、25(OH)Dとなる。さらに、25(OH)Dは腎臓においてCYP27B1によって1α位が水酸化され、活性型ビタミンDである1,25-水酸化ビタミンD[1,25(OH)2D]となる 1)。1,25(OH)2Dは、ビタミンDの異化代謝酵素であるCYP24A1を誘導し、24位が水酸化されると、1,24,25-水酸化ビタミンD[1,24,25(OH)3D]となり、自らを不活化し、最終的に胆汁中へ排泄される。この不活化酵素であるCYP24A1は、25(OH)Dも基質とするため、24,25-水酸化ビタミンD[24,25(OH)2D]として不活化される経路も存在する(図2)。 ビタミンDの生理作用のほとんどは、核内受容体として機能するVDRを介した1,25(OH)2Dの作用である 2)。一方、25(OH)Dは、活性型ビタミンDではないものの、PTHの産生・分泌調節作用や骨折・転倒予防作用、さらには心血管疾患および免疫系疾患との関係性が報告されている。これは、局所に存在するCYP27B1による局所でのビタミンDの活性化機構や、VDRを介さない25(OH)Dの作用機序が存在するものと考えられている 3)。
はじめに わが国における死因の第1位はがんであり、第2位は心疾患である。近年のがん治療の進歩により、がん患者の予後は改善し生存期間が延長した。その結果、がんサバイバーにおいて、心疾患が主要死因の一つとして重要性を増している。高血圧や抗がん剤などの心毒性物質への曝露は心不全ステージA(心不全リスク)に位置づけられ、がん診療の全過程を通じた心血管リスク管理の必要性が強く認識されるようになった。 このような背景のもと、「腫瘍循環器学(Onco-cardiology)」という学術領域が発展してきた。2000年に米国で最初のOnco-cardiology unitが設置されて以降、本領域は急速に拡大し、わが国においても2011年に大阪で腫瘍循環器外来が開設されて以来、全国的に診療体制の整備が進んでいる。 さらに近年では、高血圧に焦点を当てた新たな概念として「がん高血圧(Onco-hypertension)」が注目されている。日本高血圧学会(The Japanese Society of Hypertension:JSH)は2021年に世界に先駆けてこの概念を提唱し 1)、がんと高血圧の関連性に関する研究を推進してきた。一方、米国心臓協会(American Heart Association:AHA)は、2023年にがん治療関連高血圧の病態や臨床的課題を整理し、治療前・治療中・治療後の各フェーズにおける血圧管理の重要性を提示している 2)。JSH主導の近年の研究から、がんや抗がん治療が高血圧を誘発するのみならず、高血圧自体もがんの発症や進展に影響を与える可能性が示唆されており、両者の双方向性の関係が新たな研究テーマとして浮上している 3)。 ガイドラインの整備も進んでおり、2022年には欧州心臓学会(European Society of Cardiology:ESC)から『2022 ESC Guidelines on cardio-oncology』が公表され 4)、国内でも2023年に『Onco-cardiologyガイドライン』が刊行された 5)。さらに、2025年の『高血圧管理・治療ガイドライン2025(JSH2025)』では初めてがん患者における血圧管理が体系的に取り上げられている 6)。このように本領域は急速に体系化されつつあるものの、特に「がん高血圧」に関しては、介入研究に基づくエビデンスが乏しく、実臨床における最適な血圧管理戦略はいまだ確立されていない。 このような状況の中で、筆者らは横浜市立大学附属病院において2024年に腫瘍循環器外来を開設し、がん患者における心血管リスク評価および血圧管理を含めた包括的診療を行うとともに、実臨床データに基づく研究を進めてきた。これらの取り組みは、がん診療の各フェーズにおける血圧管理の重要性を再認識させるとともに、既存エビデンスの限界と新たな課題を明らかにしている。 本稿では、これまでに蓄積された腫瘍循環器およびがん高血圧に関するエビデンスを整理・統合するとともに、筆者らの臨床・研究活動を踏まえ、今後の研究課題と展望について概説する。 1.がん高血圧(Onco-hypertension)とは 1)がん患者の高血圧リスク がん治療の進歩によりがん患者全体の寿命が延長し、5年相対生存率は64.1% 7)、半数以上のがん患者が10年以上生存する時代となった 8)。がん患者およびがんサバイバーにおいては、高血圧症の有病率が一般集団よりも高いことが報告されており、AHAはがん治療前・中・後における管理の必要性を提唱している 2)。国内の疫学ビッグデータ解析でも、がんの既往がある人は高血圧発症リスクが高いことが確認されている。がんの既往歴のある患者78,162人とがんの既往歴のない3,692,654人を対象として、高血圧の発症率の比較が行われた。がんの既往歴がある人は高血圧を発症するリスクが高く(ハザード比〔HR〕=1.17, 95%信頼区間〔CI〕:1.15~1.20)、早期の抗がん剤治療を必要としたがん患者の高血圧リスクはより高い(HR=2.01, 95%CI:1.85~2.20)が、早期に抗がん剤治療を行わないがん患者でも高血圧のリスク上昇がみられた(HR=1.14, 95%CI:1.12~1.17) 9)。この結果は、抗がん剤治療のみでなく、がん自体でも高血圧リスクが上昇する可能性を示している。がんが高血圧を生じる機序としては、微小血管減少、性ホルモン減少に伴う血管拡張反応の障害と血管収縮作用の増強、血管内皮機能障害による一酸化窒素(Nitric Oxide:NO)シグナル伝達の障害とそれに伴う酸化ストレスの増加が考えられる 10)。日本人の主要ながんである乳がん、大腸がん、胃がんの既往歴を持つ33,991人を対象とした疫学ビッグデータ解析では、高血圧診断基準よりも低い高値血圧(130~139/80~89mmHg)の段階から心不全発症リスクが上昇していた。さらに血圧上昇に伴い、心筋梗塞、狭心症、脳卒中、心房細動の発症リスクも上昇しており 11)、がん患者における血圧管理の重要性を示唆している。
Q&A編はこちら はじめに 糖尿病診療におけるコミュニケーションは、主に糖尿病のある人への関わりと糖尿病チーム内での関わりの2つに分けて考えると理解しやすいだろう。両者は対象こそ異なるが、「聴く」「伝える」といった基本スキルや、相手を尊重し協働する姿勢といったマインドなど、多くの共通点がある。また、動機付け面接(Motivational Interviewing:MI)やコーチングといったスキルの習得も有益であり、これらは共通する方向性を持つため、いずれからでも学びやすいだろう。さらに、心理的ケアの重要性を理解し、認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy:CBT)的な視点などの心理的アプローチを取り入れることで、治療が難渋する状況やコミュニケーションの改善が期待される。本稿では、糖尿病のある人への具体的な関わり方や、糖尿病チーム内で効果を上げた取り組み例を交えながら情報を共有する。なお、本領域は評価が難しく、エビデンスは蓄積途上である点に留意が必要である。 1.糖尿病診療におけるコミュニケーション 1)これまでのコミュニケーション 従来の糖尿病診療では、医療者が一方的に生活習慣の変更を指示したり、合併症リスクを強調して行動変容を促す関わりが行われてきた。しかし、糖尿病のある人は「わかっていてもできない」状況にあることが多く、知識の提供だけでは行動変容につながりにくいことが指摘されている 1)。また、恐怖を強調する説明はスティグマや抑うつを強め 2)、画一的な指導や傾聴の不足は不満や不信感を招き、さらに、治療意欲の低下や関係性の悪化を招くとされている。
はじめに 高血圧は脳卒中、心不全、冠動脈疾患などの主要な心血管イベントの最も重要な修正可能な危険因子の一つであり、その適切な管理は健康寿命の延伸に直結する。近年、降圧薬の進歩やガイドラインに基づく治療戦略の普及により、一定程度の血圧コントロールは可能になった。しかしながら、実臨床においては依然として一定割合の患者で目標血圧の達成が困難であり、特に複数薬剤を用いてもコントロール不良な「治療抵抗性高血圧」は、心血管リスクが高い集団として重要な臨床課題である。 本稿では、治療抵抗性高血圧の定義、成因、診断のポイント、ならびに最新の治療戦略について概説する。 1.治療抵抗性高血圧の定義 治療抵抗性高血圧は、利尿薬を含む異なるクラスの3剤の降圧薬を用いても目標血圧に到達しない状態と定義される。また、5剤以上を用いても血圧が目標に達しない高血圧は難治性高血圧と分類される。 重要なのは、この診断が診察室血圧のみでは不十分であり、家庭血圧や自由行動下血圧測定(ABPM)による評価が必須である点である。いわゆる白衣高血圧や測定条件の不備による「偽性治療抵抗性高血圧」を除外することが、適切な診断の前提となる。 前向き観察研究であるJAMP研究では、ABPMにより診断された真の治療抵抗性高血圧(診察室血圧140/90mmHg以上かつ24時間血圧130/80mmHg以上)は、偽性治療抵抗性高血圧と比較して、心血管イベントおよび心不全発症の独立したリスク因子であることが示されている 1)。この知見は、診断精度の向上がそのまま予後評価に直結することを示唆している。
はじめに 二次性高血圧とは特定の原因によって発症する高血圧である。原因を同定して治療が行えた場合、効果的に血圧を下げることができる疾患が多いことから、適切な診断が重要である。二次性高血圧が疑われる患者の特徴として、電解質異常を伴う、若年発症、治療抵抗性、若年で脳心血管障害を発症した例が挙げられる。このような背景のある高血圧患者では、二次性高血圧を疑い表1に記載したスクリーニング検査を検討する必要がある。本稿では、頻度が高い、あるいは見逃した場合の影響が大きい内分泌性高血圧として、原発性アルドステロン症、クッシング症候群、軽度自律性コルチゾール過剰分泌(mild autonomous cortisol secretion:MACS)、褐色細胞腫・パラガングリオーマについて述べる。 表1 二次性高血圧のスクリーニング方法 画像をクリックすると拡大します 表1 二次性高血圧のスクリーニング方法 $(".r08_0055_h1").modaal(); 1.原発性アルドステロン症(PA) 1)概要 PAは副腎からアルドステロンが過剰に産生されることにより発症し、全高血圧の5~10%程度と考えられている。また、脳心血管イベントや心房細動などの不整脈、慢性腎臓病などの合併症をきたしやすい。低カリウム血症(利尿薬投与の有無によらない)、治療抵抗性高血圧、40歳未満の発症、未治療高血圧(150/100mmHg以上)、副腎腫瘍、若年での脳卒中、睡眠時無呼吸症候群などではスクリーニング検査が必要である。PAは片側性(アルドステロン産生腺腫など)と両側性(特発性)に大別され、片側性では血圧コントロールに難渋し、低カリウム血症をきたすことも多い。PAに関する本邦のガイドラインとして、日本内分泌学会が作成したもの 1)や、日本高血圧学会が作成したもの 2)があるが、いずれも実地診療上の大きな相違はない(図1)。
はじめに 近年、糖尿病、肥満、慢性腎臓病、心血管疾患は相互に密接に関連する病態として統合的に理解されるようになり、「心・腎・代謝症候群(cardiovascular-kidney-metabolic〔CKM〕syndrome)」という概念が提唱されている 1)。 このような背景から、近年ではこれらを個別に管理するのではなく、全身の代謝・循環動態の異常として統合的に捉える必要性が強調されている。特に、肥満を基盤としたインスリン抵抗性は2型糖尿病の発症に関与し、持続する高血糖は腎糸球体障害を惹起し、さらに腎機能低下は体液量増加やレニン・アンジオテンシン・アルドステロン(RAA)系の活性化を介して高血圧を増悪させる。このように、これらの疾患は悪循環を形成するため、その管理においては包括的かつ多面的な介入が不可欠であり、それらについて概説する 2, 3)。 1.糖尿病 糖尿病の診断は、慢性的な高血糖状態の存在を確認することにより行われる。具体的には、空腹時血糖値126mg/dL以上、随時血糖値200mg/dL以上、75g経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)2時間値200mg/dL以上、またはHbA1c 6.5%以上のいずれかを満たす場合に糖尿病と診断される。ただし、これらの所見は一過性の高血糖である可能性もあるため、原則として別日に再検査を行い、持続的な高血糖状態であることを確認する必要がある。なお、典型的な高血糖症状(口渇、多飲、多尿、体重減少など)を伴う場合や、明らかな高血糖が認められる場合には、1回の検査でも診断に至ることがある 4)(図1)。 糖尿病の評価は、単に血糖値の管理状況を把握するだけでなく、合併症の有無や進展度、さらには心血管リスクを含めた全身状態を総合的に評価することが重要である。 まず血糖管理の指標としてはHbA1cが用いられ、過去1〜2カ月の平均血糖を反映するため、治療効果の判定や長期管理において中心的な役割を果たす。また、持続グルコースモニタリング(CGM)を用いることで、血糖の日内変動や低血糖の有無を詳細に把握することができるようになった。 次に、慢性的な高血糖による合併症の評価が不可欠である。代表的なものとしては、網膜症、腎症、神経障害が挙げられ、それぞれ眼底検査、尿中アルブミン測定や推算糸球体濾過量(eGFR)、神経学的検査によって評価される。これらの合併症は早期には無症状で進行することが多いため、定期的なスクリーニングが重要である。 糖尿病の管理目標は、単に血糖値を正常化することにとどまらず、合併症の発症および進展を予防し、健康寿命を延伸することにある。その中心となる指標はHbA1cであり、一般的には7.0%未満が基本的な目標とされる。これは細小血管合併症(網膜症、腎症、神経障害)の発症リスクを低減する水準として設定されている。一方で、若年者や罹病期間が短く、低血糖のリスクが低い症例では、より厳格な管理としてHbA1c 6.0%未満を目指すこともある。逆に、高齢者や重篤な合併症を有する症例、低血糖のリスクが高い場合には、安全性を優先しHbA1c 8.0%未満程度とするなど、個々の患者背景に応じた目標設定が重要である。 糖尿病を合併する高血圧の管理においては、その合併症である細小血管障害や大血管障害を予防し、改善するためにより積極的かつ包括的な血圧管理が求められる。『高血圧管理・治療ガイドライン2025』では、このような高リスク背景を踏まえ、糖尿病合併例においては原則として診察室血圧130/80mmHg未満(家庭血圧125/75mmHg未満)が目標とされている。血圧が140/90mmHg以上であれば、直ちに降圧薬を開始するが、130~139/80~89mmHgでは1カ月を超えない範囲で生活習慣の改善による降圧を試みてもよいとされており、早期に目標血圧へ到達し、それを持続的に維持することが推奨されている。 降圧薬の選択に関してはほかの病態と同様に、カルシウム(Ca)拮抗薬やレニン・アンジオテンシン系阻害薬(アンジオテンシン変換酵素〔ACE〕阻害薬、アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬〔ARB〕)、サイアザイド系利尿薬を選択することになるが、微量アルブミン尿(30mg/gCr以上)または蛋白尿(0.15g/gCr以上)の合併がある場合には個別に対応し、腎症の進行抑制を目的にレニン・アンジオテンシン系阻害薬(ACE阻害薬またはARB)の投与を検討することとなる。必要に応じてCa拮抗薬や利尿薬を併用し、確実な降圧を図ることが求められる 5)。
ポイント 副甲状腺機能低下症に対する従来治療は、活性型ビタミンD製剤の経口投与が中心であり、血清カルシウム(Ca)濃度を上昇させることを目的として行われてきた。 従来治療では腎石灰化や腎機能悪化のリスクが指摘されており、尿中Ca排泄を過度に増加させないよう、血清Ca濃度は低めに管理される。 本邦では2025年8月に、PTH補充療法であるパロペグテリパラチドが承認された。 従来治療と比較して、パロペグテリパラチドによる治療では血清Ca濃度の正常化を目指すことができ、さらに腎機能の保持および骨代謝の正常化も期待される。 1.総論 1)副甲状腺機能低下症について 副甲状腺ホルモン(parathyroid hormone:PTH)は、骨芽細胞を介して破骨細胞を活性化し、骨吸収を促進することで、細胞外液中にカルシウムイオン(Ca2+)を遊離させる。さらに、腎遠位尿細管ではCa2+の再吸収を促進し、近位尿細管ではリン(P)の排泄を促進するとともに、25-ヒドロキシビタミンDの1α位水酸化を促進してビタミンDを活性化する。活性化されたビタミンDは腸管からのCa吸収を促進する。 PTH作用不全では低Ca血症および高P血症を呈し、その病態はPTH分泌低下による副甲状腺機能低下症と、PTH不応性による偽性副甲状腺機能低下症に大別される。本稿では前者について述べる。 本邦における副甲状腺機能低下症の患者数は人口10万人あたり38.3人(約48,500人)とされ、原因としては頸部手術(甲状腺摘出術など)に伴う術後性のものが大部分を占める 1)。その他、先天性や自己免疫性なども原因として知られており(図1)、近年では免疫チェックポイント阻害薬に伴う免疫関連有害事象も原因として報告されている。また、マグネシウム(Mg)欠乏はPTH分泌低下とPTH不応性の両面からPTH作用不全の原因となる。 副甲状腺機能低下症の症状は主として低Ca血症に起因し、小児ではけいれん、成人ではテタニー症状を呈することが多い。ただし、慢性経過では低Ca血症の自覚症状を欠く場合もあり、大脳基底核の石灰化などを契機に診断されることもある。
はじめに 甲状腺は首の前方で甲状軟骨のやや下にあり、左右の葉とそれをつなぐ峡部からなる。ちょうど蝶が羽を広げたような形で気管を抱き込むよう存在している。男性は女性よりも低い位置にある。甲状腺の解剖を理解することは、手術の理解を深めるとともに超音波検査やCT、MRIなどの画像診断の理解を深めることにもつながる。また、穿刺吸引細胞診や太針生検を安全に施行するには、甲状腺の解剖を十分理解することが重要となる。本稿では甲状腺の局所解剖、触診の基本動作や正常甲状腺の病理組織像を中心に解説する。 1.甲状腺の局所解剖 1)位置と大きさ 甲状腺は通常、第2・3気管軟骨の前面に位置している。Berry靭帯で甲状腺は気管に固定されており、葉の後外側はZuckerkandl結節と呼ばれ、その背側を反回神経が走行している。片葉の大きさは、健常成人で縦径4~5cm、横径1~2cm、厚さ1~2cmで、重さは約10~15gの内分泌臓器である。
はじめに 腎実質性高血圧や腎血管性高血圧は、特定の原因によりもたらされる二次性高血圧の原因として重要であり、加齢に伴い頻度が増える。本邦の『高血圧管理・治療ガイドライン2025(JSH2025)』は、主な二次性高血圧とそれを示唆する病歴・症状・身体・検査所見・鑑別・診断確定に必要な検査を示している(表1) 1)。 本稿では、腎実質性高血圧、腎代替療法を必要とする慢性腎臓病(chronic kidney disease:CKD)(維持血液透析)、腎血管性高血圧について、高血圧の病態ならびに診断方法、降圧目標値、推奨される降圧薬を、また、レニン・アンジオテンシン(RA)系阻害薬を投与する場合の注意点や高カリウム血症への対処法などを概説する。 表1 二次性高血圧の原因疾患と示唆する所見、鑑別に必要な検査(日本高血圧学会高血圧管理・治療ガイドライン委員会編: 高血圧管理・治療ガイドライン2025. ライフサイエンス出版, 東京, 2025, p.199, 表15-1より転載) 画像をクリックすると拡大します 表1 二次性高血圧の原因疾患と示唆する所見、鑑別に必要な検査(日本高血圧学会高血圧管理・治療ガイドライン委員会編: 高血圧管理・治療ガイドライン2025. ライフサイエンス出版, 東京, 2025, p.199, 表15-1より転載) $(".r08_0053_h1").modaal(); 1.腎実質性高血圧 1)疾患概念・疫学 腎障害は血圧を上昇させ、また高血圧は腎障害を進展させることから、腎障害と高血圧の間には密接な関係がある。腎疾患の原因にかかわらず、腎機能の低下に従って血圧は上昇し、腎不全になればしばしば治療抵抗性高血圧を呈する。腎実質性高血圧は腎の実質性疾患に伴い発症する高血圧であり、原疾患は、糸球体疾患(糸球体腎炎や糖尿病性腎症など)と間質性腎疾患(腎盂腎炎や多発性嚢胞腎など)に大別される。二次性高血圧の中では頻度が高く、高血圧全体の2~5%とされている 1)。
編集部の手違いにより図の一部に誤りがあり、2026年9月3日に訂正いたしました。著者原図の記載は正しく、これに基づいて訂正のうえ、著者および読者の皆様に深くお詫び申し上げます。 糖尿病・内分泌プラクティスWeb 編集部 正誤表は下記に掲載しております。https://doi.org/10.57554/2026-0052c はじめに 1991年、WHOと国際高血圧学会は、生活習慣修正の一環として、低・中強度の有酸素運動を高血圧患者に初めて正式に推奨した。以後、国内外の診療ガイドラインにおいて、有酸素運動は高血圧治療の基本である。「EIM(Exercise is Medicine)」とは米国スポーツ医学会が2007年に提唱したプロジェクトで、「運動不足」は健康リスクであり、「適切な運動は、多くの慢性疾患の予防・治療に有効である」という考えから、薬と同様に「運動を処方する」概念である。本稿では、運動の高血圧および心血管機能に対する効果について、最新の知見を交えて紹介する。 1.運動の種類と降圧効果 臨床現場で指導される運動には、有酸素持久運動(速歩やスロージョギングなど)、動的レジスタンス運動(ダンベルやゴムチューブを用いた運動や自重を利用したスクワット、腕立て伏せなど)、静的レジスタンス運動(握力運動など)、バランス運動、およびこれらを組み合わせた複合運動がある。同じ種類の運動であっても、個人の体力や運動強度により、有酸素運動と無酸素運動が混在する。レジスタンス運動でも負荷を減らし、回数と時間を増やせば有酸素運動の要素が多くなる。水中歩行やベンチステップ運動は、有酸素運動とレジスタンス運動の両者の効果を有する。 近年、有酸素運動とともに動的・静的レジスタンス運動や複合運動も高血圧患者に推奨されている。2023年8月までに報告された、成人高血圧患者を対象とした、運動(有酸素、動的レジスタンス、静的レジスタンス、複合)と非運動のランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial:RCT)84件、5,065例のメタ解析では、運動群で収縮期血圧-7.52mmHg、拡張期血圧-4.36mmHg有意に低下し、運動の種類による降圧効果に差はなかった(図1)1)。一方、2023年2月までに報告された、背景の異なる成人を対象にさまざまな運動と非運動とのRCT 270件、15,827例のネットワークメタ解析では、いずれの運動にも降圧効果を認め、特に静的レジスタンス運動で降圧効果が大きかった(図2)2)。 また、前高血圧の成人20例を対象に、最大酸素摂取量の50%強度の歩行を10分4回と40分1回をクロスオーバーデザインで実施し、運動後12時間の血圧の推移を測定した研究では、収縮期および拡張期血圧の低下は、10分4回群で有意に遷延した(図3)3)。さらに、治療抵抗性高血圧患者140例を対象に、1時間の教育指導を行った群(SEPA)と4カ月間、施設での監視下運動療法を含む心臓リハビリテーションを行った群(C-LIFE)を比較した試験では、C-LIFE群で診察室血圧および24時間平均血圧は有意に低下した(図4)4)。従って、いずれの運動であっても、また10分間の短時間の運動の積み重ねであっても、十分な降圧効果は得られる。運動療法は、治療抵抗性高血圧に対しても有効なアプローチである。
はじめに 高血圧の予防や管理・治療において、生活習慣の改善は根幹である。しかし、その実践や継続が難しいことは日々の診療において痛感する。この点を少しでも克服すべく医療スタッフに役立つよう『高血圧管理・治療ガイドライン(JSH2025)』に則った食事を中心とする生活習慣改善のポイントを解説する。 1.食塩制限(減塩) 1)わが国の食塩摂取量の現状と集団的アプローチ 令和6年国民健康・栄養調査 1)によると、2024年の日本人の食塩摂取量は9.6g(男性10.5g、女性8.9g)と、ここ10年程は横ばいで推移している。この値はいまだ日本人の食事摂取基準2025年版 2)における目標量(男性7.5g、女性6.5g)とは2~3g、日本高血圧学会の目標値6g/日未満 3)とは3~4g、さらにWHOの目標 4)とは約5gの隔たりがある(図1)。この隔たりを解消するには、ライフコース(ゆりかごから墓場まで)を通した減塩に対する啓発を学校、職域、住民組織、マスメディア、ソーシャルメディアなどのあらゆる場面と手法を用いて実施すべきである。また、特定健診などの健診受診者に対する啓発や情報提供も必要である。実際、集団対象への減塩介入による食塩摂取量、尿中ナトリウム(Na)排泄量、および血圧を評価項目としたシステマティック・レビューでは、減塩介入により成人の収縮期・拡張期血圧、食塩摂取量、尿中Na排泄量を有意に低下させることがJSH2025内で示されている 3)。加えて、食品・食事中の食塩量の低減を中心とした食環境整備も減塩を実践する上では欠かせない。日本高血圧学会は、2013年より減塩食品を審査し「JSH減塩食品リスト」を公開しているが、リスト掲載品の減塩量(従来品に比し)は2024年で1,156トン、売上高は559億と順調に増加傾向である 5)(図2)。こういった産学連携の取り組みが続けられ、さらに広がることで低塩社会が形成されれば個人が労さずとも減塩が可能となる。
2025年、日本の高血圧診療の新たな指針となる『高血圧管理・治療ガイドライン2025(JSH2025)』が発刊された。この新ガイドラインは、血圧の管理目標値の提示にとどまらず、高血圧診療を幅広く捉え、社会の中に根づくことができるように作成されている。そのガイドラインの発刊から1年が経過した今、臨床現場ではその理念をいかに実診療に落とし込み、個々の患者にとって最適な治療を構築するかが問われている。その中で、近年話題となっている心血管疾患、腎臓病、そして代謝異常が互いに深く関与し合う「心・腎・代謝連関」の視点も交えた高血圧診療の実践が求められるようになってきた。 本特集は、そうした観点からJSH2025の核心を深く理解し、日常診療の質をさらに高めることを目的に企画された。各領域の第一線で活躍するエキスパートの先生方に、ガイドラインの重要なエッセンスとともに、臨床現場で直面する課題への具体的なアプローチをわかりやすく、かつ深く解説していただいた。 本特集が想定する活用場面は多岐にわたる。例えば、生活習慣修正の指導において、従来の塩分制限に加え、スマートフォンアプリやウェアラブルデバイス、AIなどのデジタル技術をどう活用すべきかについて、本特集の解説がよい指針となることが期待される。また、運動処方の具体的な強度や安全管理、臨床現場での実践的な取り組みについても詳述されている。さらに、合併症を抱える患者への対応にも広く焦点を当てている。わが国で5人に1人が罹患している慢性腎臓病(CKD)患者へのレニン・アンジオテンシン系阻害薬の投与やカリウム管理、あるいは近年の新薬(SGLT2阻害薬、GLP-1受容体作動薬など)を用いた糖尿病・肥満を伴う高血圧治療など、最新のエビデンスに基づいた薬剤選択のポイントを掴むことができる。また、見逃されがちな二次性高血圧の早期診断や専門医への紹介のタイミング、2026年から開始された腎デナベーションを含む治療抵抗性高血圧への最新戦略、そしてがん治療の進歩に伴い注目を集める「Onco-Hypertension」への多職種連携など、本特集はまさに現代の臨床医が直面する「一歩踏み込んだ高血圧診療の悩み」に応える内容となっている。 日々の診療の傍らに、あるいはチーム医療における知識共有のツールとして、本特集がJSH2025の理念を臨床現場で具現化するための一助となれば幸いである。 著者のCOI(conflicts of interest)開示:柴田洋孝;講演料(第一三共、バイエル薬品、アストラゼネカ)、田中敦史;講演料(持田製薬、アムジェン、大塚製薬、ノボ ノルディスク ファーマ)、奨学(奨励)寄附(ブリストル マイヤーズ スクイブ) 本論文のPDFをダウンロードいただけます
はじめに 2026年度診療報酬改定 1, 2)は、医療機関の経営改善、医療従事者の賃上げおよび物価上昇への対応を目的として、全体で+3.09%(2年平均)の引き上げが行われた。一方で、後発医薬品の使用促進、在宅医療の適正化、長期処方およびリフィル処方の推進などを通じて医療の効率化が図られ、薬価は▲0.87%の引き下げとなった。さらに、賃上げの実効性確保、医師偏在対策、医療機関の経営情報の可視化を進めるとともに、経済・物価動向に応じた追加的な調整や費用対効果評価の活用などにより、医療制度の持続可能性の強化が図られた。 本稿では、これらの改定のうち、糖尿病および内分泌に関連する医科診療報酬点数表の見直しについて、主な改定項目を中心に概説する。 1.個別改定項目について 3, 4)(表1) 2026年度診療報酬改定は、 Ⅰ 医療従事者の確保と働き方改革、 Ⅱ 医療機能の分化・連携と地域包括ケアの推進、 Ⅲ 安全・質の高い医療とDXの推進、 Ⅳ 後発医薬品の活用などによる制度の効率化・持続可能性の確保、 これらの4本柱で構成されている。そして表1に赤字で示すように、糖尿病に係る主な改定項目として、以下が挙げられる。 「Ⅱ-1-1」では「⑯短期滞在手術など基本料の見直し」 「Ⅱ-3」では「②生活習慣病管理料(Ⅰ)および(Ⅱ)の見直し」および「④地域包括診療加算などの見直し」 「Ⅱ-5-1」では「⑦在宅療養指導管理材料加算の算定要件の見直し」 「Ⅲ-1」では「⑥遺伝性疾患に係る療養指導に対する評価の見直し」および「⑦遺伝学的検査の見直し」 「Ⅲ-2-1」では「②診療実績データの提出に係る評価の見直し」 「Ⅲ-5-4」では「④精神科慢性身体合併症管理加算の新設」 「Ⅳ-1」では「②バイオ後続品使用体制加算の見直し」 これらが糖尿病に係る改定項目である。
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