はじめに 下垂体は、原始口腔外胚葉より生じる前葉(腺性下垂体)と、第三脳室漏斗部より生じる後葉(神経性下垂体)、漏斗部などから構成される内分泌器官である。下垂体前葉には、各種の下垂体前葉ホルモンを産生分泌する細胞と濾胞星状細胞が存在する。下垂体前葉では、成長ホルモン(growth hormone:GH)、乳汁分泌刺激ホルモン・プロラクチン(prolactin:PRL)、副腎皮質刺激ホルモン(adrenocorticotropic hormone:ACTH)、甲状腺刺激ホルモン(thyroid stimulating hormone:TSH)、性腺刺激ホルモン・ゴナドトロピン(gonadotropin)、卵胞刺激ホルモン(follicle stimulating hormone:FSH)および黄体形成ホルモン(luteinizing hormone:LH)が産生分泌される。視床下部では、これらの前葉ホルモンの産生・分泌促進ないしは抑制因子が産生され、これら視床下部ホルモンは下垂体門脈系に放出され下垂体前葉に到達する。下垂体後葉からは、抗利尿ホルモン(バソプレシン、antidiuretic hormone:ADH)、オキシトシンが分泌される。本稿では、これら下垂体前葉・後葉について概説する。 1.視床下部・下垂体・標的器官 下垂体前葉ホルモンとそれらを制御する視床下部ホルモン、分泌刺激因子・抑制因子、臨床症状(過剰症・欠損症)についてその概要を表1に提示する。下垂体ホルモンは、視床下部ホルモンと標的器官ホルモンとのポジティブないしネガティブフィードバックを受けているため、下垂体ホルモンとともに標的器官ホルモンを測定する必要がある。また、下垂体ホルモンは、年齢・性・睡眠・妊娠・日内変動などさまざまな生理的因子によりその値が変動する。 表1 視床下部・下垂体・標的器官の概要 画像をクリックすると拡大します 表1 視床下部・下垂体・標的器官の概要 $(".r08_0024_h1").modaal(); 1)下垂体機能異常に対する基本的な考え方 臨床症状は、通常、標的器官のホルモンの過不足によるものであるがゆえに、その原因が視床下部-下垂体-標的器官のいずれにあるか特定する必要がある。下垂体に異常がある場合には、1つの視床下部-下垂体-標的器官の系統の異常にとどまることはむしろ少なく、同時に複数の系統にも異常がみられることが多い。これらの下垂体機能低下症または亢進症を確実に診断するには、個々の視床下部-下垂体-標的器官を別々に検査し評価することが大切である。下垂体機能亢進症は多くの場合、特定の下垂体前葉ホルモンを産生する下垂体神経内分泌腫瘍(pituitary neuroendocrine tumor:PitNET)により発症するが、時に多ホルモン産生性であるので注意が必要である。 2)下垂体前葉ホルモンの分泌刺激試験と抑制試験 1) 各下垂体前葉ホルモンに対する主な分泌刺激試験・抑制試験は表1に示した通りである。ホルモン分泌過剰症状を示す機能性PitNETでは、自律性にホルモンを産生するため視床下部-下垂体-標的器官のネガティブフィードバック機構が作用せず、分泌抑制試験でホルモンの分泌が抑制されないことが多いが、例外も存在することに注意が必要である。また、下垂体機能低下症では、分泌刺激試験を行っても反応が低下ないしは廃絶していることが多い。 3)視床下部機能に対する評価 視床下部ホルモンの末梢血での濃度は極めて低いのが通常である。その測定の意義は異所性視床下部ホルモン産生腫瘍(代表例は成長ホルモン放出ホルモン〔growth hormone releasing hormone:GHRH〕産生腫瘍)に限られる。下垂体ホルモンのパルス状分泌の消失、高PRL血症は、視床下部障害を示唆する。標的器官ホルモンを介するネガティブフィードバックに基づく分泌刺激ないしは抑制試験は、通常、視床下部-下垂体を同時に評価していることになる。下垂体のみを刺激する、視床下部ホルモンに相当する放出ホルモンによる刺激試験を行い、下垂体の機能を把握することにより、間接的に視床下部機能を推測することができる。
はじめに 骨粗鬆症は、骨量の減少と骨組織の微細構造の劣化を特徴とし、骨折リスクの上昇を招く疾患である。骨粗鬆症治療において、ビスホスホネート(BP)製剤やデノスマブなどの骨吸収抑制薬は、脆弱性骨折のリスクを有意に低下させる主要な治療薬として確立されている 1)。しかし、これらの薬剤の長期使用に伴い、まれではあるが重篤な副作用として、顎骨壊死や非定型大腿骨骨折(atypical femoral fracture:AFF)のリスク上昇が報告されるようになり、臨床現場での懸念材料となっている 2)。AFFは、大腿骨転子下または骨幹部に生じる特異な骨折であり、軽微な外力あるいは外傷なしに発生する。その発生率は低いものの、BP製剤の使用期間が長くなるにつれてリスクが増大することが疫学的に示されている。一方で、遺伝性代謝性骨疾患である低ホスファターゼ症(hypophosphatasia:HPP)においても、AFFに類似した骨折が生じることが明らかになってきた 3)。HPPはアルカリホスファターゼ(ALP)の欠損や活性低下を特徴とする疾患であり、骨石灰化障害を呈する。近年、成人のHPP患者が骨粗鬆症と診断され、BP製剤の投与を受けた結果、病態が悪化したりAFFが誘発されたりするケースが報告されている 4)。 1.非定型大腿骨骨折(AFF)の疫学とリスク因子 1)AFFの定義と特徴 AFFは、大腿骨の転子下から顆上部にかけての骨幹部に発生する骨折で、その特徴として、外傷が軽微であること、骨折線が横走または短斜走であること、外側皮質の肥厚(beaking)を伴うことなどが挙げられる 5)(図1)。完全骨折に至る前に、大腿や鼠径部の疼痛(前駆症状)を訴えることが多く、両側性に発生する傾向がある。 図1 71歳女性の左大腿骨非定型骨折(自験例) 2)骨吸収抑制薬との関連 BP製剤の長期使用はAFFのリスク因子である。疫学データによると、AFFの年齢調整罹患率は、BP使用期間が2年未満では10万人年あたり1.8人であるが、8年以上の使用では113人に上昇すると推定されている 6)。デノスマブについても、BP製剤ほどの蓄積データはないものの、使用患者におけるAFFの報告が散見される。AFFの発生メカニズムとしては、強力な骨吸収抑制により骨リモデリングが過度に抑制され(frozen bone)、微細損傷(microdamage)の修復が妨げられて蓄積することが想定されている。
はじめに 内分泌臓器である副腎は、ステロイドホルモンを産生する「皮質」と、エピネフリンに代表されるカテコールアミンを産生する「髄質」に分かれる。皮質は外側よりアルドステロン(鉱質コルチコイド;mineralocorticoid:MC)を産生する球状層、コルチゾール(糖質コルチコイド;glucocorticoid:GC)を産生する束状層、DHEA(dehydroepiandrosterone)などの副腎アンドロゲンを産生する網状層からなる。これらのホルモンのうち、その分泌不全が低血糖の出現と関連するコルチゾール、エピネフリンについて概説する。救急医療の現場で低血糖を認めた際には、鑑別診断のひとつとして、コルチゾールの低下によって引き起こされる副腎不全症があることを想起することが重要である。 1.血糖とエピネフリンの関係 血糖を低下させるホルモンはインスリンのみであるが、血糖を上昇させるホルモンには、カテコールアミン(エピネフリン、ノルエピネフリン)、コルチゾール、成長ホルモン、グルカゴンがあり、いずれも低血糖に対する防御ホルモンとして作用している。低血糖時には、まずエピネフリンとグルカゴンが分泌され、やや遅れて、コルチゾールと成長ホルモンが分泌される(図1) 1)。 副腎髄質から分泌されるエピネフリンは肝臓において、グリコーゲンの分解と糖新生を促すことで肝臓からグルコースを放出させ、血糖を上昇させる。末梢では、主に脂肪組織における脂肪分解と骨格筋におけるインスリン拮抗作用により血糖を上昇させ、血糖の恒常性維持に寄与している。一方、急激な低血糖の出現時には、最初の防御反応として副腎髄質からエピネフリンが放出されるが、同時にエピネフリンの急激かつ過剰な分泌は、低血糖症状として振戦、動悸、発汗、不安などの諸症状を引き起こす(図1) 1)。 副腎皮質から出るコルチゾールは、皮質から髄質への血流を介して、髄質のエピネフリン合成酵素のフェニルエタノールアミンN-メチルトランスフェラーゼ(PNMT)活性を刺激することで、エピネフリンの合成を高める方向に作用している(図2)。そのため、後述の副腎皮質機能低下症(副腎不全症)では、コルチゾールの分泌低下による低血糖に加えて、エピネフリンの合成、分泌低下も低血糖の発現を助長する。特に、原発性副腎不全症の成因が結核性の場合には、副腎髄質そのものが結核組織で破壊されている場合があり、より顕著に副腎髄質からのエピネフリン分泌が低下していることが知られている 2)。
内分泌代謝・糖尿病領域の疾患は、その病態に基づいて全身に多彩な影響が出現することが大きな特徴である。それに伴い、症状や検査結果の異常においても臓器特異的ではなく、それらの背景にある内分泌代謝障害を理解しておくことが必要となる。また、内分泌代謝に関連する病態は、表面的な臨床課題への対症療法のみでは解決に至らず、時間の浪費と患者に対する不利益を生むばかりとなることを肝に銘じることが大切である。 今回の特集では、「見逃してはいけない内分泌代謝診療のピットフォール」の中から、救命のための治療の根幹にかかわるものから最近のトピックスまで、幅広く取り上げた。救急医療の現場で遭遇する意識障害、低血糖、電解質異常を呈する患者の中には、副腎不全を背景とするものが潜んでいる。副腎不全は、感染症などによる高度のストレスをトリガーとして生命の危機に至って受診をすることが多いが、事前に副腎不全と診断がついていないと、迅速な対応が困難な病態である。希釈性低ナトリウム血症や低血糖を認めることが、診断の手がかりになることが多い。また、わが国では副腎性よりも中枢性の副腎不全の患者が多いため、その他の下垂体前葉機能低下症に関連する所見、すなわち性腺機能低下症の身体所見や甲状腺機能低下症を反映する血清FT4低値などが手がかりになることもある。 超高齢社会の中で、骨粗鬆症はありふれた疾患として治療されているが、そこには思いもよらぬ問題が隠れていることがある。低ホスファターゼ症では、その残存酵素活性によっては、成人後、場合によっては高齢になって骨粗鬆症の治療を受けることで初めて問題となる場合があることが知られている。骨粗鬆症治療は、内分泌代謝・糖尿病内科領域専門医にとっては重要な守備範囲であり、この問題への理解を深めることは大切であろう。 また、先端巨大症などの治療薬であるオクトレオチドでまれに認められる高度徐脈については、まさに専門医としての見識を示すべき臨床的問題である。さらに、日常診療において難渋することの多いスタチン不耐や、SGLT2阻害薬使用を背景とするケトーシスに関して、筋道だった解決策を会得しておくことも必須であろう。スタチンやSGLT2阻害薬は、今日、内科のさまざまな領域で広く標準薬として使用されているが、いざ問題が生じたときに頼りにされるのは内分泌代謝・糖尿病内科領域専門医である。これらの薬剤について十分な理解が望まれよう。 今回の特集が、必ずや読者の皆様にとって必携のものとなるであろうことを、編者として確信するものである。 著者のCOI(conflicts of interest)開示:⽵内靖博;講演料(アレクシオンファーマ) 本論文のPDFをダウンロードいただけます
はじめに 最近の疫学研究では、糖尿病による全認知症の発症リスクは1.7倍、アルツハイマー型認知症は1.6倍、血管性認知症は2.2倍となることが示された。また久山町の縦断調査では、糖尿病の有病率が20%上昇すると2025年には認知症者が675万人から730万人へと増加することも示され、糖尿病の適切な管理・治療が、認知症の予防・治療に大きな役割を果たすことが示唆される 1)。さらに、アルツハイマー型認知症や血管性認知症よりも、糖代謝異常に伴う神経障害が認知症の発症に深く関わっている一群があり、現在"糖尿病性認知症"という概念も確立されつつある。 本稿では、糖尿病と認知症の関係性を踏まえ、認知症診療における医療保険制度の概要と、医科点数表の算定項目について概説する。 1.D285 認知機能検査その他の心理検査(表1)2, 3) 認知機能検査その他の心理検査の各区分のうち、以下のものをいう。 「1」の「イ」の「簡易なもの」とは、認知症(疑いを含む)の早期発見を目的とする表1の①に示すような検査であり、原則として3月に1回に限り算定する。そして長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)やミニメンタルステート検査(MMSE)が該当する。 「1」の「操作が容易なもの」とは、表1の②に示すような、検査および結果処理に概ね40分以上を要するものである。 「2」の「操作が複雑なもの」とは、表1の③に示すような、検査および結果処理に概ね1時間以上を要するものである。 「3」の「操作と処理が極めて複雑なもの」とは、表1の④に示すような、検査および結果処理に1時間30分以上要するものをいう。 そして、同一日に複数の検査を行った場合であっても、主たるもの1種類のみの所定点数により算定する。 表1 認知機能検査その他の心理検査(文献2, 3より) 画像をクリックすると拡大します 表1 認知機能検査その他の心理検査(文献2, 3より) $(".r08_0016_h1").modaal();
はじめに 夜間頻尿とは、夜間に排尿のために1回以上起きなければならないという愁訴であると定義され、加齢とともに増加し、生活の質(QOL)の低下に強く関与している。リスク因子として、年齢以外には、糖尿病、高血圧、脳血管障害、利尿薬の使用、心疾患、腎泌尿器疾患、肥満、睡眠障害などがある。病態によって治療法が異なるため、原因を調べた上での対応が必要であるが、複数の要因が重なりやすく、実臨床では西洋医学的治療のみで十分な改善が得られない場面も多い。そのため、漢方医学の役割が期待される。 1.夜間頻尿の病態と治療 夜間頻尿には夜間多尿、膀胱畜尿障害、睡眠障害の3つの要因があり、また循環器疾患も関与し、これらの要因が単一あるいは複数で関与している。①夜間多尿は、水分過剰摂取、加齢による夜間の抗利尿ホルモン(antidiuretic hormone:ADH)分泌低下や、心血管性、利尿薬などの薬剤性が原因となる。男性の夜間多尿に伴う夜間頻尿に対してはデスモプレシンが保険適用であるが、特に高齢者では低ナトリウム血症に注意が必要である。②膀胱畜尿障害には、過活動膀胱(overactive bladder:OAB)、間質性膀胱炎・膀胱痛症候群、男性では前立腺肥大症、前立腺癌、女性では骨盤臓器脱などが原因となる。OABには膀胱平滑筋の収縮を抑制する抗コリン薬やβ3アドレナリン受容体作動薬、前立腺肥大には、尿道抵抗を低下させるα1遮断薬やホスホジエステラーゼ5(PDE5)阻害薬などを用いる。間質性膀胱炎や骨盤臓器脱では、手術を含めた原疾患の治療が必要である。③睡眠障害には睡眠薬などが用いられる。糖尿病、パーキンソン病、レストレスレッグス症候群(むずむず脚症候群)、睡眠時無呼吸症候群(sleep apnea syndrome:SAS)などは不眠だけでなく夜間頻尿も生じやすい 1)。 いずれの場合も、行動療法や生活習慣の是正の指導を併用することが肝要である 1)。
Q&A編はこちら はじめに 糖尿病は慢性疾患であり、継続的な薬物療法が不可欠である。患者は自覚症状が乏しくても長期にわたり薬物療法を続ける必要があり、高い服薬実施率を維持する必要がある。その低下は、治療効果の減弱や合併症のリスク増加につながる可能性がある。従って、糖尿病薬の服薬実施率を向上させるためには、医療現場における実践的な工夫が求められる。本稿では、服薬実施率向上に資する具体的な取り組みについて、実践的な視点から解説する。 1.服薬実施率の現状 近年の報告によれば、糖尿病患者における服薬実施率には依然として課題が残されている。亀井ら 1)は、2型糖尿病患者のアドヒアランス不良群が全体の約3割を占め、服薬回数の増加がアドヒアランス低下および服薬負担感の増大に関連することを示した。一方、黒岡ら 2)は、良好な血糖管理には服薬遵守率95%以上が必要であり、高い遵守率がHbA1cの改善に寄与することを報告している。これらの知見は、糖尿病治療における服薬支援の重要性と、個別対応の必要性を示唆している。
はじめに 代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(metabolic dysfunction associated steatotic liver disease:MASLD)は、心代謝系危険因子(cardiometabolic risk factors)の併存を必須とする脂肪性肝疾患であり、肥満や過体重は心代謝系危険因子のひとつである。肥満と肥満症は異なり、脂肪性肝疾患は、日本肥満学会が定める肥満症における健康障害のひとつである 1)。また近年、海外においてもpreclinical obesity、clinical obesityの考え方が示され 2)、肥満に併存するさまざまな健康障害・臓器障害の臨床的意義が重要視されている。肥満に対する介入は、肥満“症”の改善をもたらし、MASLDも例外ではない。本稿では、肥満合併MASLDの治療戦略について概説する。 1.MASLDの疫学 本邦におけるMASLDの有病率は約25%である。全国13施設(n=71,254)が参加し、主に健診・人間ドック受診者を対象とした疫学研究においては、MASLDの有病率は25.8%、男性37.4%、女性18.1%であり、このうちBMI 25kg/m2以上の肥満を合併するMASLDは57.1%であった 3)。同じ報告で、BMIが上昇するにつれてMASLDの有病率は増加し、BMI<23kg/m2で8.9%、23~25kg/m2で34%、25~28kg/m2で55.3%、≧28kg/m2で76.7%であった。グローバルでの研究を対象としたメタ解析では、MASLDの70%に肥満が合併すると報告されており 4)、肥満とMASLDとの結びつきは疫学的に非常に強い。
はじめに 近年、非アルコール性脂肪性肝疾患(non-alcoholic fatty liver disease:NAFLD)は代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease:MASLD)と名称変更され、肥満や糖尿病など代謝異常を背景とする脂肪性肝疾患として再定義された。世界的な肥満およびメタボリックシンドロームの増加に伴いMASLD/MASHの有病率も上昇し、現在では成人の約4人に1人が本症を有するとの報告がある。わが国においても生活習慣の欧米化により肥満が増加しており、有病率は9~30%に達し、患者数は少なくとも1,000万以上に上ると推計される。さらに、MASLDの診断基準では過体重・肥満や2型糖尿病など代謝異常の存在が重視されるようになり、この変更によってMASLDにおける肥満の重要性が一層明確となった。以上の背景から、肥満とMASLDの関連性に対する臨床的関心が高まっている。そこで本稿では、肥満がMASLDに与えるインパクトについて、疫学的背景や診断基準の変遷を踏まえ概説する。 1.肥満とMASLD診断基準 世界保健機関(World Health Organization:WHO)は、過体重(overweight)をBody mass index(BMI)25kg/m2以上、肥満(obesity)をBMI 30kg/m2以上と定義している 1)。この定義は白人を対象に設定されたものであり、アジア人においてはoverweightをBMI 23kg/m2以上、obesityをBMI 27.5kg/m2以上とすることが推奨されている 1)。また、この定義は「成人において疾患のリスクが高まるBMIであること」と記載されていることに留意が必要である。一方、日本肥満学会はわが国固有の疫学的状況を踏まえ、WHO基準をそのまま使用せず、BMI 25kg/m2以上を肥満の定義としている 2)。 世界的にみると、2022年時点で18歳以上の成人の43%が過体重であり、16%が肥満状態にあった 3)。さらに、5~19歳の子どもおよび青少年の3億9,000万人以上が過体重であり、そのうち1億6,000万人が肥満状態にあった 3)。他方、YounossiらのメタアナリシスによるとMASLDにおける肥満の合併率は51.34%(95%CI:41.38~61.20%)であった 4)。MASLDの有病率はBMIが上昇するごとに増加することが知られている。筆者らは、Japan Study Group of NAFLD(JSG-NAFLD)に参加中の13の健診施設の受診者からなるコホートを作成した(Metabolic syndrome, chronic kidney disease, and fatty liver in Japan:MIRACLE-J研究)。第1報では、腹部超音波検査を施行された健診受診者71,254名を対象に、MASLDの臨床的特徴に関する検討を行った 5)。MASLDの有病率はBMI<23kg/m2で8.9%、23~25kg/m2で34.0%、25~28kg/m2で55.3%、≧28kg/m2で76.7%とBMIの上昇に従い増加した。さらに男女別の解析では、男性はBMI<23kg/m2で14.2%、23~25kg/m2で39.3%、25~28kg/m2で61.9%、≧28kg/m2で82.8%であった。一方、女性はBMI<23kg/m2で6.6%、23~25kg/m2で28.2%、25~28kg/m2で47.1%、≧28kg/m2で70.1%であった(図1:文献5のサブ解析)。BMIの上昇は性別にかかわらずMASLDの合併率を上昇させることが示され、男性のほうが同じBMIのグループにおけるMASLDの合併率が高いことも明らかになった。 図1 MIRACLE-J研究:腹部超音波施行者において男女別のBMIがMASLDの割合に与える影響(N=71,254)
Q&A編はこちら はじめに 小児期思春期糖尿病は、成人と同様に1型糖尿病と2型糖尿病に大別される。いずれの糖尿病も、小児期思春期では精神的に未熟であり、また生活習慣や食習慣が成人と比べて一定していないことが、療養支援の問題となることが多い。さらに慢性疾患患者の中でも小児期思春期糖尿病患者では、ある一定の年齢になっても親離れ、子離れしていないケースが目立ち、治療や管理は保護者が主体となり、思春期年齢に達しても自立していない症例がしばしば見られる 1~4)。このような症例の問題解決には、多職種連携のチーム医療が極めて有効である。 1.1型糖尿病患者における療養支援のポイント 1型糖尿病患者の治療の主体はインスリン治療である。過食や糖質の摂り過ぎに注意すれば、食事は年齢相当の必要エネルギーを摂取でき、間食や夜食も摂ってもよい。運動に関しても、低血糖の発生に注意すれば全ての運動が可能である 1, 2)。 小児期思春期1型糖尿病の年齢ごとのインスリン治療と管理の特色を表1に示すが、その内容や方針はそれぞれで異なる。乳幼児期においては、治療と管理の中心は保護者であり、保護者の取り組む姿勢が血糖管理に大きく寄与する。そしてインスリン治療の中心は、頻回インスリン注射(multiple daily injections of insulin:MDI)よりも、インスリンポンプである。学童期においては、MDIではインスリン自己注射と血糖自己測定を中心とした自己管理を開始する。そしてMDI、インスリンポンプのいずれを選択するにせよ、自らの生活様式に適合したインスリン治療を選択する必要がある。治療の選択と自己管理の遂行には、治療と管理を保護者任せにするのではなく、その意義を保護者とともに考えることが重要である。われわれは、インスリン自己注射と血糖自己測定を小学校入学時(7歳以上)には実施できるように指導しているが、看護師を中心に、時間をかけて繰り返し指導することで実施可能である。また、今はインスリンポンプや持続血糖測定(continuous glucose monitoring:CGM)が全年齢で広く使用されるようになったが、これらの手技も段階を踏めば、小学生以上の年齢で習得可能である。そして思春期においては、治療への反発が大きいと言われるが、思春期の問題は糖尿病患者に限ったものではなく、チーム医療に携わる全員が患者の目線に合った指導をするよう心掛けている。思春期は成人期医療への移行(トランジション)を開始する時期であり、社会的にも心理的にも自立を促し、自己管理の確立を目指す必要がある。トランジションの準備には、表2、3に示す成人期医療移行チェックリスト 5~7)が有用である。 表1 年齢ごとのインスリン治療と管理の特色 表2 成人期医療移行チェックリスト(患者用)(1型糖尿病移行期医療合同委員会: 1型糖尿病の成人期医療移行チェックリスト. 1型糖尿病の成人期医療移行チェックリスト活用のご案内: [日本糖尿病学会ホームページ(https://www.jds.or.jp)> 各種活動]より) 画像をクリックすると拡大します 表2 成人期医療移行チェックリスト(患者用)(1型糖尿病移行期医療合同委員会: 1型糖尿病の成人期医療移行チェックリスト. 1型糖尿病の成人期医療移行チェックリスト活用のご案内: [日本糖尿病学会ホームページ(https://www.jds.or.jp)> 各種活動]より) $(".r08_0010_h2").modaal(); 表3 成人期医療移行チェックリスト(保護者用)(1型糖尿病移行期医療合同委員会: 1型糖尿病の成人期医療移行チェックリスト. 1型糖尿病の成人期医療移行チェックリスト活用のご案内: [日本糖尿病学会ホームページ(https://www.jds.or.jp)> 各種活動]より) 画像をクリックすると拡大します 表3 成人期医療移行チェックリスト(保護者用)(1型糖尿病移行期医療合同委員会: 1型糖尿病の成人期医療移行チェックリスト. 1型糖尿病の成人期医療移行チェックリスト活用のご案内: [日本糖尿病学会ホームページ(https://www.jds.or.jp)> 各種活動]より) $(".r08_0010_h3").modaal();
はじめに 代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease:MASLD)および炎症を伴う代謝機能障害関連脂肪肝炎(metabolic dysfunction-associated steatohepatitis:MASH)は、肥満や糖尿病などの生活習慣病を背景に急速に増加しており、先進国における慢性肝疾患の主要な原因となりつつある 1, 2)。日本においても20〜30%がMASLDを有するとされ、極めて高頻度にみられる病態である。しかし、その中でどの症例が将来的に肝硬変や肝細胞癌(hepatocellular carcinoma:HCC)へ進展するのかは、いまだ十分に解明されていない。さらに、MASLDでは心血管疾患や他臓器癌のリスクが増加することが知られており、死亡原因としてはむしろ肝疾患死を上回るとされている。加えて、現時点でMASLD/MASHに対する有効性が確立された治療薬は限られており、わが国では保険適用を有する承認薬が存在しないことから、極めてアンメット・メディカル・ニーズの高い疾患である。この背景として、MASLD/MASHは、肥満や生活習慣、糖尿病や脂質異常症などの併存疾患に加え、酸化ストレスや小胞体ストレスなどの細胞内ストレス、遺伝性素因、免疫調節異常などが複雑に絡み合って形成され、極めて不均一な病態を呈し、患者ごとに進展リスクや治療反応性が大きく異なることが挙げられる。従って、分子病態に基づく層別化と、適切なフォローアップを含めた個別化医療戦略の確立が喫緊の課題である。 近年では、ゲノム解析、トランスクリプトーム解析、メタボローム解析など、さまざまなオミクス解析技術を用いてMASLD/MASHの病態解明を目指す研究が進められてきた。しかしながら、従来のバルク解析では空間的・細胞種特異的な情報が得られず、病態の多様性を十分に捉えることは困難であった。そのような中、空間トランスクリプトーム解析技術の進展により、肝臓組織内における細胞間相互作用や微小環境の変化を高解像度で把握することが可能となり、MASLD/MASHにおける病態理解は新たな段階に入っている。特に、肝臓は門脈域から中心静脈に至るZonation(肝小葉内機能分化)により代謝機能や病態応答が大きく異なることが知られており、その空間的理解は極めて重要である。 さらに、臨床データや病理画像、ゲノム、トランスクリプトーム、プロテオームといった多層的データを統合するマルチオミクス解析に加え、AIを組み合わせたマルチモーダル解析は、膨大で複雑な情報から、病態解明やリスク層別化を可能にする有力な手段として注目されている。われわれもこれまでに、病理AIとバルクRNA-seq、さらにはシングルセル空間トランスクリプトーム解析を統合することにより、発癌と関係する特徴的な線維パターンを見出すとともに、その背景にある発癌促進的な微小環境を同定し報告してきた。これらの取り組みにより、病態進展に関わる新たな分子基盤や治療標的候補が徐々に明らかになりつつある。 本稿では、肥満症・MASH/MASLDを対象とした空間マルチオミクス解析とマルチモーダルAIによる分子病態の解明の最前線を概説し、そこから導かれる新規治療戦略の可能性について論じる。 1.肝臓におけるZonationとMASLD 肝臓はその解剖学的構造から、門脈周囲のZone 1、肝静脈周囲のZone 3、その中間に位置するZone 2の三つに区分され、それぞれが異なる代謝機能を担っている 3)。Zone 1肝細胞は、肝動脈および門脈から供給される酸素や栄養が豊富な血液を利用して、糖新生、尿素回路、脂肪酸β酸化、タンパク質合成といったエネルギー消費型の代謝を主に担う。一方、Zone 3肝細胞は、シトクロムP450をはじめとする薬物代謝酵素や脂質生合成酵素、解糖系酵素を多く発現している。そのため、MASLDではZone 3を中心に脂肪蓄積が始まり、肝細胞死や線維化も初期にはZone 3優位に進行する。 また、MASLDでは「選択的インスリン抵抗性」と呼ばれる現象が知られている。すなわち、糖新生抑制に対するインスリン作用は障害されている一方で、脂質合成に対するインスリン作用は保たれており、脂質蓄積が亢進する状態である。その分子基盤はいまだ完全には解明されていないが、Kubotaらはインスリン受容体基質(Insulin Receptor Substrate:IRS)の発現分布に着目し、その一端を明らかにした 4, 5)。IRS2は肝臓全体に発現するが、IRS1は主にZone 3に発現する。高脂肪食負荷マウスではIRS2の発現が著しく低下する一方、IRS1発現は比較的保たれており、このことが糖代謝障害と代償性高インスリン血症を惹起しつつ、Zone 3における脂質合成をむしろ亢進させることを示した。すなわち、Zone特異的なIRS発現が選択的インスリン抵抗性の形成に寄与していると考えられる 6)。 さらに近年の単一細胞RNAシークエンス解析(single-cell RNA-seq:scRNA-seq)や単一核RNAシークエンス解析(single-nucleus RNA-seq:snRNA-seq)技術の進歩により、1細胞単位での網羅的な遺伝子発現解析が可能となり、同一の細胞種内でも機能の異なる複数のサブタイプが存在することがわかってきている。その結果、肝細胞のみならず、マクロファージ、類洞内皮細胞、肝星細胞(hepatic stellate cell:HSC)など非実質細胞もZone依存的に異なる機能を担うことが示されている 7)。すなわち、肝臓を構成する多様な細胞種の相互作用がZonationを形成しており、その破綻がMASLDを含む多様な肝疾患の病態形成に深く関与していると考えられる。
今回の論文 Rosenstock J, Bain SC, et al. : Weekly Icodec versus Daily Glargine U100 in Type 2 Diabetes without Previous Insulin. N Engl J Med. 2023; 389(4): 297-308. [PubMed] はじめに 1921年にカナダ・トロント大学のBantingとBestがインスリンを発見してから100年余りが過ぎました。翌1922年には、インスリンを含むウシの膵臓抽出液が1型糖尿病患者であるLeonard Thompsonに投与され、劇的な血糖改善効果をもたらしました。同年に米国のイーライリリーが世界で初めてインスリンの製剤化に成功し、1923年にインスリン製剤「アイレチン®」が発売されました。また、北欧での製造許可を得たデンマークのノルディスク・インスリン研究所(現在のノボ ノルディスクの前身の一つ、以下ノボ社)から「インスリンレオ®」が発売されました。膵臓抽出物から精製されたこれらの初期製剤はレギュラーインスリン(regular insulin)と定義され、われわれが現在速効型インスリンR(regularの頭文字)と称しているインスリンです。 速効型インスリンは作用時間が約6時間であり、血中有効濃度を維持するためには1日数回の注射が必要となります。そこで作用時間を延長するための技術開発が開始され、最初に世に出たのがNPH(neutral protamine Hagedorn)で、これは速効型インスリンにプロタミンを添加することで、作用時間の延長を可能としました。その後、遺伝子工学の導入に伴い、インスリンのアミノ酸配列の変更や側鎖の付加が可能となり、われわれが現在持効型インスリンと称しているグラルギン、デグルデクが登場しました。ノボ社のデグルデクは、インスリン分子に脂肪酸側鎖を付加することでアルブミンとの結合を増強し、これにより長時間にわたる有効血中濃度の維持が可能となりました。この技術は、同社のGLP-1受容体作動薬のリラグルチド、セマグルチドの開発にも応用されました。特にセマグルチドは週1回投与を可能としたものであり、この技術をインスリンに応用して週1回の投与を可能としたのが、今回の論文で検討されたインスリンイコデク(以下イコデク、商品名:アウィクリ®)です。イコデクの臨床開発プログラムはONWARDS 1~6まであり、それぞれ対象患者および対照薬が異なっています 1)。その中で、インスリン未使用の2型糖尿病患者を対象に、グラルギンU100(以下グラルギン)を対照薬として実施されたのが本試験ONWARDS 1です。
はじめに 代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(Metabolic dysfunction-Associated Steatotic Liver Disease:MASLD)は世界人口の約1/4が罹患し 1)、その一部は代謝機能障害関連脂肪肝炎(Metabolic dysfunction-Associated Steatohepatitis:MASH)へと進展する。肝線維化の評価には侵襲的な肝生検が必要とされてきたが、約200万人と推定される本邦のMASH患者全員への実施は困難である。また、治療の基本となる7~10%の体重減少の達成・維持も容易ではない。 本稿では、非侵襲的評価法として確立されたFibroScan®による肝硬度・脂肪量測定の知見と、生活習慣改善支援の新たなアプローチであるIoT技術を活用したデジタル療法(Digital Therapeutics:DTx)の開発および臨床成績について述べる。 1.FibroScan®を用いた肝硬度指標 MASLDやMASHを含む慢性肝疾患の予後は線維化が重要な規定因子となり、肝細胞癌の発生にも大きく寄与している 2)。肝生検は、肝線維化を評価する上で最も信頼性の高い標準的手法として位置づけられているものの、患者への身体的負担が大きく、経時的な病態観察のための反復検査には適していない。さらに、採取部位による偏りや病理学的判定における観察者間の見解の相違といった問題も存在することから、線維化の程度を確認する目的のみで肝生検を施行することの妥当性については、なお検討すべき点が残されている。 最近では、患者への侵襲を伴わない肝線維化診断技術として、超音波エラストグラフィの原理を応用した各種の肝硬度計測装置が実用化されている。その中でもフィブロスキャン(FibroScan®)は最も早期に開発された機器であり、国際的に広く普及し、豊富な臨床データの蓄積を有している。近年、肥満者の割合が世界的に増加する中、慢性肝疾患の要因としてMASLDの重要性が急速に高まっている。人口の約1/4を占めると推定されMASLD患者全てに対して肝生検による危険度判定を行うことは現実的ではない。このような医療環境の変化を背景として、FibroScan®を用いた肝硬度評価の臨床的価値がますます注目されている。
ポイント 食事療法は“制限”ではなく個人最適化された医学栄養療法(Medical Nutrition Therapy:MNT)であり、人中心アプローチのもと共有意思決定(Shared Decision‑Making:SDM)・動機づけ面接(Motivational Interviewing:MI)、SMART目標(Specific, Measurable, Achievable, Relevant, and Time‑bound:SMART)、5Aアプローチ(Ask, Assess, Advise, Agree, Assist)を統合して実効性と持続性を高めるべきである。 唯一解ではなく複数の妥当解から、嗜好に応じて継続可能な食事療法を自己選択することが望ましい。 過体重を伴う2型糖尿病では体重減少は寛解の主要要因であり、完全食置換(Total Diet Replacement:TDR)や時間制限食(Time‑Restricted Eating:TRE)/断続的断食(Intermittent Fasting:IF)をMNTの補完戦略として安全に実装すべきである。 デジタルヘルス技術(糖尿病自己管理教育と治療支援〔Diabetes Self‑Management Education and Support:DSMES〕の体系化、持続血糖測定〔Continuous Glucose Monitoring:CGM〕/標準化血糖レポート〔Ambulatory Glucose Profile:AGP〕/目標範囲内時間〔Time in Range:TIR〕の可視化、遠隔支援アプリ、接続デバイス)を統合し、データ駆動のSDMで小さな成功を積み上げるべきである。 1.総論 日本糖尿病学会は糖尿病治療の目標を、糖尿病がある人が血糖値を管理し、生活の質(QOL)を高めることとしている。米国糖尿病学会(ADA)も「個人中心アプローチ(Person-centered approach)」を通じて、2型糖尿病がある人のQOLを最適化することを強調している 1~3)。これらの目標を達成するには、日常生活に深く組み込まれた食事療法が不可欠である。 食事は血糖に直接作用する主要因であり、適切な食事療法は血糖マネジメントの基盤であると同時に、長期合併症の発症・進展を予防するための重要な手段でもある。実際、J-DOIT3およびLook AHEADなどの大規模研究では、食事を中心とした多因子介入が心血管疾患、腎症、網膜症といった合併症リスクを有意に低下させることが示されている 4, 5)。さらに近年は、寛解(remission)という治療目標が広く共有され 6~8)、その達成に向けて食事療法の実効性をいかに高めるかが重要課題となっている。その鍵となるのが、動機(motivation)を高める実践であり、糖尿病医療におけるヘルスコーチングの活用や、これを支援するデジタル治療(DTx)の推進である。 食事治療はMNTとも呼称され、食事“制限”ではなく、個人ごとに最適化された栄養の摂取である 1~3)。『糖尿病診療ガイドライン2024』は、個々に即して選べる複数の食事療法選択肢とその推奨度を示し、自己決定とSDMを支える診療支援として更新され続けている 1)。 本稿は、個人の納得と自己決定こそ食事療法実行の鍵であるという立場に立脚し、医療者が2型糖尿病がある人の自己決定を支える診療支援を行うための最新エビデンスを概説する。
はじめに 膵臓は、外分泌と内分泌の両方の機能を併せ持つユニークな臓器である。膵液を産生する外分泌腺としての機能は消化管生理に直結し、膵ランゲルハンス島(膵島)を主体とする内分泌機能は糖代謝の調節に不可欠である。すなわち膵臓の構造と機能は、栄養恒常性の調節を介して、消化器疾患と内分泌代謝疾患の病態に関与する。糖尿病診療に携わる上で、膵臓や膵島の構造と機能、そして病態を正しく把握することは、治療戦略を考える上での基盤となる。本稿ではまず、膵臓のマクロ解剖を概観した後、膵島における内分泌細胞の構成、脈管構造と血流、神経支配などの微細構造について解説する。さらに膵炎や膵切除後に認められる内分泌障害、臨床画像における解剖学的ランドマークについても触れることで、日常臨床に活かせる基礎知識を整理したい。 1.膵臓のマクロ解剖 膵臓は、第1〜2腰椎の高さの後腹膜腔に位置し、成人では全長約13~25cm(平均16cm)、重量約60~170g(平均100g)の臓器である 1)。解剖学的には、膵頭部・膵体部・膵尾部に区分される(図1)。膵頭部は、C状に弯曲する十二指腸に囲まれ、一部が左下方に伸びて鈎状突起を形成する。膵尾部は脾門に達する。腹側は網嚢を隔てて胃後壁と接し、背側には腹大動脈や下大静脈、門脈や上腸間膜動静脈などの主要血管が走行する。膵臓の外分泌機能は腺房細胞によって担われ、消化酵素を含む膵液を十二指腸に分泌する。腺房細胞は小さな導管の末端に位置し、それらは導管系に連結され、主膵管(Wirsung管)に合流する。主膵管は膵全体を貫き膵液を集め、膵頭部で総胆管と合流し、大十二指腸乳頭(Vater乳頭)へ開口する。膵液と胆汁の十二指腸への流出は、総胆管と膵管の合流部を輪状に取り囲むOddi括約筋により調節されている。一方副膵管(Santorini管)は、典型的には膵頭部で主膵管より分枝し、小十二指腸乳頭へ開口するが、不明瞭なこともある。 膵臓には腹腔動脈と上腸間膜動脈の両方から血流が供給されるが、その血管支配は部位により異なる(図2)。膵頭部は上・下膵十二指腸動脈、膵体尾部は脾動脈の分枝である後膵動脈(背側膵動脈)、大膵動脈、膵尾動脈などから動脈血が供給される 2)。静脈血は門脈系に還流し、内分泌ホルモンが直接肝臓へ到達する点は、代謝調節上合理的である。 胎生期に膵臓は、内胚葉上皮に背側と腹側の2つに分かれて膵芽として発生する。上皮の成長は、それを取り囲む間葉性中胚葉との緊密な相互作用に依存している。その後、胃の回転に伴い、腹側膵芽が背側膵芽の後方に位置し、両者の実質と導管系が癒合して膵臓を形成する。つまり、背側膵芽が膵臓の大部分(膵頭の一部と膵体・膵尾部)を形成し、ここには腹腔動脈より血流が供給される。一方腹側膵芽は鈎状突起と膵頭の下部を形成し、ここには主に、上腸間膜動脈より下膵十二指腸動脈を経て血液が供給される。主膵管は背側膵管の遠位部と全腹側膵管で形成され、副膵管は背側膵管の近位部で形成される。発生過程で、内分泌細胞と外分泌細胞はともに膵臓の内胚葉性上皮に由来し、周囲の間葉と相互作用しながら分化する。
はじめに 脂肪肝に心代謝リスク因子を併発する代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(MASLD)は、成人の約25%に認められる有病率の高い疾患であり、罹患しているだけでなく、肝硬変や肝細胞がんの主な要因のひとつである。現時点では、日本においてMASLDの治療薬として承認された薬物は存在しない。しかし近年、抗肥満薬、抗糖尿病薬や脂質異常症治療薬が各代謝異常の改善とともにMASLDにも影響を及ぼすことが報告されている。また、MASLD患者を対象としたセマグルチドやチルゼパチドの臨床試験も進行している。本稿では、これらの薬物に関する最新のエビデンスを概説し、MASLDに対する新たな治療戦略の展望について論述する。 1.ナトリウム・グルコース共役輸送体2(SGLT2)阻害薬 われわれは、第III相臨床試験の統合メタ解析により、SGLT2阻害薬であるルセオグリフロジンが、肝臓の脂肪蓄積と線維化、さらに心代謝リスク因子に及ぼす効果を検討した 1)。本研究では、日本人糖尿病患者493人を対象とし、ルセオグリフロジンを24週間投与した結果、脂肪肝指数(fatty liver index)をはじめとする脂肪肝の指標が有意に改善された(adjusted coefficient -5.423, 95%CI -8.760~-2.086, P=0.0016)。さらに、ALT>30 U/Lの患者群では肝線維化の指標であるhepamet fibrosis scoreも有意に改善した(adjusted coefficient -0.039, 95%CI -0.077~-0.001, P=0.0438)。また、HbA1c、HOMA-IR、BMIに加え、尿酸値やHDLコレステロール値など複数の心代謝リスク因子も改善した。このことから、ルセオグリフロジンはMASLDを併発する糖尿病患者に対して、有用な治療薬となり得ることが示唆された。 さらにわれわれは、日本の医療保険データベースを用いた大規模後ろ向きコホート研究において、2型糖尿病患者におけるSGLT2阻害薬とジぺプチジルペプチダーゼ-Ⅳ(DPP-4)阻害薬の効果を比較検討した 2)。その結果、SGLT2阻害薬はDPP-4阻害薬と比較して、ALT値およびFIB-4 indexを改善させることが明らかとなった。また、SGLT2阻害薬は、食道静脈瘤の発症を抑制することも明らかとなった(HR 0.12, 95%CI 0.01~0.95, P=0.044)。この機序は明らかではないが、SGLT2阻害薬による体水分量の減少や肝線維化の改善が寄与している可能性が考えられる。さらに、SGLT2阻害薬は肝がん以外のがんの発症も抑制する効果が示された(HR 0.50, 95%CI 0.30~0.84, P=0.009)(図1A)。この抗腫瘍効果は65歳以上、ALT>30U/L、HbA1c<7%、中性脂肪>150mg/dLの集団で顕著であった(図1B)。本研究では、がん種に関する検討は行っていないが、これまでにSGLT2阻害薬は大腸がん、膵臓がんや成人T細胞白血病など、さまざまながんに対して抑制的に作用することが報告されている 3)。また、この抗腫瘍効果の機序としては、がん細胞内への糖の取り込み阻害とともに、がん細胞のミトコンドリア電子伝達系に作用し、アデノシン三リン酸(ATP)の産生を抑制することが報告されている 4)。食道静脈瘤とがんはMASLD患者の重篤なイベントであり、これらのイベントを抑制し得るSGLT2阻害薬は、MASLDを併発する糖尿病患者の予後を改善する可能性が期待される。
はじめに 2023年6月、米国肝臓学会、欧州肝臓学会、ラテンアメリカ肝疾患研究協会を中心に、世界各国の研究者がDelphi法を用いて脂肪性肝疾患の名称について議論し、新たにMASLD(metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease)が採択された 1)。Delphi法とは参加者が複数回にわたって匿名で意見を交換し、最終的に合意形成を目指す方法である。2022年から2023年にかけて複数回の検討が行われ、従来のNAFLD(nonalcoholic fatty liver disease)からの呼称変更が決定した。変更理由は「fatty」「alcoholic」が患者へのスティグマにつながる点が大きい。あわせて、NAFLDから派生する病態NASH(nonalcoholic steatohepatitis)もMASH(metabolic dysfunction-associated steatohepatitis)に改められた。 従来はNAFLDとアルコール関連肝疾患(ALD)に二分されてきたが、その中間の飲酒群(いわゆるmoderate drinkers)は定義が曖昧であった。今回の再分類では、非アルコール群(女性140g/週未満・男性210g/週未満)、ALD群(女性350g/週超・男性420g/週超)に加え、中間飲酒群をMetALD(MASLD and increased alcohol intake)として新設した。これにより、全ての脂肪性肝疾患を体系的に分類できる構造となった 2)。さらに、疾患の総称もFL(fatty liver)からSLD(steatotic liver disease)へと改められた。薬剤性やライソゾーム病など病因が明確なものは「specific aetiology SLD」、原因不明は「cryptogenic SLD」と位置づけられる。MASLDは脂肪性肝疾患を有し、かつ心代謝危険因子(肥満、糖代謝異常、高血圧、高中性脂肪血症、低HDL-C血症)のいずれか1つ以上を合併することで診断される。報告ではNAFLDとの一致率は95〜99%とされ、実質的には従来の診断と大きく変わらないものの、用語の明確化と患者に配慮した名称へ更新された点が重要である 3)(図1)。 図1 新しい脂肪性肝疾患の診断フローチャート(文献2より改変) 2023年6月に提唱された新しい脂肪性肝疾患の診断フローチャート。心代謝危険因子の少なくとも1つを有する脂肪性肝疾患を、飲酒量の多少にかかわらず分類可能となった。 画像をクリックすると拡大します 図1 新しい脂肪性肝疾患の診断フローチャート(文献2より改変) 2023年6月に提唱された新しい脂肪性肝疾患の診断フローチャート。心代謝危険因子の少なくとも1つを有する脂肪性肝疾患を飲酒量の多少にかかわらず分類可能となった。 $(".r08_0002_z1").modaal(); 日本でもこの国際的提案が受け入れられ、日本消化器病学会および日本肝臓学会は賛同を表明した。2024年8月には日本語名称も正式決定し、MASLDは「代謝機能障害関連脂肪性肝疾患」、MASHは「代謝機能障害関連脂肪肝炎」とされた。SLDは日本の成人の約25%が罹患するコモンディジーズで、患者数は約2,000万人と推定されている 4)。その中から肝線維化や肝がんリスクが高い群を選別し、定期的な採血や画像検査で評価することが今後の臨床上の課題である。 2023年6月、日本肝臓学会はこうした呼称変更と同時に「奈良宣言2023」を発表した。これは「ALTが30U/Lを超える症例は慢性肝疾患の可能性を疑い、専門医への紹介を検討すべき」とする提言である。対象患者に対しては肝炎ウイルス検査、メタボ関連疾患の評価、飲酒歴、薬剤歴、自己免疫性肝炎の除外などを一般医が確認し、その後必要に応じて専門医へ紹介する流れを推奨した。ここで重要なのは「ALTが30U/L未満でも安全とは言えない」という点である。肝硬変が進行すれば炎症や肝細胞数が減少し、ALTはむしろ正常範囲に収まることがあるためである。リスクの見極めには、FIB-4 indexや血小板数のチェックが推奨される 5)。FIB-4 indexが1.3以上(65歳以上は2.0以上)、または血小板数が20万未満の症例は、ALT低値であっても線維化進展例が疑われ専門医紹介が望ましい 6)。大規模コホート研究でも、ALT値30U/L以下のMASLD患者のうち約2割はステージ3以上の線維化を有し、2型糖尿病とFIB-4 index高値を併せ持つ群ではその割合が70%に達することが示された 7)。さらに、臨床的にALTが一度でも30U/Lを超えた症例は何らかの肝疾患を有する可能性が高く、奈良宣言のフローチャートに沿った受診勧奨が重要となる。特に2型糖尿病合併SLDは高リスク群で、過半数が脂肪肝炎に進展し、3〜4割は進行線維化を伴うことが報告されている 8)。この群では肝がんや非代償性肝硬変など肝疾患関連イベントの発生率が高いため、定期的なサーベイランスが必須とされる 9)。 総じて、新しい疾患概念MASLD/MASHおよび分類体系は、患者へのスティグマを回避すると同時に、これまで曖昧であった中間飲酒群の扱いを明確にした点に価値がある。さらに奈良宣言2023によって、ALT値に基づいた早期紹介・精査の流れが提示され、進行線維化例を見逃さない体制構築が期待されている。今後はこの新分類と指針を共有し、膨大な数の潜在患者から高リスク群を的確に抽出し管理することが、医療現場にとって極めて重要となる。
近年、肝臓は肥満症を代表とする代謝異常症候群の中核をなす臓器であるとの認識が一層強くなり、抗肥満症薬などの治験でも常に肝臓の臓器障害が主要アウトカムのひとつとなる時代が来ている。 2023年、脂肪性肝疾患(SLD)の新たな分類が発出され、アルコール摂取量を基準に代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(MASLD)/代謝機能障害アルコール関連肝疾患(MetALD)/アルコール関連肝疾患(ALD)とされた。現在、最新のガイドラインの作成が進んでいる。2026年発刊を目指した改訂作業は、『MASLD診療ガイドライン』への書名変更からはじまり、海外との齟齬がなく、本邦の実態に即したガイドラインを作成することを目的とした。特に、高齢者や非肥満例が多い本邦の実態には細心の注意が払われた。概念・定義では、心代謝系危険因子(CMRF)に含まれるBMIや腹囲は海外の基準が妥当であるのか。診断では、高齢者のFIB-4 indexも含め、いかなる非侵襲的肝疾患評価法(NILDA)を活用して肝硬変・肝がんハイリスク症例を絞り込み、専門家に紹介すべきか。肝臓以外のイベントとして、脳心血管系や肝臓以外の悪性疾患は特に重点的に啓発が試みられた。治療では、BMIに応じた体重減量の基準や、2型糖尿病/肥満症/脂質異常症の併存疾患治療の最新エビデンス、さらに薬物療法の時代まで視野に入れた将来の展望が示された。 2025年8月、FDAはこれまでunmet needsの代表のひとつであったMASHのStage 2-3に対する薬物療法として、GLP-1受容体作動薬のセマグルチドを迅速承認した。さらに、非肝硬変MASHの臨床試験において、肝生検に代わる合理的な評価法として、VCTE(vibration-controlled transient elastography)を用いたフィブロスキャンによる肝硬度測定を認める意向書を受理した。これにより、MASLD診療は、いよいよNILDAを用いた薬物療法の時代を迎えようとしている。 中でも、肥満症をターゲットとした薬物療法は、MASLD治療戦略の大きな柱のひとつと言える。本特集では、肥満症がMASLD診療に及ぼすインパクトを中心に構成させていただいた。 著者のCOI(conflicts of interest)開示:下村伊一郎;講演料(興和、日本イーライリリー、ノボ ノルディスク ファーマ)、研究費・助成金(国立研究開発法人日本医療研究開発機構、キャンサースキャン、興和、小林製薬、日清食品、ロート製薬)、奨学(奨励)寄附(住友ファーマ、鈴木万平糖尿病財団、みどり健康管理センター、協和会、伯鳳会大阪中央病院、伯鳳会はくほう会セントラル病院、日本内分泌学会)、山内敏正;講演料(MSD、住友ファーマ、帝人ヘルスケア、日本ベーリンガーインゲルハイム、ノボ ノルディスク ファーマ、日本イーライリリー、田辺三菱製薬)、研究費・助成金(興和、ニプロ、日東紡績、メドミライ)、奨学(奨励)寄附(住友ファーマ、田辺三菱製薬)、寄附講座(ノボ ノルディスク ファーマ、日本ベーリンガーインゲルハイム、興和、日東紡績、朝日生命保険相互会社) 本論文のPDFをダウンロードいただけます
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