はじめに 世界の多くの国において肥満者の割合は増加し続けており、本邦における20歳以上のBMI 25kg/m2 以上の肥満者の割合は、男性33.0%、女性22.3% 1)に達している。肥満は糖尿病や脂質異常症、高尿酸血症などの代謝性疾患のみならず、閉塞性睡眠時無呼吸症候群、運動器疾患、月経異常といったさまざまな健康障害を引き起こす。日本肥満学会は、「肥満症」を「肥満に起因ないし関連する健康障害を合併するか、その合併が予測され、医学的に減量を必要とする疾患」と定義し、「肥満症治療指針」では、食事、運動、行動療法を行ったうえで減量目標が未達成の場合、肥満症治療食の強化や薬物療法、外科療法の導入を考慮することを示している 2)。肥満症治療薬として、持続性GLP-1(glucagon-like peptide-1)受容体作動薬セマグルチド(商品名:ウゴービ皮下注)が、本邦において承認を得たが、2023年現在、複数の薬剤が開発中である(図1)。本稿では、開発中の肥満症治療薬の現状とその展望について解説する。 図1 肥満症治療薬の体重減少率 それぞれの薬剤の臨床試験において示された最大の体重減少率を元に作図
Q&A編はこちら はじめに 1型糖尿病ではインスリンを分泌する膵β細胞が壊されてしまうことによりインスリンが分泌されなくなる。したがって、インスリンを補いさえすれば、1型糖尿病のない人と変わらない生活を送ることができるといわれている。しかし、適切にインスリンを補うことが簡単ではない。一人一人の生活、活動、食事の好み、体調、ライフイベント、また経済的状況などに合わせて、十人十色の血糖管理の方法がある。一人一人にベストな方法を見つけて、1型糖尿病のない人と変わらない人生を目指して、患者さんと共に取り組みたいと考える。 1.1型糖尿病の診断 1型糖尿病は発症様式別に、膵島関連自己抗体が関与する急性発症1型糖尿病 1)と緩徐進行1型糖尿病 2)、そして、特発性の劇症1型糖尿病 3)に分類される。急性発症1型糖尿病は高血糖症状の出現後、おおむね3カ月以内にケトーシスあるいはケトアシドーシスに陥り、直ちにインスリン療法を必要とする。緩徐進行1型糖尿病は、膵島関連自己抗体陽性を確認しても、ケトーシスあるいはケトアシドーシスに至らず、直ちにインスリン療法を必要としないことが多い。2023年、緩徐進行1型糖尿病の診断基準が改定された。最終観察時点でCペプチド<0.6ng/mLと内因性インスリン分泌の低下が確認されれば「緩徐進行1型糖尿病definite」と診断は確定する。インスリン分泌の低下を認めない場合は「緩徐進行1型糖尿病probable」としてCペプチドの推移を追う。この新しい診断基準により経年的に内因性インスリン分泌の低下を認めない症例においては、インスリン治療以外の治療法を検討する選択肢を考慮できるようになった。劇症1型糖尿病では高血糖症状出現後1週間前後でケトーシスやケトアシドーシスに陥り、直ちにインスリン注射の開始が必要となる。
はじめに インクレチンは、栄養素の経口摂取に伴い消化管の腸内分泌細胞から血中に分泌され、膵β細胞に作用し、インスリン分泌を増強するホルモンの総称である。グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド(glucose-dependent insulinotropic polypeptide:GIP)とグルカゴン様ペプチド-1(glucagon-like peptide-1:GLP-1)は生体で主要なインクレチンであることが示され、GIPとGLP-1は血糖値が一定以上の際にのみインスリン分泌増強作用を示すことから、2型糖尿病の治療標的として注目され、2009年からGLP-1シグナルを増強する薬剤が2型糖尿病の治療薬として世界中で広く用いられている。本稿ではGIPとGLP-1の膵β細胞への作用、生理的作用、そして分泌の分子機構について触れ、代謝内分泌疾患との関連も述べたい。 1.インクレチン効果 1932年にベルギーの生理学者Jean La Barreは、十二指腸の組織抽出物質が膵島のホルモン分泌を刺激する作用を持つことを実験的に示し、これらの生理作用を持つ腸管由来の因子を「インクレチン(incretin〔incrétine, une hormone intestine stimulait la sécrétion d’insuline、インスリンの分泌を刺激する腸管ホルモン〕)」と名付けた 1)。その後、1964年には、英国および米国の異なる研究グループが、経静脈グルコース投与と経口グルコース投与により同程度に血糖値を上昇させた際に、経口投与の方がインスリン分泌がはるかに多いことを報告し「インクレチン効果(incretin effect)」を量的に示した 2, 3)。摂食後に血糖値が上昇すると膵β細胞はインスリン分泌が誘導され、インスリン標的臓器が糖を取り込むことで血糖が低下する。栄養素の消化管への到達により分泌されるインクレチンは、膵β細胞のインスリン分泌を増強することで食後高血糖を是正し、血糖恒常性を維持する働きを持つ 4)(図1)。 図1 インクレチン効果(文献4より一部改変) 経口および経静脈グルコース投与では、経口投与の方が経静脈投与をはるかに上回るインスリン分泌を示す。「isoglycemic」経静脈投与とは、経口グルコース投与と同程度に血糖値を上昇させる経静脈的グルコース投与を行うことを意味する。
はじめに “肥満症”とは、BMI≧25の“肥満”のうち、肥満に起因ないし関連する健康障害を合併するか、その合併が予測される場合(内臓脂肪型肥満)で、医学的に減量を必要とする病態をいい、疾患単位として取り扱う(表1) 1)。また肥満症のうち、BMI≧35を高度肥満症とし明確に区別する。疾病側からみればその成因はさまざまであるが、肥満・内臓脂肪蓄積がその基盤にある病態とそうでないものを区別し合併症検索を行っていくとともに、肥満症では減量指導を第一に治療介入する意義を明確にすることが重要である。肥満症においては、食事・運動・行動療法を基本とした減量・内臓脂肪減少による健康障害の包括的な改善を目指すことを第一とするが、それらに抵抗性を示す主に高度肥満症例に対し、薬物治療や外科治療が考慮される。25≦BMI<35の肥満症の場合は、3~6カ月で現体重の3%以上の、BMI≧35の高度肥満症では現体重の5%以上の減量を目指す(図1) 1)。 表1 肥満症の診断(日本肥満学会編: 肥満症診療ガイドライン2022. ライフサイエンス出版, 東京, p.1, 9より改変) 図1 肥満症治療指針(日本肥満学会編: 肥満症診療ガイドライン2022. ライフサイエンス出版, 東京, p.3より)
三年以上にわたる新型コロナウイルス感染症との戦いも2023年5月に分類の5類移行に伴って、一つの区切りを迎え、今後、われわれは新型コロナ感染症と共存するニューノーマル時代を迎え、新たな医療の創造が求められている。このコロナのパンデミックの中でその重症化リスクとして肥満の危険性が明らかになり、コロナ以前からすでにパンデミックであった肥満の防止・治療の重要性が再認識された。 日本は世界に先駆けて肥満を病気として扱う肥満症という概念を提唱し、その治療に積極的に取り組んできたが、肥満をもたらす病態は複雑であり、基本治療である栄養・運動療法だけでは減量が困難な例も多い現状であったが、このような中、新たな肥満症治療薬の登場により、肥満症治療は急展開をしており、加えて、減量手術として始まった肥満外科治療(減量・代謝改善手術)は広く糖代謝を含めた代謝改善作用を認め、睡眠時無呼吸症候群、肥満関連がんの予防、NASH関連疾患などへの有用性も次々と明らかになっている。加えて、肥満症の治療に弊害となる肥満スティグマの問題や肥満患者に寄り添うための心理状態の理解も注目を集めており、これらの英知を集めた統合的な肥満症診療が今求められている。 本特集ではこれらの肥満症診療の進歩に焦点を当てて、薬物治療については臨床応用が進んでいるGLP-1受容体作動薬関連ペプチドについて、西澤 均先生・下村伊一郎先生に、さらに今後の肥満症治療薬の進歩・展開について廣田勇士先生に解説いただいた。また、肥満外科治療について最新の臨床応用を龍野が解説し、加えて、肥満外科治療として進歩の著しい内視鏡治療について伊藤 守先生・炭山和毅先生に解説いただいた。そして、最後に肥満症患者の心理状態と肥満スティグマについて野崎剛弘先生・澤本良子先生・小牧 元先生に解説いただいている。 本特集の執筆陣はこの分野に広範な経験と知識を有する専門家の方々であり、ご執筆の先生方のご尽力を多とするとともに、今回の特集によって読者諸賢の理解が深まり、それによって得られたものを臨床の現場にフィードバックしていただければ、企画者としてこのうえない喜びである。 著者のCOI (conflicts of interest)開示:小川 渉;講演料(住友ファーマ、アボットジャパン、日本ベーリンガーインゲルハイム、ノボ ノルディスク ファーマ)、研究費・助成金(住友ファーマ、帝人ファーマ、日本イーライリリー)、奨学(奨励)寄附(住友ファーマ、武田薬品工業、帝人ファーマ) 本論文のPDFをダウンロードいただけます
はじめに 糖尿病とその関連疾患に係る検査については、2年ごとの診療報酬改定の際に改定内容を概説してきた。今回は、2022年度の診療報酬改定に従い、「診療報酬の算定方法の一部を改正する件(告示)」 1)、「診療報酬の算定方法の一部改正に伴う実施上の留意事項について(通知)」 2)、および「特掲診療料の施設基準等およびその届出に関する手続きの取扱いについて(通知)」 3)、これらをもとに、糖尿病とその関連疾患が適応となる検査 4, 5)を、前編・後編に分けて概説する。前編では、検査の通則、検体検査判断料と検体検査管理加算、および検体検査の各項目について、後編では、呼吸循環機能検査、脳波検査、監視装置による諸検査、神経・筋検査、眼科学的検査、負荷試験および画像診断について概説する。各検査の医学的意義については、本誌の各特集などを参考にされたい。 1.医科診療報酬点数表「検査」の通則について(表1) 医科診療報酬点数表告示の第3部「検査」では、第1節に検体検査料(検体検査実施料と検体検査判断料)、第3節に生体検査料、第4節に診断穿刺・検体採取料、第5節に薬剤料、第6節に特定保険医療材料料が示されている(※第2節は病理学的検査であったが、2008年に削除され、第13部「病理診断」として、「検査」とは別扱いになった)。 第3部「検査」の通則によると、その費用は、検体検査実施料、検体検査判断料および生体検査料の各区分の所定点数により算定するが、検体を穿刺・採取した場合は、診断穿刺・検体採取料の各区分の所定点数を合算して算定する。検査に当たって患者に対し薬剤を施用した場合は、特に規定する場合を除き、各区分の所定点数および薬剤料の所定点数を合算した点数により算定する。保険医療材料を使用した場合は、各区分、薬剤料および特定保険医療材料料の所定点数を合算した点数により算定する。医科診療報酬点数表に掲げられていない特殊な検査の場合は、医科診療報酬点数表に掲げられている検査のうちで最も近似する検査の各区分の所定点数により算定する。また、対称器官に係る検査の所定点数は、特に規定する場合を除き、両側の器官の検査料に係る点数とする。 第1節検体検査料第1款検体検査実施料の通則では、入院外の患者について、緊急のために、診療時間外、休日または深夜において、保険医療機関内において検体検査を行った場合は、時間外緊急院内検査加算として、第1款の各区分の所定点数に1日につき200点を所定点数に加算できるが、外来迅速検体検査加算は別に算定できない。この外来迅速検体検査加算は、入院外の患者に実施した検体検査の結果について、検査実施日に説明し文書により情報を提供し、検査結果に基づく診療が行われた場合に、5項目を限度として、外来迅速検体検査加算として、検体検査実施料の各項目の所定点数にそれぞれ10点を加算する。
はじめに 甲状腺ホルモンは妊娠の成立、胎児の発達や成長、妊娠維持に必須となるホルモンのため、母体甲状腺機能を妊娠早期から管理することは非常に重要な意味を持つ。未治療やコントロールの困難なバセドウ病の甲状腺機能亢進症の場合には、流早産、死産、妊娠高血圧症候群、心不全や甲状腺クリーゼの発症や低出生体重児出産や新生児甲状腺機能異常発症のリスクが一般妊婦に比較して高く、未治療の甲状腺機能低下症も流早産、妊娠高血圧症候群、胎盤早期剥離、低出生体重児、分娩後出血などの原因となる。これらのリスクは、妊娠前から妊娠中に適切な治療を行うことで軽減することが可能となる。また、潜在性甲状腺機能低下症であっても、妊孕性、流産や早産、妊娠糖尿病・妊娠高血圧症候群の発症、さらには児の精神発達への影響の可能性も報告されているが、レボチロキシン治療によってそれらが改善するかどうかは明らかではない。 1.生理的な妊娠中の甲状腺機能の変化(図1) 妊婦においても、遊離T4(FT4)、TSHを測定するが、非妊婦と同様にTSH低値でFT4が高値なら甲状腺機能亢進症と考えられ、逆にTSH高値でFT4が低値なら甲状腺機能低下症と考えられる。妊娠時にはエストロゲンの増加によってサイロキシン結合蛋白(TBG)が増加し、血中総サイロキシン(TT4)は増加するが、生理作用を発揮するFT4はTBGの増加の影響を受けないので、妊娠中の甲状腺系の評価にはFT4を用いる。着床後に絨毛組織から産生される性腺刺激ホルモンであるヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)は妊娠8~10週をピークに分泌され、わずかな甲状腺刺激作用を有するため、妊娠初期にはFT4の軽度上昇とTSHの軽度低下をしばしば認める 1)。妊娠の中・後期には、FT4値は非妊娠時に比べて低値を示すことが多い(キットによりその程度はさまざまである)。妊娠中のFT4、TSH基準値は適切なヨウ素摂取対象者で決定されたその施設における各妊娠三半期の基準値が使用されるべきであるが、実際には施設ごとの基準値の決定は困難であることから、TSHの上限値はおよそ4.0μIU/mLもしくは基準値上限値−0.5μIU/mLと考えて管理を行う 2)。 妊娠12週くらいから児の甲状腺は機能をし始め20週以降には下垂体ー甲状腺系も完成することから、妊娠中のバセドウ病の病態は母児ともに考える必要がある。 図1 生理的な妊娠中の甲状腺機能の変化(Mandel SJ, Spencer CA, et al. : Are detection and treatment of thyroid insufficiency in pregnancy feasible? Thyroid. 2005; 15(1): 44-53. より作図)
はじめに 臨床的に遭遇する甲状腺腫瘍の大部分は良性腫瘍であり、圧迫症状や甲状腺機能亢進症を呈さない限り、治療の必要はほとんどない。外来診療でのポイントは治療を要する甲状腺癌を見落とさないことである。これには超音波検査と穿刺吸引超音波検査が極めて有用である。甲状腺癌の約90%を占める乳頭癌はほぼ診断可能であるが、濾胞癌を診断することは難しい。 1.超音波検査 超音波検査は非侵襲で、外来で容易に施行できる。超音波機器の進歩で空間分解能も高くなり、Bモード以外カラードプラやエラストグラフィなどのモダリティもあり、甲状腺腫瘍の診断に極めて有用である。 超音波検査の観察ポイントは甲状腺を含めた頸部領域を9区分して観察し、甲状腺病変の見落としを防ぐことが重要である(図1) 1)。見落としやすいポイントとして甲状腺上極と下極、錐体葉と甲状腺峡部、甲状腺の背面、気管の近傍、腫瘍の近傍である(図2) 1)。日本超音波医学会の甲状腺結節(腫瘤)超音波診断基準を表1に示す 2)。良性腫瘍と悪性腫瘍の鑑別に有用性が高い、①形状、②境界の明瞭性・性状、③内部エコー(エコーレベル・均質性)を中心に観察する。また、④微細高エコーの有無、⑤境界部低エコー帯も観察する。 乳頭癌の典型例では形状不整、境界部不明瞭で粗雑、内部エコーは低で不均質、微細高エコーが多発し、境界部低エコー帯は不整ないしは欠如している(図3)。 図1 甲状腺超音波検査のスクリーニング甲状腺を含め、頸部を9領域に分けて観察する
1.ポイント 骨折リスクの高い患者に対しては、骨粗鬆症治療薬の有効性評価を参考にするなど、骨折抑制効果が認められている治療薬を選択する。 骨粗鬆症の診断基準とは別に治療開始基準が定められており、骨粗鬆症性骨折リスクが高い場合には骨折予防を目的とする薬物治療の対象とする。 副甲状腺ホルモン製剤、抗RANKL抗体製剤、抗スクレロスチン抗体製剤を含め、わが国における骨粗鬆症治療薬の種類も増えてきている。 今後、わが国における高齢者や男性を含めた骨粗鬆症薬物治療のさらなるエビデンス構築が期待される。 2.総論 骨粗鬆症は「骨強度の低下を特徴とし,骨折のリスクが増大しやすくなる骨格疾患」と定義されている。骨粗鬆症の薬物療法に際し、骨折リスクの高い骨粗鬆症患者に対しては、骨粗鬆症治療薬の有効性評価を参考にするなど、できるだけ骨折抑制効果が認められている治療薬を選択する。また、骨粗鬆症の診断には至らず骨量減少と判定された場合でも、骨粗鬆症性骨折リスクが高い場合には骨折予防を目的とする薬物治療の対象とし、骨粗鬆症の診断基準 1)とは別に治療開始基準が定められている 2)。原発性骨粗鬆症の診断基準に基づいて骨粗鬆症と診断された場合、ならびに骨密度がYAMの70〜80%の閉経後女性および50歳以上の男性において脆弱性骨折がなく、大腿骨近位部骨折の家族歴またはFRAX 3)の将来10年間の主要骨粗鬆症性骨折発生確率が15%以上である場合には、薬物治療の開始を検討する。
Q&A編はこちら はじめに 二次性高血圧は特定の原因による高血圧であり、本態性高血圧とは病態や治療方針が全く異なるため適切に診断することが極めて重要である。二次性高血圧の有病率は以前考えられていたよりも高く、少なく見積もっても高血圧全体の10%以上が二次性高血圧であるとされる 1, 2)。特に原発性アルドステロン症は近年診断数が増加しており、高血圧患者の5~10%前後との報告もあるため念頭に置く必要がある。本稿ではどのような症例で二次性高血圧を疑うかについて、自験例を提示しながら解説する。また、近年新しくなった原発性アルドステロン症のスクリーニング、診断方法についても概説する。 1.症例 【現病歴】35歳女性。30歳時に高血圧を指摘され、以降アムロジピンベシル酸塩 10mg/日による治療を開始した。35歳時に人間ドックの腹部単純CT検査で左副腎偶発腫(18mmの低吸収結節)を指摘されて当院を紹介受診し、高血圧の精査目的で入院となった。【既往歴】30歳時に高血圧(二次性高血圧の精査は未施行)【内服歴】アムロジピンベシル酸塩 10mg/日【家族歴】特になし【生活社会歴】飲酒、喫煙なし、運動習慣なし、いびきなし、日中の眠気なし、体重変化なし【入院時検査所見】身長 153cm、体重 62kg(BMI 26.5)、診察室血圧 136/78mmHg(アムロジピンベシル酸塩 10mg内服下)、明らかなクッシング徴候を認めない。甲状腺腫大なし。胸部聴診上、呼吸音、心音ともに異常なし。腹部は平坦、軟で圧痛なし。腹部血管雑音なし。下腿浮腫は認めない。血液検査所見(午前9時に採取):血算に異常なし、低K血症なし、耐糖能異常なし、血漿アルドステロン濃度(PAC〔CLEIA法〕) 207pg/mL、血漿レニン活性(PRA) 0.5ng/mL/hr、PAC/PRA(ARR) 414、ACTH 7.5pg/mL、コルチゾール 16.0μg/dL、血中カテコラミン正常、随時尿中メタネフリン・ノルメタネフリン正常
第41代アメリカ合衆国大統領を務めたジョージ・ハーバート・ウォーカー・ブッシュ、いわゆるパパ・ブッシュ(図)は1924年6月12日マサチューセッツ州に生まれた。その父のプレスコット・ブッシュは裕福な実業家で、後に上院議員に選出される。家系をさかのぼればイギリス王室にいきあたるような名門であった。ブッシュは私立の有名高校在学中に兵役につき海軍で最も若いパイロットとなる。日本軍の砲撃を受けパラシュートで洋上に脱出し味方の潜水艦に救出された経験もある。復員しイェール大学に入学する直前、バーバラ・ピアースと結婚した。卒業後はテキサス州に移り、石油で富を築くと政界に進出、1964年の上院議員選挙は落選したが、2年後に下院議員に選出された。その後、国連大使、CIA(中央情報局)長官を経て、1980年の大統領選では予備選でレーガンに敗れたものの副大統領に指名され、1988年よりアメリカ大統領となった 1, 2)。 図 ジョージ・ハーバート・ウォーカー・ブッシュ(https://catalog.archives.gov/id/6630729より)
はじめに 甲状腺ホルモンの作用は「代謝の亢進」であり、全身の諸臓器に作用する。甲状腺機能低下症とは、甲状腺ホルモンの作用が不足している状態であり、臨床症状として、全身倦怠感、無気力、動作緩慢、耐寒性の低下、傾眠、体重増加、浮腫、便秘、嗄声、徐脈などを呈する。甲状腺ホルモンは視床下部-下垂体-甲状腺系により制御され、障害部位によって甲状腺におけるホルモン産生・分泌障害に起因する原発性甲状腺機能低下症と、視床下部・下垂体障害による中枢性甲状腺機能低下症に大別される。また重症度により顕性と潜在性に分類され、潜在性甲状腺機能低下症を含めると人口のおよそ10%を占める頻度の高い疾患である。多くは慢性甲状腺炎による原発性甲状腺機能低下症だが、病型や患者背景によって治療目標や治療上の注意点が異なるため、鑑別診断が重要である。 1.検査の組み立て方 甲状腺機能低下症の診断ガイドラインを表1に示す 1)。びまん性の甲状腺腫を認める場合や、甲状腺機能低下症を示唆する症状(易疲労感、耐寒性低下、便秘、体重増加、浮腫、不妊)や一般生化学・生理検査の異常(総コレステロール高値、クレアチンキナーゼ高値、肝機能異常、貧血、徐脈、心拡大など)があれば、遊離サイロキシン(FT4)、甲状腺刺激ホルモン(TSH)を測定する。FT4が低値を甲状腺機能低下症と診断し、同時に測定したTSHが高値なら原発性甲状腺機能低下症、低値~正常値であれば中枢性甲状腺機能低下症と診断する。中枢性甲状腺機能低下症の場合は、他の下垂体前葉ホルモンの分泌異常がないかを確認し、下垂体MRIにより腫瘍や炎症、外傷の有無を評価する。 表1 甲状腺機能低下症の診断ガイドライン(日本甲状腺学会: 甲状腺疾患診断ガイドライン2021(https://www.japanthyroid.jp/doctor/guideline/japanese.html#teika)より)
はじめに 甲状腺中毒症の鑑別は、甲状腺摂取率検査が施行できれば比較的容易であるが、施行できる施設は限られている。本稿では、甲状腺摂取率検査が施行できない状況下での鑑別の進め方、特にバセドウ病と無痛性甲状腺炎の鑑別について解説する。甲状腺中毒症の治療に関しては、バセドウ病の抗甲状腺薬(ATD)による治療を中心に解説する。 1.甲状腺中毒症とは 甲状腺中毒症とは、血中の甲状腺ホルモンが過剰になる状態をいう。血中の甲状腺ホルモンが過剰になる原因には二つある。一つは甲状腺ホルモンの合成・分泌が高まった状態(甲状腺機能亢進症)、もう一つは何らかの原因により甲状腺濾胞が破壊され甲状腺ホルモンが漏出する状態(破壊性甲状腺中毒症)である。甲状腺中毒症では、甲状腺ホルモンである遊離サイロキシン(FT4)、遊離トリヨードサイロニン(FT3)が高値になり、甲状腺刺激ホルモン(TSH)は低値となる。FT4・FT3は正常だがTSHが低値の状態を潜在性甲状腺中毒症という。
はじめに ストレスは食欲や睡眠といった生理現象に大きな影響を与え、行動面での変化にもつながる。こうした生理応答や行動変容においては、ストレスによって脳内で分泌される神経ペプチドが重要な役割を果たしている。ここでは、①神経内分泌とは何か、②神経内分泌はどのように生理現象や行動を制御しているのか、③ストレスによる神経内分泌の変化はどのような生理応答・行動変容をもたらすのか、の3点について解説する。脳内で分泌される神経ペプチドは100種類を超えるが、ここでは、オレキシン、オキシトシン、バソプレシン、コルチコトロピン放出ホルモン(CRH)など視床下部の神経分泌細胞によって分泌されるいくつかの神経ペプチドに絞って説明する。 1.神経内分泌とは何か? 脳は重要な内分泌器官であり、そして体内で分泌されたホルモンの重要な標的器官でもある。内分泌器官はホルモンを分泌し、分泌されたホルモンは血液や体液を介して遠方の細胞に作用する。視床下部にある神経分泌細胞はニューロンの形態を持ちながら、ホルモンとして作用する物質を分泌している。この神経分泌細胞による制御、さらに自律神経による内分泌制御を含めたシステムが、神経内分泌制御である。神経分泌細胞が産生するホルモンとして、具体的には各種の神経ペプチドが挙げられる。ヒトゲノムには90種類を超える神経ペプチド前駆体をコードする遺伝子が知られており、100種類を優に超える神経ペプチドが体内で分泌されている 1)。ここでは視床下部で産生されるいくつかの神経ペプチドを主に解説する。 オレキシン(orexinもしくはhypocretin)は、視床下部の外側野で産生される33(orexin-A)もしくは28のアミノ酸(orexin-B)からなる神経ペプチドで、主に睡眠・覚醒の制御における機能が知られている 2)。オキシトシン(oxytocin)は視床下部の室傍核および視索上核で産生される9アミノ酸からなる神経ペプチドで、社会行動の制御に関与している 3)。バソプレシン(arginine vasopressin:AVP)も視床下部の室傍核および視索上核で産生される9アミノ酸からなる神経ペプチドで、攻撃行動の制御などに関与している 4)。オキシトシンとバソプレシンの違いはわずか2アミノ酸であり、元々は共通の遺伝子から派生したものと考えられている。こうした神経ペプチドを産生するニューロンは、脳内のさまざまな領域に軸索を伸ばしており、神経ペプチドの分泌は広範囲に及ぶ。脳内で働く神経伝達物質としては、グルタミン酸やGABAなどがよく知られているが、これらは軸索末端のシナプス近傍で局所的に放出され、放出後すぐに分解されてしまう。一方、神経ペプチドが分泌されるのは軸索末端のシナプスだけには限らず、細胞体や樹状突起でも分泌される。さらに、神経ペプチドは脳内での半減期が比較的長く(例えば、オキシトシンの脳内での半減期は20分程度)、分泌部位から離れた脳領域にある受容体にも作用し得る。
はじめに 甲状腺機能検査は、主に血清のTSH値と血清甲状腺ホルモン値、特に遊離T4(FT4)値によって評価される。病態によっては、遊離T3(FT3)値も有用な場合がある。血清TSH値や血清甲状腺ホルモン値の測定にはさまざまなキットが使用され、そのキットごとに使用する測定機器も異なる。それぞれのキットには特性があり、また種々の因子が測定値に影響を及ぼす。本稿では、主に最近の筆者らの研究から得られた結果をもとに、これらの因子について概説する。 1.甲状腺機能の評価法と疾患の診断基準 甲状腺機能の評価は通常、血清TSH値とFT4値によって決定される(図1)。基本的には、両者が共に基準値範囲内であれば甲状腺機能正常、血清TSH値低値・FT4値高値であれば顕性甲状腺亢進症(中毒症)、一方、血清TSH値高値・FT4値低値であれば顕性甲状腺機能低下症と判断する。 また、血清TSH値は測定系が高感度であるため、血清FT4値よりも鋭敏に甲状腺機能を反映し、血清FT4値が基準値内でありながら血清TSH値のみが異常値を示す病態の潜在性甲状腺機能異常症が診断される。血清FT4値が基準値内で血清TSH値のみ上昇した状態を潜在性甲状腺機能低下症、逆に血清TSH値のみが低下した病態を潜在性甲状腺機能亢進症(中毒症)と診断する。 図1 甲状腺機能評価と疾患(筆者ら作成)
Q&A編はこちら はじめに 近年、飽食の時代の到来ともにわが国でも肥満人口が増加し、内臓肥満を基盤に複数の生活習慣病が集積するメタボリックシンドローム(MetS)が予備群合わせて、成人男性の2人に1人、女性の5人に1人にのぼる 1)。国内外の疫学研究より、MetSの危険因子が重積するほど心血管病(CVD)リスクが上昇し、脳卒中、CVDや慢性腎臓病(CKD)の発症率が有意に高くなることが示された 2, 3)。糖尿病においても肥満が原因で発症する患者が急増していたため 4)、当院の糖尿病センターでは、2001年に「肥満・運動療法外来」を開設し、2004年以降は「肥満・メタボリック症候群外来」と改称して、22年にわたり、肥満を専門とした生活習慣病の診療を行ってきた。本稿では、22年来の多職種連携による肥満・メタボ診療の経験に基づいて、効果的な肥満治療の動機付けについて概説する。 1.日本人肥満症の実態―国立病院機構多施設共同研究の成績から― 国民健康づくり運動「健康日本21」の最終報告では、日常生活の歩数や肥満者の割合などの目標値に対する達成状況が非常に悪く、肥満者の「生活習慣の是正」や「減量すること」の難しさがうかがえる。われわれが2006年より構築してきた国立病院機構(NHO)多施設共同肥満症コホート(NHO Japan Obesity & Metabolic Syndrome Study:JOMS〔図1〕)ではMetS危険因子が重積するほど高感度CRPや動脈硬化指標(CAVI)などのCVDリスクやCVDイベントが有意に上昇することを認めた 5, 6)。また、3カ月の減量治療でもCVDやCKDリスクが有意に改善しており(図2) 5~7)、減量治療の重要性が示されたが、日本肥満学会の肥満症診療ガイドライン2022では、減量目標は3~6カ月で現体重の3%減と明記されている 8)。一方、われわれのNHO-JOMSコホートにおける5年の追跡調査では、MetS・CVDリスクの改善には長期では7%以上の減量が必要であることが示された 9)。 図1 国立病院機構(NHO)肥満症ネットワーク研究 わが国のメタボリックシンドロームにおける減量効果に関する多施設共同研究 2006~2011年
はじめに 甲状腺疾患の特徴は、甲状腺腫と甲状腺機能異常に基づく多彩な症状を呈することである。表1は、種々の甲状腺疾患を甲状腺腫(びまん性または結節性)の有無と甲状腺機能によって分類したものである。それぞれの疾患の詳細は各論を参照されたい。 表1 種々の甲状腺疾患の甲状腺機能と甲状腺腫 画像をクリックすると拡大します 表1 種々の甲状腺疾患の甲状腺機能と甲状腺腫 $(".vol4_t1_01").modaal(); 1.甲状腺疾患の頻度 甲状腺疾患は、頸部の腫れや甲状腺機能異常の症状で自ら医療機関を受診し診断される場合と、検診や人間ドックで無症状(または有症状と自覚していない)ながらも医師によって甲状腺ホルモン疾患が疑われて検査・診断される場合がある。したがって、頻度を考える場合は、母集団の選び方によるバイアスを考慮しなければならない。たとえば、ドックによる検出では、有症状ですでに医療機関を受診している集団があらかじめ除外されている可能性がある。逆に、潜在性の甲状腺機能異常症はドックや健診でないと見過ごされてしまう。そのことを意識しながら以下の統計を参考にされたい。 1)甲状腺機能異常の頻度 (1)人間ドック ある施設の調査では、2,074人中、顕性甲状腺機能低下症0.5%、潜在性甲状腺機能低下症4.7%、顕性甲状腺機能亢進症0.4%、潜在性甲状腺機能亢進症0.8%で、抗サイログロブリン抗体(TgAb)陽性9.5%、抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPOAb)陽性16.0%であった 1)。別の施設の調査では、1,818人中、顕性甲状腺機能低下症0.7%、潜在性甲状腺機能低下症5.8%、顕性甲状腺機能亢進症0.7%、潜在性甲状腺機能亢進症2.1%であった。TgAbまたはTPOAbがいずれか陽性は、男性で17.7%、女性で31.4%であった 2)。
甲状腺疾患は内分泌疾患の中での頻度は高いものの、甲状腺ホルモン測定が一般血液検査に含まれない特殊検査であるため、疑って測定しない限りは診断に至りにくい現状がある。そこで、日常診療において甲状腺疾患の可能性を想起するために必要な基礎知識として、甲状腺疾患の頻度、甲状腺疾患を疑うべき症状、見逃さないポイントを京都医療センター 田上哲也先生に解説していただいた。次に、甲状腺機能検査を行った際の評価の注意点、性別や年齢別の評価、偽高値を疑うポイントを群馬大学 山田早耶香先生・堀口和彦先生・山田正信先生に最新の知見を交えてご紹介いただいた。 甲状腺ホルモンが過剰な状態は、全身にさまざまな症状を引き起こす。しかしその原因疾患によって治療法が異なる。教科書には鑑別診断における甲状腺摂取率検査(シンチグラフィ)の重要性が記載されている。しかし、本検査は実施が難しい施設が多いため、その観点から検査の組み立て方、治療法について田尻クリニック 濱田勝彦先生に紐解いていただいた。甲状腺ホルモンが不足する機能低下症についても、検査の組み立て方、原発性と中枢性甲状腺機能低下症、補充療法の仕方や治療の指標について長崎大学病院 中嶋遥美先生、放射線影響研究所 今泉美彩先生に項目を分けて提示いただいた。 頸部超音波にて甲状腺内に結節を認めた際には、対応に戸惑うことがあるかと思われる。甲状腺外科の立場から超音波検査での良悪性の判断、穿刺吸引細胞診を施行する基準、細胞診の実際、病理組織分類、手術適応について伊藤病院 北川 亘先生に図表豊富に指南していただいた。 甲状腺機能異常は妊娠可能年齢の女性に多いことから、妊娠との関連については診療ではよく尋ねられると思われる。甲状腺疾患を持つ女性における妊娠・出産での留意点について国立成育医療研究センター 荒田尚子先生にガイダンスをお願いした。 今回の特集は甲状腺疾患診療において第一線でご活躍の先生方に執筆いただいた。日々の診療に、実践的に活かせるエッセンスが詰まっている。日常の診療の中で甲状腺疾患を疑い、不安なく診断・治療へとつなげる一助になることを願ってやまない。 著者のCOI (conflicts of interest)開示:本論文発表内容に関連して特に申告なし 本論文のPDFをダウンロードいただけます
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