(扉)特集にあたって
https://doi.org/10.57554/2025-0083
下垂体は「ホルモンの司令塔」と称され、全身の恒常性維持に重要な役割を担う。その一方で、疾患の稀少性や症状の多彩さ、診断・治療に高度な専門性を要することから、臨床現場では常に課題が存在してきた。近年は画像診断技術や内分泌検査の精緻化、外科・内科治療の進歩、免疫学的研究や分子病態の解明などにより、下垂体疾患診療は大きな変革期を迎えている。こうした背景を踏まえ、本特集では「プラクティス」という視点から、日常診療に直結する最新知識と実践的対応を提示することを目的とした。
まず福原紀章先生(虎の門病院)による「画像所見と臨床所見に基づいた下垂体疾患の診断」では、傍鞍部に生じる多彩な病変をいかに鑑別するかという基本課題を取り上げた。MRI所見に加え、病態や臨床症状を統合して判断する姿勢は不可欠であり、豊富な臨床経験に基づいた解説と画像は日常診療の指針となろう。
続いて大町侑香先生・福岡秀規先生(神戸大学)による「先端巨大症の診断と治療update」、亀田啓先生(北海道大学)による「クッシング病の診断と治療update」では、代表的な機能性下垂体腫瘍の診断と治療戦略が整理されている。腫瘍の制御に加え、心血管疾患や骨代謝異常、感染症など全身合併症への対応が予後に直結するため、包括的視点の重要性が強調される。新規薬物療法や治療方針のアップデートは、日常診療に対して大きな示唆となるだろう。
さらに浦井伸先生・髙橋裕先生(奈良県立医科大学)による「自己免疫性下垂体疾患:新たな疾患概念とその臨床的意義」では、リンパ球性漏斗下垂体後葉炎の自己抗原として同定されたラブフィリン3A抗体、免疫チェックポイント阻害薬による下垂体炎や傍腫瘍性自己免疫性下垂体炎など、新たに明らかとなった疾患概念が紹介される。内分泌学と腫瘍免疫学が交差する領域であり、今後の研究進展が期待される。
また大月道夫先生(東京女子医科大学)による「下垂体機能の評価:ホルモン基礎値の評価から内分泌負荷試験の実際と注意点」では、基礎値評価と負荷試験の解釈に加え、下垂体卒中やブロモクリプチンによる悪心などのリスクが具体的に示され、医師のみならず看護師にとっても有用である。
最後に中野靖浩先生・大塚文雄先生(岡山大学)による「下垂体機能低下症におけるホルモン補充療法」では、一般的な補充療法に加え、年齢やライフステージに応じた工夫、さらにシックデイ対応や自己注射指導、服薬支援といった患者教育の実際が解説されている。医師のみならず看護師・薬剤師にとっても不可欠な知識である。
本特集で取り上げたテーマはいずれも日常診療に根ざし、かつ最新の学術的進歩を反映したものである。診断から長期フォローアップまでを支える実践的知識は、まさに「プラクティス」と呼ぶにふさわしい。下垂体疾患診療は今後さらに個別化医療・患者中心医療の観点からの発展が求められる領域であり、本特集がその一助となることを願う。
著者のCOI(conflicts of interest)開示:竹内靖博;講演料(協和キリン、アムジェン、アレクシオンファーマ)