2024年5月15日、第67回日本糖尿病学会年次学術集会の開催直前に、Dexcom G7 CGMシステムのセンサーが発売となった。同日さっそく処方してもらい使用を開始したので、まずはこのG7の使用感についてレポートしようと思う。
はじめに スポーツ飲料の宣伝を目にすることが多くなった。猛暑が続いており、2022年のスポーツドリンク販売金額は3,367億円、前年比113.7%で前年を上回っている(全国清涼飲料連合)。多くの方が、スポーツというと、脱水予防、と思いつかれるかもしれないが、注意点もある。以下にスポーツにおける、水電解質の変化を述べてみたい。
はじめに 過度で持続的な運動は視床下部~下垂体~性腺系を抑制し性腺機能低下症を引き起こす可能性があり、女性アスリートにおいては無月経の原因となる。無月経に加えて、骨密度の低下、摂食障害を合わせて女性アスリートの三主徴(Female Athlete Triad:Triad)として報告されている 1)。しかし、男性アスリートにおける精巣機能の変化については十分明らかにされてはいない。一方、市民レベルでジョギングなどの有酸素運動や筋肉トレーニングは血中テストステロン上昇につながることも報告されている 2)。 本稿では男性ホルモンとその作用、男性ホルモン低下により出現する症状、運動による男性ホルモン低下、男性ホルモン補充療法のエビデンスなどについて概説する。
ポイント クッシング症候群は症状が非特異的と考えられており、診断が遅れがちな疾患である。しかしながら、診断に役立ついくつかの典型的な身体所見、症状を知っていると診断を早めることができる。クッシング症候群を疑った際の確定診断は、①病的な高コルチゾール血症があることの診断、②血中ACTH値測定によるACTH依存性の有無の確認、③ACTH依存性の場合はクッシング病と異所性ACTH産生腫瘍との鑑別、というように、順を追って行う。 診断確定に時間をかけて、その間に日和見感染症を発症させないことが大事である。著しい高コルチゾール血症(例えば40μg/dL以上など)が見出された場合は、ただちに治療を始めることによりカリニ肺炎や日和見感染症などの重症感染症の発症を予防する必要がある。診断は高コルチゾール血症をコントロールしたのちに行ってもまったく支障はない。この際の治療は、副腎酵素合成阻害薬による自発性コルチゾール分泌を強力に抑制するとともに、コルチゾールが低下してきたらコルチゾールの補充を加える「block and replace療法」で行うことが事故を少なくする秘訣である。
Q&A編はこちら はじめに 糖尿病性腎症は透析導入原因疾患の38.7%を占め、最多である 1)。また、糖尿病は透析患者の死因の26.4% 1)を占める心血管死の原因とも深く関わり、腎予後・生命予後の観点からも糖尿病治療は重要である。治療経過は長く、薬物療法以外に食事療法、運動療法、生活習慣管理などさまざまな介入を長期間に渡り継続することが必要となる。 本稿では医師、看護師、栄養士、薬剤師などから構成されるチームの糖尿病性腎症患者への療養支援について記載する。
はじめに 女性アスリートは無月経や月経随伴症状など、女性特有の健康問題を抱えながら競技生活を送っていることが少なくない。これらは競技パフォーマンスだけでなく生涯の健康に関わる可能性もあるため、アスリート自身はもちろんのこと、指導者や医療従事者を含む支援者が早期に問題に気付き、対応することが重要となる。本稿では、女性ホルモンと関わりの深い女性アスリートにおける医学的問題について、無月経と月経随伴症状を中心に概説する。
はじめに 最近の一連の研究では、骨が自身からのホルモン分泌を介して全身の対処に影響を及ぼす内分泌臓器としての位置が確立してきている。骨由来の4種のホルモン、オステオカルシン(osteocalcin:OC)、リポカリン2(lipocalin 2:LCN2)、スクレロスチン(sclerostin:Scl)、fibroblast growth factor 23(FGF23)が心血管機能に影響を及ぼし、2型糖尿病(type 2 diabetes:T2DM)や心血管疾患(cardiovascular disease:CVD)など種々の代謝性疾患の発症に関与するとの報告がみられる。
はじめに 超高齢社会に直面したわが国では、社会保障制度を持続可能なものとすることが不可欠である。また、自然災害の発生や新型コロナウイルス感染症の流行により安全保障や危機管理の観点からも、これらの情報の利活用推進、および医療分野のセキュリティ対策の強化が必須である。2022年6月7日閣議決定の「経済財政運営と改革の基本方針 2022」において、「全国医療情報プラットフォームの創設」、「電子カルテ情報の標準化等」および「診療報酬改定DX(Digital Transformation)」の取組を行政と関係業界が進めることとし、内閣総理大臣が本部長になり関係閣僚により構成される「医療DX推進本部」が設置され、政府を挙げて施策を推進していく旨が打ち出された 1)。そして、進化するデジタル技術を最大限に活用し、医療機関などにおける負担の極小化を目指すことを最終ゴールとした「診療報酬改定DX対応方針」が示された 2)。 今回は、このような「医療DX」の推進、および「診療報酬改定DX」について、2024年度診療報酬改定の答申を踏まえ、診療報酬改定DXおよび糖尿病とのかかわりについて概説する。
はじめに タンパク質は三大栄養素の一つで、グラム当たりのカロリーは炭水化物と同じく4kcal程度である。脂質は中性脂肪として脂肪組織に、炭水化物はグリコーゲンとして肝臓および筋肉に貯蔵されるのに対して、タンパク質のエネルギー源としての貯蔵を目的とした特定の分子は知られていない。
はじめに 運動は糖尿病や肥満症、高血圧症、脂質異常症などの心血管リスクファクターの改善、QOLやうつ状態、認知機能障害の改善、がんの予防効果など、さまざまな作用が知られている(図1)。運動が健康につながるメカニズムは未解明な部分が多いが、筋肉量と寿命とに有意な相関があることが数多くの疫学的研究で報告されるなど 1)、運動の中心的役割を担う器官である骨格筋がその鍵となる可能性が示唆されている。骨格筋は体重の約40%を占め、運動器としての役割以外にも、多臓器と連関し、全身に影響を与えていると考えられており、特にマイオカインが運動と健康のメカニズムを解明する上で注目されている。マイオカインは、ギリシャ語のmyo-(筋)とkine-(作動物質)から作られた造語であり、骨格筋から分泌され、オートクライン、パラクライン、エンドクライン作用により骨格筋自身や遠隔の臓器、組織に作用する生理活性物質の総称である 2)。現在までに数多くのマイオカインが発見され、これらが骨格筋を中心とした多臓器連関として、健康維持や疾患改善に役立っていることが明らかになっている(図2)。本稿では運動によって分泌が変化するマイオカインに着目し、骨格筋や代謝への影響と今後の展望を中心に概説する。
はじめに 現代社会では、科学技術の発達と生活の利便性向上により身体を動かす機会が減少し、種々の生活習慣病を発症させる要因となっている。また、information technology(IT)の普及に伴い、巷に溢れた情報が精神的な負担となり、うつやストレスの原因となっている。こういった健康を蝕むさまざまな脅威に直面する現代人にとって、主体的に運動・スポーツに親しむことは、体力の維持・増進、疾病やうつの予防、ストレスの軽減など、心身の健康に大きな効果をもたらすことが期待されている 1)。
「スポーツ」と聞いて何を思い浮かべるだろうか…? 春であれば新たなシーズンが始まる野球、サッカー、冬であればラグビー、スキーなどさまざまな競技スポーツを思い起こす方が多いのではないかと思う。柔道、剣道、相撲、レスリングなどの格闘技や、バレーボール、バスケットボールなどの球技を想起される方もいらっしゃると思う。しかし、中世の英国では狩猟、乗馬、釣りがスポーツであった。スポーツ(sport)の語源はラテン語の“deportare(運び去る、運搬する)”という言葉である。つまり、気分の転換、仕事や家事などの日常生活からの解放こそがスポーツ、スポーツは遊ぶことであり、楽しむことなのである。 しかし日本では運動嫌いの人たちが少なくない。その理由の一つとして、体育の授業が挙げられる。私自身も鉄棒では前方支持回転ができずに劣等感に打ちひしがれたし、授業中に「達成感」を実感したこともない。一部の教師は何をするにも命令口調で、辟易とした覚えがある。大学ではサッカー部に所属し、有能な先輩たちの活躍で東日本医科学生総合体育大会での優勝も経験したが、私がスポーツとして心から楽しむことができたのは、40歳の中盤から始めたフルマラソンだった。 ゴルフの際になかなか人数が集まらなかったので、一人でできるジョギングを始めた。手始めに10kmのロードレースを走り、3カ月後には、ハーフマラソンを経験した。そして、半年後に無謀にもホノルルマラソンに挑戦したのである。フルマラソンはハーフマラソンの「2倍」の距離を走るレースだが、苦しさと辛さは、5倍にも10倍にも思えた。レースの後半には、もう2度とマラソンなんか走らない…と繰り返し呟いていた。しかし、レースが終わって数時間経つと、何とも言えぬ達成感と充実感を覚えたのである。そして、その後もマウイマラソン、シドニーマラソン、NAHAマラソン、北海道マラソンなど30を超える大会に参加した。走るということが、何も考えずに自由になれる、楽しいものだと実感したのである。スポーツはまさに遊ぶことであり、楽しむことなのである。 ひとが遊び、楽しむことのサイエンスをまとめてみたいと思い「スポーツと内分泌疾患」というタイトルの特集を組んでみた次第である。遊び好きの私が原案を作り、まじめで勉強家の細井雅之先生が多くのエキスパートの先生たちに声をかけてくださり、今回の特集が出来上がった。 メンタルヘルス、骨格筋・骨関連ホルモン、ジェンダー、水電解質、糖代謝異常など多くの側面からのスポートロジーをお楽しみいただきたい。 著者のCOI (conflicts of interest)開示:細井雅之;講演料(サノフィ、住友ファーマ、日本イーライリリー) 本論文のPDFをダウンロードいただけます
はじめに 慢性腎臓病(chronic kidney disease : CKD)は、日本の成人の12.9%、約1,330万人以上が罹患していると報告されており、一般診療で遭遇することの多い疾患である。CKD患者の多くは高血圧を合併しており、高血圧の合併はさらなる腎機能低下へつながるため、CKD合併高血圧患者では適切な血圧管理が求められる。本稿では、CKD合併高血圧の薬剤治療について解説する。 1.高血圧とCKDの関連 高血圧とCKDは密接に関連している。高血圧はCKDの原因となり既存のCKDを悪化させる一方で、CKDは高血圧の原因となり既存の高血圧を悪化させる。高血圧が持続すると腎血管が動脈硬化を起こし、腎実質への血流が低下する。そのため腎組織線維化や糸球体硬化を介して腎機能障害へと進展する。腎機能障害が進行すると、腎臓からのNa排泄障害による体液量の増加、レニン・アンジオテンシン(renin-angiotensin : RA)系の活性化、交感神経系の活性化が生じることで、高血圧が増悪する。CKDの進展や高血圧の管理不良は、心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患(cardiovascular disease : CVD)発症のリスク因子である。この悪循環を未然に防ぎ、CVD発症リスクを低下させるために、血圧の管理は大変重要である。高血圧への対策としては、食事療法、運動療法、薬剤治療があり個々の状態に応じて必要な治療を選択する必要がある。 2.糖尿病とCKDの関連 糖尿病も高血圧と同様にCKDに合併しやすい生活習慣病であり、糖尿病性腎症は本邦における末期腎不全の原疾患の第一位である。また高血圧と糖尿病は高率に合併する。糖尿病性腎症は微量アルブミン尿で発症し、持続性蛋白尿、腎臓機能低下へと進行する疾患である。糖尿病性腎症の治療は厳格な血糖調整に加え、アルブミン尿・蛋白尿を軽減させるため、糸球体への負担(糸球体高血圧)への対応が必要である。その治療としてRA系阻害薬が有効であることがさまざまな臨床試験で示されている。
『人間喜劇』で知られるフランスの小説家、オノレ・ド・バルザック(図)は1799年5月20日、フランス中央に位置するトゥールに生まれた。出生証明書はトゥールの市役所に現在も保管されているが、貴族の称号である「ド」は見当たらず自称である。父のベルナール・フランソワは農民の出身であったが、故郷を出て成り上がり、第22師団の兵站(補給部隊)部長であった。母は父よりも30歳以上年下であった。 バルザックは生まれてすぐ乳母のところに4年間預けられ、8歳からは修道会の寄宿舎に入った。病気のため15歳で退学、その後パリの学校の寄宿制となった後、法学部に進学した。代訴人の事務所に入ったバルザックであったが、20歳のときに文筆で身をたてると宣言し、交渉の末、父親から2年の猶予と仕送りをもらうこととなった。しかし2年で著名な作家となることは叶わず、ペンネームを用いて大衆小説を量産し、生活費を得ることとなった。1829年3月に本人名義で「最後のふくろう党員」を出版、翌1830年に発表した「あら皮」で文壇での地位を確立した 1, 2)。 図 オノレ・ド・バルザック(Paul Nadar, Public domain, ウィキメディア・コモンズより)
はじめに 食塩制限は栄養指導の中でも最も基本となるところであり、多くの慢性腎臓病(CKD)患者は食塩制限を指導されている。CKD患者にとって食塩制限は非常に理にかなっていそうだが、臨床研究に裏打ちされたエビデンスはどの程度あるのだろうか。2023年に日本腎臓学会による「エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2023」が発行されたが 1)、筆者は「CKD患者への食塩制限は推奨されるか?」に対するステートメントに対してシステマティックレビューの取りまとめを担当させていただいた。本稿ではCKD患者の高血圧管理に関して、食塩制限を中心に概説したい。 1.食塩制限 ―Salt(食塩)と Sodium(ナトリウム) まず基本的なことではあるが、用語の確認である。「Salt(食塩)」 と「Sodium(ナトリウム)」は異なる。日本では通常「Salt(食塩)」と表記されるが、英語では「Sodium(ナトリウム)」と表記されることが多い。例えば英語表記で「Dietary sodium should be restricted to no more than 3g per day.」とあった場合に「食塩摂取は3g/日未満」と誤解する医師は少なくない。「Salt(食塩)」 と「Sodium(ナトリウム)」は表1のように換算されるわけで、この英語表記は「食塩摂取は7.5g/日未満」ということになる。 この誤解を避けるため、ガイドライン中では「塩分」や「減塩」という用語は使用せずに、「食塩」(すなわちNaCl)や「食塩制限」で統一することにした。 表1 Salt(食塩)とSodium(ナトリウム)は違う
ポイント 甲状腺のしこりを「甲状腺結節」、結節により甲状腺が腫れている状態を「結節性甲状腺腫」という。 経過観察期間についてのエビデンスは乏しいが、ACR-TIRADSでは5年としている。 欧米では細胞診検体による遺伝子パネル検査が実用化され、診断的治療を目的とした甲状腺手術は抑制される方向になりつつある。 多結節性甲状腺腫は遺伝性疾患に関連していることがあり、該当する疾患を知っておくことが必要である。 1.用語について 甲状腺内のしこり(腫瘤性病変)は慣習的に「結節」が使用され、臓器名と合わせて「甲状腺結節」と呼称される。結節により甲状腺が腫脹している状態を「結節性甲状腺腫」といい、バセドウ病や橋本病など結節を伴わずに甲状腺全体が腫脹する「びまん性甲状腺腫」と対比して使用される。同様の成り立ちの用語は他領域ではまれで、混乱を招きやすいが、しこりがあることの臨床的・暫定的診断名であると考えれば理解しやすい。多発している場合に「多結節性甲状腺腫」、甲状腺機能亢進症を伴う場合には「中毒性結節性甲状腺腫」や「機能性甲状腺結節」、超音波・細胞診検査などを経て良性の可能性が極めて高い場合には「甲状腺良性結節」などの派生した用語がある。 また類似した用語に「濾胞性腫瘍」があるが、超音波検査や細胞診の結果により、濾胞癌との鑑別が困難な病変であることを強調した用語である。濾胞癌は定義上、手術により病変全体を切除し、組織検査を行わなければ診断の確定は不可能であるため、こちらも術前の暫定診断として使用される。 甲状腺結節の多くは腺腫様甲状腺腫をはじめとする良性疾患であり、また仮に悪性腫瘍が合併していても乳頭癌をはじめとして、悪性度が低く、予後も良好なものが多い。このため、近年は超音波検査をはじめとする画像診断機器の高精度化に伴う過剰診断・過剰治療がむしろ問題となっている。また有病率は高いが、予後良好であるがゆえに、RCTなど質の高いエビデンスはほとんどない。こうした点が理解を妨げ、専門家以外には扱いづらい疾患になっていると思われる。本稿では日常臨床で最もよく遭遇する甲状腺中毒症を伴わない、嚢胞以外の甲状腺結節、特に細胞診で悪性の疑いに至らない結節の扱いについての現状を、限られたエビデンスとともに述べる。
新型コロナウイルスの脅威がすっかり過ぎ去ったかのような社会全体のムードに伴って人々が行き交うようになり、学会や講演会も現地で開催されることが増えてきた。昨年12月には2週連続で週末開催の学会に参加し、リアルタイム(rt)CGMに関するランチョンセミナーでの講演を行ってきた。 1週目は、熊本で開催された第61回日本糖尿病学会九州地方会である。飛行機で当日向かうか前泊するかの選択を迫られたのだが、そこは鉄人の意地として、鉄路での移動以外に選択の余地はない。特に岡山より西へ行くときには、必ず寝台特急「サンライズ瀬戸・出雲」に乗ると決めている(写真1, 2)。今回は久しぶりにシングルデラックスという比較的広い個室を予約することができた(写真3)。岡山からの新幹線では、下調べをしていたわけではないのだが、幸運にも500系に乗車することができた(写真4)。熊本は2013年の日本糖尿病学会年次学術集会以来の10年振りであったが、贔屓にしている「黒亭」で熊本ラーメンをいただいた(写真5)。 写真1 サンライズ@東京駅写真2 乗車前
はじめに 糖尿病治療の目的は、「糖尿病のない人と変わらない寿命とQOLの実現を目指すこと」とされており、糖尿病に関連する合併症を防ぐことである。英国で行われたUKPDS(United Kingdom Prospective Diabetes Study)において血糖以上に血圧コントロールがより有効に、効率的に合併症を防げることが明らかとなり、糖尿病合併高血圧患者の降圧治療は必須である。 糖尿病合併高血圧患者は脳血管障害・冠動脈疾患のハイリスク集団であり、厳格な血圧管理が求められている。高血圧の治療目標が、脳心血管病の抑制であることを考えれば脳心血管イベントの予防を目指した厳格な降圧療法は極めて重要である。これまで高血圧症への治療介入については、従来から豊富なエビデンスの蓄積があるレニン・アンジオテンシン(RA)系阻害薬が中心的な役割を担ってきたが、近年開発された新規ミネラルコルチコイド受容体(MR)拮抗薬や経口血糖降下薬であるSGLT2(sodium glucose co-transporter 2)阻害薬が糖尿病関連腎臓病(DKD)進行抑制効果や降圧作用も併せ持つことが報告されている。 本稿では、DKDの進展抑制において極めて重要な要素である糖尿病合併高血圧症の疫学、病態、治療について、「高血圧治療ガイドライン(JSH)2019」および「糖尿病診療ガイドライン2019」を踏まえながら概説する。さらに、前述したMR拮抗薬やSGLT2阻害薬に加えて、高血圧治療薬として承認されているアンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)についても最新の知見を述べる。 1.糖尿病合併高血圧症の疫学 国内外の疫学研究によると糖尿病患者では、非糖尿病患者に比べて高血圧の頻度が高く、高血圧患者においても糖尿病の頻度は非高血圧に比べて高いことが報告されている 1)。また、1型糖尿病および2型糖尿病で高血圧を合併すると、大血管疾患発症および死亡のリスクが上昇する。アジア・太平洋地域の前向きコホート研究の個人データに基づくメタ解析(APCSC)によると、糖尿病患者では、収縮期血圧が10mmHg上昇するに従い大血管疾患死亡は18%増加することが示されている 2)。また、2型糖尿病における高血圧症例を非厳格降圧療法群と厳格降圧療法群に割り付け、平均10.5年間追跡した介入研究(UKPDS36)によると、大血管疾患の発生率は、追跡完了までの平均収縮期血圧の上昇とともに増加することが示されている 3)。そのため、糖尿病診療ガイドライン2019のステートメントとして、糖尿病と高血圧はいずれも動脈硬化による大血管疾患の確立したリスク因子であり、糖尿病に高血圧が合併すると大血管疾患の発症頻度が増加し、予後が悪化すると明記されている 4)。 さらに、高血圧症が糖尿病性腎症、糖尿病網膜症、糖尿病性神経障害などの細小血管症のリスク因子となることが1型糖尿病、2型糖尿病ともに報告されている。一般的に、1型糖尿病患者における高血圧症は、微量アルブミン尿または明白な腎症を有する患者に認められる。デンマークの横断研究によると、蛋白尿陰性の1型糖尿病患者で、高血圧症の頻度は一般人口4.4%に対して3.9%であったと報告されている 5)。一方で、2型糖尿病患者における高血圧症は、一般的に腎臓病に先がけて存在する。新規に診断された蛋白尿陰性の2型糖尿病の58% 6)もしくは70%以上 7)に高血圧症の合併が認められると報告されている。すなわち、高血圧発症は腎機能低下には関連するが、糖尿病罹病期間には関連しないことが示唆されている。 このように、アルブミン尿は2型糖尿病よりも1型糖尿病で高血圧に先行するが、両病型とも腎機能の増悪はさらなる血圧上昇に関連する。糖尿病性腎症における高血圧の罹患率は、慢性腎臓病(CKD)の各stageで増加し、末期腎不全患者では90%に近い 8)。腎疾患や高血圧症に対する個々の感受性は、多くの糖尿病患者に共通する代謝性障害と血行動態変化の組み合わせ、さらには各患者の脆弱性をさらに左右する遺伝的決定要因を含む可能性がある。
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