今年の夏休みは、一人旅に出かけた。6月下旬の土曜日、札幌に用事があったので、その後ひたすら西へ東へと乗り物を乗り継ぐことにしたのだ。今回、銀輪は持参しなかった。 旅の始まりは函館だ。金曜日の夜、北海道新幹線で東京駅を出発し、深夜の到着。その日はホテル併設の温泉に浸かるだけで、主たる目的は朝食のバイキングである。北海道産いくらの醤油漬け食べ放題が有名な宿なのだ(写真1)。満腹になったところで、さっさと特急列車に乗り込み札幌へと向かう(写真2)。 写真1 いくら写真2 特急北斗 札幌へ行った時に必ず立ち寄るのが、雪印パーラーである(写真3)。この店の看板メニューであるアイスクリーム「スノーロイヤル」は、昭和43年(1968年)の8月、北海道百年記念式典に際しご臨場された天皇・皇后両陛下のために作られた。現在でも、北海道・雪印パーラーのみの限定販売である(写真4)。乳脂肪分はなんと15.6% 。ハーゲンダッツのバニラでも15.0%であるから、それよりも多く乳脂肪分を含んでいる。ちなみに、乳固形分15.0%以上(乳脂肪分8.0%以上)のものを「アイスクリーム」といい、乳固形分10.0%以上(乳脂肪分3.0%以上)のものは「アイスミルク」、乳固形分3.0%以上のものは「ラクトアイス」と分類されている。
Q&A編はこちら はじめに 妊娠糖尿病は、日本において妊婦の12.1%で合併する妊娠中の比較的頻度の高い合併症であり 1)、母体の高血糖によって、母体の妊娠高血圧症候群・早産・帝王切開のリスク、胎児の巨大児・肩甲難産・高ビリルビン血症・低血糖・呼吸障害・NICU入室などのリスクが増大する 2)。一方で、妊娠中に血糖を良好に管理することでそれらの合併症を抑制できる 3)ことが知られているが、妊娠糖尿病と診断された妊婦は、その病気の受容や治療管理に関わる負担は大きいことが臨床の場面では多く経験される。妊娠中は精神的にも不安定な状態になりやすいこともあり、適切なサポートには多職種で取り組む心理的配慮が大変重要であろう。 多職種医療従事者の各知見をもとに、妊娠糖尿病に対するチーム医療と心理的配慮に注目した新たな取り組みとして、近年関心を集めているモバイル・アプリケーションやオンライン診療について先進的な取り組みも含めて紹介する。 1.多職種で考える妊娠糖尿病 1)医師の視点から 妊娠糖尿病と診断された患者は、病気の受け入れから始まる。“糖尿病”という言葉が持つ“スティグマ(負の烙印)”の影響もあり、診断にショックを受ける人が少なくない。しっかりと病気を理解してもらい、適切な治療管理につなげることが大切である。日本を含む東南アジアの妊娠糖尿病の有病率は12.7%、標準化有病率(年齢を25~30歳に標準化した場合)は20.8%と、北米(有病率6.0%、標準化有病率7.1%)や欧州(有病率7.0%、標準化有病率7.8%)と比較しても高いことが知られている 4)。晩婚化や高齢出産の影響もあり、日本での妊娠糖尿病の有病率はさらに上昇することが予想されている。妊娠糖尿病は、体質や年齢、妊娠という特殊な状況が組み合わさって起きていること、妊娠糖尿病の合併症や経過、治療目標や方法も糖尿病とは異なることをしっかりと理解してもらうことが良好な医師との関係構築において重要である。将来の子どもに対する希望と責任を強く感じる時期であるからこそ、適切な医学的知識の提供と多職種と連携した心理的配慮が適切な医学的管理に導く上でとても大切である。 【妊娠糖尿病症例】 年齢23歳、妊娠前BMI 19kg/m2で妊娠中期の75gOGTTで2点陽性となり、妊娠糖尿病と診断された。母体の体重増加がほとんどない(『産婦人科診療ガイドライン産科編 2023』では妊娠前に普通体重の方で10~13kg増加が指導の目安 5))ことから、食事量の聞き取りを行ったところ明らかに食事量、特に炭水化物の摂取を制限されており、400~600kcal/日の摂取量と推定された。本人はやはり炭水化物の摂取に伴う血糖上昇に対して自責とインスリン導入への過剰な忌避から、必要以上の炭水化物、食事摂取を制限していた。 日本は世界的にも低出生体重児が多く、その割合が上昇していることが問題となっている。最近の研究では、低出生体重児は将来の2型糖尿病や肥満、心血管疾患、精神疾患の発症に関連することが示されている 6)。低出生体重児の原因は、高齢出産や胎盤機能不全など母体や胎児のさまざまな要因が関連しているが、母体のBMIや栄養不良は低出生体重児の出産リスクが高い 7)ことが報告されている。日本は妊娠適齢期の女性において12.4%でやせ(BMI<18.5kg/m2)が多く、間違った食事療法をとってしまう方は少なくない。もちろん、妊娠中の食欲増進の影響で必要以上の食事摂取になっている症例もあるが、学会などの推奨摂取カロリーを参考に患者の解釈モデルを理解することで、適切な医学的管理につなげられるであろう。 本症例でも、在宅療養指導を導入しインスリン治療に関わる本人の心理的不安の軽減を心がけ、栄養指導を導入し適切なカロリー摂取を行ってもらうように指導し無事出産となった。
はじめに 高尿酸血症(>7.0mg/dL)は結晶沈着による痛風性関節炎を引き起こすのみならず、メタボリックシンドローム発症や心血管疾患・死亡との関連も多数報告されている。一方で、低尿酸血症(≦2.0mg/dL)も腎障害リスクがあり、注意が必要な場合がある。本稿では、尿酸異常症が患者や一般住民に及ぼす問題について解説し、日常臨床や健康診断における尿酸値測定の意義を述べる。 1.高尿酸血症の定義と疫学 性別や年齢を問わず、高尿酸血症は血清尿酸値が7.0mg/dLを超えた場合と定義される。これは、高尿酸血症が尿酸塩沈着症(痛風性関節炎や痛風腎)の病因という観点において、通常の体温(37℃)やpHの範囲において7.0mg/dL以下の濃度で尿酸塩が溶解する(結晶として沈着しない)ことに基づく。 本邦における高尿酸血症の割合は、食生活の欧米化に伴い1960年代以降の数十年間に急激に増加した。2000年代の大規模な疫学調査に基づくと、成人男性における高尿酸血症の割合は男性で約20~25%とされ、1,000万人を超える 1, 2)。これは、主な生活習慣病である高血圧や糖尿病患者数に近い数値であり、日本人成人男性において重要な生活習慣病の一つである。 女性においては、女性ホルモンによる尿酸排泄促進作用や高尿酸血症と関連があるとされる「体重・ヘマトクリット値・飲酒量」のそれぞれに差があることなどにより、血清尿酸値は男性よりも1.5mg/dL程度低く、男性に比較し高尿酸血症の有病率は2%前後と低い 2~4)。 年代別にみると、男性では、健診での血清尿酸値が>7mg/dLを呈する高尿酸血症の割合は30~40代が最も多く加齢に伴い低下するが 2)、痛風の発症やその他の併発疾患(慢性腎臓病など)により尿酸降下薬治療を受ける患者は加齢に伴い増加する。よって、治療・未治療を合わせた高尿酸血症全体の割合は加齢とともに低下していない。女性では、尿酸値に対して保護的に働いていたエストロゲン作用が加齢により減少するため、血清尿酸値は加齢とともに上昇する 3)。 ヒトの体内尿酸プールは成人男性で約1,200mg、成人女性で約600mgである。食事由来のプリン体摂取、生体内のプリン体合成や細胞崩壊により、1日当たり約700mgのプリン体が尿酸プールに入るが、腎臓から約500mg、腎外(腸管)から約200mgの尿酸が体外に排泄され、尿酸プールは一定に維持される。尿酸の産生量が増加したり排泄量が低下すると、尿酸プールが増大し高尿酸血症をきたす。『高尿酸血症・痛風の治療ガイドライン第3版』によると、高尿酸血症は、これまで尿中尿酸排泄に基づいて、産生過剰型、排泄低下型、両者の特徴をもつ混合型に分類されてきた。しかし、腎外(腸管)排泄低下による高尿酸血症の場合は、尿中尿酸排泄が亢進するために、見かけ上は尿酸産生過剰型を呈する。さらに腸管排泄低下となる尿酸トランスポーターABCG2の一塩基多型の頻度が比較的高いことが明らかとなり、尿酸排泄低下型を(腎)排泄低下型と腎外排泄低下型に分類することになった。現在は、新たな考え方に基づいて、高尿酸血症は産生過剰型、(腎)排泄低下型、腎外排泄低下型、混合型に分類される 1)(図1)。
はじめに Gタンパク質共役受容体(G protein-coupled receptor:GPCR)は細胞膜タンパク質における最大のファミリーで、ヒトでは800種を超えるメンバーから構成される。ホルモン、神経伝達物質、感覚刺激などさまざまな細胞外シグナル分子(リガンド)に対する細胞応答を仲介する。多様な生理反応に関わり、数多くの疾患に関わることも報告されていることから、創薬の標的としても注目度が高く、実際にGPCRを標的とした治療薬が臨床で用いられている。昨今、糖尿病および肥満症の治療薬として使用され、適応外使用でも問題となっているGLP-1(glucagon-like peptide-1)受容体作動薬も、その分子標的であるGLP-1受容体はGPCRである。 1.GPCRの構造と分類 ヒトでは800種以上のGPCRが存在し、そのリガンドも多岐にわたるが、全てのGPCRは共通の基本構造を有する。7本のαヘリックスが細胞膜を貫通しており、N末端領域は細胞外に、C末端領域は細胞内に存在する。αヘリックス同士は、それぞれ3つの細胞外ループと細胞内ループによってつながっている。細胞内領域のリン酸化修飾は、受容体の脱感作につながる。その他、C末端領域においてパルミトイル化修飾、細胞外領域において糖鎖修飾などを受ける。 アミノ酸配列の相同性や機能的な役割などから、5つあるいは6つのサブファミリーに分類されるが、800種の多くは下記3つ(A、B、C)のサブファミリーに属する 1)。ファミリーAは最大のサブファミリーで、細胞外にあるN末端領域が短く、膜貫通領域においてリガンドを受容する。受容するリガンドは、ロドプシン、アセチルコリン、アドレナリン、エンドセリンなど、脂溶性低分子からペプチドまで多岐にわたる。GPCRのおよそ半数を占め、揮発性低分子(匂い物質)を受容する嗅覚受容体も、ファミリーAに属する。本稿の後半で取り上げるファミリーBは、100~300アミノ酸からなるやや長いN末端領域において、セクレチン、グルカゴン、GLP-1などのペプチドホルモンをリガンドとして受容する。ファミリーCは、300~600アミノ酸からなる特徴的なドメイン構造を有するN末端領域において、グルタミン酸やγ-アミノ酪酸などを受容する。
はじめに 脂質異常症は冠動脈疾患を中心とする動脈硬化性疾患(atherosclerotic cardiovascular disease:ASCVD)の予後を決定する重要な危険因子であり、遺伝的な脂質異常症においてでさえ食生活の是正が予防や治療の基本である 1)。そのため、食事に関する脂質(エネルギー源である脂肪とエネルギー源でないコレステロールを合わせたもの)の生化学的な代謝と臨床的なエビデンスを正しく知ることが重要になる。またダイエットパターンとしての日本食や地中海食、dietary approach to stop hypertension diet(DASH食)が注目されている。本稿では、『動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版』 1)と『動脈硬化性疾患予防のための脂質異常症診療ガイド2023年版』 2)を中心にASCVD予防のための食事療法を解説する。なお、内容の詳細や引用文献、また食物繊維(穀物、野菜、果物)、果糖を含む加工品、海藻、ナッツ類などは誌面の都合上割愛するが上記ガイドラインを参照されたい。 1.総エネルギー摂取量と脂肪エネルギー比率 肥満者においては、総エネルギー摂取量を制限して減量することによる総死亡リスクの減少と脂質異常や血圧の改善がメタ解析で示され、ASCVD予防の可能性があると考えられる。よって、まず適正な総エネルギー摂取量と適正な体重を維持することが大切である。エネルギー比率でみると、炭水化物の摂取エネルギー比率50〜55%で総死亡リスクが最低であり、低炭水化物あるいは高炭水化物食は総死亡リスクを上昇させる 1)。血清脂質については、高脂肪食と比較したところ低脂肪食で総コレステロール(TC)とLDLコレステロール(LDL-C)の低下、トリグリセライド(TG)の上昇およびHDLコレステロール(HDL-C)の低下(通常、わずかな低下にとどまる)が認められる 1)。したがって適正な総エネルギー摂取量のもとで脂肪エネルギー比率20〜25%、炭水化物エネルギー比率50〜60%に設定することが勧められる(表1)。 目標とする体重の目安は、総死亡リスクが最も低いBMIが年齢によって幅があることを考慮し、かつ肥満症の定義 3)を踏まえて表1および欄外の式から算出する。ただし高齢者では現体重に基づき、フレイル、摂食状況や代謝状態の評価を踏まえ適宜判断する。
要約 2006~2019年に川井クリニックを初診した20歳以上65歳未満、初診時HbA1c 7.0%以上の2型糖尿病患者データをCoDiC-MSより抽出、初診1年以内にHbA1c 7.0%未満達成者(973名)と非達成者(557名)の比較と達成者で7.0%未満を初診3年後まで維持できた165名とできなかった540名の比較を行った。 達成群は非達成群より初診時罹病期間が短く、他院通院歴ありが少なく、薬剤なし・経口薬1剤治療者が多く、初診時HbA1cは各々9.5/10.1%、1年後のHbA1cは6.8/8.2%であった。初診時BMIに差はなかったが、1年後は非達成群で増加していた。 維持群は非維持群と比べ達成群の特色をより強く備え、経口薬1剤以下の治療が維持され、3年後のHbA1cは各々6.3/7.3%であった。以上より、2型糖尿病治療では早期の治療開始と生活習慣改善への啓発および改善意欲の継続が重要であることを再認識した。
Q&A編はこちら はじめに Glucagon-like peptide-1(GLP-1)は小腸の消化管内分泌細胞であるL細胞から分泌されるペプチドである。食事による血糖上昇に応答する形で膵β細胞のGLP-1受容体に結合し、β細胞からのインスリン分泌を促進するため、血糖上昇時のみにインスリン分泌をもたらすことが特徴である。GLP-1はdipeptidyl peptidase-4(DPP-4)により分解され活性を失うため、GLP-1受容体作動薬はDPP-4による分解を受けにくい構造を持ち、GLP-1受容体を刺激することで血中GLP-1を薬理学的濃度まで上昇させ血糖降下作用が得られるように開発された。GLP-1の膵外作用として、胃内容物排泄遅延、食欲中枢における食欲抑制も認めることから、GLP-1受容体作動薬には体重減少効果も期待される。加えて、近年では心血管イベントや腎イベント進行抑制のエビデンスも明らかとなってきていることから、実臨床で使用されるケースが年々増加しており、本稿では各製剤の特徴および実際に使用した症例に関して解説する。 1.GLP-1受容体作動薬の分類と特徴 構造からはヒトGLP-1に由来する製剤とアメリカドクトカゲの唾液腺から抽出されたexendin-4に由来する製剤に分類、作用時間からは短時間作用と長時間作用型に分類される。現在本邦で使用できる各製剤の特徴を表1に示し、概説する。 表1 本邦で使用可能なGLP-1受容体作動薬一覧(商品名:ウゴービ〔セマグルチド〕を除く) 画像をクリックすると拡大します 表1 本邦で使用可能なGLP-1受容体作動薬一覧(セマグルチド〔商品名:ウゴービ〕を除く) $(".vol5_r11_h1").modaal();
はじめに 高トリグリセライド血症(高TG血症:hypertriglyceridemia)は、血中トリグリセライド濃度(TG値)が異常高値となる状態であり、高コレステロール血症とともに脂質異常症の代表的な疾患である 1)。TG値が空腹時採血で150mg/dL以上、または随時採血で175mg/dL以上であれば高TG血症となる(表1)。高TG血症は動脈硬化性疾患の重要な危険因子の一つであるほか、TG値が著明高値の状態は急性膵炎の発症要因である 2)。一般外来で日常的に遭遇する高TG血症は、そのほとんどがいわゆる生活習慣病として生活習慣の改善を含めた治療介入を必要とする。本稿では高TG血症の病態とともに、治療介入のポイントについて、特に動脈硬化性疾患発症予防の観点でどのようにすべきかを中心に解説する。 表1 脂質異常症診断基準(日本動脈硬化学会編: 動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版. 日本動脈硬化学会, 東京, 2022; p.22.より) 1. 高TG血症の病態と疾患リスク 1)TGの役割と体内での移動 TGは生体にとって主にエネルギーの輸送媒体として重要である。また、皮下脂肪や内臓脂肪などの脂肪組織で貯蔵される脂質は主にTGである。肥満はこれら脂肪組織などに過剰にTGが蓄積した状況である。 食事で摂取した脂肪は消化管でいったん分解され小腸で吸収された上でTGに生合成されるほか、肝臓では糖や脂肪酸などを材料として合成される。合成されたTGは血中で脂質を輸送するタンパク、すなわちリポ蛋白に含まれる形でコレステロールなどとともに血中を輸送される。このリポ蛋白は比重によって主に4つの分画に分けられ、比重の低い方からカイロミクロン(chylomicron:CM)、超低比重リポ蛋白(very low-density lipoprotein:VLDL)、低比重リポ蛋白(low-density lipoprotein:LDL)、高比重リポ蛋白(high-density lipoprotein:HDL)と呼ばれる。また、リポ蛋白は比重が小さいほど粒子が大きい。すなわちCMが最も大きく、HDLが最も小さい。CMは外因性リポ蛋白で主に小腸で合成され血中に放出される。VLDLとLDLはいずれも構造タンパクとしてアポリポ蛋白B100(apolipoprotein B100:apoB100)を含む一連の内因性リポ蛋白で、VLDLが肝臓で合成され血中に放出される。CMやVLDL中のTGは血中でリパーゼによる代謝を受け、TGが減少したリポ蛋白は、粒子サイズが小さくなると同時に比重が高くなり、VLDLはLDLとなる。HDLはコレステロール逆転送を担うとともに血中で他のリポ蛋白からTGを受け取り拡散させている。 TG値は基本的に血中へのTGの供給と血中からの代謝により決まり、供給過剰と代謝遅延の片方あるいは両方が生じると高TG血症となる。供給過剰は主に食餌摂取量が過多の状況で生じ、代謝遅延については後述するがさまざまな要因によって生じ、その要因によって重症度もさまざまである。
ポイント NAFLD患者はわが国で2,000万人以上存在するといわれている。 NAFLD/NASHは肝硬変および肝がんに至る病態である。 NAFLD/NASHに対する薬物治療について多くの臨床試験が進行中である。 新たな概念として脂肪肝をSLDという形でまとめ、その下でのMASLD/MASHなどの新しい名称による疾患分類が提唱された。 MASLD/MASHは代謝、循環器など臓器横断的な疾患としての意味合いも包含している。 1.総論 疫学・機序・治療 非アルコール性脂肪性肝疾患(nonalcoholic fatty liver disease :NAFLD)および非アルコール性脂肪肝炎(nonalcoholic steatohepatitis:NASH)とは、飲酒歴がないにもかかわらずアルコール性疾患と同様に肝組織に脂肪沈着を認める病態である。1980年代に初めて報告されたが、その後NAFLDの一部にNASHが合併し、線維化の蓄積に伴って肝硬変や肝がんに至ることが明らかとなった。 日本でのNAFLD有病率は29.7%と報告されており 1)、1989年から2015年までのメタ解析による全世界でのNAFLD有病率25.24%とほぼ同等であった 2)。NASHは年率2.5%程度で肝硬変へ移行すると報告され 3)、NASH由来の肝硬変では年率2%程度の発がん率で、高度肥満や糖尿病合併例では線維化の進行が早く、肝がんの発症リスクが高いとの報告もある 4)。 機序としては、しばしば糖尿病・脂質異常症を合併し、いわゆるメタボリックシンドロームなどを背景とした肝臓への脂肪沈着と(1st hit)、酸化ストレス、脂質過酸化、エンドトキシン、インスリン抵抗性などを伴う炎症細胞浸潤や線維化により(2nd hit)、NASH に進展するというtwo-hit theoryが支持されてきた。近年では多因子によるmultiple-hit theoryも提唱されている。また遺伝子多型(PNPLA3遺伝子など)との関連性も報告されている。 治療として、NAFLDはメタボリックシンドロームの肝臓における表現型として、消化器のみならず糖尿病や循環器の専門医などと連携し治療に当たる場合が多い。食事・運動療法による肥満、糖尿病、脂質異常症、高血圧の是正が基本である。薬物療法としては糖尿病治療薬、脂質異常症治療薬、抗酸化薬(ビタミンEなど)などの有用性が報告されており、多くの臨床試験も同時に進行中である。また、外科治療として減量手術(胃バンディング手術やバイパス手術)の試みもある。
はじめに 家族性高コレステロール血症(familial hypercholesterolemia:FH)は、LDL受容体関連遺伝子の変異を原因とする常染色体顕性遺伝疾患である。その臨床的特徴は高LDL-C血症、アキレス腱肥厚をはじめとする腱または皮膚結節性黄色腫、早発性冠動脈疾患の3つである。 高LDL-C血症患者を診察する際はFHを常に念頭に置く必要がある。本稿では、『成人家族性高コレステロール血症診療ガイドライン2022』を基にFH診断のコツ(行間・考え方)と積極的な脂質低下治療の重要性について概説する。また、1人のFH患者を診断した後には、家族スクリーニングを実施し、家族も早期に治療することが若年死の予防につながることを忘れてはならない。 1.FHの頻度と心血管リスク FHヘテロ接合体は一般人口の約300人に1人の頻度で存在すると考えられ、特に冠動脈疾患症例においては30人に1人、早発性冠動脈疾患患者に限れば15人に1人という高頻度でFHが存在することが海外から報告されており 1)、決してまれな疾患ではない。わが国の急性冠症候群患者に占めるFHの割合2.7~5.7%と一般人口に占める割合である約0.3%(約300人に1人)よりも著しく高く、若年ではさらに高い 2, 3)。FHに起こりやすい動脈硬化性心血管疾患は冠動脈疾患が最も多く、脳血管疾患リスクは冠動脈疾患ほど高くないと考えられている。FHホモ接合体では、大動脈弁上狭窄や大動脈瘤をきたす症例も経験する。 FH患者で心血管リスクが高い理由は生下時からの高LDL-C血症の持続であると考えられている。これは「LDL-C蓄積仮説」と呼ばれている。重要なことは早期診断と積極的な脂質低下治療により、LDL-Cの蓄積を減らすことが可能で、冠動脈疾患の発症を遅らせることが可能だということである。 しかし、FH患者の早期診断は実現されておらず、未診断患者や残念ながら急性冠症候群を発症してから診断される症例が多い。その理由として、疾患啓発が十分でないことやFHの診断自体が難しいという一般医家の先生方からのご意見も拝聴することが多い。
この原稿が読者である先生方のお目に届くのはおそらく食欲の秋が到来した頃と思われるが、私どもが本原稿を執筆しているのは「土用の丑の日」を過ぎたばかりの酷暑真っ只中である。「土用の丑の日」というのは江戸時代の名コピーライター平賀源内翁による夏場のウナギ販促コピーであると伝えられているが、そのような事情を抜きにしても、滋養強壮に優れたウナギは実際に夏バテ対策として適した食品である。 さてウナギの栄養価を食品成分表で確認してみると、100g当たり炭水化物3.5gに対して脂質5.3g、そしてタンパク質13gと、高脂質高タンパクの食材である。すなわち、ウナギのような「滋養強壮に効く」食材は、脂質異常症と高尿酸血症を惹起しやすいのである(血中尿酸は食品内プリン体に由来するのが20~30%で、残りの70~80%はアミノ酸からのde novo経路を介した合成に由来する)。そしてウナギに限らず、われわれが美味しいと思うものをたくさん摂取することは、脂質異常症と高尿酸血症の発症に直結するわけである。 近代から現代にかけての食糧事情の改善は、われわれが欲する食料品へのアクセスを容易にし、それに伴い脂質異常症や高尿酸血症を含む生活習慣病はコモンディジーズとなった。ちなみに、かつて「成人病」と称されていた疾患群を「成人になることが病気を作るのではなく、われわれを取り巻く現代の生活習慣が病気を作るのだ」と喝破して「生活習慣病」と呼び換えたのは、昭和から平成にかけての医療界における名コピーライター日野原重明先生(元聖路加国際病院 院長)である。 今回の特集は、脂質異常症および高尿酸血症(尿酸異常症)に関して日常診療で直ちに役立つ内容とすべく、脂質異常症に関しては原が、高尿酸血症(尿酸異常症)に関しては寺脇が、現時点において最もお教えをいただきたい先生方に原稿のご執筆をお願いした。そして結果として、いずれも編者らの期待を大きく超えるすばらしい論文をご執筆いただき、脂質異常症・高尿酸血症(尿酸異常症)に関して大掴みできる一冊に仕上がった。今回の特集が平賀源内翁と日野原重明先生にちなみ、読者諸賢の「臨床現場での“滋養強壮に効く”」「診療の“習慣”が変わる」のに役立つことを、強く願う次第である。 著者のCOI (conflicts of interest)開示:原 眞純;講演料(興和、ノボ ノルディスク ファーマ、住友ファーマ、日本べーリンガーインゲルハイム、日本イーライリリー、第一三共、アステラス製薬)、寺脇博之;アドバイザー料(アプローズ)、講演料(協和キリン、持田製薬) 本論文のPDFをダウンロードいただけます
はじめに 2024年度診療報酬改定については、2023年12月20日予算大臣折衝を踏まえ、診療報酬の改定率は+0.88%(医科 +0.52%、歯科 +0.57%、調剤 +0.16%)となった 1)。そして2024年1月12日付けの厚生労働大臣諮問に対し、2月14日に中央社会保険医療協議会より改定案が答申された 2)。答申書では、賃上げ全般、医療DX(Digital Transformation)、働き方改革・人材確保など、28項目の附帯意見が記載され、これらの意見に従って個別項目が改定され、「診療報酬の算定方法の一部を改正する告示」は、6月1日からの適用となった 3)。 よって今回は、改定された医科点数表の、糖尿病に係る項目の告示、通知および施設基準について、表1に示す「個別改定項目」 4)に従って概説する。なお、本稿で示す各表では、新設・改定箇所を青字で記した。また次回では、内分泌疾患を中心に改定内容を概説し、DPC (Diagnosis Procedure Combination:包括評価)制度については、別途概説する。 表1 個別改定について(文献4より) 画像をクリックすると拡大します 表1 個別改定について(文献4より) $(".vol4_r14_h1").modaal(); 1.外来医療の機能分化・強化など ―生活習慣病に係る医学管理料の見直し 生活習慣病に対する質の高い疾病管理を推進する観点から、生活習慣病管理料について要件および評価を見直すとともに、特定疾患療養管理料の対象疾患から、生活習慣病である、糖尿病、脂質異常症および高血圧が除外された 4)。生活習慣病管理料は名称を「生活習慣病管理料(I)」とし、検査などを包括しない「生活習慣病管理料(II)」が新設された 4)。
はじめに わが国における65歳以上の高齢者の割合は2023年9月の推計で29.1%と世界で最も多く、80歳以上の人口も10.1%と10人に1人が80歳以上という超高齢社会のただなかにある。 こうした背景から日常の臨床でも、生活に見守りや支援が必要だと思われる例が増加している。高齢糖尿病患者を支えるサービスはさまざまあり、本稿では高齢糖尿病患者や介護者が特に必要とすると思われるサービスについて概説する。忙しい外来診療の中で全てを調整するのは非常に困難であるが、高齢糖尿病患者への支援の第一歩は、診療の中で意識して支援が必要な人や将来要介護となるリスクが高い人をスクリーニングし、速やかに地域包括支援センターなどにつなげることである。 1.高齢糖尿病患者は要介護リスクが高い 令和4年版および令和5年版高齢者社会白書によると、65歳以上の要支援あるいは要介護認定者は669万人である。75歳以上で要介護の認定を受けているものは23.4%、要支援の認定を受けているものが8.9%であり、合わせると75歳以上の約3人に1人が介護認定を受けていることになる。介護が必要となった主な原因で最も多いものが認知症、次いで脳血管疾患(脳卒中)、4番目に多いものが骨折・転倒であるが、いずれも糖尿病がその発症リスクとなる(図1)。また、糖尿病があると歩行障害を1.7倍、手段的ADL障害を1.7倍、基本的ADL障害を1.8倍きたしやすい 1)。さらに、糖尿病は、脳卒中、認知症、骨折などの疾患とも独立して要介護認定のリスクが1.6倍となることも報告されており 2)、高齢糖尿病患者は要介護リスクが高い状態にある。 図1 介護が必要となった主な原因(内閣府: 令和4年版高齢者社会白書より作成)
「近代絵画の父」として知られるポール・セザンヌ(図)は、1839年1月19日、南フランスのプロヴァンスに生まれた。父のルイ=オーギュスト・セザンヌは、一介の行商人から銀行家まで成り上がった人物であった。彼は長男であり、妹が2人いた。1858年、セザンヌは父の勧めでエクス大学(現・エクス=マルセイユ大学)の法学部に進んだが、画家になる夢を諦めきれず、1861年についには父を説得し、月125フランの仕送りをもらいパリで絵画を学んだ。一旦は自分の才能の絶望し帰郷したものの、翌年パリに出戻り、画塾で学んだ。そこで、モネやルノワールと出会ったようである。その後1865年から1871年まではサロン(官展)に応募しては落選を続けた。彼がサロンに入選したのは1882年の一度きりであったが、1889年の万国博覧会に作品を展示したころには前衛的な若い芸術家や批評家たちの間でセザンヌに対する評価は高まっていった。1895年、画商ヴォラールによって開かれた初の個展は1868年ごろから1895年までにわたる約150点の油彩画でセザンヌの画業の集大成ともいわれる作品で、好評を得た 1~4)。 図 ポール・セザンヌ(不明Unknown author, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で)
はじめに 令和5年10月に板橋区医師会が一般区民向けに行ったアンケート(総数579人中、70歳以上131人)では、70歳以上の高齢者でのオンライン診療経験者は4%と少なかったが、同集団で不測の事態の際にかかりつけ医によるオンライン診療を希望するという方が52%、かかりつけ医でない初診でも希望するという方が20%おり、高齢者であってもオンライン診療に対するニーズが広がってきていることを示す結果であった。 高齢者はオンライン診療の良い適応であるか? と問われるとその答えは良い適応とはいえない。なぜなら、高齢者の特徴である「症状が非定型的」「多疾患を抱えている」などの特性があるため、特に初診でのオンライン診療、処方に関してはかなり慎重にならざるを得ない。また、高齢者では情報端末を持っていない、操作ができない、音声が聞き取れないなどの諸問題があり、このような場合にはオンライン診療支援者のサポートが必要となる。では、オンライン診療は高齢者に対して有用であるか? については、有用であると断言できる。通常診療を補完するような使用方法、さらにはこれまで不可能であったことを可能としたさまざまな工夫が現場では始まってきている。 一方、オンライン診療と糖尿病との相性については、採血結果に基づく診断や初診時では全く役に立たないものの、その治療においては良い適応であり、有用であると考えられる。なぜなら糖尿病診療は日常生活そのものに密接に関連しており、これらの情報が問題解決のために大いに役立つこと、血糖自己測定などのPHR(Personal Health Record)の情報が把握できる場合には通常の診療とほぼ同レベルの診療を行うことができること、さらには多職種の介入やシックデイ時の介入機会を増やしやすいなど利点は多く相性が良い。 本稿では2022年4月に日本老年医学会から発出された「高齢者のオンライン診療に関する提言」 1)を元にかかりつけ患者(再診時)を中心とした高齢者糖尿病におけるオンライン診療の利活用について紹介する。 1.高齢者糖尿病のオンライン診療の適応条件 前述したように高齢者ではスマートフォンなどの情報端末をそもそも持っていない、操作がうまくできない、音声が聞き取りにくいなどの諸問題があり、単独でオンライン診療を行うことが困難であるものも多い。また、日常生活や内服管理の正確な問診を得るためには高齢者糖尿病診療ガイドライン2023の「高齢者糖尿病の血糖コントロール目標」 2)でのカテゴリーⅡ以上(軽度認知障害以上または手段的ADL低下以下)、このような方にオンライン診療を行う場合には診療支援者(ご家族やケアマネジャー、看護師など)のサポートが必要となる。 また、通常の糖尿病診療としてオンライン診療を行う場合、問診だけの情報で診療を行うことは難しいため、ある程度の医学的根拠となるデータが必要となる。そのため、診療前採血、または血糖自己測定を基本としたPHRの情報が必須であり、さらに病態に合わせて体重、血圧、食事、運動などの情報も記録してもらう。これらの情報はビデオ画面経由では画像が不鮮明であるため、それぞれのツールを用いて事前に写真などで共有しておくことが望ましい。もちろんこれらの管理が難しい場合にも診療支援者のサポートが必要となる場合が発生する。 つまり、高齢者糖尿病の通常診療におけるオンライン診療の良い適応としては、ある程度生活が自立し電話でのやりとりが可能であり、情報端末を持っている方、あるいは支援者の協力が得られる方で、かつ血糖自己測定、診療前採血などを行っている方ということになる。
要約 目的・方法 八王子市内の眼科診療所との糖尿病患者の眼科・内科連携を目指すために、両科の連携と糖尿病眼手帳(以下、眼手帳)に対する意識を、2002年、2010年、2016年、2022年に調査し、その結果の推移を検討した。 結果 内科医から臨床情報を得る最も多い手段は「糖尿病連携手帳を見る」で、その回答率は4年とも80%以上であった。通院しやすい眼科選択のための八王子市内の地図作成時の掲載許可は、いずれも80%を超えていて、その情報をもとに地図を改訂した。眼手帳を患者に渡すことへの抵抗感は経年的に減少傾向を認めた。眼手帳を渡したい範囲は、「全ての糖尿病患者」との回答の比率が経年的に増加傾向を認めた。眼手帳は「眼科医が渡すべき」との回答が減少し、「内科医」もしくは「どちらでもよい」との回答が増加した。 結論 2002年に比べて2010年、2016年、2022年は、各アンケート項目において眼科・内科連携に積極的な施設が増えていた。眼手帳を渡すことへの抵抗感は減少し、より早期に渡すようになり、眼科医が渡すことへのこだわりが減っていた。
Q&A編はこちら はじめに バセドウ病や慢性甲状腺炎に代表される甲状腺疾患は女性に多く、若年で診断される頻度が高い 1)。このため、内分泌疾患を診療する医師であれば、甲状腺疾患患者の妊娠に関連したマネージメントに携わる機会は多い。本稿では、代表的な甲状腺疾患であるバセドウ病、甲状腺機能低下症、甲状腺腫瘍について、妊娠前、妊娠中、産後のそれぞれの時期に注意すべきポイントについて概説する。 1.バセドウ病 バセドウ病は最も頻度の高い内分泌疾患の一つである。妊娠期間中にバセドウ病を新規に発症する症例も妊娠女性の0.05%に存在するが 2)、元々バセドウ病と診断されている症例が多く、妊娠に関連したマネージメントができるようにしておく。甲状腺ホルモンが高い状態で妊娠した場合、流産、早産、妊娠高血圧症候群などのリスクが上がる。バセドウ病の原因として知られるTSH受容体抗体(thyroid stimulating hormone receptor antibody:TRAb)や甲状腺刺激抗体(thyroid stimulating antibody:TSAb)は胎盤を通過するため、妊娠中の抗体価が高ければ胎児および新生児甲状腺機能亢進症を引き起こす。抗甲状腺薬の選択や調整を含め、バセドウ病合併妊娠の診療において以下の3点に特に注意する。 妊娠後の母胎合併症リスクが高い症例(未治療状態、高用量の抗甲状腺薬でコントロール不十分、TRAb抗体価が高いなど)を見極め、妊娠前から介入する(図1)。 妊娠5週から9週6日まではチアマゾールを中止する。チアマゾール関連奇形症候群について正しく認識し、適切な患者説明に努める。 産後の抗甲状腺薬の調整には、産後にバセドウ病の病勢が悪化すること、授乳を意識した抗甲状腺薬の投与量調整の2点を意識する。
はじめに 糖尿病は認知症のリスクを約2倍に増加させる。糖尿病では、認知症の前駆段階と考えられている軽度認知障害のリスクも高くなり、遂行機能や注意力、記憶力などの障害により、服薬や食事・運動療法のアドヒアランス低下をきたし得る。そのため、認知症を予防することは重要である。糖尿病治療においては、高齢者の個々の状態に合わせた柔軟な血糖コントロール目標の設定や低血糖への配慮、血糖変動の抑制が必要である。また、運動療法や食事療法だけではなく、人との交流などの社会的活動を積極的に行うことも認知症予防に有効である可能性が示されている。近年では、これらの要因に同時にアプローチすることで、より大きな認知症予防効果が得られることが期待されている。本稿では、糖尿病における認知症予防のエビデンスに加えて、2019年からわが国で開始された「高齢者2型糖尿病における認知症予防のための多因子介入(J-MIND-Diabetes)」の成果について概説したい。 1.血糖コントロールと認知症予防 現時点で、厳格な血糖コントロールが認知機能の低下や認知症発症を抑制できるとする結論には至っていない。ACCORD-MIND研究では、平均年齢が62.5歳の高齢者2,977例を対象に、HbA1c 6.0%未満を目標とした強化療法群とHbA1c 7.0~7.9%を目標とした通常治療群に分け、40カ月後の認知機能低下と脳容積の変化を比較した。その結果、強化療法群では、脳萎縮の進行抑制が通常治療群よりも抑制されたが、認知機能低下には有意な差は認められなかった 1)。また、ACCORD-MIND研究を含む5報のランダム化比較試験のメタ解析でも、厳格な血糖コントロールが認知機能低下を抑制することはできないことが報告されている 2)。合併症予防の観点から、高血糖は是正されるべきであるが、同時に低血糖への配慮が必要である。 さらに、糖尿病における認知症予防のためには、血糖変動を考慮した介入が重要である。Taiwan Diabetes Cohort Study では、60歳以上の高齢者2型糖尿病16,706例を対象に、血糖変動とアルツハイマー型認知症発症の関連性を中央値約9年の追跡調査で検討した。その結果、ベースラインから1年目までの外来受診時の空腹時血糖とHbA1c値の変動係数が大きい群では、認知症の発症リスクが高くなることが示されている 3)。また、わが国の久山町研究では、60歳以上の1,017例の高齢者を対象として、糖負荷試験の成績と認知症発症の関連性について約10.9年の追跡調査を行い、負荷後2時間の血糖が高いと、アルツハイマー型認知症や血管性認知症のリスクが高いことを報告している 4)。 以上の報告より糖尿病に合併する認知症を予防するためには、「高齢者糖尿病診療ガイドライン2023」に示されるように高齢者の個々の状態に合わせた柔軟な血糖コントロール目標の設定、低血糖への配慮、血糖変動を抑制した血糖コントロールが必要かもしれない。Moranら 5)はKaiser Permanente Northern Californiaに登録された約25万人の2型糖尿病患者のデータを元に、延べ約460万回のHbA1c値のデータを収集し、血糖コントロールと認知症発症の関連を検討している。主要な結果としては、HbA1c値9%以上の期間が長いほど、認知症の発症リスクが高くなるという結果であった。さらにMoran らは、サブ解析として、多くの診療ガイドラインで提唱されている血糖コントロール目標値を基に、HbA1c値が6.0~7.9%の範囲を血糖管理目標値と設定し、認知症の発症との関連を検討している。結果として、観察期間中のHbA1c値が6.0%未満、8~8.9%、9%以上であった割合の10%を、6.0~7.9%の範囲に置き換えることで、認知症の発症リスクが、それぞれ1%、3%、5%減少したことを報告している 5)。本研究では、高齢者の日常生活動作や認知機能、併存疾患、服薬状況による目標値の考慮はされていないが、高血糖の是正と低血糖への配慮の重要性を認知症予防の観点からも支持するものである。近年では、各ガイドラインの提言に沿って、高齢者の個々の状態に合わせて設定された血糖コントロール状況と糖尿病の合併症や死亡との関連が蓄積されており 6, 7)、認知機能低下や認知症発症との関連についても新たなエビデンスの構築が急がれる。
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