4.糖尿病治療と認知症予防
https://doi.org/10.57554/2024-0054
はじめに
糖尿病は認知症のリスクを約2倍に増加させる。糖尿病では、認知症の前駆段階と考えられている軽度認知障害のリスクも高くなり、遂行機能や注意力、記憶力などの障害により、服薬や食事・運動療法のアドヒアランス低下をきたし得る。そのため、認知症を予防することは重要である。糖尿病治療においては、高齢者の個々の状態に合わせた柔軟な血糖コントロール目標の設定や低血糖への配慮、血糖変動の抑制が必要である。また、運動療法や食事療法だけではなく、人との交流などの社会的活動を積極的に行うことも認知症予防に有効である可能性が示されている。近年では、これらの要因に同時にアプローチすることで、より大きな認知症予防効果が得られることが期待されている。本稿では、糖尿病における認知症予防のエビデンスに加えて、2019年からわが国で開始された「高齢者2型糖尿病における認知症予防のための多因子介入(J-MIND-Diabetes)」の成果について概説したい。
1.血糖コントロールと認知症予防
現時点で、厳格な血糖コントロールが認知機能の低下や認知症発症を抑制できるとする結論には至っていない。ACCORD-MIND研究では、平均年齢が62.5歳の高齢者2,977例を対象に、HbA1c 6.0%未満を目標とした強化療法群とHbA1c 7.0~7.9%を目標とした通常治療群に分け、40カ月後の認知機能低下と脳容積の変化を比較した。その結果、強化療法群では、脳萎縮の進行抑制が通常治療群よりも抑制されたが、認知機能低下には有意な差は認められなかった 1)。また、ACCORD-MIND研究を含む5報のランダム化比較試験のメタ解析でも、厳格な血糖コントロールが認知機能低下を抑制することはできないことが報告されている 2)。合併症予防の観点から、高血糖は是正されるべきであるが、同時に低血糖への配慮が必要である。
さらに、糖尿病における認知症予防のためには、血糖変動を考慮した介入が重要である。Taiwan Diabetes Cohort Study では、60歳以上の高齢者2型糖尿病16,706例を対象に、血糖変動とアルツハイマー型認知症発症の関連性を中央値約9年の追跡調査で検討した。その結果、ベースラインから1年目までの外来受診時の空腹時血糖とHbA1c値の変動係数が大きい群では、認知症の発症リスクが高くなることが示されている 3)。また、わが国の久山町研究では、60歳以上の1,017例の高齢者を対象として、糖負荷試験の成績と認知症発症の関連性について約10.9年の追跡調査を行い、負荷後2時間の血糖が高いと、アルツハイマー型認知症や血管性認知症のリスクが高いことを報告している 4)。
以上の報告より糖尿病に合併する認知症を予防するためには、「高齢者糖尿病診療ガイドライン2023」に示されるように高齢者の個々の状態に合わせた柔軟な血糖コントロール目標の設定、低血糖への配慮、血糖変動を抑制した血糖コントロールが必要かもしれない。Moranら 5)はKaiser Permanente Northern Californiaに登録された約25万人の2型糖尿病患者のデータを元に、延べ約460万回のHbA1c値のデータを収集し、血糖コントロールと認知症発症の関連を検討している。主要な結果としては、HbA1c値9%以上の期間が長いほど、認知症の発症リスクが高くなるという結果であった。さらにMoran らは、サブ解析として、多くの診療ガイドラインで提唱されている血糖コントロール目標値を基に、HbA1c値が6.0~7.9%の範囲を血糖管理目標値と設定し、認知症の発症との関連を検討している。結果として、観察期間中のHbA1c値が6.0%未満、8~8.9%、9%以上であった割合の10%を、6.0~7.9%の範囲に置き換えることで、認知症の発症リスクが、それぞれ1%、3%、5%減少したことを報告している 5)。本研究では、高齢者の日常生活動作や認知機能、併存疾患、服薬状況による目標値の考慮はされていないが、高血糖の是正と低血糖への配慮の重要性を認知症予防の観点からも支持するものである。近年では、各ガイドラインの提言に沿って、高齢者の個々の状態に合わせて設定された血糖コントロール状況と糖尿病の合併症や死亡との関連が蓄積されており 6, 7)、認知機能低下や認知症発症との関連についても新たなエビデンスの構築が急がれる。