2.ミトコンドリア遺伝子異常による糖尿病

  • 岩﨑直子 Iwasaki, Naoko
    東京女子医科大学八千代医療センター 糖尿病内分泌・代謝内科 科長・特任教授
公開日:2025年7月17日
糖尿病・内分泌プラクティスWeb. 2025; 3(4): 0051./J Pract Diabetes Endocrinol. 2025; 3(4): 0051.
https://doi.org/10.57554/2025-0051

はじめに

 ミトコンドリア糖尿病(maternally inherited diabetes and deafness:MIDD)は糖尿病全体の1~2%を占め、MIDDが疑われる症例に遭遇することはまれではない。しかし、多くの医療従事者にとってミトコンドリアは高校や大学基礎課程で学習した程度であり、2018年の「医学教育モデル・コア・カリキュラム」改訂以前は医学教育にミトコンドリア病を含む臨床遺伝学は含まれていなかった。ミトコンドリアを標的とする新規糖尿病治療薬の登場や、遺伝学的検査の広がりによってミトコンドリアやMIDDに関する関心が高まっている。本稿では、ミトコンドリア機能の低下によって発症するミトコンドリア病ならびにMIDDについて解説し、MIDDの対応に必要な知識をまとめた。ミトコンドリア病の一疾患としてのMIDDに対する理解が深まれば願ってもないことである。

1.ミトコンドリアとは何か

 ミトコンドリアは細胞質に存在する小器官で、その最も重要な働きがアデノシン三リン酸(adenosine triphosphate:ATP)合成である。このATPは生命活動のためのエネルギーである。ミトコンドリアの形状はコッペパンのように描かれていることが多いが、実際には互いに融合と分離を繰り返してダイナミックに動いている(図1 1)。細胞内のミトコンドリア数には著しい差異が認められ、代謝の盛んな組織では1細胞あたり1万個以上、リンパ球では数個、また赤血球では認められない 2)。ミトコンドリア1個あたりのDNAは2~10個(コピー)とされている。
 ミトコンドリアが独自のDNAを持つことから示唆されるように、元々は別の生物であったとされる。今から16~20億年ほど前、われわれの遠い祖先にあたる真核細胞の前身で酸素を利用できなかった単細胞生物(古細菌、アーキア)に、ミトコンドリアの先祖にあたるプロテオバクテリア(酸素を使う好気性細菌の一種)が寄生し、共生と進化を経て現在のような「絶対共生」に到達したと考えられている。
 ATPは、解糖系の最終代謝産物であるピルビン酸がミトコンドリア内膜の内側のマトリックスに入り、トリカルボン酸回路(tricarboxylic acid cycle:TCA回路)と呼吸鎖複合体を経て合成される。酸素を利用するTCA回路では、1分子のグルコースから最大で32分子のATPを合成することができるが、解糖系のみではたった2分子しか合成できない(図2 3)。ミトコンドリアのTCA回路を得たわれわれの遠い祖先は、極めて効率よくエネルギーを産生する能力を獲得した。ATP1分子が加水分解(主にATP→ADP+Pi)の際に放出するエネルギーは約1.2×10−20calとされている。また、1日に合成されるATPの総量は体重に相当するともいわれている。
 ミトコンドリアは血中に溶け込んだ酸素を用いて、摂取した栄養素を化学エネルギーに変換している。つまり、われわれが、日々食事を摂って呼吸することは究極的に生命維持に必須のATP合成に帰着している。この辺りのことをさらに知りたい方には、『忙しい人のための代謝学 ミトコンドリアがわかれば代謝がわかる』田中文彦著(羊土社)をお勧めする。

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