チームで実践する妊娠糖尿病診療
https://doi.org/10.57554/2024-0073
はじめに
妊娠糖尿病は、日本において妊婦の12.1%で合併する妊娠中の比較的頻度の高い合併症であり 1)、母体の高血糖によって、母体の妊娠高血圧症候群・早産・帝王切開のリスク、胎児の巨大児・肩甲難産・高ビリルビン血症・低血糖・呼吸障害・NICU入室などのリスクが増大する 2)。一方で、妊娠中に血糖を良好に管理することでそれらの合併症を抑制できる 3)ことが知られているが、妊娠糖尿病と診断された妊婦は、その病気の受容や治療管理に関わる負担は大きいことが臨床の場面では多く経験される。妊娠中は精神的にも不安定な状態になりやすいこともあり、適切なサポートには多職種で取り組む心理的配慮が大変重要であろう。
多職種医療従事者の各知見をもとに、妊娠糖尿病に対するチーム医療と心理的配慮に注目した新たな取り組みとして、近年関心を集めているモバイル・アプリケーションやオンライン診療について先進的な取り組みも含めて紹介する。
1.多職種で考える妊娠糖尿病
1)医師の視点から
妊娠糖尿病と診断された患者は、病気の受け入れから始まる。“糖尿病”という言葉が持つ“スティグマ(負の烙印)”の影響もあり、診断にショックを受ける人が少なくない。しっかりと病気を理解してもらい、適切な治療管理につなげることが大切である。日本を含む東南アジアの妊娠糖尿病の有病率は12.7%、標準化有病率(年齢を25~30歳に標準化した場合)は20.8%と、北米(有病率6.0%、標準化有病率7.1%)や欧州(有病率7.0%、標準化有病率7.8%)と比較しても高いことが知られている 4)。晩婚化や高齢出産の影響もあり、日本での妊娠糖尿病の有病率はさらに上昇することが予想されている。妊娠糖尿病は、体質や年齢、妊娠という特殊な状況が組み合わさって起きていること、妊娠糖尿病の合併症や経過、治療目標や方法も糖尿病とは異なることをしっかりと理解してもらうことが良好な医師との関係構築において重要である。将来の子どもに対する希望と責任を強く感じる時期であるからこそ、適切な医学的知識の提供と多職種と連携した心理的配慮が適切な医学的管理に導く上でとても大切である。
【妊娠糖尿病症例】
年齢23歳、妊娠前BMI 19kg/m2で妊娠中期の75gOGTTで2点陽性となり、妊娠糖尿病と診断された。母体の体重増加がほとんどない(『産婦人科診療ガイドライン産科編 2023』では妊娠前に普通体重の方で10~13kg増加が指導の目安 5))ことから、食事量の聞き取りを行ったところ明らかに食事量、特に炭水化物の摂取を制限されており、400~600kcal/日の摂取量と推定された。本人はやはり炭水化物の摂取に伴う血糖上昇に対して自責とインスリン導入への過剰な忌避から、必要以上の炭水化物、食事摂取を制限していた。
日本は世界的にも低出生体重児が多く、その割合が上昇していることが問題となっている。最近の研究では、低出生体重児は将来の2型糖尿病や肥満、心血管疾患、精神疾患の発症に関連することが示されている 6)。低出生体重児の原因は、高齢出産や胎盤機能不全など母体や胎児のさまざまな要因が関連しているが、母体のBMIや栄養不良は低出生体重児の出産リスクが高い 7)ことが報告されている。日本は妊娠適齢期の女性において12.4%でやせ(BMI<18.5kg/m2)が多く、間違った食事療法をとってしまう方は少なくない。もちろん、妊娠中の食欲増進の影響で必要以上の食事摂取になっている症例もあるが、学会などの推奨摂取カロリーを参考に患者の解釈モデルを理解することで、適切な医学的管理につなげられるであろう。
本症例でも、在宅療養指導を導入しインスリン治療に関わる本人の心理的不安の軽減を心がけ、栄養指導を導入し適切なカロリー摂取を行ってもらうように指導し無事出産となった。