はじめに 世界保健機関(WHO)から「Adherence to long-term therapies : evidence for action」という報告書 1)が発せられ、特に慢性疾患における服薬アドヒアランスの重要性が強調されてから20年もの月日が経過した。この間に経口血糖降下薬は9つの薬効群にまで増え、さらには糖尿病治療薬においてもOD錠や配合錠などが登場し、治療選択肢が格段に増えた。しかしながら、長期にわたる日々の治療の主体は患者であり、医学的に適切な薬剤が処方されたとしても、適切な服薬が遂行されなければ、期待される効果は得られにくくなる。したがって、服薬アドヒアランスは薬物治療の土台として重要な要素である。服薬アドヒアランスは患者だけにその責任が押し付けられるものではなく、医療者とともに作り上げるべきものであり、医療者の関わり方や工夫でその方向性がいかようにも変わり得る可能性が多面的に示唆されている。なお、服薬アドヒアランスとは、患者自ら理解して積極的に薬物治療に参加することと定義されている。 2型糖尿病患者を対象に、服薬アドヒアランスとHbA1c値の関係を検討した海外の報告 2)によると、服薬アドヒアランス良好群は不良群と比較して、HbA1c値が1.3%有意に低値であったことは注目に値する。 服薬アドヒアランスが良くないことを服薬ノンアドヒアランスと呼ぶこともある。服薬ノンアドヒアランスは、副作用・費用・手間などに起因した自己判断による「意図的」なノンアドヒアランスと、服用の意思はあっても失念や多忙を理由とした「非意図的」なノンアドヒアランスに分類される 3, 4)こともあり、この考え方に基づいたアプローチも服薬アドヒアランスの改善において一助となる可能性がある。 図1のように、服薬ノンアドヒアランスを招く諸要因を考える際には薬剤側、患者側、医療者側の3つに分けて考えられることが多いが 5)、各要因は相互に複雑に絡み合っていることも想定され、一つ一つひもときつつ、定期的・継続的な評価を繰り返すという地道な取り組みが必要になると考えている。本稿では服薬アドヒアランスに影響し得る要因のいくつかを紹介してみたい。
はじめに 2型糖尿病における腎機能障害は、スルホニル尿素(SU)薬による低血糖やビグアナイド薬による乳酸アシドーシスなど、経口血糖降下薬による臨床上重要な有害事象と関連が深い。薬剤により異なる、代謝および排泄における腎の寄与や、代謝物の血糖低下作用を理解することが、有害事象回避のために重要である。近年は、推算糸球体濾過量(eGFR)の低下やアルブミン尿の抑制に効果のある薬剤の登場により、腎機能低下を有する2型糖尿病の治療は大きく変わりつつある。すなわち、腎機能の低下につれて選択肢が狭まっていく、という消極的な薬剤調整だけではなく、腎保護作用を期待しあえて選択する、という積極的な調整ができるようになった。本稿では、薬物代謝と糖代謝が腎機能低下によってどう変化するかについて述べ、腎機能低下時の薬剤選択における注意点、腎保護作用を持つ薬剤の現時点でのエビデンスについて概説する。
はじめに 2型糖尿病は心血管疾患のリスクファクターであり、実際に心血管疾患を発症することはまれなことではない。本稿では心血管疾患のある2型糖尿病患者に対して、どの糖尿病治療薬を使用すべきか検討したい。 近年、経口血糖降下薬が増え、多くの介入試験が施行されている。われわれは治療薬それぞれの持つ作用を理解するとともに、イベント抑制効果が十分に実証されているかどうかについても理解しておく必要がある。そして、特に心血管疾患のある2型糖尿病患者で注目したい薬剤がSGLT2阻害薬とGLP-1受容体作動薬であり、その2製剤を中心に概説する。また、糖尿病患者において低血糖がしばしば問題になるが、低血糖と心血管イベントとの関係についても触れておきたい。
はじめに 病院や診療所を受診する2型糖尿病患者の7割が65歳以上とされる現在、高齢者糖尿病診療の質の向上は重要なテーマである。高齢糖尿病患者の診療機会が著しく増加している状況を受けて、日本糖尿病学会と日本老年医学会は合同委員会を設置し、2016年に高齢者糖尿病の血糖コントロール目標を発表した。患者の特徴・健康状態に基づく「カテゴリー分類」と、「重症低血糖が危惧される薬剤」の使用有無の組み合わせによってHbA1cの目標値を個別に設定するコンセプトは、高齢者における薬物療法の効果や安全性が薬物の種類のみで決定されるのでなく、若年者以上にさまざまな要因による複合的な影響を受けることを反映している。
1.2型糖尿病と肥満の現状 日本における「国民健康・栄養調査 2019年」によると、HbA1c 6.5%以上または糖尿病の治療を受けていると答えた、「糖尿病が強く疑われる」人の割合は、男性 19.7%、女性 10.8%であった。前年度に比べ、男性で1.0ポイント、女性で1.5ポイント上昇し、2009年以降で最も高い数値を示した。また、肥満に関しても、体格指数(body mass index:BMI)が25kg/m2以上の肥満の割合は、男性で33.0%、女性で22.3%に上り、男性では2013年から有意に増加している。特に男性では40代(39.7%)、50代(39.2%)、と働き盛りとされる中高年世代の40%近くが肥満となっている 1)。
はじめに 2型糖尿病は、インスリン抵抗性とインスリン分泌不全をその病態とする。一般に欧米人では前者が主体で、日本人を含むアジア人は両者が半々である 1)。病態に適した血糖降下薬を選択するのが理に適っているが、病態生理学には限界があることがあり、必ずしも理論・期待通りに糖尿病のアウトカムが改善するとは限らない。また、糖尿病は自覚症状が少ないので中断するケースが多く、最近では経済的理由で中断するケースが増加してきている現状 2)を鑑み、コストも無視できない 3)。 本稿では、糖尿病発症初期・糖尿病合併症のない場合を主体に、ビグアナイド薬(メトホルミン)を第一選択薬 4)として解説する。
Web版糖尿病・内分泌プラクティス(『糖尿病・内分泌プラクティスWeb』)の記念すべき劈頭を飾る特集として、今、まさしく百花繚乱ともいえる賑わいを見せている糖尿病の非インスリン療法に着目し、心置きなく縦横に企画を立案させていただいた。今回の特集では、糖尿病診療のいわば要石ともいえるこの領域を、絢爛無比な執筆陣によって多彩な観点から論考していただいている。まさに糖尿病診療の近未来を予見しうる企画となっているものと自負している。 本特集では、冒頭、能登 洋先生に、2型糖尿病において一般的に最初に勧められる薬剤をテーマに、2型糖尿病治療の現状から説き起こして主題へと肉薄し、結論を浮き彫りにしていただいた。次いで、加藤さやか先生と浅原哲子先生には、肥満を伴う糖尿病患者に対する薬剤の選択について、内外の知見を概観したうえで各薬剤の特徴について詳述していただいている。さらに、鈴木 亮先生には、高齢者糖尿病診療の注意点を高齢者の薬物動態の側面から論を進めつつ、各薬剤クラスの適応とシックデイにおける対応までへも敷衍していただいた。 後半では、まずは辻本哲郎先生に、心血管疾患のある2型糖尿病患者の治療法について、薬剤の作用機序とエビデンスの側面を中心に、要を得た解説を展開していただき、次いで、角谷佳則先生と繪本正憲先生には、腎機能低下時の薬剤選択について、腎保護作用を期待しうる積極的な方策を含めて、臨床の現場に則してご記載いただいている。最後に、藤井博之先生に、2型糖尿病における服薬アドヒアランスや、それを向上させる調剤手法なども含めて、薬剤師の立場から、日頃のご経験も踏まえて、糖尿病処方の問題点を具体的に描出していただいた。 本特集の執筆陣は、名実ともにその分野に専門性を有する方々であり、それぞれに糖尿病の経口血糖降下薬(非インスリン)療法に光を当てていただいた。ご執筆の先生方のご尽力を多とするとともに、有用な知識の提供されている今回の解説群により、読者諸賢の理解が一段と深まり、それによって得られたものを臨床の現場にフィードバックしていただければ、特集の企画者としてこのうえない喜びである。 著者のCOI (conflicts of interest)開示:本論文発表内容に関連して特に申告なし 本記事のPDFをダウンロードいただけます
はじめに インスリンは生体の糖代謝において、血糖降下作用や同化作用を持つ。膵ランゲルハンス島(膵島)の膵β細胞で合成され、分泌小胞に蓄えられたのちに血中へ分泌される。インスリンの分泌量は、短期的には日々の摂食に応じて変動し、血糖値(血漿グルコース濃度)の恒常性を保っている。より長期的には、肥満や妊娠をはじめとするインスリンが効きにくくなる状態で、分泌が慢性的に増強し、インスリン抵抗性を代償する。
1.ポイント ・糖尿病とがんには直接の相互関連性がある。・糖尿病では発がん・がん死のリスクが高まる。・一方、がん(特に膵臓がん)罹患に伴い糖尿病発症リスクも高まる。・がん患者が糖尿病を合併すると死亡リスクが高まる。・糖尿病を合併したがん患者の至適な血糖管理目標・治療法の確立が今後の課題である。
Q&A編はこちら はじめに 近年、訪日外国人総数は年々増加し、2019年には約3,188万人と過去最高を記録した 1)。しかしながら、2020年1月下旬以降は、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)のパンデミックに伴い、訪日外国人数は激減。入国制限の緩和された2022年11月現在も2019年同月比61.7%減となっているが 1)、今後は入国制限のさらなる緩和、インバウンドの本格的な再開に伴い、その数は次第に増加してくるものと思われる。 また全世界の糖尿病患者数は現在5億3,700万人を超え、今後も増加の一途をたどり、2045年には7億8,300万人に達すると予想されている 2)。このような世界的な糖尿病事情を鑑みると、本邦において外国人糖尿病患者に対応する機会は今後も増え続けると思われる。 本稿では外国人糖尿病患者の診療上の留意点について、特に食事栄養療法のポイントについて概説する。
Q&A編はこちら はじめに 経口糖尿病薬はこの10年余りで種類が大幅に増え、個々の患者の病態に適した薬剤選択が可能となった。一方、その選択に必要な知識や情報が同様に増え、専門性が高まったこともまた事実である。 本稿では、病棟で2型糖尿病患者の担当になった場合、その患者の血糖値推移やその他の情報からどのように薬剤選択をするか、いくつかのポイントを立てて解説する。薬剤選択に決まった正解はないが、やみくもに組み合わせるのではなく、個々の患者により適した(利益が大きくリスクの少ない)選択ができるよう役立てていただければ幸いである。
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