2.薬剤性・非薬剤性低血糖症―緊急時の対応・予後観察と鑑別診断
はじめに
生理的条件下でヒトの血糖値(グルコース濃度)はおおむね70~130mg/dL程度の範囲に維持されている。中枢神経はグルコースをエネルギー源として利用し、肝臓や腎臓は糖新生を行い、神経系やホルモンを介して糖代謝恒常性が維持されている。低血糖はこの糖代謝恒常性維持機構に何らかの異常をきたすことで発生する。すなわち低血糖症を見つけ、原因を追究することはその背景にあるさまざまな疾患を診断・治療する契機にもなり得る。本稿では低血糖症を病因別にまとめ、外来や病棟での鑑別、緊急時の対応方法を概説する。
1.低血糖症の病態と症状
低血糖は一般に(血漿)グルコース濃度が70mg/dL未満になった場合を指し、低血糖による諸症状があれば低血糖症と判断する。低血糖症状は血糖値がどの程度かで発現する症状に特徴がある。生理的条件で血糖値が約50~55mg/dL(3mmol/L)以下になることはなく、典型的Whippleの3徴(低血糖症状がある、症状出現時の血糖値が50mg/dL以下、グルコース投与で症状が改善)の存在が確認できれば病的低血糖症と判断できる。血糖値が約80mg/dL(4.5mmol/L)程度になるとインスリン分泌が抑制され、約70mg/dL(3.9mmol/L)以下になるとインスリン拮抗ホルモンの分泌が亢進(グルカゴン、アドレナリン、ノルアドレナリン、成長ホルモン、ACTH-コルチゾール系の順に分泌亢進)する 1)。グルカゴンおよびアドレナリンなどのカテコールアミンは肝臓でのグリコーゲン分解および肝臓、腎臓で糖新生によりグルコースを生成し、中枢神経へのグルコース供給を維持する。より長時間の絶食では糖新生による血糖値維持機構の寄与が大きい。カテコールアミンの分泌亢進は交感神経症状(動悸、発汗、振戦、顔面蒼白、空腹感)を引き起こし、中枢神経症状に先んじて出現するため警告症状とも言われる。
さらに血糖値が低下すると、倦怠感、眠気、集中力の低下、頭痛、霞目などの中枢神経症状が出現し、血糖値が30mg/dL前後で痙攣、昏睡に至る 2)(重症中枢神経症状;図1)。無自覚性低血糖は文字通り自覚症状(交感神経症状)を欠き(hypoglycemia-associated autonomic failure:HAAF)、中枢神経症状を呈することを指す。糖尿病状態でのHAAFの要因は反復する低血糖による交感神経―副腎系反応(sympathoadrenal responses)の低下、膵β細胞機能障害に起因するインスリンの減少やグルカゴンの増加が欠如することが考えられる 3)。
