3.食欲に対するアプローチ

  • 増田雄太 Masuda, Yuta
    京都府立大学 大学院生命環境科学研究科 動物機能学研究室 特任助教
    岩﨑有作 Iwasaki, Yusaku
    京都府立大学 大学院生命環境科学研究科 動物機能学研究室 教授
公開日:2024年12月6日
糖尿病・内分泌プラクティスWeb. 2024; 2(6): 0082./J Pract Diabetes Endocrinol. 2024; 2(6): 0082.
https://doi.org/10.57554/2024-0082

はじめに

 われわれ人間が生きるために必要なエネルギーは全て食物から得ている。従って、摂食行動は生命活動の根源である。摂食行動は、体内貯蔵エネルギーが不足することによって作り出される空腹感(hunger)によって引き起こされる。そして、食物摂取によって得られる飽満感(satiation)によりその空腹感が満たされ、結果として摂食行動が終了する。食物摂取によって食物への欲求が満たされると満腹感(satiety)が生じる。満腹感の持続は、空腹感の抑制に働き、次の摂食行動開始までの間隔を作り出す 1)図1)。食物への欲求→摂食行動は、空腹感だけでなく、食欲(appetite)によっても調節される。食欲は、内部環境因子(快楽的因子、病的要因、特定栄養素に対する欲求など)と外部環境因子(学習による嗜好/嫌悪、心理的因子、社会的因子、生活環境因子など)によって調節され、特定の食物への欲求に作用する。従って、空腹感と食欲は摂食行動を刺激する異なる因子であり、脳の高次機能が発達した人間においては摂食調節における食欲の関与は大きい。

図1 空腹感・飽満感・満腹感と摂食行動の概念図
図1 空腹感・飽満感・満腹感と摂食行動の概念図文献1より改変)

 世界肥満連合の報告によると、世界的に肥満人口は増加の一途を辿っており、このまま対策を講じなければ、2035年には4~5人に1人が肥満になると推測されている。肥満は、摂取エネルギー量が消費エネルギー量を長期的に上回ることで生じる。従って、過食は肥満の主な原因の一つであり、その予防・改善の重要性は言うまでもない。近年は、美味しいものに囲まれた豊かな食環境で、かつ、ストレスの多い社会環境が食欲を刺激するため、過食を予防・改善することは容易ではない。本稿では、過食の原因となる摂食調節機構を概説し、過食および肥満の改善に向けたアプローチについての知見を紹介する。

1.2つの摂食調節機構:恒常性摂食調節と報酬性摂食調節

 摂食行動には恒常性摂食と報酬性摂食の2種類の調節があると考えられている 2)。恒常性摂食とは生命活動に必要なエネルギーを得るための摂食行動で、これは飢餓・空腹感に対応したものであり、主に視床下部の機能によって調節されている。一方、報酬性摂食とは、生体のエネルギー状態とは独立した摂食行動で、匂いや美味しさによる快楽的因子や気分やストレスなどの心理的因子などによって調節される摂食行動である。この報酬性摂食は主に、中脳の腹側被蓋野のA10と呼ばれるドーパミン産生神経が大脳辺縁系の側坐核に投射する経路(中脳辺縁系経路)と、腹側被蓋野から前頭前野に投射する経路(中脳皮質経路)によって調節される(図2)。
 恒常性摂食中枢の視床下部は、複数の神経核から構成され、各神経核に存在する特有の神経がネットワークを形成して摂食行動を調節している(表1 3~5)。中でも、弓状核(arcuate nucleus)は摂食行動を制御する重要な役割を担っており、ここに存在する一次ニューロン(first-order neurons)と呼ばれる神経細胞がその機能を果たしている。一次ニューロンには摂食亢進系のNPY(ニューロペプチドY)/AgRP(アグーチ関連ペプチド)神経と、摂食抑制系のPOMC(プロオピオメラノコルチン)神経が存在する。成体マウスの弓状核NPY/AgRP神経を特異的に破壊すると餓死し 6)、反対に、光遺伝学的に活性化すると摂食行動が促進される 7)POMC遺伝子、または、その産物であるα-MSH(メラノサイト刺激ホルモン)の受容体:メラノコルチン4受容体の欠損・異常は、マウスやヒトにおいて過食と肥満になる 8~10)。近年の報告では、化学遺伝学的手法にてNPY/AgRP神経の活性化とPOMC神経の抑制を同時に起こすと相加的に摂食亢進が誘導され、これら2種の神経の相反的な作用が摂食行動調節に重要であることが示された 11)
 摂食の調節には、短・中・長期的な調節機構がある。短期的な調節機構としては、食物刺激によって分泌変動する胃腸膵ホルモンの視床下部への作用がある。例えば、空腹時に分泌亢進される胃ホルモンのグレリンは、NPY/AgRP神経を直接もしくは間接的に(求心性迷走神経を介して)活性化する 12, 13)。反対に、食後に分泌される膵ホルモンのインスリンは、NPY/AgRP神経活動を抑制し 14)、POMC神経を活性化する 15)。中・長期的な調節機構としては、白色脂肪組織由来のレプチンは体脂肪量に応じて血中に分泌されるが、レプチンはPOMC神経の強力な活性化因子である 15)。また、摂食と体内の三大栄養素との関連は、糖平衡説、アミノ酸平衡説、脂質平衡説などが提唱されているが、低血糖刺激がNPY/AgRP神経を活性化する 12)

このコンテンツは糖尿病リソースガイドの有料会員登録後にお読みいただけます。

  • ・糖尿病・内分泌医療を中心に、新しい時代の臨床現場を支援する糖尿病・内分泌プラクティスWebの閲覧が可能
  • ・糖尿病プラクティス(2020~2022年・3年間分)の論文や、本サイトが厳選したスペシャルコンテンツが閲覧可能
  • ・メールマガジン週1回配信 最新ニュースやイベント・学会情報をもれなくキャッチアップ
  • ・糖尿病の治療に関するアンケートに参加可能、回答はメルマガやウェブで公開
  • ・その他、有料会員向けコンテンツ・サービスを企画中!乞うご期待ください
最適な糖尿病食事療法を探る―エビデンスと病態生理からの新機軸― 一覧へ