6.甲状腺疾患と妊娠・出産

  • 荒田尚子 Arata, Naoko
    国立研究開発法人国立成育医療研究センター 周産期・母性診療センター母性内科 診療部長
公開日:2023年8月25日

はじめに

 甲状腺ホルモンは妊娠の成立、胎児の発達や成長、妊娠維持に必須となるホルモンのため、母体甲状腺機能を妊娠早期から管理することは非常に重要な意味を持つ。未治療やコントロールの困難なバセドウ病の甲状腺機能亢進症の場合には、流早産、死産、妊娠高血圧症候群、心不全や甲状腺クリーゼの発症や低出生体重児出産や新生児甲状腺機能異常発症のリスクが一般妊婦に比較して高く、未治療の甲状腺機能低下症も流早産、妊娠高血圧症候群、胎盤早期剥離、低出生体重児、分娩後出血などの原因となる。これらのリスクは、妊娠前から妊娠中に適切な治療を行うことで軽減することが可能となる。また、潜在性甲状腺機能低下症であっても、妊孕性、流産や早産、妊娠糖尿病・妊娠高血圧症候群の発症、さらには児の精神発達への影響の可能性も報告されているが、レボチロキシン治療によってそれらが改善するかどうかは明らかではない。

1.生理的な妊娠中の甲状腺機能の変化(図1

 妊婦においても、遊離T4(FT4)、TSHを測定するが、非妊婦と同様にTSH低値でFT4が高値なら甲状腺機能亢進症と考えられ、逆にTSH高値でFT4が低値なら甲状腺機能低下症と考えられる。妊娠時にはエストロゲンの増加によってサイロキシン結合蛋白(TBG)が増加し、血中総サイロキシン(TT4)は増加するが、生理作用を発揮するFT4はTBGの増加の影響を受けないので、妊娠中の甲状腺系の評価にはFT4を用いる。着床後に絨毛組織から産生される性腺刺激ホルモンであるヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)は妊娠8~10週をピークに分泌され、わずかな甲状腺刺激作用を有するため、妊娠初期にはFT4の軽度上昇とTSHの軽度低下をしばしば認める 1)。妊娠の中・後期には、FT4値は非妊娠時に比べて低値を示すことが多い(キットによりその程度はさまざまである)。妊娠中のFT4、TSH基準値は適切なヨウ素摂取対象者で決定されたその施設における各妊娠三半期の基準値が使用されるべきであるが、実際には施設ごとの基準値の決定は困難であることから、TSHの上限値はおよそ4.0μIU/mLもしくは基準値上限値−0.5μIU/mLと考えて管理を行う 2)
 妊娠12週くらいから児の甲状腺は機能をし始め20週以降には下垂体ー甲状腺系も完成することから、妊娠中のバセドウ病の病態は母児ともに考える必要がある。

図1 生理的な妊娠中の甲状腺機能の変化(Mandel SJ, Spencer CA, et al. : Are detection and treatment of thyroid insufficiency in pregnancy feasible? Thyroid. 2005; 15(1): 44-53. より作図)
図1 生理的な妊娠中の甲状腺機能の変化(Mandel SJ, Spencer CA, et al. : Are detection and treatment of thyroid insufficiency in pregnancy feasible? Thyroid. 2005; 15(1): 44-53. より作図)

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