眼の解剖学 ―糖尿病・内分泌疾患を読み解くための基礎知識―
https://doi.org/10.57554/2026-0073
はじめに
糖尿病や甲状腺疾患をはじめとする内分泌疾患は、全身性の代謝異常やホルモン異常を背景としており、その影響は眼にも多彩に現れる。糖尿病網膜症は糖尿病の代表的な微小血管合併症であり、甲状腺眼症は甲状腺機能異常に伴う特徴的な眼病変として知られている。また、高血圧性網膜症や下垂体腫瘍による視野障害など、眼所見が全身疾患の診断や病勢評価の手掛かりとなる場面も少なくない。
眼は直径約24mmの小さな臓器であるが、透明な光学媒体、精緻な神経回路、高度に制御された微小循環系から構成される特殊な器官である 1, 2)。さらに眼底は、血管や神経組織を直接観察できる部位であり、「全身疾患の窓」としての性格を持つ。眼所見を正しく読み解くには、疾患名だけではなく、その背景にある解剖学的構造や生理機能を押さえておく必要がある。
近年では、糖尿病網膜症の病態が単なる血管障害ではなく、神経細胞やグリア細胞を含めた神経血管単位(neurovascular unit:NVU)の障害として再考されている。また、光干渉断層計(optical coherence tomography:OCT)やOCT angiography(OCTA)の普及により、網膜構造や微小循環を詳細に評価できるようになり、解剖学的知識が診断精度向上につながる時代となった。
本稿では、糖尿病や内分泌疾患に関連する眼所見を理解するために必要な眼球の基本解剖、網膜の構造と微小循環、眼房水循環、眼窩および外眼筋について概説し、それぞれが疾患所見とどのように結びつくのかを解説する。
1.眼球・眼窩・外眼筋の基本構造(図1)
1)眼球の三層構造
眼球壁は外側から強膜、ぶどう膜、網膜の三層構造をとる(図1)。最外層の強膜は膠原線維に富む強固な組織であり、眼球の形態維持を担う。前方では透明な角膜へ移行し、外界からの光を屈折させて眼内へ導く。角膜と水晶体は眼の主要な屈折媒体であり、網膜上に鮮明な像を形成する。
中間層であるぶどう膜は虹彩、毛様体、脈絡膜から構成される。虹彩は瞳孔径を調節し、眼内へ入る光量を制御する。毛様体は水晶体の厚みを変化させることで調節機能を担うとともに、後述する眼房水を産生する。脈絡膜は豊富な血流を有し、網膜外層へ酸素や栄養を供給する。
最内層の網膜は神経組織であり、光刺激を電気信号へ変換する感覚器である。発生学的には間脳由来であり、中枢神経系の一部と考えられている。網膜で発生した神経信号は視神経を介して脳へ伝達され、最終的に視覚として認識される 3)。