第6回 糖尿病治療における漢方の役割 ―補中益気湯を中心に―
https://doi.org/10.57554/2026-0029
はじめに
近年多くの糖尿病治療薬が登場し、血糖マネジメントの改善のみならず、心血管イベントや腎症といった合併症の発症や進展の抑制が期待されるようになった。しかし、糖尿病は生涯にわたり治療を続けなければならない。血糖値が改善しても、「疲れやすい」「やる気が出ない」といった自覚症状のために、生活習慣改善を基本とする糖尿病治療の継続が困難となる場合は少なくない。自覚症状への対応として漢方医学、中でも疲労感に対して補中益気湯の役割が期待される。
1.なぜいま漢方なのか
糖尿病治療の目標は、血糖、血圧、脂質代謝の良好なコントロール状態と適正体重の維持、および禁煙の遵守を行うことにより、糖尿病の合併症の発症、進展を阻止し、糖尿病のない人と変わらない寿命と日常生活の質(QOL)の実現を目指すことである。近年の薬物治療の進歩により、血糖マネジメントの改善や、合併症の発症抑制など、到達度は改善しているが、治療の基本が食事・運動といった生活習慣の改善であり、自己管理行動の継続は容易ではない。治療の複雑化や「頑張らなければならない」という心理的負担が、患者の生活を圧迫している場面も散見される。医療者は患者に寄り添って歩み、自己管理行動の継続のために援助していくことが必要である 1)。そのためには常に患者の訴え、日常生活における疲労感、意欲低下、体力低下といった自覚症状に対して真摯に対応することが肝要である。
漢方医学では、西洋医学のように「病名」を診断するのではなく、患者が訴える症状に対して、陰陽・虚実・表裏・寒熱・気血水・六病位・五臓などの独自のものさしで治療の目標となる病的状態のパターン、つまり「証」として捉える点に特徴がある。従って西洋医学的には問題がない病状における、疲れやすい、冷えやすい、食後に眠くなる、風邪をひきやすいといった症状に対しても、対応可能となるのである。こうして漢方医学を、標準的な西洋医学的治療に取り入れることで、患者の治療意欲を高めることを少ながらず経験する。中でも補中益気湯は、糖尿病のある人にしばしば併存する「気虚」による疲れやすい、消化吸収機能の低下などの症状に、また高齢者糖尿病のサルコペニアや便通異常、易感染性や回復力低下に対しても臨床現場で使いやすい補剤である。