5.糖尿病合併高血圧のマネージメント
https://doi.org/10.57554/2024-0022
はじめに
糖尿病治療の目的は、「糖尿病のない人と変わらない寿命とQOLの実現を目指すこと」とされており、糖尿病に関連する合併症を防ぐことである。英国で行われたUKPDS(United Kingdom Prospective Diabetes Study)において血糖以上に血圧コントロールがより有効に、効率的に合併症を防げることが明らかとなり、糖尿病合併高血圧患者の降圧治療は必須である。
糖尿病合併高血圧患者は脳血管障害・冠動脈疾患のハイリスク集団であり、厳格な血圧管理が求められている。高血圧の治療目標が、脳心血管病の抑制であることを考えれば脳心血管イベントの予防を目指した厳格な降圧療法は極めて重要である。これまで高血圧症への治療介入については、従来から豊富なエビデンスの蓄積があるレニン・アンジオテンシン(RA)系阻害薬が中心的な役割を担ってきたが、近年開発された新規ミネラルコルチコイド受容体(MR)拮抗薬や経口血糖降下薬であるSGLT2(sodium glucose co-transporter 2)阻害薬が糖尿病関連腎臓病(DKD)進行抑制効果や降圧作用も併せ持つことが報告されている。
本稿では、DKDの進展抑制において極めて重要な要素である糖尿病合併高血圧症の疫学、病態、治療について、「高血圧治療ガイドライン(JSH)2019」および「糖尿病診療ガイドライン2019」を踏まえながら概説する。さらに、前述したMR拮抗薬やSGLT2阻害薬に加えて、高血圧治療薬として承認されているアンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)についても最新の知見を述べる。
1.糖尿病合併高血圧症の疫学
国内外の疫学研究によると糖尿病患者では、非糖尿病患者に比べて高血圧の頻度が高く、高血圧患者においても糖尿病の頻度は非高血圧に比べて高いことが報告されている 1)。また、1型糖尿病および2型糖尿病で高血圧を合併すると、大血管疾患発症および死亡のリスクが上昇する。アジア・太平洋地域の前向きコホート研究の個人データに基づくメタ解析(APCSC)によると、糖尿病患者では、収縮期血圧が10mmHg上昇するに従い大血管疾患死亡は18%増加することが示されている 2)。また、2型糖尿病における高血圧症例を非厳格降圧療法群と厳格降圧療法群に割り付け、平均10.5年間追跡した介入研究(UKPDS36)によると、大血管疾患の発生率は、追跡完了までの平均収縮期血圧の上昇とともに増加することが示されている 3)。そのため、糖尿病診療ガイドライン2019のステートメントとして、糖尿病と高血圧はいずれも動脈硬化による大血管疾患の確立したリスク因子であり、糖尿病に高血圧が合併すると大血管疾患の発症頻度が増加し、予後が悪化すると明記されている 4)。
さらに、高血圧症が糖尿病性腎症、糖尿病網膜症、糖尿病性神経障害などの細小血管症のリスク因子となることが1型糖尿病、2型糖尿病ともに報告されている。一般的に、1型糖尿病患者における高血圧症は、微量アルブミン尿または明白な腎症を有する患者に認められる。デンマークの横断研究によると、蛋白尿陰性の1型糖尿病患者で、高血圧症の頻度は一般人口4.4%に対して3.9%であったと報告されている 5)。一方で、2型糖尿病患者における高血圧症は、一般的に腎臓病に先がけて存在する。新規に診断された蛋白尿陰性の2型糖尿病の58% 6)もしくは70%以上 7)に高血圧症の合併が認められると報告されている。すなわち、高血圧発症は腎機能低下には関連するが、糖尿病罹病期間には関連しないことが示唆されている。
このように、アルブミン尿は2型糖尿病よりも1型糖尿病で高血圧に先行するが、両病型とも腎機能の増悪はさらなる血圧上昇に関連する。糖尿病性腎症における高血圧の罹患率は、慢性腎臓病(CKD)の各stageで増加し、末期腎不全患者では90%に近い 8)。腎疾患や高血圧症に対する個々の感受性は、多くの糖尿病患者に共通する代謝性障害と血行動態変化の組み合わせ、さらには各患者の脆弱性をさらに左右する遺伝的決定要因を含む可能性がある。