神経内分泌による行動制御とストレス
はじめに
ストレスは食欲や睡眠といった生理現象に大きな影響を与え、行動面での変化にもつながる。こうした生理応答や行動変容においては、ストレスによって脳内で分泌される神経ペプチドが重要な役割を果たしている。ここでは、①神経内分泌とは何か、②神経内分泌はどのように生理現象や行動を制御しているのか、③ストレスによる神経内分泌の変化はどのような生理応答・行動変容をもたらすのか、の3点について解説する。脳内で分泌される神経ペプチドは100種類を超えるが、ここでは、オレキシン、オキシトシン、バソプレシン、コルチコトロピン放出ホルモン(CRH)など視床下部の神経分泌細胞によって分泌されるいくつかの神経ペプチドに絞って説明する。
1.神経内分泌とは何か?
脳は重要な内分泌器官であり、そして体内で分泌されたホルモンの重要な標的器官でもある。内分泌器官はホルモンを分泌し、分泌されたホルモンは血液や体液を介して遠方の細胞に作用する。視床下部にある神経分泌細胞はニューロンの形態を持ちながら、ホルモンとして作用する物質を分泌している。この神経分泌細胞による制御、さらに自律神経による内分泌制御を含めたシステムが、神経内分泌制御である。神経分泌細胞が産生するホルモンとして、具体的には各種の神経ペプチドが挙げられる。ヒトゲノムには90種類を超える神経ペプチド前駆体をコードする遺伝子が知られており、100種類を優に超える神経ペプチドが体内で分泌されている 1)。ここでは視床下部で産生されるいくつかの神経ペプチドを主に解説する。
オレキシン(orexinもしくはhypocretin)は、視床下部の外側野で産生される33(orexin-A)もしくは28のアミノ酸(orexin-B)からなる神経ペプチドで、主に睡眠・覚醒の制御における機能が知られている 2)。オキシトシン(oxytocin)は視床下部の室傍核および視索上核で産生される9アミノ酸からなる神経ペプチドで、社会行動の制御に関与している 3)。バソプレシン(arginine vasopressin:AVP)も視床下部の室傍核および視索上核で産生される9アミノ酸からなる神経ペプチドで、攻撃行動の制御などに関与している 4)。オキシトシンとバソプレシンの違いはわずか2アミノ酸であり、元々は共通の遺伝子から派生したものと考えられている。こうした神経ペプチドを産生するニューロンは、脳内のさまざまな領域に軸索を伸ばしており、神経ペプチドの分泌は広範囲に及ぶ。脳内で働く神経伝達物質としては、グルタミン酸やGABAなどがよく知られているが、これらは軸索末端のシナプス近傍で局所的に放出され、放出後すぐに分解されてしまう。一方、神経ペプチドが分泌されるのは軸索末端のシナプスだけには限らず、細胞体や樹状突起でも分泌される。さらに、神経ペプチドは脳内での半減期が比較的長く(例えば、オキシトシンの脳内での半減期は20分程度)、分泌部位から離れた脳領域にある受容体にも作用し得る。